29話 外道王国、罰を受ける 後編
三人称視点です。
「だが、その前に後始末だ。こいつら、好きにしていいぞ。憎き仇だろ? どうしようとお前らの自由さ。俺はお前らが何をやろうと止めはしないし、軽蔑もしない。どうする?」
左右白黒スーツを着た男ジュニッツが、木に吊されながら「おろせええ!」とわめくゲルダー王国軍を指して問う。
問われた妖精の族長リリィは、仲間の妖精たちとうなずきあい、こう言った。
「わたしたちは、多くは望まないのです」
「というと?」
「望みはただひとつ。わたしたちの気持ちをわかってほしい。ただこれだけなのです」
「気持ちをわかってもらう? それだけでいいのか? あいつらはお前たちの仲間を虐殺したんだぞ?」
「気をつかってくれて嬉しいのです。でも、いいのです。妖精は、そういうものなのです」
「そうか。なら任せる」
「はい、任されたのです」
リリィはふわふわとゲルダー王国国王ゾルグ14世のところに飛んで行く。
「あなたが王なのですね?」
王は逃げようとした時に何度も転んだため、泥まみれである。
頭の王冠は脱げてしまい、薄い髪はぼさぼさに乱れ、両手両足を背中で縛られて吊されていて、とても王には見えない。
が、ともかくもこの男が王であった。
「き、貴様、わしをどうする気じゃ!」
王は、心の内にある恐怖と不安を、虚勢でとりつくろった顔で叫んだ。
「ジュニッツ様に言った通りです。わたしたちはただ、妖精の気持ちをわかってほしいのです」
「わかってほしい……じゃと?」
「難しい話ではないのです。いきなり攻めてこられたらどんな気持ちになるか。仲間を殺されたらどんな気持ちになるか。それを毎日、真剣に想像すると誓ってほしいのです」
「想像すると誓えば……よいのか……?」
「そうなのです」
王の顔に喜色が浮かんだ。
王だけではない。
国守も大臣も騎士も、みなニヤリとした。
王国軍は、これから自分たちがどんな目にあうのか不安で仕方がなかった。
何しろ、彼らは妖精たちをさんざん虐殺してきたのだ。
復讐に猛った妖精たちに皆殺しにされてもおかしくなかった。
だというのに、妖精たちはただ『自分たちの気持ちを想像してくれれば許す』と言っているのだ。
人間の視点からしてみれば、信じられないほど甘く寛容な処置だった。
内心で笑いが止まらないほどであった。
「わかった。誓おう」
王の言葉に、リリィが真剣な顔で問う。
「絶対ですか?」
「王に二言はない。ゲルダー王国国王であるこのわしの名に賭けて誓う。わしらはこれから先、一生妖精たちの気持ちを真剣に想像し続ける。もちろん、そちたちには二度と危害は加えぬと約束する!」
王は力強く宣言した。
「わかったのです。であれば全部許すのです」
ゲルダー王国軍は大喜びした。
(くくく……ははは……くはははは! バカじゃのう。実にバカじゃ。そんなので許すとはのう。だーれがクズ妖精の気持ちなぞ想像するか。今回は油断したが、次は万全の準備を整えて皆殺しにしてやるからな。覚悟しておくのじゃぞ!)
と、王は心の中で笑った。
(わはは、妖精どもがバカで助かった。ま、レベルの無いクズ妖精が、レベル148のこのオレを許すなど当然のこと。お礼に少しの間だけ、殺すのは待ってやる。せいぜい短い平和を楽しんでおくんだな)
と、国守筆頭のゴルドンも心の内で嘲笑した。
(あっははは。なあんだ、妖精ってやっぱり甘いんだね。こんなので許しちゃダメだよぉ。愚かだねえ)
と、国守の魔術師ミールも笑った。
王国軍は皆、このように内心であざ笑っていたのだ。
「では、拘束を解くのです」
リリィはそう言って、呪文を唱える。
王国軍の面々はそっと地面に下ろされ、縛めを解かれた。彼らを縛り付けていた巨木も消えてしまう。
「これであなたたちは自由なのです。どこへでも行くといいのです」
とたん、リリィの体から“圧”が消えた。
今まで戦闘態勢で張り詰めていたような雰囲気が、ふっと消えたのだ。
リリィだけではない。妖精全員から圧が消えた。
妖精たちはくるりと背を向け、立ち去っていく。
ジュニッツもアマミも背を向け、立ち去っていく。
油断しているように見えた。
無防備に見えた。
むくり、と王国軍の心の内に欲が芽生えた。
王国軍はさっきまで大喜びしていた。
死すら覚悟していたのに、無傷で解放されたのだ。喜色満面だった。
が、興奮が冷め、安心すると、だんだん今の状況が当然のもののように思えてきた。
『妖精どもはクズなんだから、オレたちを無傷で解放するのは当たり前』という気持ちになってきた。
そういう気持ちになると怒りが湧いてきた。
何しろ『クズ妖精ども』は、『クズの分際』で王国軍を木に吊すという侮辱極まりないことをやってくれたのだ。
許しがたい存在である。
その許しがたい存在が今、無防備に背中をさらしている。
「やるか……」
「今ならチャンス……」
「さっきは油断していただけ……」
「そうだ、油断しなきゃ、エリートのオレたちがクズ妖精なんかに負けるはずがない……」
「武器は無いが魔法は使える……いや、あんなチビども踏みつぶしてしまえば……」
王国軍は互いに小声でささやき合う。
「そうじゃ……やるのじゃ……」
王もうなずく。
国守もうなずく。
みな、うなずきあう。
そして……。
怒りの雄たけびと共に、王国軍はジュニッツたちと妖精たちに背後から襲いかかった。
「うおおおおおおお!」
「死ねええええ!」
「くたばれ、クズどもぉ!」
ある者は魔法を放とうとした。
ある者は踏みつぶそうとした。
みながみな、妖精たちを殺そうとした。
が、彼らの攻撃は1つとして当たらなかった。
妖精たちを攻撃しようとしたとたん、1000人を越える王国軍がまとめて巨大な球に包まれたのだ。
「な、なんだこりゃ!」
「え、え、なにこれ? け、結界?」
「どどど、どうなってやがる! お、おい、クズ妖精ども! 何しやがる!」
わめく王国軍たち。
妖精たちは振り返り、悲しそうな顔をした。
「残念なのです……」
「約束を破ったのです……」
「嘘つきなのです……」
妖精たちはさきほど、自分たちに自動迎撃魔法をかけていた。
ジュニッツが事前に、そうアドバイスしていたのだ。
この魔法は、攻撃をしようとした相手を、自動的に結界の球に閉じ込める。
それが発動したのである。
ゲルダー王国軍は結界の壁を殴ったり、魔法をぶつけたりして必死に脱出しようとするが、まったく効果が無い。
彼らは再びとらわれの身となってしまったのだ。
「くそおおおおお!」
「出せえええ! ここから出せえええ!」
王国軍は、もはや叫ぶことしかできない。
そんな彼らを見て、リリィたちは困っていた。
(うう……どうすればいいのです?)
リリィたち妖精の望みは本当に『自分たちの気持ちをわかってほしい』というただそれだけである。
だが、誓いを立てさせても無意味である。
なにしろ「妖精の気持ちを真剣に想像すると誓うし、二度と妖精に危害を加えない」と言ったばかりの王たちが、舌の根も乾かぬうちに襲いかかってきたのだ。
いったいどうすれば気持ちをわかってもらえるのか。
困り果てたリリィたちに対し、アドバイスを送ったのはジュニッツだった。
「妖精の気持ちがわかるには、妖精になるのが一番さ」
「妖精に……なる……」
リリィはその言葉をかみしめた。
そして、「あっ!」と声を上げた。ジュニッツの言いたいことが理解できたのだ。
「そうなのです! 妖精なのです! 妖精になってもらうのです!」
リリィは妖精たちを集め、自分の考えを説明した。
妖精たちはこくりとうなずいた。
「すばらしい考えなのです」
「さすがはジュニッツ様なのです」
「あの魔法を応用すればいけるのです」
そして、一斉に、結界に閉じ込められている王国軍のほうを向いた。
「な、なんじゃ、貴様ら! わしに何をする気じゃ!」
「早くオレたちをここから出せ!」
王をはじめとした王国軍が何やらわめくのを無視し、妖精たちは一斉に呪文を唱えた。
「ラムデルミラブルブランデルクライダルフラムレンデルトルアデル!」
たくさんの青い光が王国軍を包み込む。
そして、その光が晴れた時、彼らの姿は縮んでいた。
手のひらサイズである。王国軍全員の体が、妖精と同じ手のひらサイズになってしまったのだ。
「へ?」
「はへ?」
「ほわ?」
王国軍は最初、現状が理解できなかった。
周りの皆が同じように小さくなっているのだ。すぐにはわからない。
が、妖精たちが近づいてきて、ジュニッツとアマミも近づいてきたことで、自分たちが縮んでしまったことに気づいた。
「ななな、なんじゃこりゃああああ!」
「げええええ! う、うそだろおおお!」
「そんな! そんなああああああ!」
王国軍は絶叫する。パニックを起こす。
半狂乱になる。叫び回る。
どれほどそうしていただろう。
当初のパニックがおさまり、少し落ち着いてくる。
すると、嫌な事実に気づいてしまう。
体の大きさを変える魔法など、人間の魔法にはないのだ。
ということは、彼らは自力では元に戻ることができない。
早い話が『一生この体』ということである。
一生この体……。
間違いなくバカにされるだろう。
見下されるだろう。
ずっとずっと陽の当たるエリート街道を歩み、チヤホヤされてきた自分たちが、これから一生バカにされ続けるのだ。
その事実に気づいた彼らは震えた。
心臓が冷える感触と共に、全身がガクガクと震え出した。
「う、うそだ……こんなのうそだ……」
「ありえない……オレたちが一生こんなだなんて……」
泣き出す者もいる。
「ひいいいい! や、やだよ、こんなのやだよおおお!」
「うあああ! なにこれ、なにこれ、なにこれえええ!」
しまいには土下座して妖精に許しを乞う者まで現れる。
「お、お願いします、妖精様……元に戻してください……
「オレたちが悪かったです……だから、だから許してください……」
とうとう、王まで土下座した。
「しゅみません……許してくだしゃい……お願いしましゅ……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、王は地に額をこすりつけたのだ。
一生こんな体だなんて王は嫌だった。
彼はもっと贅沢がしたかった。こんな体では女を楽しめないし、自慢のコレクションを愛でることもできない。
それどころか王の座を追われるかもしれない。そんなの嫌だった。彼はもっともっと偉そうにしたかったし、命令したかったし、ふんぞりかえりたかったのだ。
だから土下座した。
無論、形だけの土下座である。
もし許してもらえたら、たちまち態度を豹変させて、「よくもクズ妖精の分際で、高貴なるわしをこんな目に合わせてくれたな!」と怒り狂うだろう。
が、少なくとも今だけは、自分の贅沢のために必死に謝った。
王が土下座すれば、他の者たちも追従せざるをえない。
「くっ……ぐっ……わ、わたくしが悪うございました……!」
と屈辱で歯を食いしばりながら、国守筆頭ゴルドンが土下座する。
「うぐぐぐ……も、も、申し訳ございませんでした……!」
と悔しそうな顔で、国守ミールが土下座する。
他の国守たちも、大臣たちも、騎士たちも、元騎士の人足たちも、「……くっ……ゆ、許して……ください……」と屈辱で顔を真っ赤にしながら土下座する。
王国軍は、今やそろって土下座し、許しを求めていたのだ。
「どうするのです?」
リリィは仲間の妖精たちに相談した。
「許してあげてもいいのです」
「でも、許して元に戻したら、わたしたちの気持ちをわかってもらえないのです」
「困ったのです。どうすればいいのです?」
妖精たちはジュニッツを見た。
「半分だけ戻せばいいんじゃねえか?」
ジュニッツの返答に、妖精たちは「おお!」と納得した。
「それなのです! 名案なのです! さすがはジュニッツ様なのです!」
「はんぶんこなのです」
「どの半分にするのです?」
「このあたりがいいのです」
妖精たちはうなずき合った。
そして、呪文を唱えた。
再び青い光が王国軍を包む。
光の中で、王国軍の面々は、自分たちの姿が大きくなっていっているのが見えた。
(おお! 元に戻れたのじゃ!)
(ぷぷぷっ、ちょっと謝ったふりをしたらすぐ元に戻すだなんて、妖精たちは甘ちゃんだなあ)
(元に戻れたらこっちのもんだ。あとで、たっぷり復讐してやるから覚えてろ)
だが、光が晴れた時、王国軍は予想外の光景を目にした。
確かに体の大きさは元に戻っている。
ただし、一部だけである。
具体的には頭部だけが元に戻っていたのだ。
つまり、ゲルダー王国軍は全員、頭だけが人間サイズ、首から下は妖精サイズという珍妙極まりない姿になっていたのだ。
「はへ……?」
「ほわ……?」
「は、はい……?」
王も国守も大臣も騎士も、みな唖然とする。
元に戻れたと思っていただけに、予想外の現実に思考がついていかなかったのだ。
「人間は頭が一番大事と言うのです。だから頭を戻してあげたのです」
「頭の重さは軽くしてあげたのです。ちゃんと歩けるのです。ばっちりなのです」
妖精たちは満足そうに、うんうんとうなずく。
心底「これでばっちりだ」と信じている様子である。
「それじゃあ、終わったので、帰してあげるのです。ちゃんとお家に帰してあげられる魔法があるのです」
リリィは呪文を唱える。
王国軍1000人あまりを乗せた結界の球が、ふわりと浮かび上がる。
「これからは妖精の気持ちを考えるのですよ!」
「その体なら妖精の気持ちもばっちりなのです!」
そう言って見送る妖精たちの声を受けながら、呆然とする王国軍を乗せた結界の球は、ゲルダー王国の王都へと飛んで行くのだった。
彼らが現実を理解し、絶叫と悲鳴を上げるのは、すでに妖精の森が遠くなった時のことだった。
◇
ゲルダー王国の王都は、王が住まう首都である。
今の王ゾルグ14世の代になってから増築された豪華絢爛な王宮を中心として、多数の貴族が住まい、王国の行政の中心となっている。
その首都に、大きな広場がある。
市が立つなど、大勢の人々で賑わう場所である。
もっとも賑わうと言っても、王侯貴族たちは寄りつかない。
彼らは混雑した騒がしい場所を好まない。
集まるのは庶民たちである。
そんな広場に、この日、異変が起きた。
謎の巨大な球が、ゆっくりと落ちてきたのだ。
「お、おい、こっちに落ちてくるぞ」
「わわっ、逃げろ!」
「慌てるな! 意外とゆっくりだぞ。あせらなくていい」
人々が避難を終えた時、広場の真ん中に巨大な球が落ちてきた。
それはふわりと着地したかと思うと、ふっと消えてしまった。
後に残ったのは球から出てきた謎の物体群である。
「な、なんだありゃあ……」
「ひっ! な、生首!?」
「ち、違う。動くぞ。なんかしゃべってもいる」
「よく見ると胴体も手足もあるぞ! 首から下がすげえちっちゃいんだ」
「い、一体何なんだよ……新手の魔物か?」
ざわざわと騒ぐ庶民たち。
そんな中、1人の男が「あれ?」と声を上げる。
「な、なあ、あれ……国守様じゃね?」
「え? うそ?」
「ほら、あそこ。国守筆頭のゴルドン様だって。あの頬の傷はゴルドン様だよ。オレ、凱旋しているとこ見た頃あるもん。間違いないって」
「あっ! あっちには国守のミール様とムール様もいる!」
「ガラム様もいるぞ!」
「というか、陛下が……国王陛下がいるぞ!」
広場は騒然となった。
何日か前に遠征と称して出かけていった王国軍が、体だけ手のひらサイズという、わけのわからない姿になって帰ってきたからである。
庶民たちは困惑した。
そんな庶民たちに対し、王国軍の反応は様々だった。
「み、見るなあああ! ひいいいい!」
と必死に懇願する者。
「あっ、あっ、あわわわわ……」
と未だに混乱している者。
「ぐっ、くっ、あっち行けええええ!」
と人を遠ざけようとする者。
そんな中、国王ゾルグ14世と国守たちは、内心パニックになりながらも強気な態度を取っていた。
「お、お前たち、なな、何をしておるのじゃ! お、王の凱旋じゃぞ! さっさと王宮の者を呼ばぬか!」
「なに見てるんだよ! て、ていうか、オレ様たちをこんな格好のままにさせる気かよ? は、早く何か服を持ってこい!」
「あ、あと飯だ! ボクたちはお腹がすいているんだ! まずかったらただじゃ済まさないぞ!」
王たちが虚勢を張っていたのは、相手が庶民だからである。
庶民というのはおおむねレベルが低い。
レベルの上がりやすさというのは、ある程度遺伝する。
レベルの上がりやすい遺伝子を持っているのは王侯貴族である。
ゆえに、王侯貴族は高レベル者の比率が高い。
そして、庶民は高レベル者の比率が低いのである。
(もっとも庶民は全体の数が多いから、高レベル者の人数でいえば、庶民のほうが多いのだが)
ゲルダー王国軍は全員、王侯貴族の出身である。
庶民で高レベルの者は、基本的に冒険者になる。国守だの大臣だの騎士だのには、なりたくてもなれない。門戸が閉じられている。
国によっては門戸が開かれているところもあるが、ゲルダー王国は完全に閉じられている。
そんなゲルダー王国軍にとって、広場にいる庶民たちは低レベルでろくなスキルも使えない見下すべき存在である。
要はゴミである。
たとえ、体だけ手のひらサイズというみじめな姿になろうとも、いざという時はスキルで圧倒できる自信がある。
その自信が、王たちに強気な態度を取らせていた。
が、庶民たちの反応は鈍い。
「い、いやあの……」
「え、えっと……」
目の前の状況について行けず、困惑する。
王たちはイラついた。
彼らにとって庶民なんてものは、言われたら即座に言う通りにするものである。
反応が鈍いという理由で庶民を強制労働送りするなど、王や国守たちにとって日常茶飯事である。
「ああ、もう、早くしろよ!」
国守の1人、魔術師ミールが手のひらを突き出した。
自慢の雷魔法で、適当に誰か半殺しにしてやろうと思ったのだ。
ところがどうだろう。魔法が一切発動しない。
「あ、あれ? ボクの雷魔法が出ない? え、うそ? え? あれ?」
彼の弟ムールも魔法を出そうとするがこちらも出ない。
「なんで? ボクの魔法が! ボクの魔法があああ!?」
無口であることも忘れて、パニックの声を上げる。
困惑した空気は、またたく間に王国軍中に伝わる。
そこかしこで、魔法をはじめとしたスキルを使おうとして、まるで発動しないことに対する悲鳴が上がる。
妖精たちは『無力だった頃の自分たちの気持ちをわかってもらう』ために、王国軍全員のスキルもついでに封印してしまっていたのだ。
そんな王国軍に声をかける者がいた。
「なあ……あんたら、スキルが使えないのか?」
庶民の男である。
その“無礼な”口の利き方に、王は激怒した。
「な、なんじゃ、貴様! 誰にものを言っておる! わしは王じゃぞ!」
庶民の男は意に介さない。
かわりに、周りの人々に声をかける。
「みんな聞けえ! こいつらスキルを使えないらしいぞ!」
庶民たちの間でざわめきが起きる。
スキルが使えない。
それはこの世界において致命的な“欠陥”と見なされるものだった。
『レベルの高い人間は偉い、低いやつはゴミ』がこの世界の常識であるが、その理由は、高レベル者は身体強化や回復魔法など様々なスキルを持っていて強いからである。
スキルがなければ、レベル1も同然。いや、レベル1でもスキルの1つくらいは使えるから、それより下。実質レベル0である。
レベル0など、この世界の人間からしてみればゴミクズも同然である。
レベル0。
王や国守らしき連中が、どういうわけかレベル0で目の前にいる。
この事実に、庶民たちは素早く動いた。
「おい、こいつらを捕まえろ! 吊るすんだ!」
「吊るせ吊るせ!」
庶民たちは叫んだ。
彼らにとって、王たちは憎むべき相手であった。
先代の王はまだ寛容なほうだっただけに、余計に今の王ゾルグ14世の悪政ぶりは目立った。
何よりもまず税が高い。
増税につぐ増税で、生活は日を追って苦しくなる。
餓死者すら珍しくない。自国の農作物を現物で税として徴収し、外国に売ってしまっているからだ。
飢饉でもないのにこうまで餓死者が出るのは、王政始まって以来である。
この世界では、不当な殺人を犯すとレベルボードにドクロマークが刻まれてしまうのだが、何事にも抜け道はあるもので、重税で餓死者が出ても為政者にドクロマークはつかないのだ。
おかげで王たちはやりたい放題である。
労役も多い。
それも王宮の増築など、王たちの贅沢のための労役ばかりである。
働きが悪いと王宮の庭園に吊るされる。そして王や国守、大臣や騎士たちによって散々に痛めつけられる。
ゴルドンによるオリハルコンの剣の試し切り。
ガラムによる新呪術の試し打ち。
ミールとムールによるストレス解消。
様々な手段で痛めつけられては回復魔法をかけられ、痛めつけられては回復魔法をかけられる。
先ほど『ミール兄弟はイジメが大好き』と書いたが、正確には『王たちはみんなイジメが大好き』なのである。
苦しむ庶民たちを見て、王たちがゲラゲラ笑っていたのを、庶民たちはよく覚えていた。
そんな憎むべき王たちが今、無力な姿を晒しているのだ。
絶好の機会だった。
「わ、わしは王じゃぞ! こんなことをしてただで済むと思っているのか!? 貴様らクズどもなぞ、いつでも強制労働送りにできるのだぞ!」
王たちは叫ぶが、庶民たちは気にしない。
長年、溜まりに溜まっていた……いや、溜まりに溜まりに溜まりに溜まりに溜まっていた怒りが、絶好のチャンスに爆発したのだ。
大工たちが次々と木材をHの形に組み合わせていく。
そこに、王たちが次々と吊されていく。
まるで魚の干物を干すかのように、無造作に髪をつかまれて、次から次へとぶら下げられていく。
「やめろおお! 何をするのじゃ! 汚らわしい手で触れるな! わしを下ろせ! 下ろせええええ!」
王たちはジタバタと暴れるが、何の効果もない。
ぶざまにも吊されてしまう。
王は怒り狂った。
「こ、こ、このわしに……王たるわしにこの仕打ち……貴様ら! 覚えておれ! 下賤な民の分際で、こんなことをして、どうなるかわかってほぎゃあああああ!」
王は悲鳴を上げた。
雷魔法のスキルを持つものが、電流を流したのである。
スキルが全て失われた王にそれを防ぐ手立てはなく、ぶざまに悲鳴を上げてしまう。
庶民たちの多くは、王たちによって吊るされ、筆舌に尽くしがたいほど痛めつけられたことがあるのだ。
その仕返しであった。
痛めつけられたのは王だけではない。
「や、やめろ! 我らエリートの奴隷でしかない下層民どもめ! お前らは我らに搾り取られていればいいのだ! 分際をわきまえごぎゅぎゃぎいいい!」
と国守筆頭ゴルドンが悲鳴を上げる。
「ひいっ! ち、近づくな! オレ様は呪術師だぞ! 今までどれだけ多くのクズどもを呪いで苦しめてやったと思ってる。お前らもそうなりたくなかったら、あっちに行けひゃぎゅひゃぎああああ!」
とガラムが泣き叫ぶ。
「ぎゃぎいいいいい! ……く、く、くそおおおお! この国守である僕に、たかだかゴミ庶民どもがぎゅぎょぎょぎょおおお! やめてやめてやめてえええ!」
とヒルが泣いて許しを乞う。
「ボ、ボ、ボクに何をするんだ! 離せええ! ボクが……この国守のミールが何をしたと言うんだだ! ちょっと下賤な民どもを痛めつけただけじゃないか。あんなの遊びだよ。それくらいでほぎゅぎゃいいい!」
とミールが絶叫を上げる。
「ひいい! ボクの髪を引っ張るな! ぎいいい! 抜ける! このボクの美しい髪が抜ける! 低レベルのカスどものくせによくも! 覚えてろ! またボクの雷でお前らをズタボロにぎゅぎょぎゃああああ! 痛い痛い許してええええ!」
とムールが泣きわめく。
大臣たちも、騎士たちも、元騎士の人足たちも、みなそろって悲鳴を上げる。
これまで庶民をいじめてゲラゲラ笑ってきた彼らが、その庶民から仕返しされているのだ。
庶民たちに罪悪感などなかった。これまで一体どれだけ痛めつけられてきたか。どれだけ苦しめられてきたか。その1パーセントも返せていないのだ。こんなんじゃ全然足りない、という気持ちでいっぱいである。
それでも王たちにはまだ希望はあった。
王宮から騒ぎを聞きつけ、誰かが助けに来るのではないかと思ったのだ。
人が来れば、王の顔を見て、助けてくれるに違いないと思っていた。
その時である。
ピコンという音と共に、人々の視界にこんな文章が流れてきた。
『全世界にお知らせです。ゲルダー王国妖精の森在住のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が魔王邪竜を倒しました』
まさにその時、妖精の森でジュニッツ主導による邪竜討伐が行われていたのである。
王たちは唖然とした。
え?
ジュニッツ? レベル1?
妖精の森在住? 魔王邪竜を倒した?
ってことは、あの妖精の森にいた男がジュニッツってこと? 本物? え、うそ?
困惑する彼らの視界に、今度はこんなメッセージが届いた。
『ゾルグ14世へ。
あなたは、今回大きな功績を挙げたジュニッツに対し、これまで不当にひどい行為を行ってきました。
その罰を下します』
宛名は1人1人違っていたが、ともかくもこういうメッセージが届いたのである。
そして、その瞬間、王たちの頭部はネズミになった。
体は小さいままである。そして頭部は人間サイズの大きなネズミそのものである。
そんな、もはや魔物の一種としか思えない姿になってしまったのだ。
王たちは悲鳴を上げた。
「ひ、ひ、ひいいいいい! ネ、ネズミ! ネズミイイイイイ!」
「う、うそだこれ、なんだよこれ、うわああああああ!」
それは絶望の叫び声であった。
これでもう、王宮からの助けは絶望的になったからだ。
仮に助けが来ても、今のネズミ頭の彼らを見て、王や国守たちだなんて絶対に思わないだろう。
それどころか、魔物と間違われて討伐されてしまうかもしれないのだ。
庶民たちもまた、唖然とした。
「お、愚か者への罰だわ……」
「あ、ああ、初めて見たぜ……」
「これ、あれよね、さっきのジュニッツって人に、ひどいことをしたってことよね……」
「あ……ああ、そうだろうな……きっと体が小さくなったのも、スキルが使えなくなったのも、ジュニッツにやられたんだぜ」
「ねえ、なんなのよ、ジュニッツって……レベル1のくせに魔王を2体も倒したり、王をやっつけたり……」
「オレが聞きてえよ……ほんとに……ほんとになんなんだよジュニッツって……わけがわからねえよ……」
彼らの言う通り、まさにこれは『愚か者への罰』であった。
愚か者への罰は、大きな功績を挙げた者に対し、過去にひどいことをした人間に対して下される。
たとえば、
1月:ジュニッツが魔王Aを倒す
2月:王がジュニッツにひどいことをする
という場合、王は罰を受けない。
ジュニッツが功績を挙げたのは1月であり、それ以降にどれだけひどいことをしようと、『過去にひどいことをした』ことにはならないからだ。
しかし、もし、
2月:王がジュニッツにひどいことをする
3月:ジュニッツが魔王Bを倒す
という場合、王は罰を受ける。
『過去にひどいことをした』ことになるからだ。
ゲルダー王国の王たちも、まさにこれであった。
彼らはジュニッツを痛めつけようとした。彼を倒し、スキルを奪い、一生強制労働の刑にしようとした。
その報いを、ジュニッツが邪竜を倒した今、受けていたのだ。
「なんでええええ!? なんでネズミイイイイイ!?」
「ひ、ひ、ひいいいいいい!」
「うわああああああああああ!」
王たちの絶望の叫び声が、王都広場にこだました。
これまで欲望のままに庶民を痛めつけ、庶民を苦しめ、そして妖精たちを虐殺してきたゲルダ―王国の上層部が、この日、事実上消滅した。
◇
少しだけ先の話をする。
半年後、ゲルダ―王国では新王が即位した。
一時期は王たちが『行方不明』になったことで内乱が起きかけていたのだが、2つの陣営のうち片方の旗頭が病死したことで、たいした争いもなく新王即位となった。
新王は、前王のやり方は踏襲しなかった。
前王がどんな末路をたどったかを知っていて、ああはなりたくないと思ったのかもしれない。
新王の政治はいたって無難であり、税率は高いというほどではなく、労役や刑罰も苛酷というほどでもなく、良くも悪くも平凡そのものだったが、それでも前王が前王であるから、庶民たちは「いい王様だ」と歓迎した。
そしてもちろん、新王は妖精には手出しはしなかった(もっとも妖精の森の結界は既に復活していたため、手出しのしようがなかったのだが)。
なお、ネズミ頭の“自称”王たちは、『自らを王や国守と称する滑稽なネズミ! しかも頭だけが大きなネズミで、体は小さくて人間そのもの!』という触れ込みで王都で見世物にされ、その収益は庶民たちに還元されるようになったという。