25話 探偵、演説する
俺とアマミは連れ立ってリリィのところへ行った。
さっきまでの推理の話を妖精たちにするつもりはない。妖精王は実は嘘つきで神から魔法を受け取ってなんていませんでした、だなんて話をバカ正直にしたら、話がこじれる。
俺はただリリィにこう言った。
「お前たち妖精の神様の話を聞いていると、なんだかそっちのほうがよさげだ。俺とアマミも妖精の神様を信じてえ。ただちょっと信じ方はお前たちとは違うかもしれねえ。具体的には、どうも神様は実験が好きなように思える」
リリィは一瞬きょとんとした後、ぱあっと顔を明るくした。
「わあっ! わたしたちの神様を信じてくれて、うれしいのです。素敵な匂いのジュニッツ様ならなおさらなのです。あ、もちろん、アマミ様も。信じ方はもちろん自由なのです」
そう言いながら、俺の周りを「うれしいのです。うれしいのです」と言いながら、くるくるまわる。
素直に無邪気に喜んでいる。
俺は本気で妖精の神を信じているわけではないので、少し罪悪感を覚える。
ちなみに、俺もアマミも宗教というものに、さほど熱心ではない。
人間の神もあまり信じていない。
確かに『神の知らせ』や『世界活躍ランキング』などで、謎の存在から人類全体にメッセージが届けられている。この謎の存在こそが神様だと言えば、そうかもしれない。
だが、俺は昔から何でも頭から信じない性格で(たぶん前世が探偵だった影響だろう)、本当に謎の存在が神様なのか今ひとつ信用していなかったし、アマミもそんな俺の影響からか、似たような考えを持っている。
だから、妖精の神も別段信じているわけではない。
そのせいだろうか。
オリジナル宗派設立には失敗した。
『宗派変更』の能力を使おうとすると、どの宗派に変更するかを選べるのだが(途中でキャンセルすることで、能力を使わずに宗派一覧を見ることができる)、その中に俺が設立したはずのオリジナル宗派は載っていなかったのだ。
あるのは、バランス派や愛派や労働派といった既存の宗派ばかりである。
「ダメだ。ねえな」
「きっと本気で妖精の神様を信じていないからですよ。ジュニッツさんはひねくれてますからねえ。もっと素直にならないと」
「うるせえ。まあ、いい。なら他の妖精を説得すりゃあいいさ。ロードンのとこに行くぞ」
労働派の妖精ロードンは、相変わらず1人離れたところで塔の周りを踊っていた。
「おう、ジュニッツ様にアマミ様なのですな。労働の良さに気づいたのですかな?」
「気づいた。俺たちも労働派に入りたい」
まさか肯定されると思わなかったのか、ロードンは目を丸くして驚いた。
「……おうっ! おうおう! ま、まさかっ! 本気なのですかな!?」
「本気さ」
「おうっ! おうっ! 歓迎ですな! 嬉しいですな!」
「だが、1つ条件がある」
「おう、なんですな?」
「労働は実験をやりてえ」
「実験……なのですな?」
俺はロードンに実験が何かを説明した。
口だけはなく、実際にアマミに光魔法を使わせて、実験とはいかなるものかを見せてみた。
その上で、妖精王の魔法の1つである雷電流の誤字を修正する実験をやらせてみた。
『バリフリブデルグロデルカロテノレロロデロロロデグラーノレワルーラ』という呪文から誤字を探す実験である。
「おう、これは確かに労働ですな。汗水を流しますな」
「ああ。こうやっていろんな魔法を使って頑張る姿を見せることこそ、神の意思に叶っている気がするんだ」
「おう、確かにそうですな。これも労働ですな。納得ですな」
「やってくれるか?」
「おう、やりますな」
ロードンはうなずいた。
説得成功である。
もともと新宗派を作るほど革新的な変わり者の妖精なのだ。妖精王の魔法をいじるのにも、さほど抵抗する様子を見せなかったし、新しいことをやることへの拒否感も薄いのだろう。
俺は改めて、宗派変更の能力を使おうとした。
すると、宗派の中に『実験労働派』というものが現れた。労働派と実験派が合併したらしい。
まあ、名前は何でもいい。ともかく、新宗派設立成功である。
あとは妖精200人に実験労働派に改宗してもらうだけだ。
◇
夕方、リリィに妖精たちを村の一箇所に集めさせた。
俺は集まった妖精たちの前に立つ。
赤い夕日が俺の背後から射し込み、何やら幻想的な雰囲気を作っている。
俺は宗派変更の能力を使った。
対象は、興味しんしんな顔で俺を見る妖精たち。宗派は無論、実験労働派。
能力を使ったとたん、頭の中に言葉があふれてくる。
どんなことを言えば妖精たちを説得できるか、それが浮かんでくるのだ。
俺は口を開いた。
「妖精諸君。俺は、いい匂いである。
繰り返す。俺は、いい匂いである。
俺はすごくすごくいい匂いである」
そう言うと、左右白黒スーツのジャケットを両手でがばっと開く。
その勢いで、俺の匂いが妖精たちに届いたらしい。
「ふにゃあ……すてきな匂いなのです」
「最高の匂いなのです……最高なのです……」
「ふぁ~……」
みな、表情が恍惚とする。
「聞け、妖精たちよ! なぜ俺がこんなにもいい匂いか。ただの人間がこんなにもいい匂いのはずがない。であろう?」
妖精たちがはっとする。
「そ、そうなのです。ジュニッツ様の匂いはすてきすぎるのです」
「無敵なのです! 最強の匂いなのです!」
「これはもう天上の匂いなのです」
そんな妖精たちの言葉を捕らえて、俺は言う。
「そうだ。今、みなは良いことを言った。『天上の匂い』である、と。
それが答えだ。わかるか?
そう、俺は人ではない。天使だ。神から使わされた『香りの天使』なのだ!」
妖精たちがざわめく。
「香りの天使……聞いたことないのです……」
「で、でもでも、すてきな匂いなのです! 天上の匂いなのです! これはもう天使様の匂いなのです!」
「そうなのです。こんな、うっとりな匂い、神様の御使いでしかありえないのです! ジュニッツ様は天使なのです! 香りの天使様なのです!」
妖精たちが一斉に俺に崇拝と敬崇のまなざしを向けてくる。
無論、俺が天使のわけがない。斜め後ろにいるアマミからは必死で笑いをこらえている気配が伝わってくる。「ぷっ、ぷぷぷっ、ジュニッツさんが天使!」とか今ごろ必死で吹き出すのを耐えているのだろう。後で覚えてやがれ。
「さて、香りの天使である俺は、神から贈り物を預かっている。
何かわかるか? 魔法だ。
神は妖精諸君らが苦しんでいることに心を痛めている。そして、魔法をプレゼントなされようとしている。そして、軽々しく直々に魔法を授けることのできない神に代わって、香りの天使であるこの俺を地上に遣わされたというわけだ。ただし!」
俺は指を1本立てた。
「1つ注意点がある。俺はあくまで天使だ。神のように諸君らに今すぐ魔法を使わせることはできない。諸君らの魂の内に魔法を刻み込むだけである。その内に眠った魔法を掘り起こすのは、あくまで諸君である。
どうやって掘り起こすか?
答えは口笛である。諸君、口笛を吹いたことはあるか?」
俺はピューと口笛を吹いた。
「ほわっ!」
「なんなんなのです!?」
「きれいな音が出たのです!」
妖精たちは口笛を知らない(事前にロードンから妖精についていろいろ聞いていて、その1つがここで役に立った)。
みな、驚く。
「驚くことはない。口笛は簡単だ。こうやって口をすぼめて吹くだけだ。やってみろ」
俺に言われ、妖精たちは口笛を吹こうとする。
「ふーっ、ふーっ、ダメなのです、音が出ないのです」
「もっと口をとんがらせてみるのです……ピュ……あ! 出たのです! ちょっとだけ音が出たのです」
「舌の形も変えてみるのです……ピュー……出たのです! もっと音が出たのです!」
妖精たちは口笛を吹こうとあれこれ試す。
そのタイミングで、俺はパンと強く手を叩いた。
はっとしたように、妖精たちが俺を見る。
「さて、諸君。今のが諸君らが魔法を堀り起こす方法である」
妖精たちはきょとんとする。意味がわかっていない様子だ。
「わからないか? では諸君らが今やった行動を振り返ってみるのだ。
諸君らは、まずどうすれば音が出るかを考えた。口を尖らせたり、舌の形を変えたり、ともかく色々考えた。
次に、実際に口笛を吹いてみた。
最後に、音が上手く出たかを確認した。
これを何度も繰り返した。
諸君らがやったことはこれだ。
一言でいえば『試行錯誤』だ。成功するまで、何度もあれこれやってみたのだ。そして……」
俺は妖精たちをぐるりと見渡した。
「諸君らが、魔法を掘り起こす方法も同じだ。この試行錯誤でのみ呼び起こせるのだ。
香りの天使の俺が言うのだから間違いない。これはそういう神の儀式なのだ」
妖精たちは口々に「おお、神の儀式なのですか」だの「神の儀式なら納得なのです。昔から儀式はいろいろあるのです」だのと言う。
「なお、俺が諸君らに与える魔法の呪文は、妖精王の魔法の呪文と似ている。
だから呪文を掘り起こす時は、妖精王の魔法の呪文をベースに始めるのだ。いいな。
さて、ではこれより諸君らに魔法を与える。何か質問はあるか?」
「あの……」
リリィが遠慮がちに手を挙げた。
「なんだ?」
「ジュニッツ様が天使様であることはわかりました。ですが、その……わたしたちは不肖の子孫です……。妖精王様の魔法を満足に使うことも出来ません。
そんなわたしたちが、ジュニッツ様から頂いた魔法を使いこなすことなんてできるのでしょうか……?」
「できる!」
俺は力強く断言した。
「俺ができると言えば、できる。絶対にできる! 俺はいい匂いだ! そんな俺を信じろ!」
「ふぁっ……は、はい! し、信じます!」
リリィはこくこくとうなずいた。
周りの妖精たちも、それにつられるようにこくこくとうなずいた。
「たしかにいい匂いなのです」「いい匂いなら間違いないのです」とささやきあう。
「他に何かないか? ないな。よろしい。では、これより諸君らに魔法を与えよう。やり方は簡単だ。諸君、俺の周りを輪になってぐるぐる回りたまえ。時々両腕を挙げて『ろうどーう』と言いながら回るんだ」
俺は命じた。
別段意味のある儀式ではない。労働派のロードンがやっていた祈りをアレンジして、妖精たちに魔法を受け取ったと錯覚してもらうためのそれらしい儀式に仕立て上げただけである。
そんなインチキ儀式を、妖精たちは素直に受け入れる。
「ろうどーう! ろうどーう!」
口々に言いながら、ぐるぐる回る。ぐるぐるぐるぐる回り続ける。
夕日がいよいよ沈もうとする。
その時である。妖精たちが声を上げた。
「あっ! あっ!!!」
「か、かかか、神様なのです! 神様がいるのです!」
「神様が! 神様が来てくれたのです! 来ていただけたのです!!!」
妖精たちが驚愕と歓喜の声を上げる。
俺の遙か頭上に、大きな白髭を生やし、真っ白な服を着た老人の姿があった。頭には大きな白い三角帽子をかぶり、手には葉っぱの生えた杖を持っている。
そんな老人の姿が、夕日を背にぼんやりと映っていた。
無論、本物の神ではない。
事前に妖精たちから、彼らの想像する神の姿をさりげなく教えてもらい、それをもとにアマミが光魔法で偽造した神の映像である。
宗派変更能力のおかげで、妖精たちにこの映像を見せれば説得の材料になると感覚でわかったため、アマミに合図を送って映像を出させたのだ。
妖精を救うために、天使を騙り、神を騙る。
それが道義的に良いか悪いかはわからない。俺はただ自分ができることをやるだけだ。
神の姿はすぐに消した。
長々と見せていてはバレてしまう。
それでも、妖精たちにとっては、本物の神様が降臨したのと同じである。
衝撃的なできごとに、口をあんぐりと開け、ぽかんとしている。
俺はそのタイミングを逃さず、こう言った。
「さて、妖精諸君。これで魔法の受諾は終わった。たった今、降臨した神の力を借り、香りの天使であるこの俺が諸君らの魂に魔法を刻み込んだ。
あとは諸君らが、魔法を掘り起こすだけである。実験で呼び覚ますだけである。
さあ、諸君、実験だ。諸君らが魔法を目覚めさせるのを、神も待っているぞ。神の期待に応えようではないか!」
一瞬の沈黙ののち、妖精たちは、わーっと賛同の声を上げた。
「賛成なのです!」
「やるのです! 頑張るのです!」
「ジュニッツ様ー! 香りの天使様ー! すてきなのですー!」
改宗成功の瞬間である。