24話 探偵、外道王国と邪竜の倒し方を明かす 後編
“――”で始まる文章は過去の話からの引用です。
どうすれば、ゲルダー王国と邪竜を倒せるか?
それを推理するには、また別の『おかしな点』から話を進めなければならない。
「俺が気づいた『おかしな点』。それは、青い花についてだ」
「花? そんなのありましたっけ?」
「妖精の森に来た日、族長のリリィが光魔法を使っただろう? そして3回失敗した。あの時、青い花が出てきた」
リリィが光魔法に失敗した時の描写はこうだった。
――リリィはそう言うと、呪文を唱えた。
――「ラプルァリュ……」
――そして気まずそうな顔をする。どうやら噛んだらしい。俺にいいところを見せようとして、緊張しているのかもしれない。
――ポン、と音がして、花びらが4枚の青い花が出てくる。
「そういえば、そんなことありましたねえ」
「青い花は、魔法に失敗した時に出てくるとリリィは言っていた」
あの時、俺とリリィはこんな会話をした。
――「魔法に失敗すると、青い花が出るのか?」
――「は、はいなのです」
「あの青い花、どうしたか覚えているか?」
「どうしたんでしたっけ?」
「アマミのアイテムボックスにしまったんだよ」
――俺は「ありがとう」とうなずき、アイテムボックスに花をしまうようアマミに頼むと(何しろ俺は大の字で妖精たちに懐かれていて動けないのだ)、すぐにリリィとの話を再開した。
「あー、そういえばしまいましたねえ」
「そして、その後は一度も取り出していない。今日の昼、お前はこう言っただろう?」
――「この森に来てから、アイテムボックスからは肉しか取り出していないですねえ」
そう言ってアマミは苦笑しながら肉を取り出し、俺たちは焼いて食べたのだ。
「ええ、確かに取り出していません」
「ということは、青い花は3本ともまだアイテムボックスの中に入っている。そうだろう?」
「そうなりますねえ」
「ところで、邪竜を見に行った時、何か戦闘に使えるものはねえかと思って、一度アマミにアイテムボックスの中身を全部確認してもらったことがある。覚えているか? あの時、お前はこう言ったんだ」
――「ええっと、まずは魔物関連ですね。魔物肉が14体分、魔物の皮で作った服が4着、魔物の毛皮の毛布が2枚、同じく魔物の毛皮のじゅうたんが1枚。数も種類もわたしの記憶と一致しています。それから……ああ、これはジュニッツさんがザール王国を出たばかりの頃、珍しいと言って森で節操なしに拾ったものですねえ。色々な形の透明な石ころ4個に、色々な形の赤い星形の石ころ3個、色々な形の緑色の骨が5本、金属みたいに硬い不思議な黒い枯れ枝が1本。うーん、こんなにありましたっけ? 色々あって、どこで何を入手したのか、わからなくなってきました。あとこれは……青い枯れた花が3本ですか。これで全部ですね」
「変だと思わねえか? リリィからもらった青い花がないじゃねえか」
「え? アイテムボックスの中に『青い枯れた花が3本』ありますよね。これでは?」
「違う」
俺は首を横に振った。
「俺がリリィに、青い花をもらいたいと言った時、彼女はこう言ったんだ」
――「え、で、でも、わたしなんかの花ですし……明日には赤く枯れちゃいますし……」
「いいか。『赤く枯れる』だぞ。アイテムボックスの花はどうだ。『青い枯れた花』じゃねえか。赤くねえ。変だろ」
「じゃあ……どういうことです?」
「その青い花は、妖精の森じゃない別の場所で手に入れたものさ」
アマミはアイテムボックスの中身について、こう言っていた。
――「ああ、これはジュニッツさんがザール王国を出たばかりの頃、珍しいと言って森で節操なしに拾ったものですねえ」
その一方で、こうも言っていた。
――「うーん、こんなにありましたっけ? 色々あって、どこで何を入手したのか、わからなくなってきました」
つまり、アイテムボックスの中には、俺が節操なしに拾ったものが色々入っていて、アマミもどれが俺が拾ったものなのか把握できていないということだ。
「だから、その青い花は、妖精の森ではなく、ザール王国のあたりで摘んだものなんだよ」
「……じゃあ、青い花はどこにいったんです?」
「あるだろ。アイテムボックスの中に赤いのが。『色々な形の赤い星形の石ころ3個』。それさ。それが青い花さ」
「……え?」
アマミは、訳がわからないという顔をした。
「だ、だってこれ石ですよ」
「妖精の青い花は、枯れると赤い石になるんだ。リリィにとってそれは当たり前のことだから、彼女は単に『赤く枯れちゃいますし』としか言わなかった」
「でも、石ですよ? 花が石になるって……」
「妖精が頭につけている白い星形の石だって、木から生えてくるって労働派の妖精ロードンが言ってただろ? 木から石が生えてくるなら、花が枯れて石になってもおかしくねえさ」
アマミはしばし言葉を失った。形の良い青い目をぱちくりさせる。
それからこう言った。
「でも……それに何の意味があるんです? 変わった花だなとは思いますが、あまり重要とは……」
「意味はあるさ。赤い星形の石と聞いて、思い出すことはねえか?」
「えっと……」
「ついさっき、アマミが神殿跡地で地面の中をスキャンした時のことだよ」
「あっ!」
アマミは小さな口を開け、思い出したように声を上げた。
地面の中をスキャンする時、アマミはこう言っていたのだ。
――「何か……あります……メモ書きの近く……地中深くにたくさん……本当にたくさん……何万個も……それ以上かも……数え切れないくらい……」
――「何がだ? 何がたくさんある?」
――「赤い星です……」
――「赤い星?」
――「はい……赤い星形の石……いろんな形……大きさ……たくさん……ほんとうにたくさん……」
「そう。神殿跡地には赤い星形の石が大量に埋まっているんだ。赤い星形の石……長いな、赤星と呼ぼう。その赤星が大量に埋まってたんだ。
さて、赤星はどんな時に出てくるか? さっき話した通りだ。魔法に失敗した時さ。魔法に失敗すると青い花が出現し、それが枯れると赤星になる。
つまり、神殿跡地には、魔法に失敗した跡が大量に残っているのさ」
「で、でも……そうとは限らないのではないですか? 結果が同じでも原因も同じとは限らないじゃないですか」
アマミの言葉はもっともである。
たとえば、『地面が濡れている』という結果を見て、『雨が降った』と原因を断じることはできない。
もしかしたら、原因は『誰かが桶で水をぶちまけた』からかもしれない。
『水魔法を使う魔物が現れたこと』が原因かもしれない。
同じ結果でも、考えられる原因は様々なのだ。
だから『赤星が埋まっている』という結果があるからといって、原因が『魔法に失敗した跡だ』とは限らない。
何か別の原因で赤星が発生した可能性もあるからだ。
「確かにアマミの言うことはもっともだ。だがな、それでもやっぱり神殿跡地に埋まっていたのは、魔法に失敗した跡なんだよ。妖精王のメモ書きを覚えているか? こんなメモがあっただろ」
――『今日も白い星石が光る。木から生えるほうの星形の石は、もう片方のほうと違って光る。不思議だ。なぜ光る? あと触り心地がいい。ずっと触っていたい。いいな、これ』
「これを見て何か気づかねえか?」
「え? うーん、なんでしょう……」
「『木から生えるほうの星形の石は、もう片方のほうと違って光る』と言っているだろ? つまりな。星形の石は『木から生えるほう』と『もう片方のほう』の2種類があるんだ」
1種類目は、木から生えてくるパターン。
じゃあ、2種類目は?
「1つしかねえだろ。魔法の失敗で生まれてくるパターンだ。つまり赤星さ。
要するに、星形の石は、木から生えるやつと、魔法失敗でできるやつの2種類しかない。
木から生えるのは白い星だから、赤い星ができるのは魔法に失敗した時だけだ」
だから、神殿跡地に赤星が埋まっていたら、それは誰かがそこで魔法に失敗したという意味である。
誰が失敗したか?
妖精王しかない。
なぜなら、リリィがこう言っているからだ。
――「はい、ぜひ。あ……ですがその、神聖な場所ですので、あまり荒らさないでほしいのです。わたしたちは神殿跡地には絶対に入らないようにしていますし、ジュニッツ様も、そっと今のままの姿にしておいてほしいのです」
――リリィが言うには、ここは妖精の森ができた当初から神聖な場所で、妖精たちは決して近づかず、そこに妖精王が「我は神の声を聞いた。これより神から魔法を授かる」と言って神殿を建てたのだという。
神殿に来たことがあるのは、1人で儀式をしていた妖精王だけである。
その神殿跡地に赤星が大量に埋まっていたということは、妖精王が過去に神殿で数えきれないほど魔法に失敗したということである。
俺がこのあたりを説明すると、アマミは「なるほど……」とつぶやいた。
「でも、なんで魔法に何度も失敗したんでしょう? 神殿では、たしか神から魔法を授かる儀式をしていたんですよね。授かった魔法を練習していたんでしょうか?」
「残念だが、それは違う。妖精王の儀式の内容をよく思い出してみろ」
儀式の内容はこうだった。
――族長は神殿に篭もり、神からの魔法受諾の儀式を開始した。
――魔法厳禁の神殿の中で、人と交わりを断ち、1人でただひたすらに祈りを捧げることで、神から魔法を授かるのだ。
――するとその瞬間から、魔法を完璧に使いこなせるようになると言う。
――事実、その族長は誰も見たことのない魔法を完璧に使いこなした。
「あれ? 変ですね。神から魔法を授かった瞬間から、魔法を完璧に使いこなせるようになると言っています」
「だろ? 要するに本来なら魔法の練習なんていらねえんだよ。最初から完璧に使いこなせるんだからな。
というか、そもそも神殿の中は魔法厳禁って言ってるだろ? 魔法厳禁の神殿に、魔法に失敗した証拠の赤星が大量に埋まってること自体がおかしいんだよ。
どういうことか? 考えられる答えは1つ。
儀式自体がウソだったんだ。妖精王は儀式なんてやってない。神から魔法なんて授かっていないんだよ」
メモ書きにも残っている通り、妖精王は魔法厳禁のはずの神殿の中で、平気で魔法を使っている。
――『夜も神殿だ。暗い。光魔法をいくつも使う。星形の白光がいくつも輝く。そこそこ明るくなった。さあ、続きだ』
――『寝落ちした。真夜中に神殿で目が覚め、完全な真っ暗。光魔法で明るくしようとしたら呪文の最後で噛んだ。恥ずかしい。マジで恥ずかしい。鏡を見ると、光のせいで俺の顔がますます真っ赤に見える』
妖精王に儀式のルールなんて守るつもりはない。
なんで守らないのか?
そもそも儀式自体がウソだったからだ。
「儀式がウソ……」
「そうだ。妖精王が神から魔法を授かったってのはウソだ」
「……じゃ、じゃあ一体どうやって魔法を覚えたんです? 妖精王が誰も見たことのない魔法を使いこなして、白ドラゴンを追い払ったのは事実なんですよね?」
「そう。問題はそこさ。ちょっと事実を整理してみよう」
妖精王はウソをついてまで神殿で何か(行動Xと呼ぼう)をやっていた。
行動Xについてわかっていることは、次の3つ。
1.神から魔法を受け取っていない
2.膨大な回数、魔法に失敗している
3.行動Xの結果、新しい強力な魔法を使えるようになった
「アマミ、お前ならわかるはずだ」
「え?」
「覚えてねえか? お前はごく最近、1~3を全て満たすことをやっている」
「えっと……そんなのやってましたっけ?」
「やってるさ。レベルボード偽造だよ」
「あのジュニッツさんにこき使われたやつですか?」
「お前だって楽しそうにやってただろうが!」
妖精の森に来る前、俺とアマミはこんな会話をしていた。
――「でも、町に入る時、レベルボードを見られますよ?」
――「偽造できねえか?」
――「偽造?」
――「ああ。レベルボードを偽造するんだ」
レベルボードとは、自分の意思で空中に表示できる光の板であり、その人のレベルや名前や経歴が書かれている。
俺はこれをアマミに偽造させた。
偽造には光魔法を使った。
光魔法は本来、照明に使うものである。
その光魔法を小さく細かく並べると、文字に見えることに俺は気がついた。たとえば、このように並べれば「〇」に見える。
○○●●●●○○
○●○○○○●○
●○○○○○○●
●○○○○○○●
●○○○○○○●
●○○○○○○●
○●○○○○●○
○○●●●●○○
このような光の文字をたくさん並べれば、あたかも本物のレベルボードが出現したかのように見える。偽造できる。
それを俺はアマミにやらせたのだ。
「アマミ、レベルボードを偽造するのにどれくらいかかった?」
「ん? たしか1週間ですねえ。あれ、結構難しいんですよ? 同じ大きさの光の球を大量に作った上で、精密に縦横に並べないといけないんですから。厳密には違いますけど、ほとんどオリジナルの魔法のようなものです。ふふふ、そんな無茶なことを12歳の女の子にやらせるんですから、本当、ジュニッツさんは鬼みたいな人ですよねえ」
アマミはそう言って、クスクスと笑う。
「うるせえ。でだ、その1週間の間、お前はこんなことを言いながら、偽造を試していただろ。覚えているか?」
――「まずは小さな光の球を出すところからですね。
―― 魔力を込める量を極小に抑えれば、いけるでしょうか? やってみましょう。ん……。ダメですね。光が出て来ません。そもそも込める魔力が少なすぎると、魔法自体が発動しないのでしょう。
―― となると、最初だけ魔力をちょっと多めに込めて、それからすぐに魔力を抑えればいいのでしょうか? やってみましょう。ん……。ダメですね。光が大きすぎる。魔力を込める量か、タイミングか、リズムか……何かがまずいのでしょう。
―― であれば、今度はタイミングをずらして……」
「あの時、アマミは膨大な数の実験を行っていた」
難しい言い方をすれば『仮説→実験→検証』となるが、要するに『成功するまで、あれこれやってみる』ということだ。
まず、『魔力を込める量を極小に抑えれば、いけるでしょうか?』と仮説を立てる。
次に、仮説が正しいか確かめるため、『やってみましょう。ん……。』と実験をしてみる。
最後に『ダメですね。光が出て来ません。そもそも込める魔力が少なすぎると、魔法自体が発動しないのでしょう。』と実験結果を検証する。
そして、分析結果を踏まえてまた新たな仮説を立て、実験をし、結果を検証する。
よりシンプルに言うなら『試行錯誤』である。
その試行錯誤を1週間の間、実験に成功するまで(つまり偽造に成功するまで)延々と繰り返していたのだ。
「要するに、あの時のアマミは、ひたすら魔法の実験を繰り返しながら、正解に近づいていった。だろ?」
「ええっと……あまり意識はしていなかったのですが……。
わたしにとって今まで、魔法というのは、スキルボードから取得した魔法をそのまま使うものだったんですよ。
でも、ジュニッツさんの鬼みたいな要求に応えるには、それじゃあ無理で、それで自然とああいう行動をとってしまったんですが、言われてみれば実験ですねえ」
「鬼みたいは余計だ」
「じゃあ、鬼そのものですね。かわいい女の子をこき使う悪鬼ですよ」
「何をわけのわかんねえこと言ってやがる」
俺はそう言った後、一息つき、それからこう言った。
「で、これが答えさ」
「え?」
「今のが答えさ。わかるだろ?」
「えっと……あっ!」
アマミは気づいたようだ。
「わかっただろ? そうさ。妖精王もアマミと同じことをやっていたのさ。
妖精王は神から魔法を授かったんじゃない。
何度も実験して試行錯誤を繰り返しながら、オリジナル魔法を自力で開発したんだよ」
妖精王が神殿で行っていた謎の行動Xは次の3つの条件を満たしたものである。
1.神から魔法を受け取っていない
2.膨大な回数、魔法に失敗している
3.行動Xの結果、新しい強力な魔法を使えるようになった
アマミの魔法開発は1~3の条件をすべて満たしている。
自力で魔法を開発したのだから、神から魔法を受け取ってなどいない。
数えきれない回数の魔法実験を行ったのだから、そのぶん膨大な回数、魔法に失敗している。
そして、最終的に新しい魔法を生み出している。
「妖精王も同じだったのさ。アマミと同様、自力でオリジナル魔法を生み出したんだ」
「そ、そんなこと……できるんですか?」
「できる。さっきアマミも言っただろう。レベルボードの偽造なんて、ほとんどオリジナル魔法を生み出すようなものだって」
「確かにそう言いましたけど、でも厳密にはスキルボードから入手した魔法を応用しただけで、新魔法を作り出したってわけでは……」
「厳密な定義は知らねえが、結果として今まで見たことのない魔法になったんだろう? なら同じさ。それにな、妖精の魔法は人間とは違う。人間以上に柔軟だ」
人間の魔法とは異なり、妖精の魔法はスキルボードから取得する必要は無い。
リリィは妖精の魔法について、こう言っていた。
――「い、いえ。妖精王様は、妖精なら誰でも自分と同じように使える魔法だとおっしゃっていたそうなのです」
そう、妖精の魔法は呪文さえわかれば、どんな妖精でも使えるのだ。
おまけに呪文を変えれば、魔法の効果も自在に変えられる。
妖精王は光魔法を使おうとして呪文の最後で噛んでしまい、本来白い光が赤くなってしまった。
その結果、確かに魔法の性能は落ちてしまったが、しかしこれは言い換えれば、呪文を変えることで魔法の効果を自由に変えられるということである。
だから、呪文をあれこれ変えて実験を繰り返し、呪文の法則を見つけられれば、オリジナルの強力魔法だって開発することができる。
妖精王はそうやって魔法を開発したのだ。
俺がこのあたりを説明すると、アマミは「は~、なるほどね~」と感嘆した。
「……でも、なんで妖精王は、神から魔法を受諾しただなんてウソをついたんですか?」
「妖精たちはな、保守的なんだ」
「保守的ですか?」
「ああ。きわめて保守的で伝統的だ。神様とか妖精王とか、そういう権威・伝統に忠実なんだ。あいつらの言葉を思い出してみろ」
たとえばリリィは、こんな風に、妖精王の魔法があれば他に何もいらないとまで言い切った。
――「これは妖精王様が残した魔法の本なのです。神様から受け取った魔法が全部書いてあるのです。これさえあれば魔法は完璧なのです。他に何もいらないのです」
たとえば、妖精たちに魔物の肉を提供した時、妖精王のレシピに載っていないから料理できないと、こんな風に抵抗された。
――「妖精王様のレシピにも載っていないのです! どう料理すればいいのかわからないのです!」
――「うー、でもでも、レシピががないと……」
たとえば、神様や妖精王のような権威ある存在を『正しい方向に導いてくれる』と崇拝していた。
――「神様がいるのです。みんなで時おり、『わたしたちを正しい方向に導いてください』と祈るのです。それが基本なのです」
――「妖精王様もすごいお方なのです。わたしたちを正しい方向に導いてくれるのです」
――「神様はすごいのです。絶対的なのです。世界を作ってくださり、わたしたちを作ってくださり、妖精王様に魔法を授けてくださったのです。だから、どうかわたしたちを正しい方向に導いてください、とお祈りするのです」
「な? よく言えば伝統的。悪く言えば、新しいものに否定的なんだ。そんな妖精たちが相手なんだ。『オリジナル魔法を開発したぜ』だなんて正直に言うよりは、『古くから言い伝えられている魔法受諾の儀式を行います』と言った方がいいだろ」
「まあ……確かに抵抗は少ないでしょうね」
アマミはうなずいた。
「だが、今は非常事態だ。保守だの伝統だのと言ってられねえ。俺たちと妖精全員の命運がかかっている。
だから、妖精たちには実験をやってもらう」
「妖精王みたいにオリジナル魔法を開発させるんですか?」
「さすがにそこまでは期待していねえさ。ゼロから数々の新魔法を生み出した妖精王はたぶん天才だしな。だが、ゼロからは無理でも、呪文の修復なら普通の妖精でもできる」
「修復?」
青い目をぱちくりさせながら、アマミが疑問を口にする。
「ああ。思い出せ。妖精王の魔法書に載っている呪文は誤字だらけだった。だから魔法の威力が弱くなっちまった。だろ?」
「ええ、覚えています」
「その誤字を修復させるのさ」
「そんなことできるのですか?」
「できる」
誤字があるとわかっているのなら、呪文を1文字ずつ変えて試せばいい。
たとえば、妖精王の本来の呪文が、こうだったとする。
アアアアアアアアア
ところが誤字のせいで、魔法書にはこう書かれていたとする。
アアカアアサアアタ
誤字は全部で3か所だ。
どうすれば正しい呪文である『アアアアアアアアア』を見つけられるか?
簡単だ。とにかく呪文を1文字ずつ変えてみればいいのだ。
イアカアアサアアタ
アウカアアサアアタ
アアエアアサアアタ
などなど、とにかく1文字ずつ色々と変えてみる。
そして、変えるたびに実験する。つまり1文字変えた魔法を試してみる。
威力が変わらないか、かえって弱くなっていたら失敗だ。
また別パターンを試す。
1000パターンも試さないうちに、
アアアアアサアアタ
というように、3文字目の誤字『カ』を正しい字『ア』に変えるパターンにたどり着くだろう。
当然、誤字が1文字直っているから、呪文の威力は強くなる。
成功だ。
3文字目は『ア』が正解である。1文字修復完了だ。
これを延々と繰り返せば、魔法が1個修正できる。
後は、妖精王のすべての魔法に対して、同様の方法で修正するだけである。
200人の妖精全員でひたすらやれば、そんなに時間はかからないはずだ。
「……すごいこと考えますねえ」
「だが、これしかねえだろ?」
「うーん……でも、ジュニッツさん。妖精たちって保守的で伝統的なんですよね? そんな伝統的な妖精たちが、偉大なる妖精王様の魔法を変える実験なんてやってくれますか? 妖精王の魔法書に誤字があることは言うつもりはないんでしょう?」
「……なんでそう言える?」
俺の疑問に、アマミはこう答えた。
「だって、そんなこと言ったら、書写の妖精が悪者になっちゃうじゃないですか。彼女はまだ仕事を引き継いで1年も経っていないのに、それは酷でしょう。ジュニッツさんが、そんなことをやるはずありませんよ」
「……ふん!」
俺はただそれだけを言った。
「で、実際どうするんです? 誤字のことは上手いことごまかすにしても、保守的な妖精たちに偉大な妖精王の魔法を変える実験をやってもらうのはハードルが高いですよ?」
「なあに、そのための宗派変更さ」
―――――
『宗派変更』
相手の宗派を変更するよう、最大級に上手い説得ができる。
相手が複数でも効果を発揮する。
※あくまで説得であるため、相手が納得しなければ変更は失敗する。
※宗教そのものは変えられない。宗派だけ。
※あなたに好意を持つ相手にのみ効果を発揮する。
※この能力は一度使うと消える。
―――――
俺はこの能力で、妖精たちに改宗するように説得するつもりである。
「なるほど……。
あれ? でも、ジュニッツさん。結局、どの宗派に改宗してもらうんですか?
妖精の宗派って全部で4つですよね?
大半の妖精が信じているバランス派。
愛が極端に大好きな、愛派。
働くのが極端に大好きな、労働派。
祈るのが極端に大好きな、祈り派。
このうちのどれですか? 愛派ですか? 労働派ですか? 祈り派ですか? どれに改宗してもらうんですか?」
「アマミはどれだと思う?」
俺はアマミに聞いてみた。
「うーん。実験をがんばるんだから労働派でしょうか。でも、労働派も塔を作って労働ダンスを踊っているだけでしたよね。となると……愛派ですか? 仲間を思う愛の気持ちで、伝統を捨てて実験をしてもらう、とか」
「なかなか面白いな」
「もー、ごまかさないでくださいよ。結局どの宗派なんです?」
「そうだな。そろそろ、そいつを明らかにするか。妖精たちに改宗してもらう宗派は……」
「宗派は?」
俺はひとつ息を入れると、こう宣言した。
「『どれでもない』だ」
「……は?」
「どれでもねえんだよ。4宗派のどれでもねえ」
「どれでもないって……じゃあ『宗派変更』を使わないってことですか?」
「使う」
「え、でも、だってそれじゃあ……」
「簡単な話さ。オリジナル宗派を作るんだよ。実験大好きなオリジナル宗派を俺が作る。そのオリジナル宗派に改宗してもらうのさ」
アマミは絶句した。しばしのあいだ、何も言えずにいる。
たっぷり1分が過ぎた頃、ようやく口を開いてこう言った。
「……オ、オリジナル宗派って……だ、だって、そんなのダメじゃないですか」
「ダメじゃねえさ。祈り派のイーノに『なんでそんなに祈るようになったのか?』と聞いた時、あいつはこう答えただろ」
イーノはこう言ったのだ。
――「人間の騎士たちに追われて……木の陰に隠れていたけれども見つかりそうになって……もともと植物が好きだから……死ぬなら植物から生まれたことを感謝して死にたいと思って祈っていたら……騎士たちに見つからなくて……それ以来祈るようにしているのです」
「イーノは、人間の騎士たちに追われた時に祈ることを始めたと言った。祈り派はこの時に生まれたんだ。だが、ゲルダー王国の騎士団が現れたのは、いつだ?」
「……1年前ですね」
「そうさ。つまり、祈り派って宗派は、たった1人の妖精がわずか1年前に思い付きで作った宗派なんだよ。
そんなんで新宗派を作れるんだったら、俺だって作ってもいいはずだろ?」
作り方は簡単だ。
『今から妖精の神様を信じます。でも、信じ方はみんなと違います。神様は実験が大好きだから、みんなで実験をすることを望んでいると思います』って言えばいい。
新宗派『実験派』の誕生だ。
愛派のアイナも、労働派のロードンも、祈り派のイーノも、同じようなことを言って許されているんだ。俺だって許されるはずだ。
それに、もしこれでダメだったとしても、妖精の誰か1人に実験派になってもらうよう、『宗派変更』を使わずに普通に説得すればいいだけの話だ。
妖精は200人もいるのだ。1人くらいはあまり保守的じゃない妖精がいてもおかしくない。その1人相手なら、『宗派変更』無しで普通に説得できる可能性が高い。
意外とロードンあたりがいけるかもしれない。あいつは労働派で塔を作っているが、根っこはただの労働中毒だ。何でもいいから働きたいというだけで、塔作りにこだわりがあるわけじゃない。だから、実験も労働だと言って説得すれば、あっさりと改宗してくれるかもしれない。
そうやって実験派の設立に成功したら、後は妖精200人に対して『宗派変更』の能力を使えばいい。
能力を使って、実験派に改宗してもらうよう、最大級に上手い説得を……妖精たちが納得できるような説得をするのだ。
改宗に成功したら、妖精200人全員で、妖精王の魔法の誤字を修復してもらう。
修復できたら、後はその魔法の力で邪竜とゲルダー王国を倒させるだけだ。
以上が、俺の導き出した答えである。
ちなみに、レベルボード偽造の話をした時、俺はこう言っている。
――この偽レベルボードが、35日後、麻薬のために妖精を虐殺するゲルダー王国の幹部(国王や大臣や騎士たち)をひどい目に合わせるための重要な鍵となる。
これはどういう意味かというと、『偽レベルボードを作る手法(実験を繰り返す)こそが重要な鍵である。なぜなら、この手法を妖精たちにやってもらうことで、妖精王の魔法が復活し、ゲルダー王国を倒すことになるからだ』という意味だったのである。
俺はある意味、はじめから答えを言っていたのだ。
「何か質問はあるか?」
「ジュニッツさんは相変わらずわけのわからないことをするなあ、と思いました」
「要は疑問はねえってことだな。なら結構。
さあ、行くぞ、相棒。俺はこれから妖精たちを説得する。説得して宗派を変えてもらい、妖精王の魔法を復活させる。そして邪竜とゲルダー王国を倒すんだ!」
面白いと思っていただけましたら、
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