22話 探偵、神殿跡地で答えに気づく(ここまでが2章の問題編)
俺とアマミは軽く肉を焼いて昼食を済ませた。
「この森に来てから、アイテムボックスからは肉しか取り出していないですねえ」
アマミはそう言って苦笑した。
まわりでは妖精たちが木の実を食べている。
彼らは基本的に木の実をそのまま食べる生活をしている。
かわいらしく頬張っている。
昼食を済ませると、俺たちは族長のリリィのところに行った。
「妖精王について知りたい」
俺の言葉にリリィは「妖精王様に興味を持ってくれて嬉しいです」と本当に嬉しそうな顔をして、3人の妖精を紹介してくれた。
いずれも妖精王に関わりの深い妖精だと言う。
◇
1人目は、語り部の妖精だった。
妖精王の英雄譚をはじめとした言い伝えに残る様々な話を、みんなに語って聞かせるのが得意な妖精らしい。
挨拶もそこそこに、彼は話し始めた。
「いやあ、ジュニッツ様が妖精王様の話を聞きたいということで、とっても張り切っているのです。わくわくしているのです。みんな妖精王様の話を聞くと元気になるので、語るのは大好きなのです。大好きすぎて、何の話から始めるか迷っているのです。でも、やっぱりまずは妖精王様の誕生の話から……」
よくしゃべる妖精である。
彼は、妖精王と白ドラゴンとの戦いの話や、妖精王のちょっとした日常の話など、言い伝えに残る様々な妖精王のエピソードを語ってくれた。
意外と、派手なエピソードは少なかった。
最大の見せ場であるはずの『白ドラゴンとの戦い』も、妖精王は妖精たちに「危ないから下がっていろ」と言っていたらしく、妖精たちは遠くから見ていただけらしい。そのせいか、今ひとつ臨場感に欠ける。
他にも、木の実を食べ過ぎて腹を壊した話だの、カッとなって怒り散らした話だのと、妖精王の負の面のエピソードも多い。
普通、英雄のエピソードというのは、もう少し脚色されているものである。
妖精というのは素直なのかもしれない。
素直だから話を盛ったり改変したりせず、そのまま言い伝えているのかもしれない。
「ご清聴、ありがとうございますなのです」
話し終えると、語り部の妖精は頭を下げた。
そして「お礼にスリスリさせてほしいのです」と言って、俺に体をこすりつけた。
彼の帽子の白い星石がピカピカと3回光った。
◇
2人目は、書写の妖精だった。
妖精王の著作を書き写すのが仕事だと言う。
「書き伝えていかないと、妖精王様の著作は全部失われてしまうのです。大事な仕事なのです」
そう言って、彼女は色々と話してくれた。
妖精王は白ドラゴンを追い払った半年後に突然亡くなったが、彼はその半年の間に全ての著作を自らの手で書き残したこと。
その妖精王の著作が失われた時に備え、彼女の祖先は妖精王の死の直後から、この仕事を始めたこと。代々休まず妖精王の著作を専門に、あらゆる著作をまんべんなく書き写していること。そして代々完璧に著作を保存してきたこと。
書写の妖精は、ゲルダー王国の騎士団に父を殺されてから仕事を引き継いだこと。
どの著作も、何度もやってようやく一族の標準レベルの速さで書き写せるようになったこと。
他にこの仕事をやっている妖精はいないので寂しいこともあるが、最近は楽しくなってきたこと。どの著作も書き伝えていかねばならないために責任を感じるが、同時に大事な仕事ができる喜びを感じていること。
時々、妖精王の著作の1つである宣言書の『白い星を恐れるな。何度でも恐れるな。さすれば道は開かれる』という言葉を思い出すこと。
思い出しながら、帽子の白い星を触ると、星が強く3秒ほど光り輝き、元気が湧いてくること。
最後に、妖精王の著作の1つである詩を朗読してくれた。
「妖精王のご両親を称えた詩なのです。素敵な詩なのです。読むのです。
『ああ、父よ、母よ。情熱の父ハプアクレパリスよ。優しさの母アラニパパリペマルスよ。
我らの白い星がいつまでもお2人の上に輝きますように。
いつまでもいつまでも、ピカピカとピカピカとピカピカと白く立派に輝きますように。
火の情熱と、水の優しさを込めて祈ります』
話が終わると、彼女もまた「お礼に匂いを嗅がせてほしいのです」と言い、俺にスリスリしてきた。
帽子の白い星は光らなかった。
◇
3人目は、妖精王の魔法を復活させようとしている妖精だった。
「わたしたちは不肖の子孫なのです。妖精王様の魔法をまともに使うことができないのです。だから、がんばってちゃんと本来の威力で魔法を使えるようにしたいのです」
彼は、リリィの許可をもらい、妖精王の魔法を練習しているのだという。
他にも仲間の妖精がたくさんいて、彼はその代表を務めているらしい。
妖精王の魔法の威力を取り戻そうとしている俺と、似たようなことをしている。
「がんばらないと、みんな死んでしまうのです……」
彼は言った。
妖精たちは無邪気で明るいので気づかなかったが、考えてみれば、彼らは騎士団に仲間を殺されているのだ。
中には、彼みたいに魔法の力で何とかしようと考える妖精だっていてもおかしくない。
「さっそく魔法を見てほしいのです」
「ん? もう魔法の威力を取り戻したのか?」
「まだなのです。でも人前でやると成長するのです。いくのです」
彼は右手を高々と天に挙げ、呪文を唱える。
「バリフリブデルグロデルカロテノレロロデロロロデグラーノレワルーラ!」
雷電流という魔法の呪文らしい。
本来ならここで雷のごとき強力な電流が、天に向けて走るのだという。
だが、彼の右手から発せられたのは、弱々しいかすかな電流だけだった。
リリィから話に聞いていた通りだ。妖精王の魔法の威力は弱くなっている。
あれではゴブリンすら倒せないだろう。
いくら練習してもこうだという。
「全然ダメなのです……でも、がんばるのです!」
俺はそんな妖精の姿を見て、いくら訓練してもレベル1だった自分を思い出した。
「匂いを嗅いでいくか?」
「いいのですか?」
「ああ、構わねえ」
「で、では」
妖精はそう言って、俺に体をすり寄せた。
帽子の星は光らなかった。
◇
「どうですか?」
3人の話を聞き終えた俺に、アマミが言った。
「まだ足りねえ。もう少し知りたいな」
そんな俺たちに、リリィがこう言った。
「それでしたら、神殿はどうでしょう?」
「神殿?」
「はい。妖精王様が、神様から魔法を受諾する儀式をおこなった神殿です。神殿はもう崩れてしまっていますが、その跡地があります」
そういえば、妖精王は神殿で儀式をして神から魔法を授かったのだと、リリィは前に言っていた。
その神殿の場所を、リリィは教えてくれた。
「ありがとう。行ってみよう」
「はい、ぜひ。あ……ですがその、神聖な場所ですので、あまり荒らさないでほしいのです。わたしたちは神殿跡地には絶対に入らないようにしていますし、ジュニッツ様も、そっと今のままの姿にしておいてほしいのです」
「わかった。約束しよう」
「ありがとうございますなのです」
◇
「妖精王の神殿跡地ですか。どんなところなんでしょう?」
「行ってみりゃわかるさ」
俺とアマミは神殿跡地に向かった。
神殿跡地は、一目でわかった。
森の木々が途切れ、ぽっかりと空いた空間に、石の塀で囲まれた場所があったからだ。
リリィが言うには、ここは妖精の森ができた当初から神聖な場所で、妖精たちは決して近寄らず、そこに妖精王が「我は神の声を聞いた。これより神から魔法を授かる」と言って神殿を建てたのだという。
とはいえ、かつて神殿を囲んでいたであろう石の塀はほとんど崩れ、風化している。
もともとはもっと高かったのだろうが、今は一番高いところでさえ俺の胸よりも低い。
それでも、手のひらサイズの妖精たちからすれば見上げるような高さだろう。
神殿の敷地はこの塀に囲まれた範囲である。
縦横それぞれ30メートルほどか。
人間にとってもなかなかの広さである。妖精からしてみれば、巨大な敷地と言っていい。
そして、塀の中はと言うと……。
「崩れちまってんな」
「崩れていますねえ」
塀の内側にあるのは、かつて神殿だった何かだった。
崩れて半分風化した石柱があちこち転がっている。同じく半分風化した石壁がそこら中に転がっている。
ただそれだけである。
「ん?」
俺はふと何かに気づいた。
地面に黒い石の板みたいなものが刺さっている。
あれは……。
「おい、アマミ。あれ、石碑じゃねえか?」
「確かに石碑っぽいですね」
「石碑なら何か書いてあるんじゃねえか?」
「ん……ダメですね。風化していて、完全に表面がまっさらになっています。何も読み取れません。どうも、このへんの石は風化しやすいみたいですねえ」
「なら……地面の中か?」
地面の中なら石も風化しない。
何か手がかりになる情報が刻まれた石が埋まっているかもしれない。
だが、俺は『神殿は荒らさないこと』をリリィと約束してしまっている。むやみに掘るわけにはいかない。
今だって、塀の外から敷地をのぞきながらアマミとあれこれ言っているだけで、神殿の敷地内には入ってないのだ。
さて、どうするか。
「スキャンしましょうか?」
悩む俺にアマミが提案してくる。
「スキャン?」
「はい。建物とか地面とかの内部を、外側から傷つけずに調べる魔法です」
「便利だな」
「そのぶん制約も多いですけれどねえ。妨害もされやすいですし。でも、地面に埋まっているものを調べるのには向いていますよ」
「なら、やってくれ」
「はい」
アマミは目をつむり、神殿跡に向けて手をかざす。
「ん……いろいろ埋まっています……柱……壁……床……特に特徴は無いです……それから……これは石版? 内容は……妖精王のメモ書き……でしょうか?」
アマミは集中しているのか、言葉が途切れ途切れである。
「メモ書き? なんで石版にメモ書きなんて残すんだ? 本と同じように書けばいいだろうに。たまたま手元に書くものがなかったのか?」
「わかりません……ただ、石版の数は……そんなに多くありません……」
「まあ、いい。それで、なんて書いてある?」
「んと……妖精王の字ってずいぶん特徴的というか……変わっているんですね……こんな字初めて見ますよ……ああ、大丈夫です……読めます」
そう言って、アマミはメモ書きを全部読み上げた。
列挙するとこうである。
『今日も神殿。興奮する。白い星石が光った。たまに光るようだ。今日も激しく3秒ほど光った』
『夜も神殿だ。暗い。光魔法をいくつも使う。いつものように白い星形の光がいくつも輝く。そこそこ明るくなった。さあ、続きだ』
『また星石が激しく3秒ほど光る。新しい魔法が使えるようになった』
『腐った木の実をうっかり食べて腹を壊した。マジ痛い』
『今日も白い星石が光る。木から生えるほうの星形の石は、もう片方のほうと違って光る。不思議だ。なぜ光る? あと触り心地がいい。ずっと触っていたい。いいな、これ』
『腹を壊して消化にいいメシを作ったのがきっかけで、料理を始めた。けっこう楽しい。ハマるかも』
『強力な魔法がまた使えるようになる。そしてまた星石が強く3秒くらい光る』
『寝落ちした。真夜中に神殿で目が覚め、完全な真っ暗。光魔法で明るくしようとしたら呪文の最後で噛んだ。恥ずかしい。マジで恥ずかしい。鏡を見ると、光のせいで俺の顔が本来よりも赤く見える』
『強力な魔法を使えれば女の子にもてるかと思ったが、かえって崇められ始めてしまった。オレのことを妖精王と呼ぶやつもいる。どうしてこうなった?』
『近頃は妖精王としか呼ばれなくなった。デペペリベディスと名前で呼ばれていた頃がなつかしい』
『オレのことを亡くなった両親以上だとほめたたえる声がある。父ハプアクノパリスと母アラニパパリペマナスの名は立派な先代族長とその妻として知られているが、オレはそれ以上だと言うのだ。オレなら白ドラゴンを倒せるという期待を込めているのだろうか』
『明日はいよいよ白ドラゴンと戦う日だ。勝てば、妖精王という呼び名は一時的なものでなく、永遠のものになるだろう。苦労して勝ったとしても、そんな恥ずかしい呼び名を残されるとか、何の罰ゲームだ。まあ、いい。これもあいつらのためだ。罰ゲームのために頑張ろう』
これで全部らしい。
「なるほど……」
俺がそうつぶやいた時である。
アマミがこう言った。
「……あれ?」
「どうした?」
「何か……あります……メモ書きの近く……地中深くにたくさん……本当にたくさん……何万個も……それ以上かも……数え切れないくらい……」
「何がだ? 何がたくさんある?」
「赤い星です……」
「赤い星?」
「はい……赤い星形の石……いろんな形……大きさ……たくさん……ほんとうにたくさん……」
どういうことだ?
地面に赤い星形の石がたくさん埋まっている?
何か意味があるのか。それとも何の意味もない情報なのか。
「ん……だいたい埋まっているのはこれくらいですね……」
アマミはそう言って、スキャンの魔法を終えた。
「なにかわかりましたか?」
「どうだろうな……」
俺は返事をしながら、これまでのことを振り返っていた。
荒野の魔王を倒してから、これまでのことだ。
見聞きしたことを、ひとつひとつ思い出していく。
(ん?)
なんだろう、この違和感。何か妙な違和感を覚える。
これはなんだ?
……矛盾だ。
これまで見聞きしたことに中に、あきらかに矛盾していることがある。ひとつだけではない。複数ある。
その矛盾を俺はひとつずつ突き詰めていく。
頭が高速で回転する。
論理を展開していく。
答えを見つけ出そうとする。
左右白黒スーツのズボンに左手を突っ込み、右手で中折れ帽を深くかぶり直しながら、思考を突き詰めていく。
そして……。
「あっ!」
俺は声を上げた。
謎が解けたのだ。
妖精たちに改宗してもらう宗派は何か?
どうすれば、ゲルダー王国と魔王邪竜を倒すことができるか?
この謎の答えを、俺は解き明かしていたのだった。
◇
「謎が解けたのですか!?」
「ああ」
俺とアマミは、神殿跡地の脇に座っていた。
俺はこれから、アマミに謎の答え……つまり、魔王とゲルダ―王国の倒し方を語ろうとしている。
なお、わけあって、妖精たちは呼んでいない。
「さて、初めに言っておきたいことがある。
俺は妖精の全てがわかったってわけじゃねえってことだ。あくまで、妖精たちを率いてゲルダー王国と魔王邪竜を倒す方法がわかったってだけだ。
例えば……妖精がなんで妖精樹から生まれるのかとか、なんで俺の匂いがこうも好きなのかとか、なんで体内に妖精石なんて石が埋まってるのかとか、そういうのは全部わからねえ。他にも色々とわからねえことだらけだ」
妖精は謎でいっぱいである。
「でも、魔王とゲルダー王国を倒す方法は見つけたんですよね?」
「ああ」
「なら、十分ですよ。わたしなんてさっぱりですから」
アマミは「お手上げです」と言いたげに、両手を左右に広げた。
「ややこしい謎だったのは確かだ。推理の役に立たないノイズの情報もあったしな」
「ノイズがある中で、どうやって推理したんです?」
「簡単さ。俺たちがこの森に来てから見聞きしたことの中に、露骨に矛盾する情報がいくつかあった。その矛盾をとっかかりに推理しただけさ」
「露骨な矛盾ですか? そんなのありましたっけ?」
「いくつかな」
アマミは「ううん……」とうなった。
「やっぱりわたしにはわからないですよ。今回、ジュニッツさんは妖精たちの宗派を変えようとしているわけでしょう」
「月替わりスキルのこの能力を使ってな」
―――――
『宗派変更』
相手の宗派を変更するよう、最大級に上手い説得ができる。
相手が複数でも効果を発揮する。
※あくまで説得であるため、相手が納得しなけば変更は失敗する。
※宗教そのものは変えられない。宗派だけ。
※あなたに好意を持つ相手にのみ効果を発揮する。
※この能力は一度使うと消える。
―――――
「で、妖精たちの宗派は4つあるんですよねえ。
大半の妖精が信じているバランス派。
愛が極端に大好きな、愛派。
働くのが極端に大好きな、労働派。
祈るのが極端に大好きな、祈り派」
「そうだ。その4つだ」
「バランス派はすでにほとんどの妖精が信じていますから、これに改宗してもらっても意味がないです。だから変えるとしたら、愛派か労働派か祈り派です。でもなあ……」
アマミは頭をひねる。
「例えばですよ。妖精全員に愛派に改宗してもらったとしましょう。すると、みんなで鼻をこすりつけ合うやつ、『はなくなくな』でしたっけ? あれをやって愛を確かめ合うようになるんですよね」
「ああ、そうだな」
「それで何が起きるんです? いえ、妖精のことですから、愛パワーで何かすさまじい奇跡が起きるかもしれませんけど、断言できませんよね?」
宗派変更の能力は1回しか使えない。
変えてみてダメでしたでは、困るのだ。
「労働派も祈り派も同じですよ。みんなで『ろうどーう』ってダンスをしたり、満面の笑みで祈りのポーズをしたりして、何になるのですか? もちろん妖精は人間とは違いますから、何かが起きるかもしれませんけれども、具体的に何が起きるかなんて断言できませんよね?」
「逆に言やあ、断言できりゃ改宗してもらっても問題ねえわけだ」
「どうやって断言するのですか?」
「そいつをこれから語るのさ」
俺はアマミを前に答えを語り始めた。
ここまでが2章の問題編です。
次話から解決編が始まります。