21話 探偵、変わり者たちの話を聞く 後編
3宗派のうち、愛派と労働派の話は聞いた。
残るは祈り派である。
俺とアマミは、祈り派の妖精のいる場所に行った。
そこは木漏れ日の射し込む空間であった。
その中で、1人の妖精が太陽の光を全身に浴びるように両腕を広げて立っていた。
「わたしはイーノ……あなたたちはジュニッツ様にアマミ様……なのです」
無表情のまま、抑揚のない声で静かに言う。
妖精というのはだいたい明るく無邪気なものなので、こういうタイプは珍しい。
痩せ型であり、全体的に線が細い。
男女のどちらであるかはわからない。中性的な雰囲気である。
「ああ、そうだ。ジュニッツにアマミだ」
「どのような……ごようなのです?」
「祈りについて聞きてえ」
「……と言いますと?」
「お前は1日中祈っていると言う。それこそが神の望むところなのだと言う。そこのところを詳しく聞きてえんだ」
「わかったのです……」
イーノはそう言うと、木漏れ日の下に俺たちを案内した。
「では今から……いっしょに祈るのです」
「一緒にか?」
「やってみるのが……早いのです」
「いいだろう」
祈りというと、跪いて両手を合わせ、神様にひたすら祈りの言葉を捧げるイメージがある。
妖精もそんな感じだろうか。
そう思っていると、イーノはしゃがみこみ、高く上げた両手のひらを頭の上でくっつけた。
「何をやっているんだ?」
「祈り……なのです」
「それが祈りなのか?」
「妖精は……木から生まれたのです」
「ああん?」
いきなり訳のわからないことを言う。
どういうことか聞いてみると、こうだった。
神様に祈りを捧げると言っても、言葉で通じるかはわからない。
だから、体全体の動きで感謝の気持ちを伝えるのだと言う。
感謝とは「神様。わたしたち妖精を生んでくださってありがとうございます。今、幸せです」という気持ちを伝えることらしい。
そのためには、その『神様が妖精を生んでくださるまでの流れ』を、体の動きで再現することが大事だと言う。
妖精はどうやって生まれてくるか?
妖精の森が出来ると、まず妖精樹の花から最初の妖精が生まれるのだ。それから後は普通に繁殖するが、ともかく最初の妖精は妖精樹から生まれる。
古くからそう言い伝えられている。
だから、妖精樹が芽吹いて木になり、花が咲き、花から最初の妖精が生まれるまでの流れを、全身の動きで再現するのだ。
そうして最後に、「そうやって生まれてきた我々妖精は今幸せです、神様ありがとうございます」という気持ちを表すのが、イーノの祈りだと言う。
「……俺にその『全身の動き』とやらを、やれというのか?」
「ぜひとも……体験してみてほしいのです」
「……いいだろう」
邪竜とゲルダ―王国を倒すには、妖精たちの宗派を知る必要がある。
本気でやつらに勝つ気なら、恥も外聞もクソもねえ。
なんだってやってやる。
「まずは芽吹くポーズ……なのです」
イーノは先ほどと同じように、しゃがみこみ、頭の上で両手のひらをくっつける。
俺も真似して同じポーズを取る。
「次に植物が……伸びていく様子を……表すのです」
イーノは腰を振りながら、体を上に伸ばしていく。
俺も真似して伸ばす。
「ダメなのです……腰の振りが……足りないのです」
そう言われ、やり直しを命じられる。
植物が伸びる時、絶対に腰は振らないと思うのだが、これも勝つために必要なことである。
俺は腰を左右に振りながら体を上に伸ばす。
何かすごく恥ずかしいことをしている気がするが、心を無にする。
「次に……伸びた木が太陽の光を浴びるのです……喜ぶのです……」
イーノは両腕を斜め上に伸ばし、Yの字型のポーズを取る。
そしてぴょんぴょん跳ねながらくるくる回る。
俺も真似してくるくる回る。
「ダメなのです……ぴょんぴょんが……足りないのです」
そう言われ、やり直しを命じられる。
植物が太陽の光を浴びる時、絶対にぴょんぴょん飛び跳ねないと思うのだが、これも勝つために必要なことである。
俺はぴょんぴょんしながら、Yの字ポーズでくるくる回る。
やっぱり何かすごく恥ずかしいことをしている気がするが、心を無にする。
「最後に……花が咲き……幸せ満面の妖精が生まれてくるのです」
イーノは両手を顔の左右で広げて花が咲く様子を表すと、今までの無表情が何だったのかと言いたくなるくらい満面の笑みを浮かべ、バンザイしながらあたりを踊り回った。
俺も真似して、両手で花が咲くポーズを作った後、笑顔で踊る。
開き直って満面の笑みを浮かべたせいか、今度はやり直しを命じられなかった。
代わりに、いつのまにか木陰に隠れていたアマミがゲラゲラと笑っている。
あの野郎、後で覚えてろ!
俺は復讐を誓いながら、満面の笑顔で踊り続けるのだった。
それからほどなくして……。
「これで……終わりなのです」
イーノは言った。
俺は「ふぅ」と一息ついた。やっと終わったかという心境である。
そんな俺にイーノはこんなことを言った。
「これをあと……100回やるのです」
「100回!?」
「1回では……神様に通じないかもしれないのです……100回やるのです」
100回という数字に、俺は何か言おうと口を開きかけた。
だが、それより早くイーノは言った。
「ジュニッツ様が……いっしょにやってくれてうれしいのです……みんなと違う祈り方なので……今までずっと1人で祈っていたのです……だから、ずっと一度でいいから誰かと最後までお祈りしたいと思っていて……その願いがかないそうで、とてもうれしいのです……」
イーノは顔を赤らめて、幸せそうな顔で言う。
こうして断るタイミングを完全に逸した俺は2時間後、ようやく100回の祈りから解放されたのだった。
解放された後、俺はイーノにたずねた。
「イーノはなぜ熱心に祈りを捧げるようになったんだ?」
「人間の騎士たちに追われて……木の陰に隠れていたけれども見つかりそうになって……もともと植物が好きだから……死ぬなら植物から生まれたことを感謝して死にたいと思って祈っていたら……騎士たちに見つからなくて……それ以来祈るようにしているのです」
イーノは答えた。
騎士どもに見つからなかったのが、偶然なのか、祈りのおかげなのか俺にはわからない。
だが、イーノは祈りのおかげだと信じているようだった。
「ところで、星は光らないのか?」
「星……なのですか?」
「ああ」
アイナの『はなくなくな』でも、ロードンの労働ダンスでも、星石は光っていた。
が、イーノの祈りでは星は光らないらしい。
「祈りと星は……関係ないのです」
「そういうものか」
「一応……見てみるのです」
イーノは三角帽子を脱ぎ、先端の白い星形の石を外して手に取る。
「やっぱり光ってねえな」
「はい……光ってないので……わっ!」
イーノが驚きの声を上げた。
星形の石が輝き始めたのだ。
その強い光ときたら、アイナの時よりも、ロードンの時よりも、強い光である。
今まで見たこともないくらいだ。
光は一瞬だった。
ほんの3秒程度だろうか。
時間で言えば、一番短い。代わりに光の瞬間的な強さは一番である。
「なんだったんだ、今のは……」
「わからないのです……はじめてみるのです……」
イーノは呆然としたように言った。
最後にイーノは「祈りの素晴らしさを……みんなに伝えてほしいのです……あとスリスリさせてほしいのです」と言い、俺の足下に体をスリスリこすりつけ、匂いをくんくん嗅いだ。
◇
「うー、ひどいですね、ジュニッツさん。かわいいわたしに、なんてことをするのですか」
イーノと別れた後、アマミはわざとらしい涙目で見上げてくる。
逃げた罰として俺からデコピンを食らわされたのだ。
「うるせえ。お前が俺を見捨てたからだろ」
「ふふふ、いやあ、ジュニッツさんのダンスは愉快でしたね。『ろうどーう、ろうどーう』とか……あいたっ!」
俺はアマミにもう一発デコピンを食らわす。
アマミがまたわざとらしい涙目で俺を見る(ちなみに、たぶんだが、アマミは痛いのが好きな方だと思う)。
話が進まないので、俺はさっさと本題に入った。
「それで、お前はどう思った?」
「あの3人ですか?」
「ああ」
「みなさん、個性的ですねえ」
「その個性的な3人の宗派のどれかに、妖精たちを改宗させないとならねえ。じゃねえと、俺たちも妖精たちもみんな終わりだ」
「でも、どれがいいんでしょうねえ。人間なら労働を頑張るのが一番良さそうですけど、相手は妖精ですしねえ。ジュニッツさんは3人のうちの誰が正解だと思ったんです?」
「わからねえ」
俺は正直に答えた。
「わかりませんか」
「重要なヒントはいくつかあった。だが、まだ何か……あと少しだけ手がかりが足りねえ気がする」
「そろそろお昼ですよ。いったん戻りませんか?」
「そうだな。飯食ってそれから……今度は妖精王について調べるか。考えてみりゃ、俺たちは妖精王の魔法の威力を取り戻そうとしているんだ。肝心の妖精王を調べねえことには話が始まらねえだろ」
おそらくあと少しで、必要な調査はすべて終わるだろう。
そんな予感を俺は覚えた。
 




