20話 探偵、変わり者たちの話を聞く 前編
愛派。
労働派。
祈り派。
この3宗派のどれか1つに妖精たちが改宗してくれれば、邪竜だろうがゲルダ―王国だろうが勝てるかもしれない。
そう考えた俺は、3宗派の信奉者である3人の変わり者が普段どこにいるか、リリィから聞き出し、アマミと共に現場に向かう。
途中で妖精たちとすれ違う。
「ジュニッツ様、アマミ様、おはようなのです」
俺たちに気づくと、手のひらサイズの彼らは声をかけてくる。
「またスリスリして匂いをかいでもいいですか?」
そんなことを聞いてくる妖精もいる。
1人許可すると、全員が寄ってくるに決まっている。
「また昼にな」
そう言って断る。
スリスリは1日3回と決めているのだ。
俺たちに気づかない妖精もいる。
そんな妖精の中には、お墓みたいなものに黙祷している者もいる。
遺品のような三角帽子をじっと悲しそうに見ている妖精もいる。
魔法の練習をしている妖精もいる。上手くいっている様子はないが、黙々と練習している。
もしかすると、妖精たちの性質として、『人前では明るく』というのがあるのかもしれない。
1人でいる時の妖精は、普段の無邪気で快活な妖精とは別人なのかもしれない。
俺たちは、そんな妖精たちの邪魔をしないよう、そっと先を進む。
◇
はじめに、愛派の妖精のもとをおとずれた。
妖精の名はアイナと言った。
ピンクのウェーブのかかった髪をした、ほわほわした感じのする女の子の妖精である。
妖精サイズの小さな花が咲き乱れた花畑に、ふんわりと座っている。
「まあまあ、ジュニッツ様、アマミ様、おはようなのです~」
俺たちに気づいたアイナは挨拶をしてくる。
「ああ、おはよう。アイナだな?」
「はい~。アイナです~」
「今大丈夫か? 話を聞きたくて来たんだ」
「あら~、わたしにですか? もちろん大丈夫です~」
「なら、単刀直入に聞こう。お前は他の妖精と違い、愛し合うことが神の真意だと信じている。なぜだ?」
アイナの答えはシンプルだった。
「愛がすてきだからなのです~」
「……それだけか?」
「それだけなのです~」
特にこれといった理由もないらしい。
「あ、そうです。ちょっと愛の儀式をやってもいいですか~?」
「愛の儀式? なんだ、それは?」
「わたしを持ち上げてくださいなのです~」
俺はアイナに言われるままに、小さな彼女の体を両手のひらの上に載せ、俺の顔の目の前まで持ち上げた。
すると、アイナは顔を伸ばし、彼女の小さな鼻先を俺の鼻先にこすりつけた。
「何をやってやがる?」
「『はなくなくな』なのです。愛の印なのです。こうやってお互いの鼻の先をこすりつけあって、はなくなくな~、と言うのです。はなくなくな~」
なんとなくアイナにつられて俺も言う。
「……はなくなくな~」
その時である。不思議なことが起きた。
アイナがかぶっている三角帽子の先についている白い星。この星がピカピカと光り始めたのだ。
ピカピカ、ピカピカ、ピカピカ、と星は3度光る。そして、光るのをやめた。
「なんだ、今のは?」
「『はなくなくな』なのです~」
「その後だ。星が光っただろ?」
「光ったのです~」
「あれはなんだ?」
「星は光るものですよ~?」
「じゃなくてだな……」
俺はアイナに、帽子の白い星が光った件についてたずねた。
するとアイナは、『はなくなくな』をすると、必ず光るのだと答えた。
妖精同士で『はなくなくな』した場合であれば、お互いの帽子の白い星がピカピカ3度光るのだと言う。
「これが『はなくなくな』なのです~。愛の印なのです~」
アイナは満足げに笑った。
もっとも、他の妖精たちには『はなくなくな』の良さは、いまひとつ伝わらないらしい。
星が光るところを見せても「きれいなのです」「ピカピカなのです」で終わってしまうのだと言う。
「ぜひともみなさんに、愛の素晴らしさをもっともっと広めてほしいのです~」
アイナはそう言い、最後に聞き取りのお礼として匂いをたっぷり嗅がれ、俺たちは別れた。
◇
次に俺たちは労働派の妖精に会いに行った。
労働派の妖精は、名をロードンといい、作業場みたいな場所にいた。
「おう、ジュニッツ様とアマミ様なのですな」
「ロードンか?」
「おう、そうなのですな」
ロードンは他の妖精よりも、ややずんぐりしたたくましい感じの男の子だった。
もっとも、可愛らしい妖精のイメージを逸脱するものではないが。
「今日はロードンに聞きたいことがあってきた」
「おう、何なのですな?」
「お前は労働が大好きらしいな」
「おう、大好きですな」
「神様がそれを望んでいるとも言っているらしいな」
「おう、その通りですな」
「どうしてそう思っているのか、その辺りを聞きてえんだ」
「おう、なるほど。労働のすばらしさを聞きたいのですな」
ロードンはうなずくと、「おう、これを見て欲しいのですな」と言った。
そこには、黒い塔のようなものが建っていた。
塔と言っても、小さい。俺の背丈よりも小さい。手のひらサイズの妖精から見たら塔かもしれないが、人間から見れば石柱のようなものだろうか。
塔の壁は奇妙である。黒い星で出来ているのだ。
黒い星形の石が二重三重にずらりと敷き詰められ、そうして塔の壁を形作っている。
「なんだ、これは?」
「おう、オレが作ったのですな」
「星形の石が並べてあるな」
「おう、それは三角帽子の先端についている石ですな」
俺はロードンが頭にかぶっている三角帽子を見た。他の妖精と同様、先端には白い星がついている。
今まで意識していなかったが、白い星はよく見ると薄い石である。
「色が違うぞ? 帽子の石は、色が白い。こっちの塔の壁に使われている石は色が黒いだろ」
「おう、星石は最初は白いのですな。時間が経つと黒くなるのですな」
「色が変わるってのか? そもそもこの石はなんだ?」
「おう、星石の木に生る実ですな」
聞くと、妖精たちが頭につけている白い星形の石(星石という)は、果物みたいに木に生るのだと言う。
同じ大きさ、同じ形の石が木に生り、それを三角帽子の先端につける。
たまに、大きな星石が生ることがあり、そういうのはリリィのように族長がつけるのが習わしらしい。
妖精たちは昔から、みんなこの白い星石が大好きとのことである。
だが、そんな白い星石も時間が経つと、あるとき突然黒くなる。
すると、また新しい白い星石を帽子につける。
当然、古い黒い星石はいらなくなる。
ロードンは、そんな黒い星石を集め、接着剤になる樹液を使って石同士をくっつけて壁を作り、こうして塔を作っているのだと言う。
「なんで塔を作ってんだ?」
「おう、汗を流して働くのは気持ちいいのですな」
「ああん?」
「おう、われわれはもっと働くべきなのですな」
意味がよくわからない。
詳しく聞いてみた。
すると、こんなことがわかった。
妖精は基本的にあまり働く必要がない。
食べ物は豊富な木の実がある。基本的にそれをそのまま食べれば栄養は足りる。妖精王のレシピのように料理をすることもあるが、あれは祭りのような特別な時限定だ。
衣服や毛布も木から生えてくる。家も、家の木に直接そのまま住める。
厳しい冬もない。妖精の森の中は1年中穏やかな気候で、1年中食べ物に恵まれている。
あくせく働く必要はないのだ。
「おう、でもそれだと堕落するのですな」
「堕落?」
「おう、もっと汗水流して働いた方が、神様に胸を張れるのですな」
つまるところ、何か労働をしていないと罪悪感を覚えるということか。
「だが、なんで塔なんだ?」
塔を作ることに、いったい何の意味があるのだろうか?
「おう、ちょうど塔が出来たところなのですな。ジュニッツ様も一緒にやってみるのですな」
「やってみる? 何を?」
「おう、こうですな」
ロードンは塔の周りをぐるぐると回り始めた。
時々、バンザイをするように両手を挙げる。そして「ろうどーう。ろうどーう」と叫ぶ。
「ろうどーう。ろうどーう。おう、ジュニッツ様も早くやるのですな」
「……俺もやるのか?」
「おう、さっき断らなかったのですな」
「……いいだろう。これも魔王を倒すのに必要な調査だ。やってやる」
俺はロードンと一緒に塔の周りを回った。
回りながらバンザイをする。
「ろうどーう。ろうどーう」
「ろうどーう。ろうどーう」
左右白黒スーツのジャケットをバサバサさせながら、俺はロードンと一緒に叫ぶ。
なんだか、ものすごくバカっぽいことをしている気がするが、心を無にして叫ぶ。
気がつくと、アマミの姿がない。
木陰に隠れている。隠れながら、ニヤニヤ笑ってこっちを見ている。
「アマミ、てめえ、何逃げてやがる! 何笑ってやがる!」
「おう、ジュニッツ様。途中で余計なことを言ったら儀式は中断なのですな。もう一度最初からやり直しなのですな。ろうどーう。ろうどーう」
「……ろうどーう。ろうどーう」
そうして10分ほど経った時だろうか。
異変が起きた。
塔が光り始めたのだ。
「なんだ?」
「おう、よく見るのですな」
黒かったはずの塔が白く輝いている。
それだけではない。強い光がまっすぐ天に向かって伸びていっているのだ。
そうして、たっぷり30秒ほど輝いた後、塔は光を失った。
元に戻ったのだ。
いや、違う。戻っていない。塔の色が違う。黒かったはずの塔が、今では真っ白になっている。黒かった星石が、純白になっているのだ。
「……なんだ、こりゃ?」
「おう、労働の素晴らしさが、神様に通じたのですな」
「そう……なのか……?」
そういうものなのだろうか。
ちなみに塔が光る法則を見つけたのは偶然だという。
何か労働をしていないと気が済まない彼は、色々と体を動かしていたのだが、ある夜、夢の中で塔を作って労働ダンスを踊る自分を見て、それを再現したら光ったというのだ。
もっとも、『はなくなくな』と同じで、光る塔を他の妖精に見せても「とっても明るいのです」「白くなったのです」で終わってしまったという。
星石を黒から白に戻した件についても、星石自体がもともとたっぷり余っているので、あまり有難がられなかった。
「おう、もっともっと労働の素晴らしさを伝えてほしいのですな。それと最後に匂いを嗅がせてほしいのですな」
ロードンはそう言い、くんかくんか匂いを嗅がれ、俺たちは別れた。




