17話 探偵、勝算を語る
歓迎会の後、俺とアマミは妖精たちに見送られて村を離れた。
少し歩くと、家に着く。
アマミが昨夜、土魔法で作り上げた家である。
土作りとはいえ、壁はしっかりしていて通気性も良く、魔物の毛皮で作ったじゅうたんも敷いてあり、居住性の良い家である。
家に入り、一息ついた俺はアマミにこう言った。
「ちょっと現状を整理しようか」
色々なことがあって、情報がごっちゃになっている。
一度整理したかったのだ。
「いいですよ。何から始めます?」
「まずは、俺たちの現状についてからだな。俺が見落としていることがあるかもしれねえから、アマミの口から説明してほしい」
「説明しろ、でいいですよ」
「そうか。なら、説明しろ」
「はいっ!」
アマミはどういうわけか、俺に命令されると嬉しそうな顔をする。
ニコニコ笑いながら、話を始めた。
「わたしたちの現状ですけれども、一言でいうと、妖精の森に閉じ込められています。結界が完全に復活しているんです。昨夜、ジュニッツさんに命じられて確認しましたから、間違いありません」
「結界が復活すると、なんで閉じ込められることになるんだ?」
俺はたずねた。
「結界というのは、透明な壁です。外部からの侵入を防ぐ代わりに、わたしたちも外に出られなくなるんです」
「なぜ結界が復活した?」
「森の結界が弱まるのは月に1回という話ですからね。その1回の時間が切れてしまったのでしょう。次に結界が弱まるのは、1ヶ月後です」
「つまり、俺たちの現状は『あと1ヶ月、森から出られねえ』ってことか」
俺の言葉にアマミはうなずいた。
「じゃあ、次に、その妖精の森の現状からだ。アマミ、現状を説明しろ」
「はい。この妖精の森には、リリィさんを族長として200人ばかりの妖精が暮らしています。本来は妖精の森は結界で外部から守られているのですが、今は月に1回、結界が弱くなっています」
「弱まっている原因は?」
俺は質問した。
「1年前から、魔王である邪竜が、結界の源である妖精樹に巣食っているからです」
「ちなみにアマミは邪竜に勝てるか?」
「魔王でしょう? 残念ですが、無理ですよ。そこまでうぬぼれていません。100回戦えば100回負けます」
「つまり、妖精の森の現状は『結界が弱まっていて、何とかするにはアマミでも勝てない邪竜を倒すしかない』ってわけだ」
俺の言葉にアマミも、こくりとうなずき、同意する。
「じゃあ、今度は、ゲルダー王国についてだ。アマミ、説明しろ」
「はい。ゲルダー王国は、結界が弱まっていることをいいことに、妖精を狩っています。狙いは、妖精の体内にある妖精石です。上質な麻薬の材料になるそうですからね」
「騎士団の連中は、どうして妖精をいっぺんに殺さねえんだ?」
俺はアマミにたずねた。
「妖精は金の卵ですからね。絶滅させるよりも、適度に残して、また増えたら狩ろうと思っているんでしょう。リリィさんは『妖精は、妖精の森の外に出ると死んでしまう』と言っていました。妖精たちは逃げることもできません。騎士団からしてみれば、狩り放題、ということです」
「つまり、ゲルダー王国は『ゲス野郎で敵』ってことだな」
アマミは「ええ、敵ですね」と同意した。
「じゃあ、最後に、1ヶ月後、また結界が弱まった時のことだ。何が起きる?」
「ゲルダー王国が攻めてくるでしょうね。国というのはメンツを大事にします。我々は王国の騎士団を追い払いました。あいつらはメンツをつぶされたと今ごろ怒り狂ってますよ。間違いなく、次は本気で攻めてきます」
「勝てるか?」
俺は聞いてみた。
「申し訳ないですが……国には勝てません。わたしはレベル120ありますけど、国には国守といって、それくらいの強さを持つ連中は珍しくありません。
おまけに王は、支配者専用のスキルを持っていて、自分や部下の対人戦闘能力を上げられるんです。
要するに、王に率いられた連中は、人間相手ならメチャクチャ強いってことですね。正直、勝てるとは思えません」
「つまり1か月後、『アマミでも勝てねえ連中が攻めてくる』ってことか」
まとめると1ヶ月以内に、アマミでも勝てない魔王邪竜とゲルダー王国をどうにかしないといけない、ってわけだ。
自分から首を突っ込んだこととはいえ、なんとも厳しい状況である。
「ふふふ」
気がつくとアマミが、艶やかな銀髪を揺らしながら、かわいらしい顔で楽しそうに笑っていた。
「何を笑ってやがる」
「相変わらず、ジュニッツさんはメチャクチャだなあって。だって、魔王と王国の両方を相手に戦おうとしているわけでしょう? 本当、無謀ですねえ」
「別にどちらとも戦う必要はねえさ。王国軍が妖精たちを狩っている間に、とっとと森から逃げちまえばいいだけさ」
「ふふふ、嘘ですね」
アマミは笑う。
「ああん?」
「そんなことをしたら、妖精たちが悲惨な目にあうだけです。ジュニッツさんの性格からして、ここまで首を突っ込んでおいて、今さら逃げたりなんかしませんよ。でしょう?」
「……さあな」
アマミの言うことは図星だったが、素直に「そうです」と言うのもシャクなので、俺は返事を濁した。
「ふふふ。素直じゃないですねえ。それで、勝算はあるんですか?」
「一応な」
「ぜひ聞かせてください!」
アマミが身を乗り出し、わくわくした顔で聞いてくる。
「妖精王さ」
「妖精王ですか?」
「ああ。リリィが言っていただろう? 200年前に妖精王ってのがいて、神から授かった強力な魔法で白いドラゴンを追い払ったって。そして、妖精王は神から受け取った魔法を1冊の本に残した」
「そんなことを言ってましたねえ」
実際、リリィは妖精王の魔法書を見せてくれた。
「だが、どういうわけか、強力だったはずの妖精王の魔法の威力は代々弱まっている。リリィたちは、どれだけ呪文を唱えても、弱々しい魔法しか使えねえと言っている。
つまり、言い換えれば、魔法が弱くなった原因を突き止め、どうにかして本来の強力な威力の妖精王の魔法が使えるようになれば、魔王邪竜だろうがゲルダー王国軍だろうが、魔法で蹴散らせるってわけさ」
「でも、どうやって魔法の威力を取り戻すんです?」
「こいつさ」
俺は月替わりスキルの能力を1つ見せた。
―――――
『宗派変更』
相手の宗派を変更するよう、最大級に上手い説得ができる。
相手が複数でも効果を発揮する。
※あくまで説得であるため、相手が納得しなけば変更は失敗する。
※宗教そのものは変えられない。宗派だけ。
※あなたに好意を持つ相手にのみ効果を発揮する。
※この能力は一度使うと消える。
―――――
「これは……宗派変更ですか」
「ああ。そう書いてある」
「これをどう使うんです?」
「今はまだわからねえ。だが、こいつを上手く使えば、問題は解決する気がするんだ」
「直感というやつですか。まあ、魔法が上手く使えないのは、メンタルな問題かもしれませんしね。宗派を変えたら、案外、簡単に使えるようになるかもしれません」
「とはいえ、妖精たちがどんな宗教を持っていて、どんな宗派かはなにもわからねえ。明日、聞き込みだな」
「上手く行くといいですね」
アマミが笑って言った。
「上手く行くさ。かつての妖精王は白ドラゴンを追い払ったんだ。リリィたちだって、本来の威力の妖精王の魔法を使えるようになれば、邪竜だろうと王国軍だろうと勝てるさ」
「ただ……」
アマミが何か言いにくそうにしている。
「ん?」
「……たぶん、その白ドラゴンっていうのは魔王じゃありません」
「魔王じゃねえのか?」
「ええ。妖精王は白ドラゴンを追い払ったって言ったでしょう? 魔王は逃げたりなんかしません。死ぬまで戦います。たぶん、その白ドラゴンは空間を操る能力を持っていたのでしょう。その力で、妖精の森の結界を無効化したんです」
「つまり?」
「今回の敵である邪竜は白ドラゴンより遙かに強いってことです。同じドラゴン型でも邪竜は魔王です。格が違います」
つまり妖精王の魔法の威力を取り戻したところで、白ドラゴンより強い邪竜に勝てるかはわからないということか。
「とはいえ、他に手立てがねえんだ。どうにかして妖精たちの力を引き出してやるさ」
「そうですね。妖精の魔法は、わたしも全然わかりません。ものすごい力を秘めているかもしれません」
「アマミでもわからねえか?」
「ええ。あの魔法は、人間の魔法とは……なんというか、雰囲気というか、感じ方というか、とにかく全然違います。まったくの別物です。同じ生き物だけれども、魚と鳥くらい違う、とでも言いましょうか」
アマミは、はっきりと断言した。
人間と妖精は違う、か。
「そういや騎士たちは『妖精はスキルボードが使えない』って言っていたな」
「はい。スキルボードが使えなければ、スキルが取れません。スキルには魔法も含まれます。つまり、スキルが取れないということは、人間の魔法が一切使えないということです」
「その代わりに妖精独自の魔法が使えるってことか」
「ええ。ですが……」
アマミは少し言いにくそうにした後、こう言った。
「わたしも以前、妖精はスキルボードが使えないという話は聞いたことがあるんです。ただ、その時、こうも聞いたんです。『妖精はレベルボードも使えない』って。『つまり、妖精にはレベルがないんだ』って」
「レベルがない……」
俺の言葉に、アマミはうなずいた。
「ええ、そうです。そして、この世界はレベル至上主義です。そんな中で、レベルがないというのは……」
「ゴミ扱いってことか……」
「はい。妖精について書かれた本を読んだことがあるのですが、終始見下すような書き方をされていました。ですから、ゲルダー王国の連中もきっと、妖精のことはゴミか何かだと思っていて、何をしてもいいと思っているんでしょうね……」
「ちっ! クソどもが!」
ごく自然と俺の口からそんな言葉が漏れる。
「アマミ、明日だ」
「え?」
「明日中に推理を終わらせるぞ。妖精王の魔法の本来の威力を取り戻させてやるんだ。そして存分に準備を整えた上で、1ヶ月後、邪竜とゲルダー王国を倒す。特にゲルダー王国だ。あいつらは、自分たちが虐殺してきた妖精たちによって、悪夢のような目にあわされるんだ。見てやがれ!」




