15話 探偵、妖精の事情を知る
「周囲の警戒は、わたしがやっておきます。ジュニッツさんは、ゆっくり聞き込みをしていてください」
アマミはそう言うと、あたりに目を配り始めた。
俺は今、妖精の村で大の字に寝転がっている。
その上に、手のひらサイズの妖精200人が「ふにゃあ」だの「ほわあ」だのと言いながら、スリスリしてきている。
妖精の族長の少女リリィは、これからの聞き込みにそなえているのか、真剣な顔で俺をじっと見ている。
誰も周囲を警戒していない。
妖精の森の結界は今、弱まっているのだ。
こんなところを、騎士だの魔物だのに襲われたら、悲惨なことになる。
アマミが警戒役を買って出たのは、そういった理由からだろう。
俺はアマミに礼を言うと、族長のリリィに向き直り、こう言った。
「はじめに聞いておきてえんだが」
「は、はい、なんでしょう?」
「この状況はなんだ?」
「えっと、この状況、と言いますと?」
「俺が今、妖精たちにスリスリされているこの状況だ」
「それはお客様の……」
「ジュニッツだ」
俺は言った。
「え?」
「俺の名前。ジュニッツだ。ちなみにあっちにいるのがアマミだ」
「は、はい。では、その、単刀直入に言いますと……ジュニッツ様の匂いがあまりにも素敵なのです!」
「……匂い」
自分ではよくわからない。
「人間なら誰でも懐くってわけじゃねえのか?」
「ち、ちがうのです! ジュニッツ様だけなのです! こんなのジュニッツ様だけなのです!」
リリィは拳をぎゅっとにぎって、力いっぱい主張する。
「なんで俺なんだ?」
「そんなの、わたしたちにもわからないのです……」
人間でいう一目惚れのようなものなのだろうか? 深く考える話ではないのかもしれない。
俺は質問を変えた。
「俺は人間だ。こわくねえのか?」
「人間さんは……1年ほど前に初めて見たのです。ガチャガチャする硬そうな服を着た人達だったのです……」
硬そうな服……たぶん鎧のことだろう。
「ゲルダー王国の騎士どもか?」
「はい……あの人たちは、そう名乗っていたのです……」
それからリリィは語った。
自分たちは1年前まで、この森で平和に暮らしていたこと。
1年前に突然、結界が極端に弱まる日が、月に1回の割合で出てくるようになったこと。
そして、その日を狙って、ゲルダー王国の騎士を名乗る人間たちが妖精の森に侵入し、仲間たちを狩っていったこと。
騎士たちは「リリィちゃん知ってるぅ? 妖精たちね、麻薬の材料になるんだよぉ。おかげで俺たちも大儲けなんだよぉ。ま、これからもせいぜい繁殖して、俺たちの金づるになってくれよな。ひゃはははは!」と言って、ゲラゲラ笑っていたこと。
妖精である自分たちは、妖精の森から出ると死んでしまうため、逃げることもできないこと。
実際のところは、こんなに淡々と語っていたわけではない。
とても悲しそうに話していた。
しまいには泣き出しそうになった。
その姿が、レベル1で虐げられてきた俺の過去を連想させた。
「ひでえ騎士どもだ」
自然とそんな言葉が口から漏れる。
リリィは亜麻色の髪を振り乱しながら、ぶんぶんと首を横に振った。
「でも! でもジュニッツ様は違うのです! すごくいい匂いなのです!」
「いくら匂いがよくたって、性格がねじ曲がってるかもしれねえぞ。俺も騎士どもと同じとは思わねえのか?」
「匂いの素敵な人に、悪い人はいないのです!」
そんなわけねえだろ、と言いたいが、妖精ならわかるのかもしれない。
「まあいい。で、1年前と言っていたな。その頃に、結界が月に1回、弱まるようになったと」
「は、はい」
「1年前に何か変なことは起きなかったか? つまり、結界が弱まるようになったきっかけを知りてえんだが」
「えっと、あったのです」
リリィは即答した。
「あるのか?」
「は、はい」
「何があった?」
「その……邪竜なのです」
「邪竜?」
「はい。えっと、黒くて大きなドラゴンなのですが……突然妖精樹の根元に現れたのです。騎士たちは邪竜と呼んでいたのです」
「邪竜、というやつは今もいるのか?」
「は、はい。今もいるのです。妖精樹の根元でじっと動かないのです」
俺は考えた。
さっきアマミは、妖精樹のところに魔王の気配がある、と言った。
ところが今、妖精の族長の少女リリィは、妖精樹に邪竜がいると言う。
どういうことだ、という意味を込めてアマミに視線を向ける。
「うーん、たぶん魔王の別名でしょうね」
アマミは答えた。
「別名?」
「ええ。ほら、ジュニッツさんが先月倒した魔王も『荒野の魔王』って言われていたでしょう? 魔王は通称というか別名というか通り名というか、ともかくそういうのを持っているものなんですよ」
「なるほど、通り名か」
「ですから、もしジュニッツさんが邪竜を倒したら、神の知らせで『住所不定のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が魔王邪竜を倒しました』ってメッセージが出てくると思いますよ」
「住所不定は余計だ」
だが、話はわかった。
「つまり、ドラゴン型の魔王邪竜が、妖精樹のところに現れたってことだな」
「そうです。魔王はある時、どこからともなく突然現れますからねえ。妖精の森のど真ん中に突然現れたっておかしくありませんよ。そして、魔王ほどのものが現れれば、結界が弱くなっても不思議ではありません」
「魔王の影響で、妖精の森の結界が弱まっているというのか?」
「結界は、妖精樹が張っていると言われています。その妖精樹の根元に魔王が住み着いたら、悪影響でたまに結界が弱くなっても、変じゃないですよ」
「なるほど。よくわかった。ありがとう」
アマミは笑って「いえいえ」と言うと、周囲の警戒に戻る。
俺はリリィに向き直った。
「聞いての通り、俺たちは魔王邪竜の影響で結界が弱まったと考えている。お前はどう思う?」
「あ、はい。わたしもそう思うのです。妖精王様の時と同じなのです」
「妖精王?」
リリィは妙なことを言った。
妖精王とはなんだ、と俺は聞こうとする。
が、その時、周囲が暗くなり始めていることに気づいた。
「ちょっと暗いな」
俺はアマミにライトの魔法で明るくするよう、頼もうとした。
が、それよりも早くリリィが反応した。
「あ、大丈夫なのです。すぐ明るくするのです」
リリィはそう言うと、呪文を唱えた。
「ラプルァリュ……」
そして気まずそうな顔をする。どうやら噛んだらしい。俺にいいところを見せようとして、緊張しているのかもしれない。
ポン、と音がして、花びらが4枚の青い花が出てくる。
「し、失礼しましたです。今度こそ……」
リリィはまた呪文を唱える。
「ラプルァリケゲツァツィテテ……」
また噛んでしまったらしい。
再び青い花が出てくる。花びらが5枚だ。
「ラプルァリケゲツァツィツェコロナドナノダジョ……」
また噛む。今度は花びらが6枚。
そして、4度目でようやくピカピカ輝く星型の光を出現させることに成功した。かなり明るい。
アマミのライトとは少し違う。
アマミのライトの光は球形だが、リリィの光は星形だ。
アマミは魔法を使うときに呪文なんて唱えないが、リリィは何やら複雑な呪文を唱える。
人間の魔法とは違うのかもしれない。
ふとリリィを見ると、なんとも申し訳なさそうな顔をしている。
3回も魔法に失敗し、待たせてしまったことを気にしているのかもしれない。
彼女の足下には、青い花が3つ並んでいる。
「魔法に失敗すると、青い花が出るのか?」
「は、はいなのです」
「花びらの枚数が全部違うな」
「えっと、魔法の失敗の仕方によって、いろいろ違ってくるのです……」
「全部もらっていいか?」
「え?」
「きれいな花だからな」
俺はリリィをなぐさめるように言った。
どうも俺は妖精を相手にする時、優しくなる。レベル1で虐げられてきた経験が、同じく虐げられている彼女たちに対して優しい態度を取らせるのかもしれない。
「え、で、でも、わたしなんかの花ですし……明日には赤く枯れちゃいますし……」
リリィは慌てたように言う。
「かまわんさ。俺がもらいたいんだ。嫌か?」
「い、いえ、そんな! ぜひ! ぜひもらってくださいなのです!」
俺は「ありがとう」とうなずき、アイテムボックスに花をしまうようアマミに頼むと(何しろ俺は大の字で妖精たちに懐かれていて動けないのだ)、すぐにリリィとの話を再開した。
「それで話を戻すと……確か妖精王の話だったな」
「は、はいなのです」
「妖精王というのはなんだ?」
「遠い昔の英雄なのです……」
リリィが言うにはこうだ。
200年前、この妖精の森に1人の族長がいた。リリィよりも何代も前の族長である。
ある時、妖精樹に、どういうわけか白いドラゴンが住み着いた。
それを境に、妖精の森の結界が時折弱まるようになった。
一大事である。
この時、族長の妖精はこう言った。
「我は神の声を聞いた。これより神から魔法を授かる」
族長は神殿に篭もり、神からの魔法受諾の儀式を開始した。
魔法厳禁の神殿の中で、人と交わりを断ち、1人でただひたすらに祈りを捧げることで、神から魔法を授かるのだ。
するとその瞬間から、魔法を完璧に使いこなせるようになると言う。
事実、その族長は誰も見たことのない魔法を完璧に使いこなした。
おまけにどの魔法も強力である。
これまで妖精たちが使えていたのは、さきほど見せてくれた星型の照明魔法のような生活用の魔法であり、戦闘に役立つ魔法は使えていなったが、妖精王の魔法はドラゴン相手にも通用するものだった。
その強力な魔法で、白いドラゴンを追い払ったのだ。
すると、結界が元通りに回復し、妖精の森に平和が戻ったそうである。
以後、功績をたたえて、その族長は妖精王と呼ばれるようになったのだという。
「……と、これが妖精王のお話なのです」
「たしかに似ているな。急にドラゴンが現れ、結界が弱まるってあたりが特にな」
「は、はい、そうです。そっくりなのです」
「それにしても、妖精の身でドラゴンを追い払うとは、その妖精王ってのは大したもんだな」
俺が感心すると、リリィはパァッと顔を明るくした。
「そうなのです。妖精王様は偉大なのです。わたしたちの全てを作ってくれたのです。こんな風に本まで残してくれたのです」
リリィはそう言うと、葉っぱで作られたであろう、ボロボロになった本を見せてくれる。
「それは?」
「これは妖精王様が残した魔法の本なのです。神様から受け取った魔法が全部書いてあるのです。これさえあれば魔法は完璧なのです。他に何もいらないのです」
「そいつはすげえな。……ん?」
妙だな、と俺は思った。
「その魔法は妖精王にしか使えねえのか?」
「い、いえ。妖精王様は、妖精なら誰でも自分と同じように使える魔法だとおっしゃっていたそうなのです」
「だったら、その魔法を使って、邪竜だの騎士団だのを倒せばいいんじゃねえか?」
ドラゴンを追い払えるほどの魔法である。
魔王邪竜やゲルダー王国騎士団相手にどこまで通じるかはわからないが、勝てる可能性だってあるではないか。
だが、リリィは悲しそうに首を横に振った。
「ダメなのです……」
「ダメ?」
「わたしたちは不肖の子孫なのです……」
「どういうことだ?」
「魔法が上手く使えないのです……妖精王様の残した魔法が、上手く使いこなせないのです……」
リリィは、こう言った。
かつて妖精王が生きていた頃は、妖精たちはみんな強力な魔法を使えた。
だが妖精王が死に、世代交代を経るごとに、魔法は弱くなっていった。
今では、妖精王の時代とは比べものにならないほど、魔法が弱くなってしまっている。
「族長は就任する時の儀式で、妖精王様の魔法の1つである『雷電流』を使います。天に向けて電撃を放つのです。妖精王様の魔法は、非常時を除けばこの儀式の時だけ使うことを許されているので、新しい族長は張り切って雷電流を使うのです。ですが……雷電流の威力が代々弱まっているのです……」
リリィが言うには、かつての族長は天を焦がすほどの強力な雷電流を使っていたと言う。だが、族長の代が替わるごとに、なぜか雷電流の威力は弱まっていってしまった。
リリィが雷電流を使った時は、もう弱々しい微かな電流しか走らず、お年寄りたち(見た目は子供だが)が嘆き悲しんだと言う。
「妖精王様の魔法は雷電流だけじゃねえんだろ? 他の魔法は試したのか?」
「全部試したのです。今は非常事態だからです。でも、ダメなのです……。どの魔法も、本に書いてあるより全然弱いのです……。わたしだけじゃなく、誰がやってもダメなのです……。きっと、わたしたちがダメだからなのです……。ダメな子孫たちだから、妖精王様の魔法を使いこなせないのです……」
リリィはそう言って悲しそうにうつむく。
俺はリリィに何か言おうとして、直後、ざわり、とした奇妙な感覚を覚えた。
この感覚を俺は知っている。
直感である。
荒野の魔王の倒し方を推理したときに感じたあの直感である。
俺はスキルボードから、月替わりスキルを開いた。
月替わりスキルは、荒野の魔王を倒す時に『魔法薬購入』を使って以来、一度も使っていない。
だが、昨日、ちょうど新しい月が始まったというのもあって、今月の月替わりスキルの能力1000個すべてに、既に目を通していた。
その1000個の能力の中に、1つ使えそうなのがあった気がしたのだ。
どれだ……?
どれがそれだ……?
……あった! これだ!
俺は1つの能力を目にしていた。
そこにはこう書かれていた。
―――――
『宗派変更』
相手の宗派を変更するよう、最大級に上手い説得ができる。
相手が複数でも効果を発揮する。
※あくまで説得であるため、相手が納得しなければ変更は失敗する。
※宗教そのものは変えられない。宗派だけ。
※あなたに好意を持つ相手にのみ効果を発揮する。
※この能力は一度使うと消える。
―――――
この能力をどう使えばいいのか、この時の俺はまだわかっていなかった。
だが、のちに俺は推理でこの能力の使い道を導き出し、魔王邪竜とゲルダ―王国を倒すことになる。




