11話 探偵、サギの準備をする
各章の謎は、過去の章を読み返さなくても解けるように作っています。
たとえば2章の謎は、1章を読み返さなくても解けます。
もし、過去の章に出てきたアイテムやスキルを、今の章の謎解きに使う場合は、必ず今の章でもう一度そのアイテムやスキルを紹介します。
ゲルダー王国という国がある。
麻薬のために妖精を虐殺している国である。
だいたい、こんなことを俺に向けて言ってくる連中である。
「お前、バカだろ? 妖精なんてのはな、神から見放されたクズなのだよ。ゆえに、何をしてもいいのだ」
「ひゃはははは! 知らないのかよ、てめえ? 妖精の体にはなぁ、妖精石って石が埋まってんだ。そして、こいつは良質な麻薬の原料になるのさ。つまり、妖精をぶっ殺せばぶっ殺すほど大儲けなんだよ。ぶひゃひゃひゃひゃ!」
そのゲルダー王国の幹部(国王や大臣や騎士たち)が全員ひどい目にあうことになる。
ひどい目にあわせたのは俺だ。
なぜそんなことになったのか?
話は2ヶ月前にさかのぼる。
2ヶ月前、荒野の魔王を倒した直後の俺とアマミは、森の中を西に向かって歩いていた。
俺は世界活躍ランキング歴代1位を目指している。
そのためには、世界各地で魔王を倒す必要がある。
今いるザール王国の魔王は、もう倒してしまった。新しい国に行きたい。
「西に行けば、国境を越えてゲルダー王国という国に着く。まずはそこで、現地の魔王の情報を集めたい」
「いいですね、そうしましょう」
俺たちはゲルダー王国を目指して、森を徒歩で進むことにした。
街道ではなく、わざわざ森を歩くのは人目を避けるためである。
この世界では、レベルボードが身分証となる。
レベルボードとは、自分の意思で空中に表示できる光の板である。
光だから触ることはできない。
名前とレベル、身分と簡単な経歴、それにドクロマークの有無(不当な理由で人を殺したり、後遺症の残るケガを負わせたりするたびに、1つドクロマークがつく)が確認できる。
町に入る時や、街道で国の騎士や兵に出くわした時、このレベルボードの表示を求められることがある。
だが、素直に見せるわけにはいかない。
俺はランキングに名前が載る有名人だし、アマミはS級冒険者上位クラスのレベル120である。
すさまじく目立つ。
下手にからまれると面倒である。
それゆえ、俺たちは人気のない森を歩くことにしたのである。
普通、魔王を倒したとなれば、英雄として盛大に持てはやされるはずなのに、まるで夜逃げである。
もっとも、森の中の移動は悪くはなかった。
アマミのおかげである。
危険はない。アマミが魔物を瞬殺してくれるからだ。
飢えることもない。倒した魔物が、食糧になるからだ。
暖かく安全に寝ることだってできる。保温魔法と結界魔法のおかげだ。
喉が渇けば、水魔法で清潔な水が飲める。
服や体が汚れれば、清浄魔法できれいにしてくれる。
アマミも「ジュニッツさんは本当に手がかかりますねえ」などと嬉しそうに言いながら、ニコニコ奉仕する。
いたれりつくせりである。
反応に困ることもある。
アマミが毎晩、抱き枕のごとく俺に抱きついてくる点である。
朝、目を覚ますと、
「ふにゃ」
などと言いながら、アマミがぎゅっと腕を回してくるのだ。
さらさらした銀髪に、かわいらしい顔をした美少女が、俺に幸せそうに抱きついてくるのだ。
俺は反応に困る。
レベル1の俺は、人から嫌悪と侮蔑の視線しか向けられたことがない。
(こういう時は、どうすりゃいいんだ?)などと思ってしまう。
もっとも、アマミはまだ子供である。
ネコでいる間、成長の止まっていたアマミの体は12歳のままである。
今すぐ、どうこうという話ではない。
「起きろ」
俺はアマミの額にデコピンを食らわせる。
「むぅ……」
アマミは不平そうな顔をしながら起きる。
そうして1日が始まる。
朝食を取り、森を歩く。歩いて歩いて、ときどき休憩して、また歩く。
昼に食事休憩を取る。食べ終えたら、再び歩く。
時折、アマミが魔物を倒す。倒し終えると俺は褒める。アマミは喜ぶ。
日が暮れれば、夕食を済ませて寝る。
毎日、これの繰り返しだ。
1週間が過ぎた。
その日の夜、俺とアマミは、いつものように森の一角で食事を取っていた。
夜だが、あたりは明るい。
光の球が3つ宙に浮いている。
メインの大きな照明である白い光の球が1つと、サブの小さな薄黄色の光が2つ、小さな太陽のように宙に浮かんで球状にあたりを照らしている。
アマミが言うには、これは光魔法らしい。
こうやって明かりにするのに使うのだと言う。
その光に照らされながら、俺はこう言った。
「一度町に行っておきてえな」
「町に?」
「ああ。いずれ何かの理由で、町に行かなきゃならない時が来るかもしれねえ。その時になって慌てないよう、今のうちに予行演習をしておきてえんだ」
「でも、町に入る時、レベルボードを見られますよ?」
「偽造できねえか?」
「偽造?」
「ああ。レベルボードを偽造するんだ。そういう魔法はねえか?」
俺の言葉に、アマミは困ったような顔で首を横に振った。
「そういうのはないですねえ」
「自分で、そういう魔法を作れねえのか?」
「魔法というのは、神様から与えられるものなんですよ」
アマミの話によると、人間が使えるのはスキルボードに載っている魔法だけなのだという。
使いたい魔法があれば、まずレベルを上げる。レベルアップするとスキル点がもらえる。このスキル点を消費して、スキルボードから欲しい魔法を購入する。
すると、その魔法が使えるようになるのだ。
そして、人間が魔法を入手する手段は、これしかない。
スキルボードの魔法を改造しようとした魔導士だの、完全にオリジナルの魔法を開発しようとした賢者だのは、過去に幾人もいたらしいが、みな失敗したとのことである。
「ですから、魔法でレベルボードを偽造することはできません。そんな魔法、スキルボードには載っていませんし、自分でそういう魔法を開発するのも不可能なんですから」
アマミは役に立てないのが申し訳なさそうな顔で、そう言った。
だが、俺は探偵である。
無理と言われれば、推理の力で何とかしようとするのが探偵だ。
「要するに、スキルボードの魔法をそのまま使って偽装すりゃいいんだろ? だったら……」
俺は考えた。
ひとつ閃いた。
「光魔法を使うのはどうだ?」
「え?」
「光魔法だよ。お前が今使っているこれだ」
時刻は夜である。
にもかかわらず、俺たちの周りは明るい。
先ほど言った通り、アマミが光魔法であたりを照らしているおかげだ。
正確には、先ほどの俺はこう言った。
『メインの大きな照明である白い光の球が1つと、サブの小さな薄黄色の光が2つ、小さな太陽のように宙に浮かんで球状にあたりを照らしている』と。
ここからわかる事実は何か?
1つ目。光魔法は複数同時に使うことができる。
2つ目。光魔法は宙に浮かせることができる。
3つ目。光魔法は色・大きさを変えることができる。
一方、レベルボードは、先ほど言ったように『自分の意思で空中に表示できる光の板』である。
そう、光の板なのだ。
であれば、導き出せる結論は1つだ。
俺はアマミにこう言った。
「いいか、アマミ。あの光の球……」
「ライトですか?」
「あの光魔法はライトっていうのか? まあ、いい。そのライトで、まず麦粒よりも小さな光を作るんだ。できるか?」
「やったことはないですが……」
「まあ、そんなゴミみてえに小さな光を、わざわざ魔法で作る理由なんざ無いだろうからな」
「でも、魔力を込める量を抑えれば、できると思います」
アマミの言葉に、俺はうなずいた。
「いいぞ。なら次に、その小さな光を大量に、縦横にずらりと並べるんだ。するとどうだ。無数の小さな光が、空中に浮かぶ文字を形づくる。あたかもレベルボードが空中に出現したみてえになるじゃねえか。どうだ?」
たとえば、こんな風に縦横8個ずつ、2色の光の球を並べれば、丸マークが宙に浮かんだように見える。
○○●●●●○○
○●○○○○●○
●○○○○○○●
●○○○○○○●
●○○○○○○●
●○○○○○○●
○●○○○○●○
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より細かく、よりたくさんの光を並べれば、光の板であるレベルボードにだって見えるという寸法だ。
アマミはしばしの間、目をパチクリさせていた。
それから呆れたように言った。
「ジュニッツさんはムチャクチャ言いますねえ」
「ああん?」
「そんな小さな光を宙に浮かせるには、精密な制御が必要なんですよ? しかも、同じ大きさの光の球を大量に作った上で、均一にきれいに縦横に並べないといけない。おまけにそれを全部一瞬でやらないといけないわけでしょう? レベルボードは一瞬で表示できますからねえ。もたもたしていると怪しまれてしまう。まったく本当に、ムチャを言う……」
「難しいのか?」
アマミの答えはこうだった。
「誰に言っているんです? わたしは賢者アマミですよ? できるに決まっているじゃないですか。ええ、やってみせますとも」
その日からアマミの試行錯誤が始まった。
「まずは小さな光の球を出すところからですね。
魔力を込める量を極小に抑えれば、いけるでしょうか? やってみましょう。ん……。ダメですね。光が出て来ません。そもそも込める魔力が少なすぎると、魔法自体が発動しないのでしょう。
となると、最初だけ魔力をちょっと多めに込めて、それからすぐに魔力を抑えればいいのでしょうか? やってみましょう。ん……。ダメですね。光が大きすぎる。魔力を込める量か、タイミングか、リズムか……何かがまずいのでしょう。
であれば、今度はタイミングをずらして……」
アマミは、いちいち口に出して解説する。
見ているだけの俺が退屈しないように、との配慮だろう。
発案者である手前、俺も無視するわけにはいかない。
じっと観察する。
そして、1週間後。
「できました!」
アマミの元気のいい言葉と共に、目の前に彼女のレベルボードが2つ出現する。
1つは本物。もう1つは偽物である。
どちらも寸分違わず同じである。正直、どっちが本物かまったくわからないくらいだ。
「すげえな。まるで見分けがつかねえぞ」
「ふふふ。驚くのはまだ早いですよ。えいっ!」
アマミのかけ声と同時に、片方のレベルボードの表示が一瞬で切り替わる。
そこに映し出されていたのは、『アマミ レベル49 E級冒険者』と書かれた、どこにでもいそうな平凡な冒険者のレベルボードそのものだった。
偽造成功である。
「すげえ。すげえぞ、アマミ。よくやったな」
俺はアマミの艶やかな銀髪をなでる。
「えへへ。でしょう? でしょう? ふふふふふ」
アマミも顔を赤くして照れる。
こうして、俺たちはレベルボードの偽造に成功したのだった。
この偽レベルボードが、35日後、麻薬のために妖精を虐殺するゲルダー王国の幹部(国王や大臣や騎士たち)をひどい目に合わせるための重要な鍵となる。
だが、この時の俺たちは、そんなことは考えてもなく、
「これで町に行けるぞ」
「そうですね。久しぶりですね」
などと言いながら、のんきに森を歩くのだった。
ゲルダー王国幹部がひどい目に合うまで、あと35日。