107話 探偵、宝石人達を故郷に送り届ける(4章はこれで完結)
ナルリスを捨ててから1週間が過ぎた日のことである。
妖精の森の一角にある穏やかな木漏れ日の射す場所で、俺とアマミが雑談をしていると、ルチルがやってきて、こう言った。
「皆のリハビリが終わったのじゃ」
長い間ナルリスに操られ、自分で体を動かす感覚を失っていた宝石人達だったが、彼らは今や、すっかり元通りに回復したそうだ。
ルチルのリハビリ指導がよかったのか、妖精の森という環境との相性が良かったのか、いずれにせよ無事元気になったという。
「これも全てジュニッツ殿のおかげなのじゃ。もう何度も申したから聞き飽きたかもしれぬが、本当に感謝しているのじゃ。何の礼も出来ぬのが、申し訳ないくらいじゃ……」
ルチルはすまなそうな顔で言った。
着の身着のままでナルリスに拉致されたルチル達は、おおよそ財産と呼べるものを何も持っていない。いや、仮に故郷に帰ったところで、ほとんど自給自足の生活をしている宝石人には、財物などほとんどない。
それゆえ俺に礼として渡せる物が何もないことを、ルチルは申し訳なく思っているのだ。
「気にするな。礼ならもう十分にもらったさ」
俺は言った。
嘘ではない。
魔王と戦った時に話したように、魔王が何兆キロも離れた遠い星にいることの裏付けを取るのに、ルチルは役立ってくれた。
あれだけでも俺としては満足なのである。
「う、うむ……ジュニッツ殿がそう言うなら……」
「それで、これからどうするんだ? 故郷に帰るのか?」
「うむ。皆で帰るつもりなのじゃ。その……実はその件で相談があるのじゃが……」
「なんだ?」
「目立ってしまうのじゃ……」
ルチルは説明した。
ルチルたち宝石人は、総勢252人もいる。
彼らは今、全員妖精の森にいる。
ここから故郷に帰ろうと思ったら、まず転移門を抜けてエルンデールの町近くに出て、そこから数百キロの道のりを歩いて行く必要があるのだ。
252人で数百キロを歩く。
当然目立つ。
野盗だの魔物だのに襲われてもおかしくない。
「おまけに、わらわ達は故郷から遠ざかると、まともに戦えぬ……」
「そうらしいな」
3週間ほど前にアマミが話してくれた。
宝石人の武器は、髪から放つ強力な魔法である。だが、故郷から5キロ以上遠ざかるとその髪が短くなり、上手く魔法を放てなくなってしまう、と。
「つまり、こう言いたいんだな。普通に帰ろうとしたら、目立つ上に戦う術を持たない集団が、ぞろぞろと何日も歩くことになり、どう考えても危険だ、と」
「うむ……。わらわ達で、無い知恵を絞って考えてみたが、どうにも解決策が思い浮かばず、こうして恥を忍んでジュニッツ殿に相談に参ったのじゃ……。何か良い思案があれば、どうか教えて頂けないじゃろうか?」
ルチルはそう言って、頭を下げる。
俺は驚いた。
ルチルが、自分ではどうにもならないことを、人に相談しようと判断したからである。
何しろ出会った頃のルチルは、アマミから受けた治療が終わるや否や、真っ先に1人で仲間を救いに行こうとしたのだ。
だが今では、できないことはできないと認め、人を頼っている。
ナルリスの処遇を決める際、ルチルは宝石人の代表となった。代表とは、すなわち族長である。
責任ある立場となったことで、意識が変わったのかもしれない。
俺はこう答えた。
「安心しろ。その点は、俺もちゃんと考えてある」
「ほ、本当か?」
「ああ。要するに宝石人全員で故郷に行こうとするから、目立つし危険なんだろ? なら、解決策は簡単だ。俺とアマミ、それと数人の宝石人だけで故郷に行けばいい」
「……え?」
ルチルは、意味が理解できないのか、目をパチクリさせる。
俺は説明した。
まず、俺は転移門を出し入れできる。
門に触れることで異界に収納することができるし、自分の近くに門を異界から出して設置することもできる。
であれば答えは簡単。
次の番号の順に行動するだけで問題は解決する。
1.俺とアマミと宝石人数人が転移門から出る(エルンデールの町近くに出る)
2.転移門を収納し、一同でルチル達の故郷まで歩いて行き、そこに転移門を設置する
3.妖精の森にいる残りの宝石人全員が、門をくぐって故郷に帰る
こうすれば、外を出歩くのは4、5人程度になるから目立たない。
戦闘力の問題は、アマミが解決してくれる。
宝石人数人を連れて行くのは、俺とアマミだけでは故郷の場所が分からないからで、いわば道案内役だ。
「これなら目立たないし安全だろ?」
「な、なるほど! さすがはジュニッツ殿なのじゃ!」
ルチルは感心したように叫ぶ。
それからすぐ、はっとしたような顔をしてこう言った。
「じゃ、じゃが、それではジュニッツ殿とアマミ殿に、わらわ達の故郷まで、わざわざ来てもらうことになって、迷惑では……」
「ルチルの故郷は、エルンデールから見てどっちの方角にある?」
「え? み、南じゃが」
「ならちょうどいい。俺達の次の目的地も南だ。目指す方向が同じなんだから、迷惑じゃねえさ。安心しろ」
「お、おお、そ、そうか。うむ、分かったのじゃ。歓迎させてもらうのじゃ!」
ルチルは、しきりに感謝の言葉を述べた。
それから出発の日時を決めた。
別段、お互いに準備と言えるほどやることがあるわけではない。
今から1時間後には、故郷に向けて旅立つことで合意を取ると、ルチルは去って行った。
「ジュニッツさんは優しいですねえ」
ルチルの姿が見えなくなった頃、アマミがふとそんなことを言った。
「ああん? 何がだ」
「だって目的地が南って、今決めたんでしょう? ルチルさんの故郷が北なら、目的地は北にしていたんですよね。優しいなあ」
「……いいから、さっさと出発の準備をしろ。1時間後だぞ」
「はいはい」
◇
故郷に向けての道中は、特に何事もなかった。
強いて挙げるとすれば、途中で立ち寄った町の酒場で、エルンデールの町の様子を耳にした事くらいだろうか。
町は『愚か者への罰』の影響で、頭部がネズミになった者が大勢おり、大騒ぎだという。
また、地下迷宮を案内してくれたタスマンの話も聞いた。
彼はわりと顔が広いらしく、俺が酒場で話した男もタスマンを知っていた。
「タスマンのやつは、ネズミにならなかったらしいな」
「へえ」
「あと、あいつの嫁さんは、ナルリスってやつのせいで瀕死の重傷を負っていたんだが、そのナルリスが死んだらしくてな。やつが持っていた高級回復薬を、タスマンは人脈と交渉を駆使してどうにか1個手に入れることができたらしい。おかげで嫁さんも、一命を取り留めたらしいぜ」
酒場の男の言葉に、俺は「そいつはよかった」とうなずいた。
他は、これといった出来事もなかった。
時折出てくる魔物をアマミが瞬殺する程度である。
12日目の昼前には、俺たち5人(俺とアマミとルチルと宝石人2人)は、故郷の村のすぐそばまでたどり着いた。
そこは岩山だった。
宝石人達は皆、険しい岩山に村を作り、そこに暮らす。
ルチル達の故郷の村も、灰色と茶色の混ざり合ったようなゴツゴツした岩山を半ばまで登ったところにあった。
「あの坂を登れば故郷なのじゃ」
とルチルが言った。
岩山といっても、どこもかしこも斜面というわけではなく、ところどころ平らな場所がある。坂を登った先もそんな平たい土地になっており、故郷の村はそこにあるという。
あと数分でたどり着く。
だが、俺達は立ち止まった。
故郷には全員で、と決めてあったからだ。
俺は転移門を設置した。
妖精の森に待機している宝石人達249人には、今日中には故郷に着くことを伝えてある。
門扉を開けると、みんな扉の前で待機していた。
1人、また1人と門から出てくる。
やがて全員出る。
皆、そわそわしている。うずうずしている。そして遠慮がちに、俺をちらちらと見る。
今すぐにでも故郷に向けて駆け出したいが、しかし俺を置いて走り出すわけにもいかず……という気持ちが見て取れる。
だから、俺はこう言った。
「行っていいぞ」
宝石人達の顔に喜びの色が差した。それから、俺に向けて深々と頭を下げると、みんな最初は早歩きで、やがて駆け出すようにして坂を登っていった。
俺とアマミはその後をゆっくりと追う。
坂を登り切ると、村があった。
草がまばらに生えている他は植物の姿はなく、見通しが良い土地に、石造りの建物がいくつも並んでいる。
そんな中、宝石人達が感極まった声を上げていた。
「お……おおっ! つ、ついに……ついに帰ってきたのじゃ!」
「ああ……この岩と草の匂い……紛れもない故郷なのじゃ・・…」
「この淡い陽光! 乾燥した空気! 何もかもが懐かしい……」
「また……またこうして帰ることができるとは! ジュニッツ殿のおかげなのじゃ!」
皆、歓喜と感慨と懐かしさの入り交じった声を漏らす。
故郷というものに良い感情を持たない俺には、ルチルらの気持ちはわからない。
アマミも、自分の故郷とか過去とか、そのへんには暗い思い出しかないらしく(暗い思い出をわざわざ聞き出す気はないので、詳しくは知らないのだが)、俺と同じような顔をしている。
だが、共感はできなくとも、気持ちを尊重することはできる。
俺達は静かに宝石人達が落ち着くまで待った。
◇
7日間が過ぎた。
その期間、葬儀と復興と祝賀会がおこなわれた。
最初におこなわれたのは葬儀だった。
ナルリスによって殺された仲間達の葬式である。
無論、遺体はない。
だが、『寂しがりやのダイヤ』がある。
3週間ほど前、アマミは寂しがりやのダイヤについて、こう説明してくれた。
――宝石人は皆、この世に生まれると、生まれた場所に半透明の宙に浮いた大きなダイヤモンドが現れるらしい。宝石人1人1人が、生まれた土地に自分だけのダイヤモンドを持つのだ。
――このダイヤモンドには触れることも動かすこともできず、持ち主の宝石人が死ぬまでずっとその場所に浮かび続けるという。
死ぬまで浮かび続けるダイヤ。
では、死ぬとどうなるか?
落ちるのだ。落ちて実体化する。
そして、触ったり動かしたりすると、氷のように徐々に溶けていく。
「実体化するのは、死んだ者の魂がダイヤに還るから。触ると溶けるのは、現世の者が死を受け入れることで、魂が輪廻転生の輪に戻っていくから」
と言われている。
ナルリスによって宝石人たちが殺されている間、この村は無人だった。
ダイヤに触る者も動かす者もいない。
そのため、どのダイヤも残っていた。
「父上……母上……」
床に転がっている2個のダイヤを前に、ルチルが跪いた。
他の宝石人達も、家族や友人のダイヤを前に、静かに涙を流した。
それらが一段落すると葬儀が始まった。
神殿にダイヤを安置し、溶けゆくダイヤを見守りながら、皆で祈りを捧げるのだ。
150人ほどを弔う合同葬儀であり、また他にも急いでやらねばならぬ事が多いため、略式のものではあったが、皆で亡くなった者たちを弔った。
葬儀はルチルが主催した。
「死者を弔うのは族長の責務じゃからな」とルチルは言う。
周りの者たちも、すでに彼女を新族長と認めているし、彼女の主導を当然と考えている。儀礼に詳しい者が積極的にルチルを助け、葬儀はつつがなく終わった。
次におこなわれたのが、村の復興である。
長い期間放置されていた村を、生活が出来るように整えていく仕事である。
幸い、家屋はどれも石造りであり、湿気で腐ることはない。
乾燥しているし、風通しも良い土地なので、カビ臭くなっていることもない。
村に誰もいない間に泥棒がやってきて財産を持って行かれた、ということもない。
「わざわざこんな辺境の岩山の、それも金目の物も大してない村にやってくる泥棒などいないのじゃ」とルチルは言っていたが、そういうことなのだろう。
ため池や用水路があるわけでもないから(必要な水は、得意の魔法で出せる)、「長い間放置していた用水路に泥が溜まっていて掃除が必要だった」ということもない。
畑があるわけでもないから、雑草まみれになった畑の草むしりをする必要もない。
それでもいくつかの生活道具は使えなくなってしまっているし、生活できないレベルで砂埃がたまっている家屋も多いし、他にも大小さまざまな問題がある。
どういう手順でやるか、各作業の担当者は誰か、といったことをルチルは周りと相談しながら決め、指示を出していく。
おおよそ5日かけて、どうにか最低限の生活環境を整える。
最後におこなわれたのが祝賀会である。
俺への感謝と、故郷に戻れたことへのお祝いが目的である。
人間社会の場合、こういうのは飲み食いしながら歓談するものであるが、宝石人達もその点は同じらしい。
狩ってきた魔物の肉と、採ってきた山菜を中心に宴がおこなわれた(本来なら魔物から造る酒もあるらしいのだが、すぐに造れるものではないため、今回はノンアルコールである)。
「ジュニッツ殿には、もっと独創的な祝賀会がふさわしいかもしれぬが……」などと幹事のルチルはすまなそうな顔をしながら言っていたが、俺は別にそういうところにオリジナリティなど求めてはいない。
「俺はあらゆる方法で祝賀されうる男だ」と言うと、ルチルは「そ、そうか、なら安心なのじゃ」とうなずいた。
◇
祝賀会の2日後、俺とアマミは旅立つことにした。
宝石人達は、もう俺がいなくても大丈夫そうである。
良い頃合いだろう。
旅立ちの件は、昨日のうちにルチルに伝えてある。
出立する俺とアマミを、宝石人一同が見送りに来てくれた。
「ジュニッツ殿……アマミ殿……本当にそなたらには感謝の気持ちでいっぱいなのじゃ。できれば、わらわ達の救世主として末代まで語っていきたいのじゃが……」
ルチルの言葉に、俺はあわてて首を横に振った。
「やめてくれ。恥ずかしい……」
「む? そ、そうか。まあ、ジュニッツ殿がそう言うなら……」
ルチルはそう言ったが、なんとなく彼女はそのうち我慢できずに、俺を過剰に称賛する詩だの歌だのを作って、末永く伝えていきそうな気がする……。
「ジュニッツ殿……」
ふと見ると、ルチルが真面目な顔をしている。
「どうした?」
「ジュニッツ殿は……これからも魔王と戦っていくのじゃよな?」
「ああ」
「その……怖くないのじゃろうか?」
ルチルは言う。
自分はもう十分だと。
ナルリスに操られ、俺の魔王討伐にお供し、それだけでもう一生分の大冒険であったと。
これ以上は怖くて無理だと。
「だが、ジュニッツ殿はまだまだ魔王と戦い続けるのじゃよな?」
「俺は欲張りだからな」
「ジュニッツ殿は大きいのう……器が大きい。大きいからこそ夢や野心がたっぷり入る」
ルチルは輝かしいものを見るように俺を眺める。
やがて、その目に涙が浮かんできたかと思うと、俺に抱きついた。
「……達者でな! 変わり者の……そして最高の探偵殿!」
「お前こそ元気でな。仲間思いの族長殿」
俺達は体を離す。
俺とアマミは、背を向けて歩き出す。
背後から宝石人達の感謝と別れの言葉が聞こえてくる中、俺達は山を下っていった。
南には太陽が輝いている。
あの陽の下には、未知の国がある。未知なる魔王もいるに違いない。
俺は足に一層力を込めながら、アマミと共に南へと向かうのだった。
4章はこれで終わりです。
5章はまた次の謎を思いついたら書きます。
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