106話 探偵、扉の暗号を解く
<注意>
今回の話には、以下の要素が含まれます。
・解かなくてもいい謎を余興で解く話です。
・数字と計算がいっぱい出てきます。
・かなり長いです。
ストーリーに関係のある話ではないため、次話まで飛ばして頂いても問題ありません。
ナルリスを捨て、妖精の森に帰ってから数日が過ぎた日のことである。
アマミがこんなことを聞いてきた。
「そういえばジュニッツさん」
「ん?」
「地下迷宮に扉があったじゃないですか。宝石がいっぱいついているやつ」
「ああ、あったな」
タスマンに案内されて地下20階まで潜った時、俺たちは奇妙な扉を見た。
こんな風に25個の宝石が並んでいる扉である。
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
宝石は、触ると青や黄に色が変わる。
全ての宝石を正しい色に変えると、扉が開くのだ。
「あの扉がどうかしたのか?」
「あれって結局、正解は何だったんですか?」
「正解ならナルリスが教えてくれただろ」
強制チェスリルの力で、ナルリスに魔王の所まで無理やり案内させた時、彼はこのように宝石の色を変え、扉を開けた。
青黄赤赤赤
赤黄赤青黄
黄青黄黄黄
赤赤青赤赤
青青青黄赤
これが正解である。
「ええ、確かに答えはナルリスが見せてくれました。でも、なんであれが正解なのか、その理由が分からないんです」
「つまり、問題の解き方を知りたいと?」
「はい。ジュニッツさんのことだから、もうとっくに解法は分かっているんですよね?」
「まあ、一応自力で解きはしたし、教えてもいいんだが……うーん……」
俺はうなった。
「おや、あまり乗り気ではありませんか?」
「ああ。そもそも謎ってのは、なんでもかんでも解けばいいってわけじゃない。まず、解く必要があるかどうかを見極めることが大事なんだ」
今回の俺たちの目的は、ルチルの仲間達の救出と、魔王の討伐である。
重要なのは、その目的を果たすために、扉の謎を解く必要があるのかどうかだ。
「必要あるんですか?」
「ねえな」
俺は断言した。
「理由は簡単で、仮に扉の謎を解いたところで、その先に魔王がいるとは限らねえだろ?」
「んん……まあ、そうですね」
「それに仮にいたとしても、扉を開けてから魔王にたどり着くまでの間に、罠が多数仕掛けられているかもしれない」
迷宮を案内したタスマンは、地下3階以降は罠があると言っていた。
――ほどなくして、地下3階に降りる階段に着く。
――「ここから先はトラップ、つまり罠があるんで気を付けるッス」
扉の向こうにだって罠があってもおかしくない。
事実、罠はあった。
――ナルリスは扉をくぐり、中に入る。
――直後、みょうなことをした。身を屈めて床の隅に置いてある何かを操作したのだ。
――カチリと音がする。
――トラップ(つまり罠)を解除した音である。
「分かるな? 謎を解いて扉を開けたところで、不確実で危険なだけなんだ。無論、それしか魔王の所に行く手段がないっていうのなら、やむをえないが、それよりももっと確実で安全な方法がないかを推理するのが探偵ってものだ」
「確実で安全な方法……。ああ、だからナルリスに魔王の所まで案内させたんですね」
「そうさ」
俺はうなずいた。
「つまり、ジュニッツさんとしては、謎を解く必要があるかどうかを判断するのが第一であり、扉の謎については解く必要はない。むしろ、解かないのが正解だ、と。だから、そんな不要な謎の答えを説明するのは乗り気じゃない、ということですか?」
「ああ」
「理屈は分かりました。納得もしました。でも、それはそれとして……」
「解き方は知りたいと?」
「気になるんですよ」
「……分かった」
俺としても、別に何が何でも説明したくないというわけではない。
「ただ、事前に言っておくことがある」
「ん、なんですか?」
「この暗号の解き方には、数字や計算がいっぱい出てくるということだ」
「数字や計算がいっぱい……」
「お前、そういうの苦手だろ。大丈夫か?」
「ま、まあ、知りたいと言ったのはわたしですからね、ええ。それくらい平気ですよ」
アマミは若干引きつった顔をしつつも、そう言った。
「でも、だとしたら、レコさんとキーロックさんは、よくそんな数字や計算だらけの謎を解けましたね」
「あの2人が生きていたのは、かなり昔のことだからな。当時は、もしかしたらヒントのようなものがどこかに残っていたのかもしれないし、あるいは扉を通らなくても魔王の所に行ける別ルートがあって、たまたまそっちを見つけられたのかもな」
「なるほど。じゃあ、ナルリスはどうやって解いたんです?」
「あいつは解いたというより、答えを見たんだろう」
タスマンは、迷宮攻略のための資料があると言っていた。
――「うーん、そうッスねえ。噂だと、この町に古くから住んでいる一族の家に、迷宮攻略の手がかりが色々と秘密裏に隠されているって話ッス」
ナルリスはそれを持っていたのだろう。
「……あれ? ってことは、ジュニッツさんは、ヒントも資料もなしに、解いたってことですか?」
「遊び半分で解いたら、たまたま当たっただけさ。たいして意味もねえ。言ったろ? この謎は解く必要なんてないんだ」
俺は肩をすくめて、そう言った。
「たまたまで答えを的中させられるものなんですかねえ……。ときどきジュニッツさんの頭の中をのぞいてみたくなりますよ」
「ふむ。じゃあ、今回はそういう話し方にするか?」
「というと?」
「つまりだ。俺が例の扉を見てから何を考え、どういう思考を経て答えにたどり着いたか。それをそのまま語るってことさ」
「なるほど。体験談として語ることで、ジュニッツさんの頭の中も分かると」
「上手く話せるかは分からねえがな。まあ、余興と思って聞いてくれ」
「ん。わかりました」
◇
「では、話を始めよう。2週間ほど前、俺たちはタスマンに案内され、迷宮の地下20階で例の扉を見た。扉には4つの特徴があった」
<1>
扉の上部に、赤、青、黄の3個の宝石、それとただの穴が、こんな風に等間隔に横に並んでいる(『・』が穴)。
赤・青・・・黄
<2>
その下に、赤い宝石が縦5列・横5列で合計25個並んでいる。
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
<3>
さらにその下に、こんな風に数字が彫り込まれ、その右に縦5列・横5列で3色の宝石が並んでいる。
73386 赤青黄赤青
89443 黄赤青黄赤
91643 → 青黄赤青黄
19342 赤青黄赤青
26839 黄赤青黄赤
<4>
さらにその下には、こんな数字が彫り込まれている。
17982
43861
19263 → ?
13744
88839
「<3>と<4>は、いわば問題文だ」
<3>の左の数字の組み合わせなら、<3>の右の色の組み合わせになる。
では、<4>の左の数字の組み合わせなら、どんな色の組み合わせになるか?
それを解く問題ということだ。
「一方、<2>は、その答えを入力する回答欄だ」
<2>の25個の宝石は、触ることで個別に色を変えられる。
全ての宝石を正しい色にすることで、扉が開くというわけだ。
「さて、この扉を見た時、俺は不自然な点に2つ気がついた」
「え? どこですか?」
「1つ目は、<3>と<4>の数字さ」
「……えっと、何か変ですか?」
「よく見てみろ。0と5だけないだろ」
0~9までの数字のうち、なぜか0と5だけが存在しないのだ。
「あっ! な、なるほど、確かに不自然ですね……。これは一体どういうことなんですか?」
「この時点では何とも言えねえ。ただ、こんな仮説を思いついた。特定の1ケタの数字が存在しない、ということは、この暗号は1ケタの数字という視点で見る必要があるんじゃねえか、と」
「1ケタの数字?」
「ああ。たとえば、<4>の1行目だ」
<4>
17982
43861
19263 → ?
13744
88839
「1行目はなんだ?」
「えっと、17982です」
「どういう意味だ?」
「え? 一万七千九百八十二という5ケタの数字ですよね?」
「確かにそうとも見える。だが、1ケタの数字という視点で見ると違う。これは、1、7、9、8、2というように、1ケタの数字が5個並んだものになるんだ」
他の数字も同じだ。
5ケタに見える数字は、全て1ケタの数字が5個並んだものではないか、と考えたのだ。
無論、これはあくまで仮説であるが、まずは仮説を立てて推理を進め、最後まで矛盾が出なければ仮説は正しかったと判断すればいいし、途中で矛盾が出れば仮説を破棄して推理をやり直せばいいだけの話である。
「以上が、1つ目の不自然な点と、そこから導かれた考察だ」
「な、なるほど……。では、2つ目の不自然な点は?」
「<1>さ」
<1>
赤・青・・・黄
「『・』は穴だが、見ての通り、穴の空き方が不規則だろう?」
こんな風に規則的に並んでいるなら、まだ分かる。
赤・青・黄
この暗号では赤と青と黄の3色の宝石を使いますよ、という説明文のようなものだと解釈できる。
だが、実際の並びは不規則だ。
である以上、何か別の意味があるはずだ。
「ん……言われてみれば、そうですね。どういう意味があるのでしょう……?」
「その答えを出すには、そもそも<1>が何なのかを考える必要がある」
さっきも言ったように、<2>は回答欄、<3>と<4>は問題文である。
では、残りの<1>は何か?
「何なのですか?」
「この時点では、まだ分からなかった。だが、<1>には何か意味がある。そう頭の片隅に入れておいたんだ」
『ここまでのまとめ』
・問題文には、0と5だけ無い
・1ケタの数字という視点で見る必要がある
・<1>には何か意味がある
◇
「さて、ここまでが扉を見て、すぐに思ったことだ。不自然な点は分かった。だが、答えはまだ分からない。こういう時、俺は根本に立ち返ることにしている」
「根本?」
「謎をシンプルに要約してみるんだ。アマミ、今回の扉の暗号を一言で表すとどうなる?」
「うーん……なんでしょう?」
「『数字と色のつながり』さ」
「え? どういうことです?」
「難しい話じゃねえさ。<3>を見りゃ、分かるだろう? 数字と色が矢印でつながっている」
<3>
73386 赤青黄赤青
89443 黄赤青黄赤
91643 → 青黄赤青黄
19342 赤青黄赤青
26839 黄赤青黄赤
「数字と色にはどんなつながりがあるのか? これが分かれば、<4>の『?』に何が入るかも分かる。それこそが求める答えだ。そうだろう?」
<4>
17982
43861
19263 → ?
13744
88839
「まあ、言われてみればそうですけど……でも、どんなつながりが?」
「少し考えてみたが分からなかった。そこで、俺は問題作成者の視点に立つことにした」
「作成者の視点、ですか?」
「ああ。自分でも、似たような暗号文を作ってみたんだ。簡単なやつをな。俺が作ったのは、こんなやつだった」
1 → 青
2 → 赤
3 → ?
「アマミ。『?』に何が入るか分かるか?」
「へ? い、いえいえ、全然わからないですよ」
「だろうな。これだけじゃ分からない。そこで、こんな変換式を付け加えてみた」
青=10
赤=20
黄=30
「この式をさっきの暗号文に代入するとこうなる」
1 → 10
2 → 20
3 → ?
「何か法則が見えてこないか?」
「法則……あっ! 左の数字を10倍すると、右の数字になります!」
「では、その法則に従うと、『?』には何が入る?」
「3×10で30です」
「30を色にすると?」
「えっと……黄=30だから、黄です!」
「正解だ」
つまり、これが答えである。
1 → 青(10)
2 → 赤(20)
3 → 黄(30)
「な、なるほど。……でも、これがいったい何だと言うのですか?」
「扉の暗号も同じってことさ」
「同じ?」
「そうさ。アマミ、さっきの例題は、どうして解けたと思う?」
「え? それは、この変換式があったからですよね?」
青=10
赤=20
黄=30
「その通り。ってことは、扉の暗号も、同じじゃねえか? 変換式があれば解けるんじゃねえか? 俺はそう思った」
「変換式……」
「そうだ。じゃあ、その変換式はどこにある? 真っ先に考えられる可能性は『扉に書いてある』だ。どこに書いてある? ここで俺は、最初に考えたことを思い出した」
「最初に考えたこと?」
「『<1>には何か意味がある』さ」
不規則に穴が開いている<1>。
問題文でも回答欄でもない<1>。
一体何なのか?
「まさか……」
「そう、俺は<1>こそが変換式ではないかと考えた」
<1>
赤・青・・・黄
「で、でも、そうだとして、どうやって変換するんです?」
「こういう時、俺は最も素直なやり方で考えることにしている」
「素直って……ジュニッツさんから最も遠い言葉じゃありません?」
「なんか言ったか?」
「いえいえ。でも……素直って言っても、どう変換するんですか?」
「アマミならどうする?」
「ん、そうですね……」
アマミは少し考えた後、こう言った。
「左から1番目が赤、2番目が青、3番目が黄ですから、赤=1、青=2、黄=3が一番素直でしょうか?」
「それだと、不規則に穴があいていることの説明つかないぞ」
「ううん……じゃあ、どうすれば……」
「穴も含めるんだ」
「……あっ! そうか! 穴も含めて数えれば、1番目が赤、3番目が青、7番目が黄です! だから、赤=1、青=3、黄=7です!」
アマミが言ったのはこういうことである。
赤・青・・・黄
「正解だ。まさに俺もそう思った」
「やった! ふふ、謎が解けると気分がいいですね!」
◇
「さて、変換式を得た俺は、目の前の扉に書かれている<3>を頭の中で変換してみた。すると、このようになった」
73386 13713
89443 71371
91643 → 37137
19342 13713
26839 71371
「う、うーん……数字がいっぱい並んでいて、頭がくらくらしてきますよ。これで答えが分かるんですか?」
「いや、俺も、これだけ見てもわけが分からなかった」
「ですよね」
「そこで、もう一度、謎を作る側の視点に立つことにした」
「今度はどんなことを考えたんですか?」
「なぜ、赤=1、青=3、黄=7なのか? だ」
0でも2でも4でもなく、なぜ1と3と7が選ばれたのか?
この数字でなければならない理由が、何かあるはずだ。
「こういうのは単独で考えても答えが出るものじゃねえ。そこで俺は一度、ここまでに分かったことをまとめてみた」
・問題文には、0と5だけ無い
・1ケタの数字という視点で見る必要がある
・<1>は変換式。赤=1、青=3、黄=7。
「その瞬間、ひらめきが走った」
「え? どんなひらめきですか?」
「その前に一応言っておくが、ここから先は、いよいよ数字と式がいっぱいで、話がさらに複雑になる」
「さらに複雑……」
「今回の暗号の話は別に聞かなくても、この先二度と出てくることはないし、今後の冒険には何の関係もない。単なる余興の余談だ。だから、ここでリタイアしてもいいんだぞ?」
「い、いえいえ、大丈夫です。ちゃんと聞きますとも」
「そうか。では話を続けよう。俺に走ったひらめき、それは『かけ算』だ」
赤、青、黄を表す1、3、7。
これらに、今回の暗号で重要だと考えられる1ケタの数字をかけた時、1ケタ目の数字はどうなるか?
たとえば、2をかけた場合、
1×2 = 2
3×2 = 6
7×2 = 14(1ケタ目は4)
となる。
1ケタ目は上から順に2、6、4。
つまり、2、6、4という数字が得られる。
これを、このように表現する。
1 3 7
2: 2 6 4
同様に、6をかけると、
1×6 = 6
3×6 = 18(1ケタ目は8)
7×6 = 42(1ケタ目は2)
となる。
つまり、6、8、2という数字が得られる。
先ほどと同様、これはこのように表現できる。
1 3 7
6: 6 8 2
2をかけた場合のものと合わせると、このような表現になる。
1 3 7
2: 2 6 4
6: 6 8 2
「こんな風にして、0~9までの数字に対して、1、3、7をかけ、1ケタ目の数字がどうなるかを頭の中で表にまとめてみたんだ。それがこれさ」
1 3 7
0: 0 0 0
1: 1 3 7
2: 2 6 4
3: 3 9 1
4: 4 2 8
5: 5 5 5
6: 6 8 2
7: 7 1 9
8: 8 4 6
9: 9 7 3
「さて、ここには2つの特徴がある。何か分かるか?」
「う、うーん……なんでしょう?」
「『0と5』というキーワードに着目して見てみるんだ」
「0と5……あっ! 0と5をかけた場合は3つとも同じ数字です! でも、他は3つとも違う数字です!」
「そうだ、それが1つ目の特徴だ」
0と5をかけると、このように何をかけても1ケタ目の数字が同じになる。
1 3 7
0: 0 0 0
5: 5 5 5
だが、それ以外の数字は、1でも2でも3でも、このように1ケタ目の数字は全部異なるのだ。
1 3 7
1: 1 3 7
2: 2 6 4
3: 3 9 1
「そして、0と5にまつわる特徴は、実はもう1つある」
「ううん……なんですか?」
「0と5がある場所はどこだ?」
「……あ! 0と5は特定の行に固まっています」
「その通り」
0と5という数字は、この2行にしか存在しない。
1 3 7
0: 0 0 0
5: 5 5 5
残りの8行には、一切出て来ないのだ。
1 3 7
1: 1 3 7
2: 2 6 4
3: 3 9 1
4: 4 2 8
6: 6 8 2
7: 7 1 9
8: 8 4 6
9: 9 7 3
「この2つの特徴を式にまとめると、こうなる」
A×色 = 1ケタ目はB
※A、Bには0~9が入る。
※色には、赤(1)、青(3)、黄(7)が入る。
この時、次の事実が成り立つ。
・Aが0の場合、Bは必ず0
・Aが5の場合、Bは必ず5
・Aが0、5以外の場合、Bは0と5以外の3通りの数字が入る(例:Aが7なら、Bは7、1、9の3通り)。
「ううん……まあ、確かにそういう式が成り立つと言えば成り立ちますけど……でも、これが一体なんだというのですか?」
「俺もそこは疑問に思った。だが、すぐに答えに気づいた。問題作成者の立場になって考えてみれば分かる」
「というと?」
「これは暗号文だ。暗号文で何が一番まずいか? それは正解が何パターンもあることだ」
「えっと……どういうことです?」
「さきほどの式を思い出すんだ」
A×色 = 1ケタ目はB
「もしAとBが両方とも、0と5以外の数字だったらどうなる?」
「えっと……?」
「たとえば、A=4、B=8なら、式はこうなるだろう?」
4×色 = 1ケタ目は8
「この時、色には赤(1)、青(3)、黄(7)のどれが入る?」
「えっと……赤ではないですし、青でもないですから……黄です!」
「正解だ」
下記の通り、『4×色=1ケタ目は8』が成り立つのは黄だけである。
4×赤(1) = 4 (1ケタ目は4)
4×青(3) = 12(1ケタ目は2)
4×黄(7) = 28(1ケタ目は8)
「このように、AとBが分かれば、何色か分かる。普通はな」
「普通は?」
「そう、普通じゃないケースがある。AとBに、0または5が入った場合だ。例えば、A=5、B=5ならどうだ?」
5×色 = 1ケタ目は5
「アマミ。色には赤(1)、青(3)、黄(7)のどれが入る?」
「えっと……ううん……分かりません」
「だろうな」
なぜなら、次の通り、どの色を入れても『5×色 = 1ケタ目は5』が成り立ってしまうからだ。
5×赤(1) = 5 (1ケタ目は5)
5×青(3) = 15(1ケタ目は5)
5×黄(7) = 35(1ケタ目は5)
「赤、青、黄のどれでも正解になってしまう。仮にこれが色を当てる暗号だとしたら、どの色も正解になっちゃ、まずいだろう?」
「た、たしかに、まずいですね」
「ちなみに、A=0、B=0でも同じだ」
0×赤(1) = 0(1ケタ目は0)
0×青(3) = 0(1ケタ目は0)
0×黄(7) = 0(1ケタ目は0)
「こちらも赤、青、黄のどれでも正解になってしまう。つまるところ、AにもBにも、0と5は入れられないということだ」
「な、なるほど」
「さて、ここまで何度も『0と5』というキーワードを使ってきたが、この言葉に聞き覚えはないか?」
「……あっ! あれです! 『問題文には0と5だけ無い』です!」
「その通り。なぜ0と5だけ無いか? これこそが、その答えだと俺は考えた」
つまり、今回の暗号は、
『A×色 = 1ケタ目はB』
という式を解いて、色を導き出すものだったのだ。
なぜなら、これで問題文の数字に0と5がないことの説明がつくからだ。
今回の暗号は、1ケタの数字という視点で見る必要がある。
であれば、暗号を解く時は、問題文から数字を1ケタ取り出してAまたはBに入れるのが自然だ。
だが、その1ケタの数字が『0または5』であった場合、すでに述べた通り、式を解くことが出来なくなってしまう。
それゆえ、問題文には0と5だけ無かったのだ。
また、赤=1、青=3、黄=7であることの説明もつく。
これがもし異なる数字……たとえば赤=2、青=7、黄=8だったらどうか?
例としてA=4、B=8について考えてみると、次のようになる。
4×赤(2) = 8 (1ケタ目は8)
4×青(7) = 28(1ケタ目は8)
4×黄(9) = 36(1ケタ目は6)
見ての通り、赤でも青でも正解になってしまう。
これでは、答えの色を求めることはできない。
赤=1、青=3、黄=7だからこそ、唯一の正解を求めることができるのだ。
◇
「アマミ。ここまでは大丈夫か? 着いて来れているか?」
「ま、まあ、なんとか……一応……」
「よし。さて、ここまで分かった俺は、いよいよ暗号を解くことにした。まず、<3>を見た」
<3>
73386 赤青黄赤青
89443 黄赤青黄赤
91643 → 青黄赤青黄
19342 赤青黄赤青
26839 黄赤青黄赤
「今回のこの暗号は、1ケタの数字という視点で見る必要がある。だから、数字を1ケタだけ取り出す」
どこでもよいが、今回は一番右上の1ケタの数字を取り出すことにしよう。
まず、一番上の行を取り出す。
<3の一番上の行>
73386 → 赤青黄赤青
次に、一番右端の数字と、それに対応する色を取り出す。
するとこうなる。
<3の右上>
6 → 青(3)
「これを今回の暗号を解くこの式に入れる」
A×色 = 1ケタ目はB
青(3)は当然『色』に入る。
問題は6のほうだ。Aに入るか、Bに入るか。
「どっちなんですか?」
「この時点では分からなかった。どうしようかと一瞬迷ったが、両方確認すりゃあいいか、と思った。2パターンしかないしな」
まずは、Aに数字を入れるパターンからだ。
入れるとこうなる。
<3の右上>
6×青(3) = 1ケタ目はB
6×3は18だから、1ケタ目は8。つまり、B=8となり、最終的にはこのようになる。
<3の右上>
6×青(3) = 1ケタ目は8
一方、Bに数字を入れるパターンはこうなる。
<3の右上>
A×青(3) = 1ケタ目は6
これが成り立つのは、A=2の時だけである。つまり、最終的にはこのようになる。
<3の右上>
2×青(3) = 1ケタ目は6
「ううん……どちらのパターンも成り立っちゃいますね……」
「ああ。<3>だけ見てもどちらが正しいか分からねえな、と思った。そこで、俺は<4>を見た。<3>と同じことを<4>でもやってみたんだ」
<4>
17982
43861
19263 → ?
13744
88839
「4の右側の色は『?』となっており、分からない。というより、ここに入る25個の色を求めるのが今回の暗号なんだから、この時点では分からなくて当然だ。まずは、<3>と同じく、右上の数字を1ケタだけ取り出してみよう」
右上の数字は2だから、このようになる。
<4の右上>
2 → ?
「うーん、これだけで何か分かるんですか?」
「分かる。まずは一度記憶を掘り起こして欲しいんだが、<3>、<4>とは、そもそもなんだったか?」
先ほど俺はこう言った。
――<3>の左の数字の組み合わせなら、<3>の右の色の組み合わせになる。
――では、<4>の左の数字の組み合わせなら、どんな色の組み合わせになるか?
――それを解く問題ということだ。
「そう、つまり<3>と同様にやれば、<4>の答えは分かる、ということだ」
具体的には、こんな風に思考を進めた。
まず、俺は先ほど<3>について、
・Aに数字を入れるパターン
・Bに数字を入れるパターン
の2通りを考えた。
Aに数字を入れた場合、<3>は最終的にこのような式になった。
<3の右上>
A(6)×青(3) = 1ケタ目は8
これは、<3>の右上の数字と色を取り出したら、
『6 → 青(3)』
となったから、Aに6を、色に青(3)を入れたのである。
では、<4>だとどうなるか?
<4>の右上は、
『2 → ?』
である。
したがって、Aには2が、色には『?』が入る。
つまり、式はこのようになる。
<4の右上>
A(2)×? = 1ケタ目は8
「さて、アマミ。『?』には何色が入る? まずは数字で考えてみてくれ」
「えっと数字なら4ですね。あ、いや、9も入ります」
「そうだな」
この2つのどちらかである。
<4の右上>
A(2)×4 = 1ケタ目は8
A(2)×9 = 1ケタ目は8
「じゃあ、この4または9を色にするとどうなる?」
「ええっと……い、いや、ダメですよ、色は赤(1)、青(3)、黄(7)の3つしかないんです。4にも9にも、該当する色なんてないです!」
「その通り。だが、この4または9の部分には、何らかの色が入らないといけない。だから、この式は成り立たない。言い換えると、『Aに数字を入れるパターン』だと、式が成立しなくなるのだ」
そこで、俺は今度は、Bに数字を入れるパターンを考えてみた。
Bに数字を入れた場合、<3>は最終的にこのような式になっていた。
<3の右上>
2×青(3) = 1ケタ目はB(6)
これは、<3>の右上の数字と色を取り出したら、
『6 → 青(3)』
となったから、Bに6を、色に青(3)を入れたのである。
では、<4>だとどうなるか?
<4>の右上は、
『2 → ?』
である。
したがって、Bには2が、色には『?』が入る。
つまり、式はこのようになる。
<4の右上>
2×? = 1ケタ目はB(2)
「アマミ。『?』に入る数字はなんだ?」
「えっと1ですね。いや、6も入ります」
「その通り。この2パターンだ」
<4の右上>
2×1 = 1ケタ目はB(2)
2×6 = 1ケタ目はB(2)
「では、この1、6を色にするとどうなる?」
「えっと、赤=1、青=3、黄=7だから……成り立つのは赤=1だけ。だから、答えは赤です」
「正解だ」
<4の右上>
2×赤(1) = 1ケタ目はB(2)
「Aに数字を入れるパターンでは式は成り立たず、Bに数字を入れるパターンでのみ成り立った。つまり、Bに数字を入れるのが正しいということだ。そして、今回求められた『赤』。これこそが今回求めるべき扉の暗号の答えということになる」
つまり、扉の暗号のうち、一番右上は『赤』ということだ。
<4>
17982 ????赤
43861 ?????
19263 → ?????
13744 ?????
88839 ?????
「これで、25個のうちの1個が埋まった。他の24箇所も同じだ。同様のやり方で埋められる」
たとえば、左下を埋めてみよう。
<3>
73386 赤青黄赤青
89443 黄赤青黄赤
91643 → 青黄赤青黄
19342 赤青黄赤青
26839 黄赤青黄赤
<3>の左下は、
2 → 黄(7)
である。
先ほどと同様、『A×色=1ケタ目はB』という式の『色』に黄(7)を、Bに左側の数字である2を代入すると、こうなる。
<3の左下>
A×黄(7) = 1ケタ目はB(2)
この式を満たすAは6である(6×7=42だから)。
つまり、こうなる。
<3の左下>
6×黄(7) = 1ケタ目はB(2)
一方、4の左下はどうか?
<4>
17982 ????赤
43861 ?????
19263 → ?????
13744 ?????
88839 ?????
見ての通り、<4>の左下は、
8 → ?
である。
そこで、先ほどの<3の左下>を<4の左下>に置き換える。
<3の左下>
6×黄(7) = 1ケタ目はB(2)
上記のうちBに対して、<4の左下>である『8 → ?』の数字である8を入れる。
また、色である黄(7)を『?』に置き換える。
すると、こうなる。
<4の左下>
6×? = 1ケタ目はB(8)
『?』に入るのは、赤(1)、青(3)、黄(7)のどれか?
答えは1つ。青(3)である。
<4の左下>
6×青(3) = 1ケタ目はB(8)
つまり、<4>の左下は青になるというわけだ。
17982 ????赤
43861 ?????
19263 → ?????
13744 ?????
88839 青????
「このようにして、25個の色を全て埋めるとこのようになる」
<4>
17982 青黄赤赤赤
43861 赤黄赤青黄
19263 → 黄青黄黄黄
13744 赤赤青赤赤
88839 青青青黄赤
「……あっ! ナルリスが入力した答えと同じです!」
「そう、つまり、これが正解ということさ」
「な、なるほど……」
「理解できたか?」
「ま、まあ、筋道が立っていることは、何とか理解はできました」
「もとより余興だ。それだけ把握できりゃ十分さ」
俺の言葉に、しかしアマミは何も答えず、しばし考え込むような顔をする。
「どうした、アマミ?」
「あの……ジュニッツさんは、いつこの推理をしたんですか?」
「扉の前にいる間さ」
「え? で、でも、あの時、ジュニッツさんはタスマンさんと会話をしていましたよね?」
「会話といっても、軽い世間話のような話が多かったからな」
だいたいが、このような他愛のない話である。
――「で、タスマンは答えが分かったのか?」
――「いやぁ、全然ッス。オレ、どうも数字は苦手で、頭が痛くなるッスから」
――「文章よりはマシだろ。古い時代の誰も知らないような言語の文章で暗号が書かれていたら、お手上げだぞ」
――「ははは、言われてみりゃそうッスね。お客さん達はこの暗号、分かるッスか?」
――「いや、さっぱりだな」
「世間話に思考なんて使わねえだろ? おかげで頭の方が暇だったんでな。推理したんだ。もっとも最初に言ったように、この謎は解く必要のない謎だから遊び半分だったが、さほど難しくもなかったからな。すぐに答えは分かったよ。……どうした、アマミ?」
アマミは、なぜか呆然とした顔をしている。
「……あの、ジュニッツさんは、タスマンさんと話しながら謎を解いたんですか?」
「ああ」
「……ほんの数分の間に?」
「まあ、だいたいそれくらいかな」
「……たったそれだけの時間で、しかも会話をしつつ、あの複雑な推理をこなして正解を当てたと?」
「そうなるな」
アマミは何とも言えない顔をしたが、やがて口を開いてこう言ったのだった。
「……さきほど、わたしはジュニッツさんの頭の中をのぞいてみたいと言いましたが……どう考えても無理ですね。のぞいてみたって、分かりっこありませんよ。ジュニッツさんは変人です。とびっきりの変人です!」