105話 ナルリス、罰を受ける 6
ジュニッツの言う『妖精の森からの脱出方法』をアマミは考えた。
が、頭をひねっても答えは出て来ない。
「うーん……分からないです。正解は何ですか?」
「帰還の杖さ」
2週間ほど前、エルンデールの町に着く少し前のことである。
ジュニッツは、神の祝福の1つである帰還の杖を使った。
――『帰還の杖』
――帰還の杖が手に入る。
――「ここを覚えろ」と言って杖を振った後、別の場所で「戻れ」と言いながらまた杖を振ると、「ここを覚えろ」と言って杖を振った場所に転移する。
――※移動するのは、最後に「ここを覚えろ」と言って杖を振った場所である。
――※一度転移すると、杖は1週間使えなくなる。
――※杖を持つ者と体が接触していれば、複数人で同時に転移できる。
――※杖を振り終わってから転移が始まるまでに3時間かかる。その間、転移する人間が1人でも体を動かしたら、転移はキャンセルされる。
この杖を、ジュニッツは2週間ほど前、町の近くの人気のない窪地で使った。「ここを覚えろ」と言って杖を振るったのだ。
一度そうすれば、いつでもまたその窪地に転移できる。
それが帰還の杖である。
「この帰還の杖を使うのさ」
「具体的にはどうするんですか?」
「まずは魔王の星に行く」
そう言うと、ジュニッツは転移門をくぐる。
アマミも慌てて後に続く。
門をくぐれば、そこはもう魔王の星である。
着くとすぐ、ジュニッツは転移門を回収した。
2つの転移門は現在、こういう状態である。
・妖精の森の転移門:設置されたまま
・魔王の星の転移門:回収した(どこでも設置できる)
「この状態で、帰還の杖を使ったらどうなる?」
「えっと、帰還の杖は、覚えた場所に転移するんですよね。覚えた場所は、エルンデールの町の近くだから、そこに転移できます。で、その後、転移門を設置すれば……あっ!」
「そう、それで俺もアマミも宝石人たちも、全員が妖精の森から脱出できるわけさ」
ジュニッツたちは今、こういう状態である。
ジがジュニッツとアマミ、宝が宝石人たち、帰が帰還の杖で覚えた場所である。
<町の近く> <魔王の星> <妖精の森>
■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■
■ 帰 ■ ■ ジ ■ ■ 宝 ■
■ ■ ■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■ ■ 転移門■
■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■
この状態で帰還の杖を使えば、ジュニッツとアマミは町の近くに転移する。
<町の近く> <魔王の星> <妖精の森>
■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■
■ ジ←←←←←← ■ ■ 宝 ■
■ ■ ■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■ ■ 転移門■
■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■
後は転移門を設置すれば、妖精の森と町の近くを、ジュニッツたちも宝石人たちも自由に行き来できるというわけだ。
<町の近く> <魔王の星> <妖精の森>
■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■
■ ジ ■ ■ ■ ■ 宝 ■
■ ■ ■ ■ ■ ■
■ 転移門■ ■ ■ ■ 転移門■
■■■↑■■ ■■■■■■ ■■■↑■■
↑ ↑
↑←←←←←←→→→→→→→↑
「な、なるほど……」
「じゃあ、いいか? 始めるぞ。しっかり捕まってろ」
「はい」
帰還の杖は、杖の持ち主と、持ち主と体が接している者だけが転移できる。
アマミは、ジュニッツにぎゅっとしがみついた。
ジュニッツは「戻れ」と言いながら杖を振る。体が光り出す。
後はこのまま3時間、身動きもせず、じっとしていなければならない。
過去に杖を使って実験した時もそうだった。今回もそうなるだろう。
――おまけに、杖を振ってから転移までに3時間もかかる上、その間はじっとしていないといけない。息をしたり、まばたきしたりするくらいならいいが、歩いたり、魔法やスキルを使ったり、剣を振るったり、といった大きな動きをしたらダメである。その場合は、もう一度杖を振ってまた3時間待たないといけない。
待っている間、ジュニッツは魔王の星の光景を眺めた。
もっとも、彼らがいるのは巨大な部屋の中である。土の壁と天井に覆われていて、外の風景は見えない。
見どころのない景色である。
それでもここは100年以上ものあいだ、魔王キング・リゾックが君臨していた場所である。レコとキーロックがかつて魔王と戦い、そして散った場所である。
そして、ジュニッツが4度目の魔王討伐を成し遂げた場所なのだ。
『忘れ得ぬ思い出の場所』というほど大げさなものでもないが、ここが遠い宇宙のかなたにある場所で、もう二度と来ることはないかと思うと、多少は思うところがある。
(あの壁の向こうには何があるんだろうな)
ジュニッツは、巨大な部屋の壁に視線を向けた。
実を言うと、ジュニッツは昨日、アマミと2人で壁や天井の向こうに行けないか試した。
もうすぐここに来れなくなると思うと、そんなこともやってみたくなったのだ。
結論は「どうやっても行くのは無理だな」であった。
もっともアマミは、
「ジュニッツさんは魔王が絡まないと本気にならないですからね。たとえば、あの壁の向こうに魔王がいたら、きっと5秒で答えを見つけますよ」
などと言って、くすくすと笑うのだが。
(ん……)
ジュニッツは、自身の体の発光が一層強くなるのを感じた。
ぼんやりとあれこれ考えているうちに、3時間が過ぎたらしい。
まぶたを閉じていても感じられるほど光が強くなったかと思うと、ふっと光が消えた。
目を開ける。
視界が変わっていた。
「成功だな」
「ですね」
そこは、エルンデールの町近くの窪地だった。
2週間前に覚えた場所である。
無事、脱出に成功したのだ。
◇
脱出後は、淡々としたものであった。
ルチルが捨てられた茂みは、歩いて半日もかからない場所にある。
すぐに、たどり着く。
着いたら、転移門を取り出し、妖精の森に行ってナルリスを取ってきて戻る。
後は、茂みの中にナルリスを放り込んで終わりである。
ナルリスは心の中で、
(や、やめるのです! 私を置き去りにするなんて、世界にとって大きな損失ですよ! あっ、待って、行かないでください! ひ、ひい! 行かないで! ご、ごめんなさい! 謝ります! 謝りますから! ゴミみたいな宝石人でも、殺すのはやりすぎました! だから私をこんな所に置いていかないで!)
などと必死に叫んでいたが、無論誰にも聞こえない。
ジュニッツたちは、さっさとその場から立ち去るのだった。
◇
さて、その後のナルリスについて語ろう。
捨てられた当初、ナルリスは、(こ、こんな誰も寄りつかない暗くてじめじめ場所で、一生をすごさないといけないなんて……)と絶望していたが、ほどなくして希望を持ち始めた。
というのも、彼は自分にかかっている『愚か者への罰』を解除する方法が2通りあると知っていたからだ。
1つは関係者に本心から謝罪し、そして許してもらうこと。
もう1つは、刑期の満了である。
1つ目の謝罪については、ジュニッツがどこかに行ってしまった今、実現は絶望的である。
だが、もう1つの刑期の満了なら希望がある。愚か者への罰は、誰かが大きな功績を挙げた時、その者と、その者の仲間に対して、過去に不当にひどいことをしていた人物に対して発動する。どれだけひどいことをしていたかによって刑期の長さは異なるが(もっとも実のところ、『ひどいこと』の定義はかなり複雑なのだが)、ともかくも刑期が過ぎれば罰は解除され、人間の姿に戻れるのだ。
(そうです、謝罪なんかしなくても、刑期の終わりを待てばいいのです。低レベルの宝石人なんて、せいぜい1人殺して刑期1日といったところでしょう。であれば、長くても150日くらいで私は元の姿に戻れるわけです。なあんだ、たいしたことないじゃないですか)
ナルリスは、心の中でにんまりと笑った。
(人間の姿に戻ったら、エルンデールの町に帰りましょう。町の名士である私の帰還ですからね。町をあげての大歓迎があるに違いありません。たっぷり歓待を受けた後は、私のスキルにかけられた封印を解く方法を、町の連中に探させましょう。尊い私の役に立てるのですから、みんな全力で調べるでしょうし、大勢で本気で調査すれば解き方もすぐに見つかるはずです。そうなれば、私は完全復活ですよ。あはははは)
ナルリスの考えは、3つの点で誤算がある。
第1に、ナルリスの刑期は150日などではなく、5955年であることだ。
彼が殺した宝石人の数は正確には148人なのだが、単純計算で1人当たり約40年の刑期という計算になる。
もっとも実際の計算はそこまで簡単ではなく、それどころか非常に複雑なものなのだが、ともあれ半年にも満たない期間で人間の姿に戻れるわけではない。
第2に、町の住民はナルリスが帰還しても決して歓迎しないということである。
ナルリスは知らないが、エルンデールの町の住民達もまた、「宝石人達にひどいことをしてきたから」という『神』からの宣告により、愚か者への罰を食らっていたのだ。
ナルリスのように人形にはならなかったものの、宝石人に害を加えてきた者達はそろいもそろって頭部がドブネズミになってしまっている。
「まったく、お前達は低レベルのごくつぶしなんだから、せめて命をかけてナルリス様を守るくらいのことはできないの?」
と言いながら宝石人たちを何度も殴ったり蹴ったりしてきた男は今や、
「ぎょえええええ! オ、オレの顔がネズミにいいいい!」
と悲鳴を上げている。
「役立たずな宝石人は公開リンチよ」
と笑いながら繰り返し宝石人たちに暴力を振るってきた女も今や、
「な、な、なにこれえええええ! ネ、ネズミ! あたしの頭がネズミぃぃぃぃ!」
と泣き叫んでいる。
彼らは皆、「宝石人たちにあんなことをしなければよかった……」と後悔している。
と同時に、ナルリスのことを恨んでもいる。
「あのバカが自分たちをそそのかして宝石人たちに暴行をさせたから、こんな目にあってしまったんだ!」というわけである。
そんな中、ナルリスがのこのことエルンデールに帰ろうものなら、歓迎されるどころか、考え得る限りの暴行を受けることになるだろう。
そして、ナルリスの第3の誤解。
それは、自分が誰にも見つかることなく、茂みの中で無事に過ごせると思っていることである。
ナルリスが捨てられてから4日後。
茂みの奥に放置されていた彼は、突如として何者かに両足を捕まれたのだ。
(ひいっ! な、なんですか!?)
混乱するナルリスをよそに、彼の全身は茂みから引っ張り出された。
「うふふふふ。ナルリスさん、見ぃつけたぁ」
間延びした声と共にナルリスを引きずり出したのは、犬の獣人である若い女性だった。
獣人とは亜人の一種である。動物の特徴を持つ人間と言えばよいか。
犬の獣人の場合、外見は人間とほとんど変わらない。ただ、頭部に犬の耳が、体の後ろに犬の尻尾が生えている。
その犬の獣人がナルリスに話しかけたのだ。
(だ、誰ですか!?)
と困惑するナルリス。
一方の獣人はこう言った。
「覚えていますかぁ、ナルリスさん? あなたの元奴隷のアンジーですよぉ」
そう、アンジーと名乗る獣人は、かつてナルリスの奴隷だったのだ。
裕福な商人の息子であるナルリスは、子供の頃から亜人の奴隷をいじめて楽しんでいた。
――おかげでナルリスは小さい頃から、贅沢な暮らしをしたり、様々な地方から輸入した色々なアイテムをいじくって遊んだり、亜人の奴隷をいじめたりするなど、好き放題にやっていくことが出来た。
アンジーも、そんな奴隷の1人だった。
戦争の『略奪品』として奴隷になった彼女は、同じく奴隷になった姉や妹たちと一緒に、ナルリスに買われた。
扱いは悲惨なものだった。
食事は腐りかけのパンや野菜。過剰に労働を課され、ことあるごとに血が出るまで殴られる。
ナルリスの地元では、犬は蔑視されており、犬の獣人であるアンジー達もまた見下すべき存在だと思われていたのだ。
それでもまだ大好きな姉妹たちが生きていれば希望はあった。
「大丈夫だからね、アンジー……」と頭をなでてくれる姉や、「おねえちゃん、げんきだして」と自分もつらいのに一生懸命元気づけてくれる妹がいれば、未来に光を見ることができた。
だが彼女らは、ナルリスによる壮絶ないじめと巧みな誘導により、1人また1人と自殺に追い込まれていった。
ほどなくして最後の姉妹が死に、アンジーは1人となった。
その1年後には、ナルリスは冒険者となるために旅立ったが、アンジーはナルリスの実家で変わらずいじめられていた。
そんな中、好機が訪れた。
火事である。
ナルリスの実家は全焼し、彼の家族も皆、苦悶の中で焼け死んだのである。
元々ナルリスの先祖はエルンデールに住んでいて、そこで大火事を起こして今の町に移り住んだのだから、そういう意味では火災に縁がある血筋なのかもしれない。
ちなみに、焼け死んだ時、アンジーはナルリスの家族をどうにか助けられる位置におり、家族もまた自分たちの救出を強く求めたのだが、アンジーは「バイバイ」と笑いながら手を振ってこれを無視し、家族は絶望と後悔の中で死んでいったという。
こうして自由になったアンジーは、そこそこレベルが上がりやすい才能もあったおかげで、冒険者としてそれなりに成功した。
一方、彼女は、自分の姉妹を事実上皆殺しにしたナルリスへの復讐心を忘れなかった。
町を転々とし、ナルリスの噂を集め、とうとうエルンデールの町にたどり着いたのが半年前である。
「くっ……」
しかし、念願の仇を見つけたアンジーは、悔しそうな声を漏らすことしか出来なかった。
その頃には、ナルリスは自分よりも遙かにレベルが高く、町の名士として君臨していていた。おまけに宝石人たちを操って配下にもしていた。うかつに近づける存在ではなかったのだ。
なりふり構わず襲いかかっても、返り討ちにされるだけだろう。
おまけに、1週間と少し前、復讐対象のナルリスは地下迷宮に潜ったまま帰ってこなかった。
地下迷宮は12時間以上潜ると、どんな人間でも死ぬ。
ナルリスの生存は絶望的と見なされた。
「そんな……」
自らの手で復讐したかった相手に死なれたと思ったアンジーは、がっくりと肩を落とした。
しばらくの間、意気消沈としたまま宿に引きこもる。
「これ以上この町にいても仕方ないですね……」と旅立つ決意を固めたのは、1週間以上が過ぎた今日になってのことである。
一度決断してしまえば、後は行動するだけだ。
即座に荷物をまとめ、その日のうちに町を出立し、街道を歩いていき……そして、びっくりした。
風に乗って、ナルリスの匂いが飛んできたからだ。
「ま、まさか……!」
犬の獣人である彼女は、人間よりも嗅覚が鋭い。
ましてや憎き仇であるナルリスの匂いである。間違えることはない。
そうして匂いをたどって歩くこと数時間。
とうとう茂みの中に捨てられていたナルリスを見つけ、引っ張り出したのである。
「ふふふ、それにしてもナルリスさんが人形になっているなんて驚きましたよぉ。いつかナルリスさんに愚か者への罰を食らわせてやりたいと思って、この罰について色々と過去の記録を調べていた時期があったんですけれどねぇ。そんな中に、今のナルリスさんのように、操り人形にされた罰というのがありましてねぇ。操るためのキーワードは確か……『私は主人だ』。……違いますねぇ。じゃあ……『主人になる』」
アンジーのその言葉と共に、彼女とナルリスの全身が青く光った。
ナルリスがアンジーの操り人形になった瞬間である。
「うふふ、上手く行きましたぁ。では、ナルリスさん。命令します。自由にしゃべってください」
「……っ! は、話せる! そ、そこの犬奴隷! あなたのような犬奴隷がいたことは、私も今、思い出しました。特別に私の世話をする権利を与えます。私が元の姿に戻るまで、私に尽くすのです!」
「あ、そういうのはいいんでぇ。わたしが聞きたいのは、ナルリスさんの悲鳴だけですからぁ」
「は? ……ぎょああああ!」
ナルリスは絶叫した。
アンジーが、持っていた剣で、いきなり彼の足を刺したからだ。
「ひぎいいいいい! い、痛いいいいい!」
泣き叫ぶナルリスであったが、剣を抜くと、ほどなくして傷口はきれいにふさがる。
「ふうむ、傷は自動回復するようですねぇ。よいことです」
「な、な、何をするんですか!」
「何って、実験です」
「じ、実験?」
「ええ。ナルリスさんには、このさき一生、わたしが魔物を倒すための囮になってもらいます。そのために、あなたの性能をテストしていたんですよぉ」
ナルリスは「は?」と言った。
アンジーの言っていることの意味が分からなかったのだ。
10秒後、その内容が理解できた時、彼は叫んだ。
「はあああああああ!? わ、わわわわ、私を囮ですって!?」
「はい、そうです。魔物に突っ込んでいって、ボコボコにされるのがナルリスさんの役目。その隙に、魔物を倒してレベルアップするのが私の役目。ね? きれいな役割分担でしょう?」
「ふ、ふふふふふ、ふざけないでください! 下等な犬奴隷の分際で、私を囮にするだなんて分際をわきまえ……ぎゃあああああ!」
アンジーは、火魔法でナルリスの全身を燃やした。
「わたしが聞きたいのはナルリスさんの悲鳴だけって言ったじゃないですかぁ。人の話は聞かないとダメですよぉ。これから先、長い付き合いになるんですから、気をつけてくださいねぇ。
……あっ! 今思いついたんですけど、全身火だるまで魔物に突っ込むというのも、いい具合に囮になりそうですねぇ」
アンジーが楽しそうに笑う中、ナルリスの「ぎょええええええ!」という悲鳴が響き渡るのだった。
◇
こうして、アンジーの操り人形となったナルリスは、彼女が宣言した通り、魔物狩りの囮となった。
アンジーが冒険に出かけるたびに、時には生身で、時に全身を炎に包まれながら、魔物の群れに突っ込むナルリス。
魔物は、その爪や牙で、ナルリスをズタズタに引き裂く。
「ぎぃやああああああ!」
悲鳴を上げるナルリス。
そして、その悲鳴を嬉しそうな顔で聞きながら、背後から魔物に襲いかかって倒すアンジー。
「うふふふふ。今日もたくさん魔物を狩れましたぁ。おかげでレベルが70の大台に乗りましたよぉ。そろそろC級冒険者も見えてきましたねぇ。これからも、コンビで頑張りましょうねぇ、ナルリスさん」
アンジーは楽しそうに笑う。
「ひ、ひいいいいいい!」
ナルリスは絶望の悲鳴を上げた。
すでに彼はアンジーから、
「ナルリスさんは宝石人を100人以上も殺したんでしょう? なら、過去の例から言って、あなたはもう一生元の姿に戻れませんよぉ」
と聞かされている。
つまり、この先ずっと、こんな毎日が待っているのだ。
ちやほやされ、ふんぞり返り、ぜいたくに暮らし、自分の命令を誰もが聞いてくれる日々。
そんな日々はもう二度と帰ってこない。
この先待ってるのは、奴隷のように扱われながら、激しい痛みと恐怖に震える一生なのだ。
一生、こんな毎日……。
ナルリスの背筋が、絶望でぞわっとする。
(う、う、うううううっ……。こ、こんなことになるなら、ジュニッツを罠にはめようとしなければよかった……。ジュニッツには、手を出してはいけなかったのです……。彼が町の近くにいるかもしれない時は、大人しくして動かなければよかった……。だというのに、私はいつも通りドラゴン狩りに出かけて、そしてこんな目に……う、ううっ、うわあああああ!)
激しく後悔するナルリス。
だが、アンジーはそんなナルリスなど気にもしない。
「おやぁ、あそこにいるのはミノタウロスじゃないですかぁ。狩りのチャンスですねぇ。さぁ、ナルリスさん。命令です。あの魔物に突っ込んで行きなさい」
楽しそうに命令する。
命令を下されたナルリスは「ひゃひいいいい!」と叫びながら突撃する。
こうしてナルリスは、残りの生涯を操り人形として過ごすことになるのだった。
『ナルリス、罰を受ける』はこれで終わりです。