102話 ナルリス、罰を受ける 3
<三人称視点>
ジュニッツは「ああん!?」とつぶやいた。
目の前に転がっている人間サイズの謎の人形。
その人形を注視していると、いきなり視界に説明文が表示されたからだ。
「なんだこりゃ?」
ジュニッツは、改めて説明文を見る。
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【名前】
ナルリス
【状態】
愚か者への罰として、操り人形になった姿
【刑期】
5955年
【使い方】
人形に触って「主人になる」と言えば、主人になれる。
主人は、命令することで、人形を自由に操って動かすことができる。
主人が、もう一度人形に触って「主人をやめる」と言えば、主人をやめられる。
一度に主人になれるのは、1人まで。
【備考】
この人形は、スキルを一切使えない代わりに、死ぬこともない。どれだけ壊れても、しばらくすると元に戻る。
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「なるほど」
ジュニッツは、すぐに理解した。
自分が魔王を倒したことで、愚か者への罰が発動し、ナルリスがネズミ頭の人形になってしまったこと。
人形は操って、自由に動かせること。
人形はスキルが使用できないので、戦闘力は皆無だが、壊れても自動で復元すること。
だが、まだ分からないこともある。
「リリィ」
ジュニッツは妖精の少女に声をかける。
「はい、なんですか、ジュニッツ様?」
「人形の説明文、見えるか?」
「説明文ですか?」
「ああ。そこの空中に表示されている文章で、刑期だの使い方だのが書いてあるんだが」
「えっと……ごめんなさいです。何も見えないのです」
「いや、見えないならいい。気にするな」
そう言いながら、ジュニッツは考える。
(リリィには見えないってことは、妖精には見えないのか? それとも、愚か者への罰の関係者である俺だから見えるのか?)
少しのあいだ思案していたが、今は結論が出ないと判断し、次の質問をする。
「リリィは、ナルリスをどうすればいいかを聞きたくて、俺をここに連れてきたんだよな?」
「はい」
「ってことは、リリィはあの人形がナルリスだと分かっていたんだよな?」
「はい、分かっていたのです」
「なんで分かったんだ?」
説明文が見えているジュニッツならともかく、見えていないリリィになぜ分かったのかという質問である。
リリィの答えはシンプルだった。
「匂いなのです」
「匂い?」
「はい。あのナルリスという人は、とても嫌な匂いがするのです。だから、姿が変わっていてもすぐに分かるのです」
「なるほど」
ジュニッツは納得した。
妖精は、人間には分からない独自の匂いを感じ取る。ジュニッツのことも、とても良い匂いがすると言い、ことあるごとに彼にすりすりする。
その独自の感性で、ナルリスからも特有の嫌な匂いを感じ取っているのだろう。
「ありがとう、リリィ」
「いえいえ、とんでもないのです」
「で、ナルリスをどうするかという話だが、まずは広場に持って行って実験をしたい」
「実験ですか?」
「ああ、いくつか確認したいことがあってな」
◇
さて、ジュニッツがリリィと会話をしている間、ナルリスは何をしていたかというと、心の中でジュニッツに謝っていた。
(ジュニッツさん、私はレベル120です。レベル1のあなたは本来、私に対して口をきくことすらできない立場です。ですが今回、私はあなたに対し、特別に謝罪してあげましょう)
とても謝罪とは言えない言葉ではあったが、ナルリスにとっては立派な『謝罪』であった。
が、ジュニッツからの反応は無かった。
心の中で謝っているだけだから、当たり前の話なのだが、ナルリスとしては許せなかった。
ナルリスにとって低レベルの人間というのは、自分の気持ちを読み取って、気を利かせて先回りして行動するのが当然の存在である。
ナルリスが喉が渇いたと思えば、何も言わずとも飲み物を用意する。ナルリスが音楽を聞きたいと思えば、何も言わずとも演奏者を用意する。
それを当然と信じている。
だが、ジュニッツはナルリスの気持ちを読み取ろうとする様子など、全くない。
ナルリスの『謝罪』に気づく様子も皆無である。
(お、おのれっ、ジュニッツ! なぜ気づかない! 低レベルのあなたは、私の全てに注意を払うのが当然でしょうが!)
そんなナルリスの怒りにまるで気づいた様子もなく、ジュニッツはナルリスをひょいっと持ち上げ、運んでいく。
(なっ、何をするのですか! こ、この私を荷物のように運ぶなんて無礼な! 今すぐ下ろしなさい!)
無論、ジュニッツは下ろしたりなどしない。
すたすたと歩いていく。
ほどなくして、広場に着いた。
ジュニッツはナルリスを地面に放り出した。
(ふぎゃ! い、痛い!)
人形になっても痛覚はあるようである。
ナルリスは心の中で悲鳴を上げる。
ジュニッツはそれを気にすることなく、リリィに対し、こう言った。
「アマミと宝石人たちをここに呼んでくれないか」
「はい、わかったのです。ちょっと待ってて欲しいのです」
ジュニッツに頼み事をされたのが嬉しくて、上機嫌で森の奥へと飛んで行くリリィ。
しばらくすると、広場に続々と人が集まってきた。
「お待たせしました、ジュニッツさん。何のご用ですか?」
と言いながら、アマミがやってくる。
「呼ばれたので、やって来たのじゃ。何でも言ってほしいのじゃ」
と言いながら、ルチルがやってくる。
「恩人のジュニッツ殿がお呼びとのことで、参上致しましたのじゃ。どんなことでも申し付けて頂きたいのですじゃ」
と言いながら、宝石人たちがやってくる。
全員が集まったのを確認すると、ジュニッツはまず妖精たちに広場から離れてもらった。
今からやることは、妖精たちに見せるものではない。
「悪い。後ですりすりさせてやるから」と言って頼むと、皆、二つ返事で「わかったのですー」と了承し、この場を離れる。
残ったのはアマミと宝石人たちである。
ジュニッツは一同を見渡し、こう告げた。
「皆、よく来てくれた。今日呼んだのは、この人形を見てもらいたいからだ」
そう言って、ジュニッツは人形を広場の中央に立たせる。
そのままだと倒れてしまうので、大きな木の枝を使って背中を支えて倒れないようにする。
突然目にする謎のネズミ頭の人形に、皆は「?」となった。
ルチルがとまどった声でたずねる。
「あの……ジュニッツ殿。その珍妙な人形はいったい何なのじゃろうか?」
「疑問はもっともだな。まずは、こいつは見てくれ」
ジュニッツは人形に手のひらを当てた。
そして、こう言った。
「主人になる」
するとどうだろう。
人形とジュニッツが、一瞬青く光ったのだ。
驚く皆を尻目に、ジュニッツは人形にこう命じた。
「ナルリス、好きにしゃべっていいぞ」
その言葉と共に、今までピクリとも動かなかった人形の口が動き出した。
動くだけではない。声を発したのだ。
人形はまず「しゃ、しゃべれる!?」と驚きの声を上げた。
それから、今度はジュニッツに向けてこう言った。
「こ、この私を何だと思っているのですか! 未来の英雄であるこのナルリスを荷物みたいに運んだ上に、このようにさらしものにするなど無礼極まりない! 今すぐ土下座しなさい!」
宝石人たち一同は驚く。
声といい、口調といい、人形の言葉はナルリスそのものだったからである。
呆然とする一同。
最初に言葉を発したのはルチルだった。
「……あの、ジュニッツ殿。よいじゃろうか?」
「どうした、ルチル?」
「その……その人形がナルリスなのか?」
「ああ、そうだ。これがナルリスだ」
「な、なんと!」
ルチルは驚嘆の声を上げる。
他の宝石人たちも仰天する。
皆、変わり果てた姿となったナルリスに視線を向ける。
ナルリスは、見下している宝石人達に自分の情けない姿を見られて、羞恥心でカッとなり、大声でわめいた。
「なっ、何を見ているのですか! 低レベルの宝石人の分際で、ぶ、無礼な! じ、じろじろ見たりせずに、私を助けなさい! あなたがたは私のために尽くすのが当然でしょう!」
宝石人たちは何も言わなかった。
自分たちの仲間を大勢殺したナルリスから罵声を浴びせられたのだから怒ってもよいのだが、怒りよりも、奇怪な状況への驚愕の方が大きかったのだ。
ナルリスは、さらに何かをわめこうとする。
そして、「はっ!」と何かに気づいたような声を上げ、こう言った。
「ジュニッツさん!」
「うん?」
「私のレベルは120です。それに対して、あなたのレベルは1。分かりますか? 本来なら、私とあなたとでは天と地ほど、地位も立場も存在価値にも差があるのです。ですが今回、私はあなたに対して、特別に謝罪をしてあげましょう。さあ、私の謝罪を受け入れるのです!」
ナルリスはジュニッツに、彼なりの『謝罪』をした。
愚か者への罰を解くための形だけの謝罪である。
(さあ、この私が謝ってあげたのです。これでジュニッツは感激して、謝罪を受け入れるでしょう。謝罪を受け入れれば、愚か者への罰も解除される。やれやれ、やっと人間の姿に戻れますね)
とナルリスは内心でほくそ笑んでいた。
ナルリスの価値観からすれば、低レベルの者は奴隷であり、高レベルの者は主人であった。
そんな主人であるナルリスが、奴隷であるジュニッツに直々に謝ってあげたのだ。
ジュニッツは感動して謝罪を受諾するに違いない、と信じていた。
だが、ジュニッツは歓喜の涙を流したりなどしなかった。
代わりにこう告げたのだ。
「バカか、お前は」
『ナルリス、罰を受ける』は前編・中編・後編の3話で終わらせる予定でしたが、もう少し続きます。




