才能
『満ち足りた人生とは、正直に生きることである。安倍晴明』
「ふっ、くだらない。」
肌寒い冬の朝、学校の教室で桜田美結は教科書に印刷された文字をボーッとを眺めていた。彼女は普段はごく普通の高校二年生である。成績、体型、運動神経も平均的で容姿も凄く綺麗とは言えないがショートヘアの可愛らしい女の子だ。
「美結~チェスしない?」
友達に呼ばれた美結は、その友達がチェス板を広げている机の前に座り、駒を並べ始めた。正直言って面倒と感じていた。
試合は10分も経たない内に終わった。
「あぁ~また負けた。流石将棋部のエース。チェスだったら勝てると思ったのになぁ~。美結、チェス部も作って見たら?」
「え~そんなの私には無理だよ。勝てたのもたまたまだって。」
たまたまの訳がなかった。桜田美結という少女には特殊な才能がある。それはあらゆる試合において何十手も先を読み、何百といった戦略を産み出すことができるといったものである。おまけに、反射神経も尋常ではないほどに抜群である。一見、将棋部のエースであれば当たり前の能力に聞こえるが、美結は将棋とチェスのほかに、オセロや囲碁などのボードゲームは勿論、カードゲーム、ビデオゲーム、じゃんけんでさえも瞬時に戦略を練り勝利へと向かうことができる。彼女はこの才能のおかげで生まれてから一度もゲームでは負けたことがなかった。
ガラガラだった教室もだんだん人が増え、やがてチャイムが鳴り響き先生が入ってきた。
「は~い。早く席に着け。うるさいんだけどぉ。早く朝礼になれよ。」
クセの強い先生がホームルームを始めたと同時に、見慣れない顔の男の子が教室に入って来た。
「え~。彼は桜田大輔君だ。父親の仕事の事情でこの町に来たそうだが、そういうことだから宜しく。」
この時期に、しかも同じ名字の転校生なんて珍しいことがあるんだなぁ。
「まぁ、どうでもいいけど。」
美結はボソッとはいた。
「じゃあ桜田君の席はあそこの空いてる席だ。」
そう言って先生は、美結が座っていた列の反対側の列の辺りを指した。大輔は指定された場所へ向かい、席に着いた。
「よし、じゃあ話を続ける。今度の京都への修学旅行についてだが…」
どうやら先生は話を続けていたようだが、美結は聞き流していた。今日はいつも以上にだるく、早く帰りたいという気持ちで頭がいっぱいで、ずっと彼女のことを見ていた大輔にも気付かなかった。
その日の放課後、部活がなかった美結は真っ直ぐ家に向かった。クラスメイトに一緒に勉強しないか誘われたが断る以外の選択肢は無かった。桜田家は門限が厳しく、私立中高一貫校に片道一時間かけて通っている美結は遅くても十六時半には帰宅していなければならない。門限の厳しい理由は約六十年前に大叔父が高校生の時、行方不明になったからだそうだが、美結は一度も友達と出かけたことがなくとても迷惑している。
最寄駅に電車が着き、ドアが開いた瞬間美結は飛び下りた。スマホの画面を見てみると十六時〇五分と表示されていた。時間に余裕があることを確認出来た彼女はバックから定期券を取り出し改札を出て、ゆっくりと家へ向かった。
家まであと五分ぐらいの時、美結は視線を感じた。怖くなった彼女は少し早く歩き始めた。かすかに聞こえてた足音もだんだん大きくなり確実に近づいていることが分かる。何で?私、尾行されるようなことした?考えているとだんだんムカついてきた。何で、私こんなことに巻き込まれなきゃいけないの?このままじゃ門限に間に合わない。美結は走り出した。
「ねぇ、美結なんで逃げるの?」
「えっ?」
走るのを止めて後ろを向くと、そこには女の子がいた。綺麗な長い黒髪に白くて整った顔立ちで誰もが思わず可愛いと思ってしまうような容姿を持った子だった。美結はどこかで見たような気がしたけど、どうしても思い出せなかった。
「あの、すみませんが何方ですか?」
ここは正直に聞こうと思ったみたいだ。
「え?あっ、ごめんなさい。何でもありません。」
「えっ、でも今美結って…」
「ごめんなさい。失礼します。」
「あっ…」
謎の少女は違う方へと走っていった。何だったんだろうと不思議に思いながら家へと再び歩き始めた。