042
小室道場の門の前で
「ちょっと待ってて。話してくるから。」
と待たされた。ダメなら文字通り門前払いだ。
小室絢1人で行くつもりだったのだろうが南室綴が後を追う。
「ここで待ってろって。」
「いいから任せなさい。」
またしても静止を無視し、追い越してしまう。
すぐに小室絢が戻り
「2人とも入って。」
僕達は道場ではなく、併設する小室家の客間に通された。
小室絢の父親は、いかにもな風貌の格闘家(この表現が正しいかは責任もてない)。
母親はいつもニコニコしていそうな。何処かで会ったかな。
「ちょっと話しがあるから絢の部屋で待ってもらいなさい。」
父親は娘と話がしたい。と思っていたのでまさか
「真壁君。いいかな。」
僕が残るとは思いもしなかった。
小室絢も残ろうとしたが話が終わったら呼びに行くからと追い出される。
戸が閉められ、足音が消えるまで無言。
「橘の父親から話だけは聞いている。」
何の話だ。話になるような何かをしたか?
母親がお茶を持って戻り、父親の隣に座る。
「もう半年経ったのよねー。」
半年?ああ、入学早々橘家の会議にいた内の1人だ。
「いろいろ大変だったみたいね。聞いたわよー。」
いろいろって何だろう。何かしたか?
「それで、そのどうなの?」
どうって何でしょう。
「絢とはどこまでいったの?」
はい?
「あれ?違うの?キズナ君でしょ?纏ちゃんの息子さんの。」
母を知っている。
「絢の彼氏だって聞いたけど。ねえ?」
父親は黙って頷いた。
彼氏?何の事だ?
「あの子あんなでしょ?貰ってくるラブレターとか女の子からばかりだし。」
「それでどうって事じゃないのよ。本人がよければいいの。」
「でもほら。道場の跡取りとしてね、誰か男の子で気になる子はいないのかって。」
「そしたら結ちゃんも知ってる子で詳しく聞いたら纏ちゃんの息子さんだって。」
母をご存知ですか。
「知ってるも何も。纏ちゃんは親友よ。学生の頃にはそれはもう。」
何をしたのだろうか。
「結ちゃんのお友達なら知っているでしょ?「継ぐ者」の存在。」
少し。
「纏ちゃんには引っ張り回されたのよ。」
まじまじと僕を見つめる
「改めて見ると似てるわね。目元とかそつくり。」
僕は母の顔を殆ど覚えていない。だから返事もできない。
それを察したのか母親は立ち上がり慌ただしく部屋を出る。
戻ってた彼女が持ってきたのは卒業アルバムともう一冊自分のアルバム。
「ほら。この子。」
女子高生の母親。
似ているのか?判らない。僕は母の写真を見た事がない。父親が写真を見ている姿も覚えがない。
思い出すのが辛かったのか、ただ忘れたかったのか。
物心付く頃には1人で過ごすのが当たり前だった。
誰の顔も覚えるつもりが無かったしその必要も無かった。
母親がどんな人だったのかなんて考えなかった。考えようともしなかった。
今にして思うと、考えたくなかった。考えないようにしていた。
もう会えない。どんなに思っても、もういない。
「ほらこれも。」
写真を見せられて、急に息苦しくなって目を逸らしてしまった。
「あっ。ごめんなさい。辛いこと思い出させて。」
いえ違います。大丈夫す。ありがとうございます。
辛い?これは辛いことなのか?
アルバムに写っているのはどうやら母親だ。
でもその隣の人を指さされて「あなたの母親」と言われても気付いたりしない。
そんな程度の存在の人を、母親として認識できるものなのだろうか。
「キズナ君がこの街で産まれたのは知ってる?」
はい。以前学校の養護教諭から伺いました。
「養護教諭?ああ紹実ちゃんね。」
「退院してすぐね、纏ちゃんがキズナ君を連れて来て。ほらこれ。」
もう一つのアルバムには2人の赤ん坊が並んでいる写真。
「キズナ君の産まれる1月前に絢が産まれていて。」
「姉と弟のようになってくれるといいね。なんて話をしてい」
突然言葉を詰まらせたので、顔を上げると彼女は涙を堪えていた。
「ごめんね。」
母を思い出して泣いてくれる人がまた1人。
ありがとうございます。と口にしていた。
「キズナ君の名前は纏ちゃんが付けたの。」
「自分がそうだったように、いろんな人との繋がりを大事にして欲しいって願いが込められて、」
「それともう一つ。」
「例え何があっても私とこの子が繋がっていられるように。」
僕は高校生にもなって、また人前で泣いている。




