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「内緒よ。私から聞いたとか言うなよ。」
何の事です?
「綴はね、南室家の養子なの。」
三原紹実は、一度息を飲んでからゆっくりと話し始める。
コイツが小学1年生だっかな。両親が離婚してね。母親に引き取られたの。
でもすぐに母親は他に男を作って、彼女を蔑ろにするようになった。
そしてとうとう戻らない。
最初は誰も気付かなかったの。
学校にもちゃんと行って、本にも何も変わった様子を見せなかったから。
「あそこのあの人最近見ない」程度だった。
発覚したのはお金の問題が表面化してから。
給食費の支払いが遅れて、1ヶ月は保留されていたけど
とうとう臨時の家庭訪問が行われた。
家には何も無かった。
ガスと電気は止めれ、唯一水道だけが活きていた。
彼女の食事は給食と、その残りだった。
話を聞くと、既に3ヶ月以上もそうしていたと答えた。
警察と児童福祉は両親を探す。
父親は「自分には親権がないから関係ない」と突き放し
母親は連絡が取れないまま。
他に身寄りも無く、すぐに施設に預けられた。
「それからいくつかの出会いが重なって、南室家が引き取るの。」
元々成績は良かったし、たった1人で生活していたくらいしっかりしていた子だから
跡取りのてぎない南室家にとって、その子はただ優秀な子ってだけでなく
橘家の女の子と同じ年齢なのが決め手になった。
南室家も由緒ある家だから、手続き的に問題なく彼女は養女として迎え入れられた。
改名も受理され、
南室家の娘として新たな人生を綴るようにと願いの込められ
南室綴になった。
両親は彼女に本当の子供として愛情を注ぐ。
「綴はそれに応えた。多分今もずっと応えようとしている。それは多分。」
三原先生はここで言葉を切った。
僕には判る。
愛されたいから応えるのではない。
愛を知らない与えられたことのない者の自己防衛。ただの手段。
もう一度捨てられても活きていくための予行演習でもある。
基本的に彼女は誰にも頼らない。
同時に1人でいる怖さも知っている。
「キズナ。」
「オマエが、いやオマエも、支えてやれよ。」
僕は頷いて見せた。
そんな機会はなかなか訪れないだろう。
でも彼女がよろけそうになったら、その前に支えよう。
アリバイ工作に教室へ戻ろう。今はそれくらいしか出来ない。
後、お願いします。と部屋を出て、ドアを閉めると
微かに三原先生と南室綴の声が聞こえた。
「酷いよ全部言っちゃって。それで最期にあんな事言われたら怒れないじゃない。」
「私は魔女だそ小娘。それでどうなの。うまくやっている?」
重なった出会いって、もしかしたら三原先生の事かな。
教室では衣装合わせが行われている。
机と椅子は端に追いやられ、
出演者達は台本を片手に衣装の直し。
演劇するのか。
自分のクラスが何をするのか前日まで知らなかった。
しばらく誰にも気付かれずに見学していたのだが
「キズナ。いつ来た?あれ綴はどうした?」
小室絢は男装がとてもよく似合う。
うん。様子見て来いって南室さんに言われただけなんだ。
「絢ちゃん動かないでって。」
僕に近寄ろうとした小室絢を止めるのは
文字通りお姫様の格好をした橘結。彼女も仮縫いの最中。
これは、ダメだ。似合い過ぎる。うっかり見惚れてしまっていると
「どう、かな。」
と、少しはにかみながらドレスの裾を広げられたら
あ、うん。かわいいよ。とても似合っている。
「えへへ。ありがと。」
何だこのラブコメ展開。夢か幻か。
現実だと気付かされるのは早かった。
男子からも女子からも、視線が突き刺さるように痛い。知っている。これは殺気だ。
「なにあいつ」
「なんで小室さんとか姫ちゃんとかと中良さそうに」
ボソボソと言っているのが聞こえる。聞こえるように言っている。
今までそれが気にならなかったのは、きっとエリクがいてくれたから。
彼がクラスメイトの視線の先にいたから。
小室絢は僕の置かれた状況を気にもせず近寄って
「オレが男役とかどうなん?」
うん?素敵だと思うよ。宝塚みたいで。小室さんスタイルいいし格好いい。
「なっバカ。」
とグーパンチでコツンとおでこを小突いてから
頭をクシャクシャと描き回す。
小室絢の身長だと僕の頭の高さはちょうど「ちょっかい」出しやすいのだろう。
近頃は何かあるとこうするようになった。
それが益々クラスの主に女子からの反感に繋がる。
「明後日(2日目)の本番は大丈夫なのか?」
うん。南室さんがシッカリ準備しているからね。問題ないよ。
「そっちの心配じゃねぇよ。劇は見られるのかって聞いてるの。」
うん。それも大丈夫。南室さんが見られるような手配はしてあるから。
僕はありったけの勇気を振り絞って実行委員長にお願いしていた。
南室綴が自分のクラスのイベントを見学できるよう進行の調整を依頼し
僕が彼女の替わりを勤めるのでお願いします。と。
「それは皆そうしているから大丈夫よ。」
と確認がとれている。
「え?キズナは見られないのか?」
いやごめん。僕も大丈夫。
「そうか。じゃあしっかり頑張らないとな。姫。」
「うん。」
何も手伝いできなくて本当にごめん。明後日は楽しみにしているよ。
「キズナ君委員で大変だって綴ちゃんも褒めてたよ。」
いやいや僕は何もしていないから。




