022
翌朝、僕は最後に目覚めたようだがそれでも日は昇ったばかり。
少し肌寒いと感じたので布団に潜り込もうとしたが2人の姿が見えないので起きることにした。
身体のアチコチが痛い。
海の家を出ると、2人は砂浜を歩いていた。
真っ白なワンピースがとても素敵でついつい見惚れていた。
彼女は僕に気付いて手を振る。
朝食とトーストを頬張るその姿も
ラムネのビー玉を押し込み驚くその姿も
僕の手を取り砂浜を走るその姿も
もうずっとドキドキしていた。
「帰るまでにキズナを泳げるようにする。」
波を飲んでむせたり、足の届かないところで溺れかけたり
結構なスパルタだったがそれさえも楽しかった。
あっと言う間に夕暮れになる。
帰りの車内、サーラは早々に眠ってしまう。
エリクはその寝顔を微笑ましく眺め、それを見る僕の視線に気付いて照れたように笑う。
「キズナは楽しかった?}
楽しかったよ。とても。きっとこの日を忘れない。
「うん。」
僕達は写真のデータを渡し合って、しばらくすると皆眠った。
目を覚ますともういつもの街の中を走っている。
サーラはまだ眠ったまま。直に到着する頃エリクが言った。
「明日、もう一度会えるかな。」
うん。大丈夫。何も予定はないよ。
「少し早くなるかもしれないけど。」
家の前に車を横付けしてくれて、また明日と静かに手を振りリムジンは走り去る。
夕食で祖父母に土産話をしていると眠くなった。
波の音と、海に溶ける夕陽を思い出しながら夢も見ないで眠った。
小学生がラジオ体操をするような時間に目が覚める。
朝食を済ませて、写真を見せながら昨日の続きを話す。
夕陽が溶けるところを見て
バーベキューをして
花火をして
祖父母は嬉しそうに聞いてくれた。
2人とも、僕にトモダチがいなかった事を知っている。
幼い頃、ずつとそれを気にかけてくれていた。
家に帰らなくなった父の元を離れたのも、この2人がいてくれたから。
車の音が聞こえたのは8時を過ぎた頃だった。
車から降りる2人。
正装、とまでは言わないがそれなりの格好をしている。
エリクはタイこそしていないがスーツ姿。
サーラはドレスにも見えるワンピース。
彼女は昨日とは別人のように「おしとやか」に、何処かの国のお姫様のよう。
出迎えた僕の後ろの祖父母も見惚れている。
「少し、歩きましょう。」
サーラは僕の手をとり、エリクを残して歩いた。
ああそうか。そうだったのか。
「私にはしなければならないことがあるの。」
うん。判っている。
「家の都合かもしれない。でも私はそれを誇りに思っているの。」
いつだったか屋上で言ったように、
僕には不思議と彼女の気持ちがよく判る。
だから大丈夫。全部言わないで。
「その前に帰ったら怒られるでしょうけどね。」
そう言って昨日のように笑ってくれた。
「私が初めて好きになった「人の子」。」
「私は決してアナタを忘れない。」
彼女の頬にすーっと涙が溢れる。笑顔のままで。
僕を抱きしめて、そて頬にキスをしてくれた。
「さようならキズナ。アナタの日々が幸せでありますように。」
僕も忘れないよ。サーラ。君の幸せを祈るよ。心から。
いつかきっと、また君に会えるように祈ろう。
叶わない願いなのは承知している。だけど言わずにいられなかった。
手を繋いだまま車まで、ゆっくりと、とてもゆっくりと歩いて戻った。
彼女はもう一度、今度は反対の頬にキスをして、車に乗り込んだ。
「ボクも一度戻る。新学期が始まる頃には戻る。」
うん。
エリクは他にも何か言いたそうだったが、何も言わずにいてくれた。
何か言われても僕は聞いていなかっただろうから。
2人が車に乗り込んでしまうと黒い窓ガラスで姿が見えない。
窓は開かなかった。
車はそのまま走り出す。
僕は車が視界から消えるまで見送った。
夢のような二日間は、本当に夢だったのだろう。
それから8月1日になるまでのおよそ10日間何をしていたのかまるで思い出せない。




