021
夏休み初日。
まだ薄暗い朝早くから家の前にリムジンが横付けされる。
祖父母にはそれだけでも驚きだろうに
サーラが降りて、日本語で丁寧に挨拶をする姿にすっかり恐縮してしまう。
(何度か夕食をご馳走になっているので今度はぜひうちにと言おうとしたのだが言えなかったらしい)
車が走り始めてすぐにサーラはウトウト眠る。
「昨日の夜寝付けなかったと言っていた。」
エリクはいつにもまして穏やかだった。
本当に僕が付いてきて良かったの?兄妹2人きりのが
「違うよ。サーラはキズナと一緒に行きたいんだよ。」
高速に乗ってすぐに僕も眠くなった。
サーラに呼ばれて目を開くと日は昇り、車は海岸線を走っていた。
海岸には誰もいなかった。
夏休みの初日にこんなに晴れてこんなに暑い日にどうして。
見回しているとサーラが服を脱ぎだした
慌てて目を逸らすと
「水着着てるわよっ。」
といたずらっぽく笑い砂浜を駆け出した。
「さあキズナも。」
エリクも楽しそうに彼女を追いかける。
2人はそのまま海に駆け込む。
僕は足だけ入れてみる。ぬるい。
「本当に入らないの?泳がなくてもいいから入りなさいよ。」
サーラは僕の腕を取り無理やり海に入れようとする。
あ、いや。
頑なに拒む僕にエリクが
「何か訳があるなら話してよ。」
訳ってほどじゃないよ。ただ小さい頃事故にあって体中傷たらけなんだ。
「ワタシは気にしないわよ。」
「うん。ボクも。」
火傷の痕。縫い痕。継ぎ接ぎのある肌。きっと気分が悪くなる。
「あ。」
サーラは何かを思いつた。かと思ったのだが
「朝食まだだったわね。」
僕の腕を掴んだまま砂浜を走る。
海の家には誰かいるようだが姿は見えない。営業しているのか?
「本当は車の中で食べようと用意したの。」
バスケットの中にはサンドウィッチ。水筒には冷たい紅茶。
「どう?」
うん。美味しい。
「良かった。」
暑いからクラリとしたのではない。
食事が終わるとサーラが1人立ち上がり何処かへ消えるが
ほどなく戻り
「砂でお城作りましょう。」
僕の腕を取って砂浜へ走る。
それにしてもこんなにキレイなビーチに僕達以外誰もいないね。
「そうね。不思議ね。」
どうでもいいでしょ。とばかりに笑った。僕もそれ以上聞かなかった。
エリクにバケツを持たせるが
彼はただニコニコしながら妹のワガママに従う。
結構な時間をかけて立派な砂のお城を完成させた。
僕はそれを背景に2人の写真を撮った。
あとでデータを渡すよ。
言い終わる前にサーラは僕の携帯を奪い兄に投げる。
彼女は僕と腕を組みエリクの前でポーズを取る。エリクは何も言わずにシャッターを切る。
昼食は海の家の大きな鉄板で焼きそばを作った。
材料は全て揃っているのが不思議だったが気にしない。
いつもと勝手は違うがそれなりに美味しくできた。
サーラは初めて食べるヌードルだと喜んでくれた。
大きな氷を削り甘いシロップをかけたかき氷も喜んでくれる。
彼女の純粋な笑顔に、完全に虜になっているともうとっくに気付いている。
一息ついているとサーラはまた1人立ち上がり姿を消す。
戻った彼女は何やら大きな手提げを抱え
「キズナ。これ。」
と差し出した袋の中には全身水着。スイムウェアと言うのだろうか。
表に出るのは顔と手足の先だけ。
「これなら大丈夫でしょ。」
感動して泣きそうになってしまった。
初めての海水浴で、僕達は日が暮れるまで遊び続けた。
夕暮れ、海の家でシャワーを浴び着替えて
夕陽の沈みゆく海を眺めながら砂浜をゆっくりと歩いた。
「天国では夕陽が海に沈む時の話しをするのよ。」
サーラは昔見た映画の台詞よ。と言った。
「私、それが見たくてこのビーチを選んだの。」
立ち止まり、夕陽が海に溶けていく姿をただずっと見ていた。
サーラはずっと僕とエリクの間で、2人と手を繋いでいる。
こんな日が続くといいのに。沈む夕陽に心の底から願った。
海の家の照明が灯る。それでも誰もいない。
夕食はその灯りの中、砂浜でのバーベキュー。
いつの間にか全てが用意されている。
エリクとサーラは身体に似合わずたくさん食べる。
僕も調子に乗って食べた。お腹も空いていた。
3人で唸るほど食べ過ぎてしばらく動けなかった。
外は真っ暗で、波の音しか聞こえない。
動けるようになると
「やっとこの時間が来たわ。」
サーラは花火をバッグ一杯に詰め込んでいた。
日本語が書いてあるからフィンランドから持ち込んだのではないな。
そもそもフィンランドに花火ってあるの?
「失礼ね。あるわよ。やった事はないけど。」
簡単な手持ち花火を彼女に持たせ火を点ける。
「わっ燃えたっ。弾けてる。」
驚きと感動。
打ち上げ花火もある。大した事はないだろうがまさかの
「しょぼいっ」
何処で覚えたのか。
「もっとこう、ヒュイーーーンボワーンて。」
あれはプロの花火だから。ファイヤーワークスって言うくらいだから。
トモダチ同士ならこれくらいで充分だよ。
本当はダメなのだけど
僕は彼女から離れ、手持ち花火を持って腕をくるぐる回して見せた。
「何だそれ。私もっ。」
彼女は走り周りながら腕を回す。子供がそうするみたいに燥ぐ。
そうかと思うと、線香花火の儚さを切なそうに見つめ、フと横の僕に
「キレイね。」
暑さでクラクラするのではない。




