017
この頃になると、エリクとルーは面白い関係になっていた。
互いを「ライバル」認定して何かと張り合っている。
僕は2人が「やりすぎる」のではないかとハラハラしている。
他のクラスメイト達はこの2人の正体を知っているのだろうか。
「知らない人のが多いからアナタが監督するのよ。」
と南室綴と柏木梢に同じことを言われた。
監督って。僕みたいな奴の言うことなんて聞くような奴らか。
「うん気を付けるよ。アリガトウ。」
「オウッボスさんの言う通りですさすがボスっ。」
なんでだ。
エリクはイイ奴だから僕の言葉にも耳を傾けてくれる。
それは判る。
だけどグンデ・ルードスロットは?
今や「ルー」と呼ばれる狼男(栄椿が命名した)は何が目的で僕を「ボス」と呼ぶ?
宮田杏と仲良くなりたいから?とも考えたがどうやら違う。
柏木梢が言った「興味を持たれている」とは決して好意的なそれではない。
ただの人の子の、彼からすれば取るに足りない非力な人の子の僕に対して、
彼は「警戒」しているようでもある。
日常が無為に過ぎ、7月1日。
担任は一人の女子生徒を引き連れ教室に入る。
薄い金色の長い髪。
エリクは驚き立ち上がり
おそらくフィンランド語で何やらその女子生徒にまくしたてる。
彼女はそれを「フン」と一瞥し、流暢な日本語で自己紹介をする。
「サーラ・プナイリンナです。フィンランドから来ました。よろしくお願いします。」
「そこで立って喚いていたのは私の兄です。」
日本人とは明らかに異なる腰の位置や白く透き通った肌。整った顔立ち。お嬢様の佇まい。
何よりその鮮やかな水色の瞳は、男子ならず女子生徒まで虜にしてしまった。
エリクは不貞腐れながら妹がチヤホヤされているのを眺めている。
何とも微笑ましくてついつい顔が綻んでしまった。
エリクはそんな僕を目敏く見付けたのか僕を廊下に連れ出した。
「紹介するよ。妹のサーラだ。」
本人もいない場所で紹介されてもね。
「ボクも知らなかった。もしかしてキミは何か聞いているのか?}
相当動揺しているな。君に妹がいる事すら知らなかったよ。
「妹と言っても血縁ではない。彼女は」
と言いかけるといつの間に狼男のルーが僕の肩に腕を回し
「オウっカワイイ転校生ってアナタのリトルガールね。」
「手を出すなよ。」
「釘を打たれてしまいましたネー。」
開かれたドアの向こう。
取り囲む人の隙間から、僕はサーラ・プナイリンナと目が合った。
いやいや。僕じゃない。エリクを見ているだけだ。
エリクは昼休みにも僕を連れ出し屋上へと向かう。
途中それを見付けたルーも僕達の後を追ったがエリクはそれを拒まなかった。
屋上にはまだ誰もいない。降り出しそうな雲。
「朝も言ったけど彼女との血縁はない。」
「ボクは他所から招かれた。彼女こそプナイリンナ家の正統後継者。」
カワイイ妹が愛しい兄を追いかけて来ただけじゃないようだね。
「兄想いの素敵なシスターよね?」
「サーラはボクがココに来た理由を知らない。行き先さえ教えていない。」
エリクがここに来た理由?
「ユイ・タチバナを守る。」
「他の者に害が及ばぬよう秘密に依頼されたんだ。」
害?依頼って誰から?
「ボクとサーラの親だよ。」
それなら親御さんが彼女に話をしたとか
「それならボクに連絡が来るだろ?」
エリクは表向き、「見聞を広める」的な理由で日本に留学した。
それは妹を守るため。
一体何から橘結を守る?フィンランドのヴァンパイアの一族が
東洋の島国のこんな田舎の小さな神社の少女を守る?
それってこの前の
言いかけると
「お父様には手紙を残して来たわ。」
サーラ・プナイリンナ。何処から現れた。
「私に隠れてコソコソとしているようだけど。」
「何も隠していない。」
「留学先がこの街なのはどうして?」
どうやらフィンランド語で兄妹喧嘩らしきを始めたようなので僕はルーに
そろそろ失礼しようか。
「オ、オウ。そうね。野郎共引き上げるぞね。」
逃げるつもりで去ろうとしたのだがそれを止めたのはサーラ・プナイリンナ。
「待ちなさい人の子。」
この場に人の子は僕しかいない。
「アナタ、何者なの?人の子が獣と一緒にどうして兄といるの。」
「ボクが呼んだんだよ。」
彼女は兄の言うことを無視する。
「兄とはどんな関係なの?」
関係って
「彼の名はキズナ。ボクのトモダチだ。」
「トモダチですって?」
「オウヤ。私もトモダチよ。」
ルーは僕の肩を抱いて
「キズナは我らのボスなのよっ。」
我らってなんだ。
背中がゾクリとした。その寒気の原因ははっきりしている。
サーラ・プナイリンナは殺意を隠そうともせず僕を睨む。