016
15分ほど経ってようやく宮田杏達が現れた。
少し座る場所で揉めて腰を降ろすと
「もうしつこいのなんのあのワン公。」
「ヘイ仔猫ちゃ~ん何処行きますかー。」
栄椿が物真似をする。
「アタシ犬は苦手なんだよっ。」
走って逃げても鼻が利くだろうと何とか説得したらしい。
そんなに毛嫌いする理由が判らない。
「アイツが襲わせていない確証なんて何も無いのよね。」
柏木梢のこの一言に思い知らされた。
それを察したのか彼女は僕に向かい
「気を付けるのよマカベキズナ。アナタあいつに興味を持たれているから。」
「覚えておいて。」
「私達は自分を守るために迂闊に他の種族を信用しないの。」
「特にアナタのクラスのヴァンパイア。気をつけるのよ。」
吸血鬼は他の「継ぐ者」達と一線を画すと教えてくれた。
一族は血統を重んじる。そして「後継者の確保」以外の繁殖を一切認めていない。
そもそも吸血鬼のその名の示す吸血行為には
「相手を吸血鬼化させる」効果など最初から備わっていないと言った。
「絵的に派手だからそうなっただけよ。」
とまで言い放った。
ヴァンパイアの一族を特異たらしいめるのは、その一族だけが持つ「ウィルス」による。
他者をヴァンパイアと成すにはそのウィルスを与える。
遠い昔、その手段としてヴァンパイアは自らの血液を対象に与えていたに過ぎない。
ヴァンパイア自身が血を欲するのはそのウィルスの症状(副作用)の一つ。
しかもそれは現代においてほぼ抑制されている。
僕はエリクよりも神社に現れた薄気味悪いもう1人のヴァンパイアを警戒すべきだと思っていた。
エリクは橘結を守ると言った。理由はどうあれ、それは嘘ではないと信じた。
だがこれは僕が勝手に信じただけのこと。
橘結を守らなけれはならない立場の南室綴も小室絢も、
「ヴァンパイアってだけで疑いたくはないけど信じる気にもなれない。」
そしてこのタイミングで狼男の留学。
皆がそれを気にしないわけがない。
明日学校が休みなら、彼女達は一晩中でも笑っていられただろう。
全てが曝け出されたわけではない。
その言葉遣いには時折遠慮や思慮も見受けられる。
それはお互いがお互いを癒そうとする思いやりの表れ。
そろそろ会計をのタイミングで南室綴は僕に向かって、妙に声を張って
「またメールするわね。」
また?メール?何の事?と聞く前に宮田杏が反応する
「またって何だっオマエらいつの間にそんな関係ににゃったっ。」
ニヤリ
と音が聞こえそうな南室綴のその表情で全て理解できた。
「アドレスだけじゃないわよ。初めての夜に彼とはいイロイロと、ねえ。」
ねぇって。
「なっなっなっ。」
小室絢はただニヤニヤするだけなので橘結が慌て二人の間に入る。
「何もないわよ。宮田さん。綴ちゃんとキズナ君の間には何もないの。」
「またツヅリンに乗せられて。単純だなぁ杏ちゃんわ。」
「ホント学習しなさいよ。猫じゃないんだから。あ、猫か。」
栄椿も、柏木梢も承知している。
「ちっマカベギスナっ出せっ。」
出すって何。ここの勘定?
「スマホだよっ。」
ああそうか。でも僕のガラケー
「寄越せっ」
と奪われ、宮田杏、栄椿、柏木梢とたらい回される。
すると宮田杏は橘結にPDAを向け
「アンタも出せよ。」
「え?ああうんっ。」
「それからさ、アタシの事は杏でいいから。」
こっちが恥ずかしくなるくらい照れながら言っている。
「それなら私の事はゆ」
「姫様と呼べよ。」
間髪入れずに小室絢が強引に決める。
「ちょっと絢ちゃん。」
橘結の困惑を他所に
「私は梢て呼んでよ姫ちゃん。」
「ボクの事は椿でいいよ。もしくはハニーバニーって呼んで。そしたパンプキンって呼ぶからっ。」
僕はこの夜を忘れない。
帰り道1人歩きながら何故か確信していた。
「しかしもう二度とこんな夜は来ないのだった」
なんて締めくくる事もなく、僕達は何度も今夜の続きをする。
現実はこれくらい甘くていい。
それで厳しくなるのは財布の中身だけでいい。
とは言っても、
南室綴と柏木梢はそれぞれのクラス委員なので放課後は潰れる事がままある。
宮田杏は弟や妹の面倒を見なければならないからとそれを待たず帰宅。
栄椿も何やら締切を抱えていると言った。
小室絢は実家の道場通いがある。
橘結も神事に加え家事をほぼ1人でこなしているので何かと忙しい。
4月の五穀豊穣、5月の端午の節句と
GWにもなると神社では行事が続く。
なかなか全員が揃う機会はなかった。
その連休中、普段何をしているのか語ろうとしなかった栄椿に呼び出された。
彼女は創作活動に勤しんでいる。その手伝いを依頼された。
「ネットじゃ結構有名人だけとリアルで人の子に見せたのは初めてだよ。」
宮田さんと柏木さんは?
「アイツらバケモノじゃん。」
「姫ちゃんと愉快な仲間達には言うなよ?恥ずかしいから。」
僕には恥ずかしくないのか?
「杏ちゃんとこずちゃん(梢))には了承得ているんだ。」
「アイツらこの時期神社で稼ぐからさー。頼むよ。」