013
「ちょっと騒がしいわよ。」
南室綴が不機嫌な顔を隠そうともせず隣のクラスの訪問者に詰め寄る。
その脇の小室絢もあからさまにグンデ・ルードスロットを警戒する。
橘結を見た彼が目を輝かせ声を掛けようと足を1歩踏み出すほんの一瞬前に
小室絢が橘結を庇うように立ち塞がり彼を睨みつけた。
それでも南室綴を宥める橘結。
「綴ちゃん少し落ち着いて。」
橘結を見る宮田杏達は明らかに表情を曇らせた。
「オイワン公っ。迷惑だから教室戻るぞっ。」
「オーライ子猫ちゃん。」
「仔猫って言うなっ。」
文字通り、狼男のケツを蹴るネコ娘。
必死に強がっているのが手に取るように判る。
胸が張り裂けそうだ。
僕はその後を追った。
廊下で、グンデ・ルードスロットを1人教室の中に押し込み
宮田杏、栄椿、柏木梢に「お願い」をした。
皆は僕をトモダチだと言ってくれた。
橘さん達も僕をトモダチだと言ってくれた。
だから、だから皆でトモダチ同士になってほしい。
返事を待たずにチャイムが鳴ってしまう。
取り返しのつかない事を言ってしまったのだろうか。
何も知らないフリをして皆の傷を広げてしまうような真似をした。
ただの思い付きで発せられたと思ってくれて
その上で皆がトモダチになれるだろうなんて、思い上がった余計なお世話だ。
その後の休み時間、彼女達3人は僕の元に現れなかった。
昼休み
食欲もなく話し相手も無くする事もなく、とりあえず教室を出た。
行く所なんて無い。とにかく何処かに身を隠したかった。
誰にも干渉されない場所として選んだのが図書館。
(離れの立派な別棟になっているのは有り難い)
彼女達の繋がりかけた糸を僕の手で解いてしまった。
いや、むしろ「何も知らないくせに」とか「部外者が余計な口をきくな」とか
僕を共通の敵と見做してくれないだろうか。
僕は母のようになりたかったのだろうか。
適当に手にした本も開かず机に突っ伏して
考えることを放棄したら眠くなった。
気付くと昼休みは終わり、午後の授業が始まっている時間だ。
チャイムの音が聞こえなかったほど熟睡したのは昨日の疲れだろう。
教室に戻るのもダルかった。
このままここにいても良かったが誰か来たら言い訳が厳しい。
保健室で眠らせてもらおう。
「昨日の疲れが出たか。」
三原先生は笑って迎えてくれた。
そうかも知れません。少しだけ横にならせてください。
精一杯の作り笑いを見せてからベッドに倒れた。
「今まで何処にいたんだ?」
おかしな質問だ。授業を抜け出したのではないと知っているような聞き方。
僕の返事を待たずに三原先生は続ける。
「皆探していたぞ。」
皆?
「結達と杏達。」
同時にかそれとも別々か。探すってどうして。
「昼休みから消えていたんだろ?」
三原先生はドスっとわざとらしくベッドに腰を下ろした。
うつ伏せで顔を伏せていてもそれくらいは判る。
彼女は僕の頭を何度か軽く撫でる。
昨日から撫でられてばかりだ。
僕は同情してほしくて此処に来たのではありません。
どうして心にもない事を言ってしまうのだろう。
もしかしたら僕が唯一甘えられる人なのかもしれないのに。
甘える?
高校生にもなって僕は誰かに甘えたがっているのか。
「んー。同情とは違うな。」
「デキの悪い弟を慰めてやろうかな的な?」
この人が本当の姉ならどんなに救われただろう。
へんな事言ってすみません。
「ちょっと違う。」
違う?
「そういう時はありがとうお姉ちゃん。て。」
彼女は僕がそう言うのを本気で待っている。
「ほれ。言え。」
恥ずかしい。無理。
「呼べよ。お姉ちゃんて。」
「そしたら、「もうお姉ちゃんじゃないでしょ。学校では先生って呼びなさい。」て言うから。」
「誰か他の生徒がいるときがいいかな。」
「ほれ。練習してみ?」
つい笑ってしまった。
何処まで本気なんだ。
母の息子だからと気を使っているだけだろう。
それでも僕が救われたのは事実だ。
ありがとう先生。
「だからっ」
「お姉ちゃんって呼べつて言ってるだろっ。」
本気だったのかよ。