表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Kiss of Monster 01  作者: 奏路野仁
1/43

001

幼い頃1度だけ母に連れられてこの神社に来た事がある。

丘の上の公園を抜けて、入口にはおおきな鳥居と両脇に天狗の石像。

長い長い石段を登ると

上からザァ、ザァと何とも懐かしい音が聞こえる。

春風で揺れる葉の音だろうか。

境内を見渡すと緋袴の少女と竹箒。

彼女は僕に気付き

「おはようございます。」

笑顔で挨拶をする。

おはようございます。

僕と同じくらいだろうか。かわいい子だな。

境内に懐かしさは感じられなかった。

母との想い出が少しでも残っているかと期待したが無駄だった。

母と大事な約束をしたような。

社務所も拝殿も小さな池も、僕の記憶には残っていなかった。

あの時はお祭りで、ここから花火を見たんだ。

それさえもはっきり思い出せない。

「えっとお守りをお求めですか?」

キョロキョロしていた僕に彼女が気を利かせてくれたようだ。

え?あ、はい。でもその前に参拝を。

「そうですね。どうぞ。」

ここでの正式な参拝の仕方はありますか?

「他と特に変わりませんよ。よろしければご案内しましょうか?」

あ、はい。お願いします。

彼女は手の洗い方からお参りの仕方まで、僕の隣で教えてくれた。

竹箒を持ったままで。

鈴を鳴らす際、彼女も手を添えて

「これは神様を呼んで願いを聞いてもらうって意味と」

「鳴らした人の体を祓い清めるって意味があります。」

と1緒に鳴らす。1礼、2拍手、1礼。

「あの、違ったらゴメンなさい。もしかして」

彼女が僕に何かを訪ねようとした時

背中に冷たい風を感じた。

霊感なんて無い。でも僕には「それ」が判る。

風は階段を駆け上り、境内を吹き抜け僕達に刺さる。

振り返り、風の吹く方を見ると、ゆっくりと人影らしきが石段を登り現れる。

人の形をした「それ」は初めてだ。

細身のヒョロっとした男性。とても背の高い人の形をした「何か」。

繰り返すが僕には霊感なんて無い。

それでも「それ」が人以外の「何か」だと判る。いや見える。

霧のような黒い影が人型の何かに纏わりついている。

翼竜だとか蝙蝠の翼のような影。

赤い巻き毛と、青い目。その視線の先には

竹箒を持ち身構える少女。

「ご用件は?」

笑顔だが警戒しているのは伝わる。

男の表情は穏やかだではある。

僕が警戒するのは「それ」が見えるから。でも彼女はどうして?

「なるほど確かにお姫様だ。」

僕を見ているのではないのに、怖くてよろけて腰を落としそうになった。

男は僕に目もくれず歩み寄り、少女に手を伸ばす。

握手ではない。胸ぐらを掴もうとしたのか首を絞めようとしたのか。

反射的に、僕はその腕を掴んでしまった。

黒くて冷たい霧に覆われたなんともか細い腕。

瞬間、身体中に電気が走り、

手を離した瞬間ブレーカーが落ちた時のように「バチン」と聞こえた。


産まれた時から「それ」が見えていたのではない。

勝手な推測だが事故の後遺症に違いない。

とても寒い冬の朝だった。

春になったら小学生だ。

トモダチをたくさんできるかな。

両親と車の中でそんな会話をしていた。

前の晩から降り積もった雪が凍ったのだろう。

父の運転する車に、対向車線から大きなトラックが突っ込んだ。

急ブレーキに流れる車。

互いに右にハンドルを切った。

助手席と後部座席の左側が完全に潰された。

僕は数えきれない骨折と重度の火傷。

複数の臓器にも損傷があった。

チューブに繋がれボルトや鉄板が埋められ

手術の度に顔が変わった。

2年後の退院に医師や看護師は揃って「奇跡だ」と言った。

継ぎ接ぎだらけの身体、挙動のままならない四肢。

クラスメイトが僕を「怪物」扱いしたって不思議はない。

トモダチなんてできるはずがない。


男は驚き、それから僕に向けた笑顔。

「お前もか。」

少女は竹箒を放り投げ、男の腕を取ろうとした。

男は慌て飛び下がる。

「2人は面倒だな。それに。」

「そこまでだ。」

ヒーロー丸出しのセリフと共に現れたのは、ヒーロー丸出しの青年。

コートのフードを被っているのではっきりと人相は判らないが、

彼もまた人の形をした「何か」だ。

「王子様直々のお出まし。それほどまでに」

男が何かを言っていると冷たい風が2人の間に渦巻いた。

捲れたフードから見えたのは金色の髪と、同じように青い目。

両者に牙のような犬歯。

赤毛の男はとても楽ししそうだ。相手を誂っているように笑う。

が不意に風が収まる。

男は後ろに舞うように飛び

「いずれまた王子様。」

と言い残して石段へと飛んだ。

その王子様は赤毛の男の気配が完全に失せたのを確認してから

「お怪我はありませんかプリンセッサ。」

少女に跪き、その手を取り口付けをしようとする。

それは映画のような。

ヒーローとヒロインと、そして観客。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ