サワーの戦い
ヒナコデスがヒナコデスニーを放ちラザライオンを倒した時、サワーは歓喜に震えていた。
旗を振る男に感じていた『面白さ』等とは桁違いの『笑い』をヒナコデスに感じだからである。
ヒナコデスが以前男達に絡まれた際に武器を使用せず圧倒していたのを目撃していたサワーは、ヒナコデスの実力をある程度予測していた。しかしまさかラザライオン相手にまで武器を使わないとは思ってもいなかったのである。自分より何倍も巨大な魔物に殴りかかる女子。そしてそのままヒザ蹴りで倒してしまう女子。自分の予想と全く違う風景が目の前に流れた結果、表面上には変化が見えないサワーであったが、サワーの心は『笑っていた』のである。
(何という面白さ!自分より巨大な魔物に殴りかかる意外性がここまで面白いとは!!旗を振る男もこれに比べてしまうと霞んでしまう!)
サワーは感極まりヒナコデスへ駆け出してしまう。そして走りながら考えてしまう。勝ちたいと。
(勝ちたいな。あの面白いヒナコデスを笑わせる事が出来れば勝ったと言えるのかもしれない。旗男にも勝ったと言えるのかもしれない。)
ヒナコデスとの距離が縮まるにつれサワーに不安が生まれる。
(勝ちたい!だがどうすれば勝てる!?あのヒザ蹴りに、あの旗振りに、何をやれば勝てると言うのだ!?何をやればヒナコデスは笑ってくれると言うのだ!?マッソーか?マッソーで良いのか?何の考えも無しに猪突猛進とは私もどうかしている。)
ヒナコデスとの距離が更に縮まった時、サワーは幼少の頃に見た両親の会話を突然思い出した。
「愛する我が妻よ、私は息子に人殺しをさせる事で富を得る罪深き男だ。天に許しを請う為に財を全て孤児院へ寄付しようと思っている」
「まぁ貴方ほんとうに?」
「うーそー」
「まぁ貴方ったら。おほほほほほほ」
両親の楽しげな笑い顔を思い出しサワーは天啓を受ける。
(そうか!嘘だ!!あの優しかった母のあの日の笑い!!あんなに声を上げて笑っていた母を笑わせたのは父の唐突な嘘!人は唐突に嘘をつかれ即嘘だと告白されると、そのギャップに笑ってしまうに違いない!何故今まで気付かなかったのだ!ヒントは私の幼少期にあったのだ!これなら勝てる!嘘で勝てる!)
サワーはラザライオンとヒナコデスの間に割って入り渾身の力を込めて大剣で空振りをする。
「お前はもう死んでいる」
(これだ!死んで無いのに死んでいる宣言!これは面白い!!)
しかしサワーの期待に反してヒナコデスはクスリとも笑わない。
そしてサワーへ言った。
「サワーさん切れてないですよ、切れてない。」
ヒナコデスに指摘された瞬間サワーの全身に甘美な刺激が走る。
(うおお!?私のついた嘘に第三者が冷静な指摘をする事で生まれるハーモニー!何だコレは!?コレこそが私の求めていた物なのか!?嘘に対する指摘、『嘘と指摘』とでも言うべきか!)
自身の感じた物が何だったのか確認する為にサワーはもう一度言ってみる。
「お前はもう死んでいる」
「サワーさん切れてないですよ?切れてない。」
同じ言葉で再度指摘されサワーは歓喜に震えながらも当初の予定通り嘘だと告白する事にした。
「死んでいると言うのは嘘だ」
「うそーーーー!?何で!?何で今嘘をつく!?意味がわかんないんですけど!?
あの衝撃波的な奴は何だったの!?」
サワーの体にこの日最大の快感が走る。
(うおおおお!!なんと言う的確な指摘!!衝撃波の意味はわからないが、これこそが!これこそが私の求めていた答え!さぁ笑え!人々よ笑うが良い!)
興奮しながらも表面には出ないサワーであったが、本来の勝ちたかった相手であるヒナコデスが笑っていない事に気づき追い討ちを掛ける。
(今度は戦いを止めたふりして止めてなかったというのはどうだろう、面白いのかもしれない)
サワーは鞘に剣を収め背に背負う。
「サワーさん!?何故剣をしまう!?戦いの最中ですよね!?嘘だと言ってよサワーさん!!」
(良い!!なんと言う的確な指摘!素晴らしい!!なんと言う快感!まるで天上の神々からの祝福の声!
おお神よ!今直ぐ贄を捧げます!)
サワーは背に背負った大剣を一気に抜刀しラザライオンを切り捨て宣言する。
「嘘だ」
「意味わかんないんですけど!?これって何処までが嘘なの!?何なの!?切れてたの!?
切れてなかったの!?いやそもそもサワーさん何考えてるの!?」
(もうダメだ、もうこの快感に耐えられない、喜びに気を失いそうだ、そうだ笑いの女神であり私の師匠でもあるヒナコデスさんに感謝の気持ちを伝えなければ...。感謝の気持ち、貴女のおかげでここまで来れました)
「マッソー!マッソー!」
サワーは感謝のマッソーをヒナコデスへ捧げた。
サワーが新たな笑い『嘘と指摘』に目覚めたその日の深夜、ラザライオンが討伐された西の湖近辺の山林深くにある洞窟にヒナコデスへ旗を振っていた漆黒の鎧を着た男が現れる。
「貴様....何故此処が...」
「2年もの逃亡生活は大変でしたねー、私直感で大体わかっちゃうんですよね」
「貴様あの時の....。頼む殺すなら俺だけにしてくれ。コイツは見逃してくれ....」
「殺すのは簡単なんですけど、今日はある提案に来ました。どうぞこの手紙を」
「.....此処に書いてある事は信じて良いのか?」
「さぁ?ただ私は色々忙しいのでもう帰ります。別にこの提案を蹴るなら蹴るで構いませんよ、どうぞこの洞窟で一生を終えて下さい。では私はこれで」
洞窟を去る漆黒の鎧を見つめる2人の男達の背には傷付き薄汚れた翼が生えていた。