テルーの決意
「キージーの意識が途絶えた」
B級北斗の回復役でもあるスラハラはどんなに距離が離れていてもパーティメンバーの状態を把握する事が出来るスキルを持っていた。
普段は軽い性格のスラハラが、重苦しい声で告げた為、テルーとサムソンは事態の深刻さを理解した。
「助けにもどれるか?」サムソンがテルーへ尋ねる。
単純な攻撃力であればキージーがハルバット領で最も優れているが、防御に関して言えばテルーが上であり、もしハルバット領内で冒険者同士が戦う事になったとすれば、最終的に生き残るのはテルーであるとも噂されており、チームリーダーであるキージー不在の場合は全ての決断がテルーに委ねられる事になっていたからである。
「無理だ、俺達3人だけではどうあがいてもキージーをオークキングから救い出せん」
テルーは低い声で短く答えたが、テルーの眉間の傷痕がいつもより深くなっているのが判ったサムソンは
「だよな...」と短く返した。
「何か来る!」
常に馬車から後方を見張っていたスラハラが遥か遠くから近い者を見つけて叫んだ。
「オークキングか!?」
「いやサイズが小さ過ぎるし足も速すぎる!」
「人か?!」
「人があのスピードを維持出来る筈が無い!人外だ!」
3人は近いて来る何かを食い入る様に見ながら叫んでいた。
家族とも言えるキージーの安否、オークキングの脅威、近づいて来る謎の存在が3人を混乱させていたのだ。
3人の共通の認識として「あのスピードで人は走れない」が大前提としてあったが、
これにはまず「街の外」に「鎧無し」が「一人で」行動する事が有り得ない事からであり
「鎧を着て走るスピード、それを維持出来る」事は人間には不可能であり、つまりは人外であると結論付けされるのである。
「どうする?!距離が近づいて来てるぞ!?想像以上に早い!」
サムソンが頭を掻き毟りながら問いかける。
「落ち着け!近づいて姿が見え....」
テルーの言葉は途中で止まった。
テルーは視力が良かった為にサムソンとスラハラよりも先に対象が見えてしまったからである。
テルーが見た物、それは血塗れの少女。
血塗れの少女が有り得ないスピードで馬車に追いつこうとしている。
「馬車を飛ばせ!!もっとだ!!」
テルーの叫びに動揺するサムソンとスラハラ。
「落ち着けよテルー」
スラハラは自分が落ち着いて居ない事を自覚しつつも場を落ち着かせようとしたが、
そんなスラハラの耳に何か地の奥底からの呻き声の様な物が聞こえてきた。
「へはぁー!へはぁー!」
3人の表情に緊張が走る。3人が誰も口を開く事が出来なかった。
(ヤバイ!ヤバイ!!ヤバイ!!!)
サムソンの眼球は激しく動き、足は痙攣のように震えていた。
「オーディン喰ぇーへはぁー!へはぁ!!」「オーディン喰ぇーへはぁ!へはぁ!」
「!?」
サムソンだけでなくスラハラも、そして領内最強盾テルーの足も震え始めた。
この世界ヴアルハラットの創造神であるオーディン。
国内ではオーディンの名を口に出すだけでも不敬とされ、「創造神様」と呼ぶ事が当然であるこの世の中で、
「創造神様」を呼び捨てにし、更には食べさせようとする生物が近づいて来る、これは3人にとって恐怖でしかなかった。
馬車のスピードが上がっている、テルーが護衛対象でもある馭者を見ると、馬への鞭が合間なく打たれていた。馭者にも聞こえたのであろう。
テルーは馭者を咎める事も無くサムソンとスラハラに言った。
「誘い玉を使う」
誘い玉とは、モンスターの好む匂いを仕込んである仕掛け玉で、主に逃走の際に使う物である。
「あの化け物に効くと思うか?!」
スラハラが問いかける。
「いや、ハイウルフを呼び寄せ足止めにする!」
そう言うとテルーは手持ちの誘い玉を次々と投げた。
「街道にハイウルフを呼び寄せるのか!?ギルドからお咎めがくるぞ!?」
サムソンが目を見開いて叫ぶ。
「生き残る為だ、サムソン、スラハラ、俺が誘い玉を落としてしまっただけだ!」
強く宣言したテルーに二人は何も言えなかった。
テルーが全ての責任を取ると理解したからである。
「見ろ!ハイウルフ達がアレとぶつかるぞ!助かった!」
テルーの安堵の叫びに後方を確認する二人。
「ギルドに血塗れの化け物が出たと報告しないとな」
狼達が少女に飛び掛かろうとしているのを見ながらテルーは呟いたその次の瞬間、3人の間を黒い物体がすり抜けて行った。
衝撃波が遅れて体を襲う。
「うぉ!?」
3人は同時に驚きの声を上げ、黒い物体を確認する。
「ハイウルフだ.....」
誰とも無く呟いた。
「あの距離」から「動いている馬車」目掛けて「戦っている対象」を投げ込む事が出来る人間がこの世に存在するのだろうか、有り得ない。例えオークキングでも不可能だ。
3人は互いに同じ思いをしているの事を互いの震えで理解した。
「夢に出て来そうだ」
遠目にも血塗れになりながらハイウルフを蹴り殺している怪物を見ながらテルーはポツリと呟いた。




