帝国最強の男
ヒナコデス達がフグリアン退治の為冒険者ギルドを去った後しばらくして、ギルドへ一人の男が訪れる。頭上には兜の代わりに冠を被った黒髪の男は安物の皮鎧を身に付けていたが、その皮鎧の両肩にも特徴的な冠が縫い付けられていた。帝都武闘大会における三年連続の優勝者であり帝国最強の男、サワー・タイガンである。サワーは優勝者に与えられる冠を常に身に付けるように皇帝より命じられ、鎧に組み込んでいたのである。サワーは帝都武闘大会三連覇の証しである三つの冠から三冠王者サワーと呼ばれ敬意を集めていた。「これはサワー様!本日はどの様な御用件で!」
ギルド職員がサワーの元へ駆け寄る。サワーは帝都にあるタイガン商会の会長の息子でもあり、本来であれば冒険者ギルドへ行く様な立場では無い。しかし二つの特異な性質を持っていた為によく冒険者ギルドへ訪れていた。一つ目の性質は単純に彼の強さである。俊敏な動きで相手の攻撃を躱し、斬れ味抜群の片手剣で一刀両断にする戦い方は、誰に教わった訳でも修行した訳でも無く、初めて剣を握った時から身に付いていた物だった。彼が4歳の時、父親に連れられ隣町に商品を運ぶ途中に盗賊団に襲われる。
彼は盗賊団を見つけると商品の一つであった自分の背丈より長いロングソードを片手に、盗賊団へて走り込む。4歳の子供がロングソードを片手に走って来る光景に盗賊達は最初は笑っていたが戦いが始まると直ぐに悲鳴に変わった。サワーは1人で20人の盗賊団を皆殺しにしたのである。
家族の命を守る為にではあったが、4歳の子供が20人もの命を奪うという事が、彼の精神に大きな影響を与えてしまう。サワーは必要最小限の言葉しか発しない無口な子供になってしまう。
しかしサワーの強さを知った父親は、それを機に護衛を雇う事を辞め、サワーに護衛を任せる。
護衛の居ないタイガン商会は何度も盗賊に襲われるが、その度にサワーの活躍で盗賊達は切り捨てられる。
その結果タイガン商会は盗賊退治の報酬と、護衛費用が掛からない事で大きく飛躍する事になった。
子供の頃から人の命を奪って来たサワーの精神は、彼の母親の優しさで支えられていた。
彼の美しい母親は、信心深く他人に優しく非の打ち所がない女性であった。タイガン商会が大きくなるにつれ彼女の元へは多くの人々が救いを求め訪れたが、彼女は殆どの人々に救済を与えた。
子供を利用する父親と女神の様な母親に愛情を注がれ育ったサワーには異様な性格が宿る。
それが彼の二つ目の性質、『人々に笑顔を与えたい』という欲求であった。
サワーが成人した時形成された人物像は、必要最低限の言葉しか発しない冷たい目をした剣士の見た目をしたコメディアンであった。
人々を笑わせたいが、喋る気は無い。そんな彼の頭の中では常に笑ってもらえる事を考える事で一杯であった。彼が両肩に冠を組み込んだ事も『笑いが起こるかもしれない』と考えての事であったし、冒険者ギルドへ度々現れ下水掃除等の初心者向けクエストを受けるのも、F級冒険者として一向に昇格申請をしようとしない事も全てが『笑いが起こるかもしれない』と考えての行動であった。
しかし人々にそんな彼の内面が判る訳も無く、帝国最強の三冠王者であり、タイガン商会の跡取りでもあるのにもかかわらず冒険者ギルドで人々の嫌がるクエストを受けるサワー・タイガンは帝都に住む人々の敬意だけを集めていた。
「ドブ掃除は有るか...」
低くよく通る声がギルド内に響く。ギルド内はヒナコデスにより破壊された箇所が目立っていた。
(この惨状を無視してのドブさらい、しかもドブ掃除は昨日も受けたばかり。これは受ける。一笑もらったな)
サワーは内心そう考えていたがギルド職員はクスリともしなかった。
「サワー様、昨日の掃除でしばらくはドブ掃除は大丈夫です!」
「そうか...」
(一笑はお預けか。ならば何が受ける?スライム退治か?スライム退治を略してみるのはどうだろう)
「スラ退はどうだ...」
「スライム退治ですね、いえ本日はスライム退治は若手の冒険者達が行かれたので間に合っています」
「そうか...」
(スラ退もダメか。スライムタイムの方が良かったのか?いやスライムは諦めよう。そろそろ周囲の状況に関して聞いてみよう、何か一笑の機会があるかもしれない。しかし俺の顔を見つめるギルド職員は俺が機嫌が悪くなったとでも思っているな、不安そうな表情だ。まさか俺が笑いを求め思考を繰り広げているとは、フッ。思うまい。ん?思考にフッって笑いを入れるのは面白いな...)
「あの〜サワー様?」
「壁に傷が付いている様だな、何があった」
(散乱したテーブルや椅子を無視しての壁の傷を指摘、これは受ける。一笑もらったな)
「いえ、これは先程フグリアン退治に関して一悶着ありまして。もう解決した事なのでサワー様のお手を借りる様な事では!」
(フグリアン退治か、フグリアンで笑い...略してみるか)
「フグ退了解、おつ」
「いえいえそんな!それより本来ならF級冒険者に頼めるクエストでは無いのですが最近カボスの付近にドラゴンゾンビが現れたとの目撃情報がありまして」
(フグ退はダメだったか。一笑は遠いな...。カボス付近にドラゴンゾンビか、これはどう料理すべき案件か。
ん?笑いを料理に例えるのは中々面白いな、今度機会があれば言葉に出してみるか。いやいやカボス付近にドラゴンゾンビか...難しいな)
「あの〜サワー様?」
「カボドラ無理ゴメ」
「そうですか、いえ此方こそ無理を言って申し訳ありませんでした!」
(カボドラは略しすぎたのか?今日も完敗だな。フッ。しかし思考にフッってのを発見した事だけで良しとしよう)
「出直すとしよう」
ギルド職員とサワーのやり取りを冒険者達は固唾を呑んで見守っていた、誰もが三冠王者サワーに畏敬の念を持っていたからである。
「待ってくれサワーさん!今度の大会にサワーさんは優勝出来ると思うかい!?」
(む、優勝出来るかどうかだと?これは上手く答えれば笑いに繋がるかもしれない。さてどう答えるべきか。
フッって笑うのは入れておこう、今日のヒットだ。そして料理も入れてみよう、思い立ったら吉日だ。そして初心貫徹、今日は略して行くと決めたんだ)
「フッ!今料理勝」
「えっ!?料理!?」
「フッ!料理優勝」
「えっ!?料理」
(ダメだったか、料理と優勝だと遠すぎるな。自分でも何を言っているのか解らないのに他人に判る訳が無い、此処はきちんと受け答えをするべきだろうな。いや待て、敢えてコレを理解したろ?的にすれば笑いが生まれるのかもしれない、やってみるか!)
サワーは冒険者へ向け一度人差し指で指差してから軽くその指を上へ振り冒険者ギルドを立ち去って行った。その仕草が決まっていた為にサワーがギルドを出た後冒険者達は語り合う。
「すげー迫力だったよサワーさん!お前よく話し出来たな!!」
「かっこよかったですサワーさん!最高!!」
「しかしすげーよなー、地位も名誉もある人なのにドブ掃除だなんて」
「けどなんでドラゴンゾンビをやらなかったんだ?」
「馬鹿だな〜ドラゴンゾンビを退治出来れば一流冒険者の仲間入りだろ?俺達の為に機会を残してくれたんだよ!」
「うおー!流石サワーさんだ!!」
冒険者達はサワーへの尊敬を高めていたが、サワーが心から求めた『笑う冒険者』は一人も居なかった。