どうして君はそんな顔で笑うの
D曰く、恋とは勘違いであり、愛とは依存だ。
今夜も彼女は泣いていた。
『バレないように』
『悟らないように』
『救って欲しがってるように』
しずしずと嗚咽をあげながら泣いている。
窓の隙間から吹かれる風が彼女の腰まで長い絹のような髪をまるで草原のように荒される。
だから今夜も僕が彼女の傍に寄り添う。
そして、定番とも言える今日の出来事を僕はひとり語るんだ。
「朝から電話があったんだ。君のお父さんから。君のことを心配してたよ。」
彼女は少し僕を見るもすぐにまた泣き始めてしまう。
「電話のせいではないけど普通に家を出るのが遅かったからか授業に遅れちゃったんだよね、そしたら教授なんて言ったと思う?」
彼女は不思議そうな顔を向ける。
泣き腫らした目も跡も気にせずに、ただ純粋に僕を見つめてくる。
そして、
『なんて言ったの?』
先程まで泣いていた彼女は何処へやら、凛とした声で聞いてきた。
それは大変愛くるしく、そして、とても気持ち悪い。
「『お前、また遅れたな?その調子でいるとジュゴンに言われるぞ?ジュゴン道断ってな』って言われたからとても驚いた」
『大学、楽しんでるのね』
そんなことを言って花のような笑顔を見せつけるのだ。彼女は目から一粒の雨を降らせながら。
僕は思わず『どうして』なんて不躾なことを言ってしまいそうになるも言葉を飲み込み話を続ける。
「あぁ、そういえば帰りに電車を降りようとしたらさ、吊り革を絶対に話さないおじさんがいて、脇の下を潜り抜けなきゃいけなかったよ」
「近くのスーパーに行ったら和牛が安くてさ、思わず買っちゃった、晩御飯として置いてたけどお口にあったかな?」
「ポイストカードで七七ポイント溜まったんだ。ちょっと幸運を感じたよ」
僕が淡々と彼女に語っているうちに、いつの間にか寝てしまったようだ。
彼女の整った顔が窓から突き刺さる月光によってより強調されている。
僕は彼女の頭を二度撫でて彼女の髪を軽く手櫛で整える。僕と違って引っかかることなくて、男の僕でも羨ましい、と思ってしまった。
彼女は多く語らない。
だから僕は話をフルスイングするんだ。
小さいときから。
初めて彼女を知ったときから。
恋を知ってから。
僕は決めたんだ、から彼女をヒトリボッチにさせないって。
そんなに格好いいモノじゃない。僕は強くもないし、格好いい訳でもない。
彼女からすれば僕という存在は足枷の如く邪魔な存在だろう。
誰だって知っているはずだ、不幸の末に手に入れた幸せは最高の人生のカケラだということを。
僕はヒーローなんかに成れない。
さしずめ、キレイなお姫様を独り占めする悪い王様。だから僕は彼女のヒーローが来るまで待つんだ。
彼女を幸せにしてくれる彼女の人生の王子様を。
今日も今日とて煩い番組が多い。
つまらない事を騒ぎ立てる議員、どうでもいい他人の家族の不倫騒動、まるで興味のない芸人の死去、おまけに可愛いペット自慢。
あの頃が過ぎてしまってからなにもなくてつまらない。そしてまたそれを思い出して彼を求めてしまう。
テレビ前のソファに身投げするように座る。
すると唐突にテレビから『ピロン ピロン』となった。私はついテレビを見てしまう。
画面上に【速報:十年に渡る少女監禁事件の被告人湯山 哲人 判決:死刑】と永遠と流れる。
テレビのバラエティー番組は流れるように湯山哲人の輸送中継へ変わった。
数人の警官に囲まれ、手錠をされ、野次馬からは罵詈雑言。そんな中彼は悲しそうな、まるで守れなかった、と言いたげな顔でこちらを見据えていた。まるで私がこの中継を見ていることを知っているかのように。
そして彼は連行されながら輸送車の前まで歩み始めた。しかし彼は突然歩みを止め突然振り返る。その行動に何も意味もないと見出した記者達は群がるように食いついた瞬間、
『俺は!…俺はただ!』と叫び俯いてしまう。
記者は好機と思ったのかマイクとカメラを近づけ『ただ、なんですか!教えてください!』と問いていたが警官に抑えられ、彼は輸送車に押し込められそうになっていた。
そして彼は押し込めようとしていた警官を押し退け『俺はただ!彼女の、彼女のだけのヒーローになりたかったんだ!』と吠え必死に笑顔を作っていた。
その様はとても無様だった。哀しかった。彼は既に私のヒーローだったのに、もう遅いというのに、独りにしないと約束したのに、彼は守ってくれなかった。
いや、守らなかったではないかもしれない、あの時、もっと、違う選択を出来れば、王子様は迎えに来てくれたのかもしれない。
呆気を取られた周囲の野次馬は一拍置いてクスクスと笑いだした。記者も少し笑っていた。
本当に最低な民衆だ。
彼と自分を比べて愉悦に浸っているのだろう。
彼は警官に輸送車に押し込められ消えていった。
「あの時、怖かったよね。思い出しちゃったかな。大丈夫、私がついているよ、心配しないで、彼はもう死刑囚なんだから」
後ろから唐突に抱きしめられる。身体が、意思が、ココロが、この人物を否定しているかのように全身に悪寒が走り、振り払いたくなった。
「大丈夫、大丈夫。警官の私がついているんだから」
あぁ、本当に最悪だ。
ねぇ、どうして貴方はそんな顔で笑ったの。
また逢う日まで