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肉と彼氏とクリスマス

作者: 伊豆泥男

 物音に目を覚ますと、全身真っ白い服に身を包んだおっさんが、イケメンを靴下に入れていた。


「何モンだテメェ!?」


「うわあ! 起こしちゃった!」


 おっさんは素っ頓狂な声を上げた。人の家に忍び込んでおいて、あまつさえ起こしちゃったとは、どう考えても泥棒である。とっちめてやらねばならない。アタシが拳を振り上げるとおっさんは、


「違う! 何か誤解をしている! わしは泥棒ではなく、サンタじゃ!」


 と弁明した。そういえばとベッドのわきのデジタル時計を見ると、数字は12月25日の午前2時を示していた。確かに、サンタが出没する時間帯ではある。


「でもよう、おっさんのコスチューム、真っ白じゃねえか」


 そう。そのおっさんは、頭の上からつま先まで純白を纏っていたのだ。シルエットこそサンタのそれだが、本来赤であるべきところまで白くなっている。間違えて漂白剤を入れすぎたのだろうか。


 また。仮にサンタだとしても、アタシはもう二十歳である。先月から酒が飲めるようになった。サンタがプレゼントを届けるのは、子供だけのはずである。やはりこいつは泥棒なのだろうか。しかしそれだと、イケメンを靴下にねじ込んでいることに説明がつかない。


 おっさんは弁明を続ける。


「それはわしが、普通とは少し違うサンタだからじゃ。わしは通称、ホワイトサンタと呼ばれるサンタなんじゃ」


「ホワイトサンタぁ?」


 初耳だ。ブラックサンタなら辛うじて聞いたことはあるが、ホワイトなんて聞いたことがない。


「そう。ホワイトサンタとは、おぬしのような、子供から大人になった者にプレゼントを渡すサンタじゃ。悪い子に仕置きを与えるブラックサンタとは逆に、いい子のまま大人になった者に、そのご褒美としてプレゼントをあげて回るのじゃ」


 なるほど。保険の満期金のようなものだろうか。アタシは雑に理解する。


「おぬしは今まで、人に優しく、周りにそれほど迷惑をかけず、犯罪にも手を染めずにこれまでの20年を生き、そして大人になった。そのご褒美に、わしがプレゼントを持ってきたというわけじゃ。20年分の集積なのじゃから、普通のサンタよりも叶える力は大きい」


 おっさんは、イケメンの首根っこを掴んで見せびらかした。イケメンは白目をむいている。それでも男前なのが分かるのがすごい。


「事情は分かった。おっさんが何者なのかもわかった。けど、そのイケメンは何なんだ?」


「何って、おぬしへのプレゼントに決まっておろう」


「……あっ!!」


 そこでアタシは思い出す。そういえば最近、独り身仲間のマリちゃんと一緒に、よく「クリスマスプレゼントは、イケメンの彼氏がいいなー!」と言っていた。ツイッターでもそんな感じのつぶやきをたくさんしていた気がする。しかも昨日は酔った勢いで、マリちゃんと一緒に人が一人入れる大きさの靴下を買っていたのだった。すっかり忘れていた。まさかそれを、このおっさんは叶えるつもりなのか。


「そのまさかじゃ! この八頭身イケメン福山くんこそが、おぬしへのクリスマスプレゼントなのじゃ!」


「直接的すぎんだろうが!」


 得意げにあご髭を触るおっさんの頭を、アタシは力強くはたく。深夜にふさわしくない小気味い音がアパートに響く。おっさんがつい手を放し、福山くんとやらがごろりと床に転がる。


「何するんじゃ! 老人はいたわらんかい!」


「何もそのまま持ってくることはないだろ! もっとこう、出会いの場を作るとか、好きな人がアタシに振り向いてくれるとかあるだろ!」


「それはできん。いくらサンタとはいえ、運命を変えることはできんのじゃ。それにおぬし、好きな人とかおらんじゃろ」


「うぐっ」


 思わぬカウンターを食らってしまった。確かに、好きな人がいるならそいつとの甘いクリスマスを願っていただろう。「イケメン彼氏」なんて漠然としたものを願ったのは、まさにおっさんの言う通り、別に誰が好きというわけではないからである。


「だからこうやって、遺伝子からイケメンを作り出し、おぬしの彼氏としての記憶を埋め込み、おぬしの家に置いていこうとしたのじゃ。それなのにおぬしが起きるから、段取りがくるってしまったではないか」


「運命は変えられないのに、遺伝子操作はできるのか……」


 どこまでできてどこからできないのかもはやわからない。運命以外なら何でもできるのだろうか。


「でもそれだと、肝心要のアタシがびっくりするじゃねえか。おっさんの言う通りになってたら、いきなり自分を彼氏だと名乗る謎のイケメン福山くんが枕もとにいることになるぞ」


 言うとおっさんは、懐から太いペンのような形の機械を取り出した。


「寝ている間にこのライトの光を見せて、記憶を改変させるのじゃ。ピカッとな」


「メン・イン・ブラックかよ!」


 真っ白い服着てるくせに。あとやることがいちいちSFチックだ。


「さて、じゃあ順番はおかしくなったが、早いとここの光を見ておくれ。そうすればおぬしの記憶は塗り替えられ、このイケメン福山くんが自分の彼氏だったと認識するようになるじゃろう。そうすれば、おぬしの願い『イケメンの彼氏』は叶う」


 おっさんの話によると、ホワイトサンタにかなえられた願いは記憶に残ってはいけないらしい。それはアタシだけの話ではなく、彼らがプレゼントを渡す全ての人間に共通の条件だとか。なぜだかは分からないが、ホワイトサンタの存在は世の中に知られてはいけないという。ゆえに二十歳になった者は、叶えられた記憶すら残さずプレゼントを貰うという。ホワイトサンタが有名でないのはそのためだろうか。


「ちょ、ちょっと待てよ。それってさ、大丈夫なのか」


「大丈夫じゃ。福山くんの戸籍はもちろん、住居や来歴まで作ってある。おぬしが記憶の改変を受け入れれば、おぬしにはイケメン彼氏がいたことになる。明日はクリスマス当日じゃ。大学の講義なんてほっぽり出して、福山くんとデートでもすればいいじゃろう。今はどこに行っても、イルミネーションで綺麗じゃぞ」


 確かにおっさんの言う通り、ここで記憶を変えてもらえば、アタシには彼氏がいることになるのだろう。これでようやく、さみしいクリスマスとはおさらばだ。思えばこれまでの二十年間、アタシには一度も彼氏ができたことがなかった。それがこんな、八頭身で細マッチョの美形をゲットできるなんて、夢のような話だ――


 しかし、アタシはかぶりを振った。


「それならやっぱり、いいよ。叶えてもらわなくて、いいや」


「ふぉっ!? なぜじゃ!」


「プレゼントってのは、持ってないものを貰うから嬉しいんだ。『ない』状態と『ある』状態の落差が、喜びを生むっていうか……。とにかく、最初から持ってる記憶を植え付けられたら、それは嬉しくないと思うんだ」


 あと、何より彼氏は、誰かからもらうものじゃないと思う。どんなにそれが険しい道だとしても、自分の手で手に入れてこそ価値のあるものだ。それを記憶を改変してまで手に入れてしまえば、どこかで必ず齟齬が生じるだろう。


「だから、おっさんの仕事を無駄にして悪いんだけど、この話はなかったことにしてくれないか?」


 おっさんはもじゃもじゃの髭に指を絡ませ思案する。


「うーむ……。もちろん、プレゼントの受け取りを拒否することは可能じゃ。しかしそれだと、おぬしのプレゼントがなくなってしまう。すべての二十歳に、平等にプレゼントを渡すのがホワイトサンタの役目じゃからな……」


「それなら、この今の記憶を残してくれないか?」


 アタシの提案に、おっさんは目を丸くした。


「アタシがこうして、イケメン彼氏のプレゼントを断ったという記憶を、プレゼントとして残してほしいんだ。本来なら消さなきゃいけない記憶なんだろうけど、そこをなんとかさぁ」


 プレゼントを断るのは、かなりの勇気が必要な決断だった。受け入れていれば、おそらくアタシは幸せになっていただろう。しかしそれを、あえて拒否した。アタシがこの決断をしたことは、アタシの今後の指針となるだろう、だから、この記憶には消えてほしくない。


 おっさんはかしわでを打った。


「よし! 本当はわしと会った記憶は残しちゃいかんのじゃが、特別じゃ! この記憶は消さないでおこう! それでいいのじゃな!」


「おう! 異論はねえぜ!」


 アタシは深夜にはふさわしくない大きさの声で答えた。これでアタシは、一つ強くなった気がする。このレベルアップこそが、最大のプレゼントだ。


 おっさんは靴下から福山くんを出し、自分の持ってきた袋にしまった。


「じゃあわしは、次の二十歳の元へ行かねばならないので、ここらで失礼するよ。ほんとはこんなに話すつもりじゃなかったから、時間が押しとるんじゃ」


「ああ! 忙しいのにごめんな!」


「そうじゃ、それともう一つ。流石にモノを何も貰わないクリスマスというのもかわいそうなので、代わりにこれをやろう」


「おっ。なんだよなんだよ」


 おまけに何かくれるのだろうか。遺伝子をいじって作ったイケメンの代わりとなるプレゼントである。何かとんでもないものが出てくるのではないだろうか。ワクワクしていると、おっさんは、懐から二枚の福沢諭吉を取り出した。


「2万円じゃ。これでおいしいものでも食べると良い」


「急に生々しいな! 早く次んとこ行ってこい!」


 乱暴に福沢諭吉を貰うと、アタシは窓からおっさんを押し出した。


 しかしもちろん、2万円は地味に嬉しい。あんな態度をとってしまったが、おっさんには感謝しなくては。明日マリちゃんを誘って、独り身二人で焼肉でも食べに行こう。2万円もあれば、貧乏学生には手が出ないはずの、相当高級な焼肉が食べられるはずだ。アタシはワクワクしながら、ベッドに横になるのであった。



    ☆



 しかしそのワクワクは、見事にも打ち砕かれた。


「ごめん! 私今日予定入っちゃったんだ! だから、焼肉には行けないや」


「ええ~。せっかくアタシがおごってあげるってのに」


「ホントごめん!」


 大学最後の講義が終わった後、マリちゃんを誘ったのだが、どうやら予定があるらしい。まあ仕方ないことだが、アタシと同じくモテないマリちゃんがクリスマスに予定とは、一体どういうものなのだろう。ちょっとからかってみようかな。


「まさか、アタシに黙って、彼氏でも作ったんじゃないでしょうね~」


「あ、やっぱりバレちゃった?」


「は?」


 おいおい、聞いてねえぞ。昨日一緒に酒を飲みながら、彼氏ができないと愚痴ったのは何だったんだ。


「ごめんね。黙ってたんだけど、実は私、今お付き合いしている男性がいるんだ」


「は? は? なにそれ。いつから」


「もう半年も前かなあ。ほんとは言った方がいいことなんだけど、なぜか今まで言えなくて……。で、今日その彼とイルミネーションを見に行くんだ。あ、もう迎えに来たみたい。いい機会だから、紹介するね」


 スマホの画面をスワイプしながら、マリちゃんはぬけぬけと言った。そして彼の車が来ているという大学の駐車場にアタシを連れていく。ふざけないでほしい。今までアタシたちが結んでいた独り身同盟は何だったのか。今できたというなら許せる。むしろ祝う。しかし、半年も前にできていながら、同盟のアタシに言わなかったというのはどういう了見なのだ。アタシの怒りは天を衝く勢いであった。


 ――しかし、車から出てきたマリちゃんの彼氏の顔を見て、アタシの怒りは一瞬で覚めるのであった。


「紹介するね。この人が私の彼!」


 その人は、八頭身で、細マッチョで、とんでもない美形だった。その美しい顔は、おそらく白目をむいても美しいままであろう。


 見覚えのある顔をしたマリちゃんの彼氏は、こう名乗った。


「初めまして! 僕、福山と申します!」


 アタシは、憑き物の落ちたような、優越感に満ちたような、すっきりした顔で言うのだった。


「すごいイケメンの彼氏だね! 末永く、お幸せに!」



 マリちゃんは知らないだろうけど、そのイケメン彼氏、焼肉二人分なんだよな。

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