八王子①
「おじさん、そのさんま2匹ちょうだい!」
「あいよ!チケットはあるかい。」
「ああ、昨日最新の機械を市に買い取って貰ってね。臨時収入が入ったんだ。」
「そいつはよかったな。あんたハチさんとこの居候だろう。ハチさんは天才だからなぁ、俺もねあの人の作った疲労回復装置にはお世話になってんだよ。お祝いに大きなやつを選んどいたよ。」
ビニールに入ったさんまを受け取り、チップの入ったブレスレットを手元の機械にかざす。
機械からホログラムで決済完了の文字が浮かび上がる。
「ありがとね!」
「おう!ハチさんによろしくな!」
僕はお礼を言って、魚屋を後にした。
僕が穴に落ちてから、かれこれ3ヶ月が過ぎていた。
大学はとっくに始まっているだろう。未だに地上には何も連絡が出来ておらず、息子が突然行方不明になった両親のことを思うと心が苦しくなる。
頭上を見上げても真っ黒な大地が広がるだけだが、上を向いていないと泣きそうになる。
だがぐっと涙をこらえ、僕はハチさんの家に帰った。
--------------3か月前----------------
穴に落ちた僕は落ちる途中で気を失ったらしく、どれくらい落下したか覚えていない。
気が付いたら道に横たわっていた。
見たところ大きな怪我もなく、服も汚れてはいたが破けていなかった。
落ち着いた僕は道行く人にここがどこだが尋ねてみようと思った。
しかし、辺りを見回して恐ろしくなった。
まず、ここは日本では無い。アメリカや中国でも無いだろう。
まるでSF映画のような世界が広まっていた。
至る所が機械で覆われ、歯車が軋む音が聞こえる。それぞれの建物が重力を無視したかのように聳え立っており、建物同士を繋ぐ透明なパイプの廊下が縦横無尽にはしっている。
遠くに大きなプラントのようなものが見え、もくもくと白い煙を吐き出していた。
家を出た時はスーパーに行くだけだからとスウェットにパーカーという格好をしていたが、なんだかとても蒸し暑く、パーカーを脱いでも汗が止まらなかった。
それにも関わらず、人々の服装はごついブーツに丈夫そうなつなぎ、厚い皮のジャケットを羽織り背中にはよく分からない機械が装着されていて、そこから伸びる管が腕や足回りに繋がっていた。下にも何か着ていて肌が露出しそうなところはぴっちりとしたタイツの様なものが見え手元は手袋で覆われてた。
そして皆、揃ってマスクを着けている。
マスクと云っても花粉症の時に着けるようなものではなく、戦時中に使われていたようなガスマスクだ。
頭からすっぽりとマスクで覆っている人もいれば、口元だけにマスクを着け、目はゴーグルや、これまた
よく分からないVR機器のようなものを着けている人もいる。
歩いている人が殆どだが、タマゴに飛行機の翼がついたメーヴェを小型化したようなものに乗っている人も多い。
往来は人で溢れていたものの、皆心ここに在らずといった感じで黙々と歩いていた。
マスクで表情が分からないため一層不気味だ。
僕がここにいることに関心を示している人間は誰もいない。
一応夢だったときの為に頬をつねったり叩いたりしたが、痛いだけで目は覚めなかった。
仕方がないので、試しに近くを歩いていた人に声を掛けてみることにした。
「あ、あの、すいません」
振り向いた人を見て、声を掛ける人間を間違えたと思った。
声を掛けたその人はずんずんと近付いてきて、僕を見下ろした。
フルフェイスのマスクの奥は真っ黒で、近づいても表情がよく分からない。
随分と大柄だ、身に着けている機械も周りの人より大きくごちゃごちゃしている。
ブーツも手袋も泥だらけで、なんだか酸っぱい臭いもする。
それでも声を掛けてしまったものは仕方がない、僕は色々と質問してみることにした。
「あの、僕、歩いてたら突然穴に落っこちて、気が付いたらこんなとこにいて。ここがどこかもよく分からなくて...。あ、そもそも日本語って通じてますか...?すいません、変な質問ばかりして...」
「....」
「あ、あのー...」
おずおずと質問してみたが、やはり無言で僕を見ている。
やっぱりここは外国なのだろうか。日本語が通じていない気がする。
そもそも地球なのだろうか。機械が溢れているがどれもこれも僕がいた世界より発達したものに見える。
信じたくないが映画や漫画の様に異世界やパラレルワールドに飛ばされてしまったのだろうか。
そう思うと途端に恐ろしくなって、口の中が酸っぱくなった。脇から汗もだらだらと流れ出した。
目の前のこの男も僕に危害を与えないとは限らない、異物として排除されたり研究対象として様々な実験をされる可能性だってある。
生じた可能性に足が震えていると、ずっとこっちを見ていた男がこちらに手を伸ばしてきた。
僕はびっくりして思わず走り出した。
「うわーっ!殺される!喰われる!」
「おい、おまっ...!」
背後から何やら聞こえたが僕は無視して走り抜けた
路地裏に入り込んで走って走った。
しかし、角を曲がったところで人にぶつかった。
「あっ、すいません!」
そのまま走り去ろうとしたが、肩をむんずと掴まれ転ばされた。
どうやらぶつかった連れの人間に捕まったらしい。
倒れた視界から空を見上げると星一つ無い真っ黒な空間があった。
はぁはぁ、息が苦しい。転ばされた衝撃もあって頭がぼんやりとしている。
「おい!いたぞ!こっちだ!」
人が集まってくる音がする。
僕を転ばせた人間は僕をひっくり返し、うつぶせにさせた。手と足を押さえ動けないようにする。
あぁ、このまま僕は研究室なりに連れていかれ解剖でもされるのだろうか。
僕を押さえていた人間と、僕にぶつかって転んでいる人間の他に2人程来た。
皆同じような灰色のマスクに灰色のつなぎだ。
「おい、こいつどこにもチップを着けていないぞ」
「見ろよ、これ!人参にじゃがいもじゃないか!」
「肉まであるぞ...!」
めちゃくちゃ日本語が聞こえる。とりあえずここは異世界ではないようだ。
僕の持っていたスーパーの袋を見て大騒ぎしている。
「ますます怪しいな...。」
「もしかして多摩のスパイか。」
「いや、国分寺の可能性もあるぞ。あそこは最近もやしの大量生産に成功したと聞いている。この野菜もそうかもしれない。」
「とりあえず一度署に連れて行こう。あと、それらの食材は危険だ。手を付けるんじゃないぞ。」
「え!食べないんですかこれ。勿体無い!」
「うるせぇ!先輩の言うとおりにするんだよ!」
僕を押さえていた奴が怒鳴る。そしてポケットから手錠を取り出し僕の手に掛けた。
「14時22分、確保!これより八王子警察署にて一時拘留する!いいな!」
有無を言わさぬ迫力に僕は思わず頷いてしまった。
頷くと同時に荒々しく立たされ、歩くようにどつかれる。
僕にぶつかって転ばされた奴が近寄ってきて脅すように言った。
「おめぇ、グループだか、単身だか知らねぇけどなぁ。八王子に乗り込むとはいい度胸じゃねぇか。何から何まできっちりと吐いてもらうぞ。」
だんだん意識がはっきりしてきて思ったが、こいつら全員どうも小柄だ。僕を押さえている奴が一番大きいがそれでも170センチないだろう。
今脅してきた奴なんかは140センチぐらいだ。脅し文句は恐いが声も甲高く迫力が無い。
なんだか緊張が緩んできた。
緊張が緩み、心に余裕が出てくると先程の彼らの言葉を思い出してきた。
人参に驚いていたことのよく分からないが、それよりなによりどうやらここは八王子らしい。
東京は進んでいる。北海道と比べて機械が発達していてもおかしくはない。
空気も汚れているだろう皆がマスクをつけているのはそのせいだ。
そうか、ここは八王子だったのか。
「いやいや!そんなわけないだろ!八王子って、八王子って!八王子といえば東京の最果て、人より狸のが多いくらいの田舎も田舎。アマゾンがなきゃ歯ブラシ一つ買うにも苦労するのに、こんなに栄えているはずないだろう!あんたら何者なんだ一体!ここはどこなんだ!」
突然暴れ出した僕に驚いたのか140センチの奴が後ずさりしてまた転んだ。
「てめぇ!すっとぼけやがって!何が田舎だ!国分寺の方が寂れてるじゃねぇか!そもそも八王子より発展している市がどこにあるってんだい!」
騒ぐ140センチを隣にいた男が窘める。
「おい、落ち着け佐藤。彼はまだスパイの疑いがあるだけだ。容疑は確定していない。丁寧に接しろ。」
「す、すいません黒川警部補。ついかっとなってしまって。」
「我々八王子署は他の署の模範とならなければならない。それがトップの務めというものだ。加藤、柳田!お前たちも意識するんだぞ!」
「「は、はい!」」
どうやら黒川ならぬ人物がこの中で一番偉いらしい。よく見るとマスクのふちが赤く他の奴と色が違う。
一番小柄な彼が佐藤でマスクのふちが黄色い。黒川の隣にいた加藤という奴も黄色だ。
そして僕を押さえたのが柳田か。手錠に繋がっている紐をしっかり握りしめて僕の隣を歩いている。
マスク越しにもこちらをにらんでいるのが伝わってくる。横目でマスクを見たがオレンジ色だった。
先程佐藤に怒鳴っていたことから、階級的に
黒川>柳田>加藤=佐藤という感じか。
未だにここが八王子とは認識できないが、彼らが嘘を言っている感じでも無い。
幸いなことに言葉も通じるし、警察と名乗っていたことと彼らの雰囲気からきちんとした規律があるように思われすぐさま解剖されることもない気がする。
大声を出したこともあり体の震えも止まった。
どうやらスパイ容疑が掛かっているらしいが、きちんと説明して誤解をとこう。
「ほら、これに乗れ」
佐藤が指を差した先には、先程のタマゴ型メーヴェを2回り程大きくしたものがあった。
透明なプラスチックの様なもので上が覆われており、中にはシートが並んでいた。
車体には八王子警察署と書かれている。
僕は誘導され恐る恐る乗り込んだ。
それを見て佐藤が、この田舎者がと呟いた。
外からはシンプルな造りに見えたが、中に入ってみるとスイッチが至る所に設置されており、空調も効いていた。シートは程よくふかふかで、なんだかアロマの様な香りもしており、隣に座った佐藤が肘を押し付けてこなければ、さぞ快適だろうと思われた。
警察署はとても立派な作りだった。何階建てだろう。上が見えない。
広々としたエントランスは多くの灰色つなぎが出入りをしており、それら全てロボットがチェックしているようだった。
ついにロボットまで出てきてしまい、もうどこまで発展しているのか見極めようと思っていたが諦めることにした。理系の知識は中学校で止まっているので、何がどうすごいとかは上手く表現できないが、あんな滑らかに動くロボットを僕は知らない。普通に人間と同じように二足で歩き、重そうなものを軽々と運んでいる。
黒川達に連れられ中に入ろうとしたが、ロボットに行く手を阻まれた。
「ナンバーコードが読み取レ無いタめ、入場を許可できマせん。」
イントネーションがやや引っかかるが、実に流暢に話す。
「ああ、こいつはなぁ。チップをどこにも持っていなかったんだ。埋め込み式ってわけでもないみたいだし。一応国分寺からのスパイ容疑もあって連れてきたんだよ。拘留所に入れるから許可してくれ。」
柳田がロボットに説明する。
「カしこまリまシた。管理部にトいあわセ致します。」
ロボットの顔が青く点滅し、30秒ほど停止した後塞いでいた道を開けた。
「許可が下りマしタ。47階ノ12番がアいてイるのでお使いくダさい。」
エントランスを抜け、しばらく進むと真ん丸の真鍮色の物体が沢山あるところに着いた。
佐藤が手を翳すと、螺旋状の入り口が開いた。エレベーターらしく、中に乗り込み47階と佐藤が言うとすぅっと上昇するのが分かった。
ほんの10秒ほどで目的階に着いたらしく、黒川達は報告があるからとエレベーターに乗ったまま他の所に向かった。
二人っきりになっても柳田は無言で、ここはどこでこれから何をされるのか尋ねても無視された。
僕は四方をフェンスで囲まれた檻に入れられ、柳田が扉を閉めると何にも吊るものは無いのに浮かび上がった。そのまま檻は移動し、同じような檻が集まっているところに連れて行かれた。
監視しやすいようにだろう。壁までは檻から20メートルほどのところにあり、壁は全面ガラス張り。灰色つなぎが沢山歩いているのが見える。
上はどこまで続いているのか分からない程伸びており、下は小さく先程のエントランスが見える。無理矢理脱出したところでどこに行けるわけでもなく、精々ぺしゃんこになって終わりということか。
中途半端に高ければ落ちた時のことを想像し、恐怖も沸くだろうが、ここまで高いと不思議と何も思わない。
幸い檻は広く4畳ぐらいある。することもないので呼ばれるまで寝ていることにした。
最近寒くなってきましたね。
スチームパンクな世界観を表現出来る様、物語を進めていきたいと思います。