表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/160

第68話『裸のカズーク』





「待たせたな」


「もう、遅いですわよ! ほら、行きますわよ、ズッキー!」


「おうよ!」


 俺はマリアの後を追いながら、プールに飛び込こんだ。

 ザブーンという水しぶきと共に、温水プールの心地よさに身を任せる。

 現在、魔王城の施設の1つである温水プールにてリフレッシュ中だ。

 今は俺とマリアしかおらず、魔王様達はまだ更衣室で着替えているようである。


 俺とマリアは自室からそのまま水着を着て来たため、着替える必要はなく、こうして先にプールに突撃……というわけだ。


 魔王城のプールはレジャー施設並みに様々なプールがあり、向こうにはワイン風呂から、コーヒー風呂まである。

 中央にある、それなりの大きさの温水プールを堪能中のマリアが、辺りをキョロキョロと見渡しながら話しかけて来た。


「ズッキー、ラーメン風呂はありませんの?」


「なるほど、自らが出汁になるってわけだな……」


「これこそ、まさに自家製ラーメンだと思いますわ」


「ないけどな、ラーメン風呂」


「魔王様に頼んでみましょう!」


「そうだな!」


 ラーメン風呂が出来るかどうかは置いておくとして、目の前ではしゃぐ姫様は、白のフリルがあしらわれた上品なワンピースの水着を着用していた。


 そんないつもと違う水着姿のマリアを見ていると、頭の上に何かが当たり、水面に落ちる。ビーチボールだ。

 後ろを振り向くと、魔王様が投げたのだと分かった。


「何をするんですか、魔王様」


「あら、何もしてないわよ」


 魔王様はクスクスと笑いながら、ゆっくりとプールに入って来た。

 黒のビキニに覆われた胸は、これでもかと自己主張をしており、魔王様が動くたびに上下左右に揺れていた。

 胸は水に浮くと言われるが、実際は形が変わるという表現が正しい。

 普段は重力に引かれていた胸がその重力から解放され、本来の形を取り戻す。

 取り戻すのだが……魔王様の場合は基本的にいつも重力魔法で、胸を浮かせているそうで、あまりその実感はわかなかった。


「カズキくん」


「あ、はい、なんですか魔王様」


「この水着はどうかしら?」


「その色、すごくいいですね」


「あら、いいセンスね」


 水着を少し持ち上げ、位置を調整する魔王様の肩越しに、小春ちゃんの手を引いて更衣室から出てくるレヴィアさんが見えた。


「お待たせしました〜、ほら、小春さんも早くっ」


「うちはえぇよ〜……」


 少し乗り気ではない、小春ちゃん。


 反対にレヴィアさんは、普段もよくこのプールで泳いでおり、その時は競泳用の水着を着用しているのだが、今日は違った。

 ビキニなのだが、サイズの異なる2つの水着を重ねて着ており、白色のメッシュ調の下に、明るめの水色の水着が見える。いいセンスだ。


 対して小春ちゃんは、ボーダーのフリルのあしらわれたスカートタイプの物に、Tシャツを着用していた。

 小春ちゃんはあまり浮かない様子で、そろ〜っとプールに足をちょん、ちょんとするとすぐに足を引っ込めてしまった。


(さては小春ちゃん泳げないな……)


 だが、泳げなくてもプールは楽しめる。離れたところで、まるで人魚のように美しいクロールを披露しているレヴィアさんは別として、かくいう俺も25m泳げるかは怪しい。

 しかし、こうして水に浸かっているだけでもプールは楽しく、さらにはここには様々な種類のプールがある。

 きっと、泳げなくても楽しめるはずさ––––


 その後、俺たちは魔王様の持ってきたビーチボールで遊んだり、波のプールに身を任せたり、それから魔王様と一緒にウォータースライダーを滑ったのだが、その勢いで魔王様のビキニの紐がほどけたり……なんて事もあった。


 そしてこれは、この後に起こる悲劇のほんの序章に過ぎなかった––––




 *




 プールを一通り堪能した俺は、現在更衣室に居る。

 水着は後でレヴィアさんがまとめて洗ってくれるそうで、俺は更衣室で水着を脱ぎ、腰にタオルを巻いてから、外にいるレヴィアさんが持つ洗濯物ボックスに水着を入れた。

 これが大失態であった。


 俺は最初から水着を着て、プールに来た。すなわち、"着替えは持って来ていない"。

 水着とタオルしか持たずにプールに行くという、小学生並みの大失態を犯してしまった。

 と、いうわけで俺の「ドキドキ! タオル一枚巻いて、誰にも見つからずに自室に戻れかな?」が始まってしまったのである。


 とりあえず、アレ使えるか試してみるか……。


「オーダー、無限アンリミテッド時間タイムワークス


「………………ダメか」


 当然ラックの種など持ち歩いてはおらず、そもそもこんな事で使う気もないが……

 時を止めれば誰にもバレずに自室に戻れると思ったのだが、検討は当たり前のように外れた。

 どうにかして、自力で戻るしかない。


 魔王様を始め、レヴィアさん達は温泉に行くと言っており、そのまま温泉に向かったようだ。

 すなわち彼女たちに助けを求めるのは不可能であり、そもそも助けを求める気もない。こんな姿を見せるわけにはいかない。


 プールから自室まではそれほど離れてはおらず、通路を3つ抜け、居住スペースにたどり着けばゴールである。


 大きな難所は、人通りの多い正面玄関がある大広間を通らなければならないことだ。


 考えていてもしょうがないので、更衣室の扉を開き外を確認する。

 誰も居ない! 意を決して外へと足を踏み出す。

 もう後戻りは出来ない。腰のタオルを抑えながら一目散に自室を目指す。


 自分でも驚くべき速さで、日のあたりのいい通路を駆け抜ける。

 ステンドガラスに照らされた赤い絨毯じゅうたんは、ほんとりと温かい。

 だが、曲がり角を確認せずに曲がったせいかエンカウントをしてしまった。


モンスターが あらわれた! ▼


「げっ、ヨッホイ!」


「よう! カズキ…………なんだぁ、その格好は……」


 ヨッホイはタオル1枚の俺をジロジロと眺め怪訝けげんな表情をしていた。

 なんとか取り繕うと、言い訳を考えているとヨッホイは急に大声で笑いだした。


「風呂に行くにしては気合い入り過ぎだろ! もう入る気でいやがる!」


「…………あぁ、思わずタオル1枚で来ちまったよ」


 "アッホイ"で助かった。どうやら、俺が風呂に入りたくてしょうがない奴に見えたらしい。

 確かにタオル1枚なんて、まさにそれだろう。ヨッホイは「仕事があるから」と手を振りながら去っていきことなきを得る。


 だが、他の人もヨッホイのように勘違いをしてくれるとは限らない。

 もう絶対に誰にも見つかるわけには行かない。


 俺は慎重に、慎重に進み、正面玄関のある広間へ到着した。

 ここは身を隠す場所が豊富であり、お昼過ぎの時間帯ということで、多くのスタッフは休憩中のはずだ。

 行ける……! しかし、唐突に正面玄関の扉が開いた。


ゆうしゃが あらわれた! ▼


「たのもー! 社員食堂にお昼を食べに来たわよ!」


 勇者のくせに魔王城にお昼を食べに来るなよ! というツッコミを飲み込み、ギリギリで身を隠す。だが……


「あれ、今人影が見えたわ!」


 鋭い奴め……勇者は妙に洞察力に優れた所がある。何とかして誤魔化さないと……


「…………に、にゃー」


(ば、ばかー! そんなの無理に決まってるだろう!)


「なんだ、クマか」


(ち、ちげーよ! 猫だよ!!)


 勇者は、「って、急がないとBランチが売り切れちゃう!」と焦りながら、社員食堂へと向かって行った。


 とりあえず何とかなったようだ。人が居ない隙を伺い、正面玄関のある大広間を横切る。


 あとは、居住スペースにある自室に飛び込むのみだ。

 居住スペースは5ツ星ホテルの様な豪華な造りとなっており、とても広い。エレベーターは使わずに階段を登り、なんとか自分の部屋のある階までたどり着いた。

 色々あったが、何とかミッションを遂行できそう…………っ!


「カズくん、ここにも居ませんわね……」


 なんと、イシス女王が俺の部屋の扉の前に居るではないか!

 なぜこんな所に居るのか分からないが、俺は飛び出したい気持ちを何とか抑え、状況を確認する。

 最悪だ、もっとも見られたくない人が、ゴール地点の目の前に立ち塞がっている。

 居なくなるのを待とうにも、通路は一本道であり、身を隠す場所などない。万事休すか……。


 しかも、イシス女王は俺の部屋から、あろうことかこちらに向かって歩き始めてしまう。

 急いで何かないか辺りを見渡すと、人が1人くらい入れそうな「ダンボール」を見つけ、すぐさまそれを被る。


 気分は『カズキギア・ソリッド』である。

 ダンボールの隙間から、祈る様に外の様子を伺う。

 イシス女王の綺麗な脚がこちらに近付くにつれ、心臓の音が大きくなるのが分かった。

 どのくらい大きな音かというと、その音がイシス女王に聞こえまいかと、心配してしまうほどであった。


 あと、4歩、3歩……2歩、1歩…………。

 しかし、綺麗な脚はダンボールの前で突然その歩みを止めてしまう。


(ぐっ、確かにダンボールがこんなところに置いてあったら、変に思うよなぁ……)


 絶対絶滅である。苦しまぐれに「無限アンリミテッド時間タイムワークス」を心の中で繰り返すが、発動する気配はない。

 終わった……。


 目を閉じ、死刑宣告を待っていると突然足音がまた鳴り響いた。

 おそるおそる、目を開き外の様子を伺うと、イシス女王が離れていくのが見えた。


(助かったぁ…………)


 俺はダンボールから出て、素早く自室に滑り込こんだ。

 ミッションコンプリートである。実感はないが、なんかレベルが上がった気さえする清々しさを感じる。


 タオルを椅子にかけ、汗をかいてしまったため、シャワーを浴びようとお風呂場の扉を開く。


 すると、ハート型のしっぽをふりふりとさせながら、楽しげにお風呂掃除をするグラマラスなお姉さんが視界に飛び込んできた。


「あ、今お掃除ちゅ……………………きゃあ––––––––––––!!」




 後日、風邪を引いた。



セーブしますか? ▼


▶︎はい

 いいえ


▷はい

 いいえ


セーブがかんりょうしました! ▼






〜登場人物〜


【カズキ】


何とか無事に、自室に戻ることに成功した。コードネームはネイキッド(裸の)カズーク。



【魔王様】


どんな水着を着ても危ない水着になる。水着は黒のシンプルな無地のもの。




【レヴィアさん】


実は泳ぐのが大好き。よく、プールでエレガントな泳ぎを披露している。



【マリア】


プールには時々遊びに来ている。髪の毛は水に付かないようにレヴィアさんにまとめてもらった。



【小春ちゃん】


泳げない。しかし、それなりに楽しめた模様。



【勇者】


腹ペコの勇者。よく魔王城の社員食堂でご飯を食べている。とんかつ定食が好き。



【リリィ】


お風呂掃除をしていた男性嫌いなサキュバス。

カズキとはそこそこ親しくなってきた模様。日常会話程度なら余裕。

ワイシャツのアイロンかけから、朝食の準備まで器用にこなす。




【イシス女王】


気付いていた。が、面白そうだったので、知らないフリをしてあげた。



【ヨッホイ】


アッホイ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ