第63話『GOD TO THE FUTURE PART Ⅲ』
「いい湯だった」
お風呂から出て身支度をしながら、昨日車内で聞いた神様の話を思い出す……。
俺はミッションを達成するまで、魔王様を始め、レヴィアさんにも会ってはいけないらしい。いわゆる、タイムトラベルのお約束みたいなものなのだろう。
なので、魔王様やレヴィアさんに会い、事情を伝えるのは不可能である。
それに"マリアを俺が助ける"という状況を生み出さないといけないため、マリアに塔に行かないように言うのもアウトだ。
そして、俺こと、カズキには絶対に会ってはいけない。
理由は、「その時の俺が、今の俺に遭遇していないから」だそうだ。
だが、当時の行動パターンは全て覚えており確か、街に入ったら真っ直ぐ城に行き、最初の消失予定ポイントの視察、その後に大広間で打ち合わせ、式典に参列、その直後に消失する塔へと向かう。
これら場所に行かなければ、なんの問題もない。
と、言うわけで城に来たわけだが……
「なんで、身分証の名前が『宵闇の魔王』になってるのかなぁ……」
現在、俺の格好は宵闇の魔王そのものであり、身分証を提示しても魔王様の部下だと信用されず、城内に入れてもらえなかった。
やっぱりこの黒い服は怪しいのだろう。思い返せば、身分証を提示するのはかなり久しぶりだ。最近では殆ど、顔パスで通っていた為である。
そういう意味では宵闇の魔王の知名度を改めて思い知らされる。不本意ではあるが……。
スマホを取り出し、時刻を確認する。時間的には、最近の消失ポイントの塔の視察を終え、大広間で打ち合わせをしているころだろう。
(さてどうすっかなぁ……)
などと城の前で悩んでいると、後ろから誰かに話しかけられた。
「あら、先程の方ではありませんの、こんな所で何をしてらして?」
「マ、マリ……姫様!」
「その、やたらとカッコいい服はなんですの?」
「あ、これは、その、式典用の衣装なんです……。それでその、怪しまれて城に入れないんです」
「ふぅーん、わたくしと一緒なら入れますわよ」
「お願いします!」
「ただし、もしお暇でしたら、わたくしのお茶に付き合ってくださらない?」
「なんで、俺が…………。よ、喜んで、姫様」
偶然通りかかったマリアに助けられる格好となってしまった。帰ったら特製ラーメンを奢ってやろう。
城の中に入り、いくつかの廊下を抜ける。幸い、現在大広間にいるはずの俺には遭遇しないようなルートであり、胸を撫で下ろす。
しばらく歩くと、そこそこ大きなドアの前でマリアは立ち止まりジッとしていた。
「何をやってるんだ?」
「扉を開けてくださいな」
思わず「自分で開けろよぉぉお!」と言いそうになるが、言葉を飲み込み耐える。今の俺とマリアは殆ど面識がない。不用意な発言、行動は出来ない。相手は姫で、俺はただの魔王の部下だ。
仕方がないので、マリアの前に行き、扉を開き、マリアを先に部屋に入れてから「どうぞ」と言われるのを待つ。
「早く入りなさいな」
「失礼します」
中に入るとまず1番最初に大きなベッド、次に豪華なドレッサーが目に入った。
家具、インテリア類は全て白で統一されており、本当に「お姫様の部屋」という表現がしっくりとくる。
(今はあんなゴミ部屋なのにな……)
マリアに促され椅子に腰掛けると、予め呼んでいたメイドさんが部屋に入ってきた。
メイドさんは俺を見ると少し驚いたような表情をするが、すぐに優雅に紅茶を注ぎ、退室した。
ティーカップを手に取り、香りを嗅ぐ。アップルフレーバーの気品高い香りが広がり、思わず深呼吸をしてしまう。
「何か面白いお話をしてくれませんこと?」
「面白い話ですか?」
「えぇ、わたくしはこの街から出たことがありませんので……」
どうやら話をするまでは、紅茶を飲ませてはくれないらしい。
式典までの暇つぶしに、付き合えということなのだろう。
だが、暇つぶしにならいいものがある。ポケットからスマホを取り出し、マリアとよく一緒にマルチプレイをしているアプリを起動する。
「それ、なんですの?」
「これはな、ここを引っ張ってだな、離すとな」
「わっ、ひゅーんって飛んで行きましたわ!」
「どうです? やってみますか?」
「やってみたいですわ!」
マリアにスマホを渡し、後ろから画面を眺める。マリアはすぐにコツを掴んだようで、あっという間にステージをクリアしてしまった。
「これ、とっても面白いですわ!」
「喜んでもらえて良かったです」
「他にも、こういうのはありませんの?」
「魔王城にいらっしゃれば、いくつかありますよ」
マリアは俺の言葉を聞くと、俯き黙ってしまった。
この頃のマリアは、かなり縛られた生活をしており、とても窮屈だったと以前言っていたことがある。
今のマリアからは本当に対局で、かけ離れたような生活だ。
それなら、俺の役目は……
「今度、ぜひ魔王城にいらしてくださいよ」
「ですが、お父様が許してくださるかどうか……」
「なら、こう言うのはどうです? 魔王城にお姫様が攫われたなんて、盛り上がるとだろうと……」
「確かにそれなら……」
「魔王城なら警備や、設備、生活面も安全ですし、何より沢山の事を学べますよ」
「ですが……」
「それに、娘の事が大事ではない父親なんていませんよ。外の世界を見てみたいって気持ちを、素直に伝えたらどうですか?」
「…………少し考えてみますわね」
マリアはそう言うと、部屋から出て何処かへ向かってしまった。
おそらく、例の塔へと向かったのであろう。そして、それは仕事の時間を示す。俺はスマホで神様に電話をしようとするが、電源が入らない。
ゲームを やりすぎて しまった! ▼
だが、まだ慌てるような時間ではない。今日の俺はフル装備だ。ヨッホイから預かったスマホの充電が出来るiBouを取り出す。これで充電すれば…………
「って! これ、ライトiBouじゃねーか! ヨッホイのあほ!」
"アッホイ"のせいで緊急事態である。宿屋に戻って神様を起こしている時間はない。俺がなんとかしなくてはならない。
とにかく、部屋を出て塔へと走る。向かう途中で、慌てて様子で走るスーツ姿の俺が視界に入り、一瞬躊躇するが後を追う。
「頼むぜ、14Gの足!」
そんな事も確かに言っていたな、などと感傷に浸かる余裕などない。
塔に着き、魔王様が消失させる前に何かいい案を考えなければならない。
確かあの時に、助けや、何かの異変は起こらなかった。
つまり、気付かれずに救出しなければならない。だがどうやって?
神様ならどうやるのだろうか……。部分的に消失の魔法を弾いたりするのだろうか。
弾く事なら俺にも可能だ。今着ているこのローブは全ての魔法を弾く。
だが、そのためにはマリアや、スーツ姿の俺の前に出なければならない。
そしてあの時に俺は居なかった。これはダメだ。
考えを巡らすが一向に答えは出ない。
もうすでに塔へと到達しており、螺旋階段を駆け上がっている。
外では魔王様が手の甲に書かれたメモを読みながら、魔王っぽい口上を述べていた。もう本当に時間がない。
思い出せ、あの時何が起きた。何があった? しかし何度思い出しても"何かあった"というような事は無かった。本当に何も無かったのだ。
俺は普通にマリアを抱き抱え、走っただけだ。
神様は間に合わないと言っていた。ならば、どうにかして消失魔法の効力が及ばないようにするしかない。
弾くのは無理だし、俺自身を加速させたりなんてのも出来るはずがない。止める事は出来るが……
(止める? そうだ、止めるんだよ! 時を!)
なぜ、こんなにも簡単な事をすぐに思い付かなかったのだろうか?
時が止まっている最中でも"俺は"動ける。そう、あっちのスーツを着ている俺も俺だ。
無限時間は、発動するのと、止まった時間内で動くのは別スキルだとかあさんは言っていた。
なので映画撮影時に、かあさんが時を止めた時にも俺は動けていた。
つまり、俺は時を止めるだけでいい。後はあっちのスーツを着ている俺が、勝手に走ってマリアを助けてくれる。
いたってシンプルだ。ポケットからラックの種を取り出し、飲み込む。
カズキは なんでも できそうなきに なった! ▼
魔王様の方を見て、タイミングを計る。魔王様はあと少しでセリフを読み終わるからだろうか、少し安堵したような表情をしていた。
そして……
「ーー地図から消してしまおうぞ!」
いまだ! 右手を掲げ、指パッチンをすると共に高らかに宣言する。
「オーダー、無限時間」
*
「よっす〜、お疲れ、カズぽよ〜!」
「本当ですよ!」
無事ミッションを果たし、現在車の中である人物が来るのを待っている。
この車のタイムトラベル機能を使うには、膨大な電力が必要らしく、その電力を供給出来る人物が現れるのを待っているといった次第だ。
そして、その人物が移動魔法で現れた。
「お待たせ」
「やっほ〜、ま〜ちゃん!」
まおうが あらわれた! ▼
といっても、過去の魔王様である。ミッションの後、神様が魔王様に連絡を取り、今回の事の顛末を説明し、雷魔法で電力を供給してもらうのをお願いしたそうだ。
過去の魔王様は俺の方を見ると、優しい声色で話しかけてきた。
「お仕事は順調かしら?」
「おかげ様で……」
「ふふっ、でもちょっと安心したわ」
「なぜですか?」
「すぐに辞めちゃうかなー、なんて思っていたのよ?」
「………………この頃の俺も、結構この仕事を楽しんでますよ」
「なら、よかった♪」
魔王様はにっこりと微笑み、雷魔法で電力を供給し始めた。
そんな魔王様を見ながら神様が、話しかけて来た。
「ちょっと、かすちゃったね〜!」
「見ていたなら、助けてくださいよ!」
神様は現場を見ていたそうで、俺の時間凍結の解除が一瞬早く、マリアを抱えている俺の後ろ髪がちょっと消失魔法で消えてしまったのである。
タイミングがシビアで難しかったため、自分では良く出来たほうだとは思っている。
自己満足に頷いていると、電力の供給が終わった魔王様に肩をぽんぽんと叩かれた。
「ねぇ、お給料足りてるかしら?」
「ちょっと、減給、減給、言い過ぎだと思います」
「わたしが? カズキくんに?」
減給大魔神こと、魔王様は眉を吊り上げ、驚いた表情を見せる。
俺が今までに「減給」と言われた回数を告げると、魔王様は少し考える仕草をした後に「今月は多めに出しましょう」と1人で勝手に頷いていた。
ちょっと、アドバイスをしてあげよう。
「魔王様、近い将来子供服が必要になりますよ」
「えっ、そ、それって……もしかして」
「ちゃんと準備しておいてくださいね」
「……それって、やっぱり、カズキくんの?」
「何言ってるんですか、当たり前じゃないですか」
魔王様は、その言葉を聞くと耳まで真っ赤に染め俯いてしまった。
そして小声で「未来のわたしとお幸せにねっ」と耳元で囁き、早足に立ち去った。ルンルンスキップで。
神様はその様子をニヤニヤと楽しそうに見ていた。
「カズぽよ〜、今のはダメじゃない〜?」
過去の人に未来の情報を伝えるのは、タブーだったのだろうか?
ドラゴンとの戦闘の後に、体が小さくなる俺用の子供服が必要だと伝えたかったのだが……。
「もしかして、まずかったですか?」
「ん〜、あの言い方だと、上手く伝わってないかもね〜?」
「どういうことですか?」
「分からないのなら、いいよっ! ほら、しゅっぱーつ♪」
神様の掛け声と共に、アクセルを踏む。あの時と変わらない仕事への達成感を覚えながら。
THE END
〜当時人物〜
【カズキ】
ちょっと成長したカズキ、機転を利かし事態を乗り切る。残りのラックの種は1粒。
実は指パッチンが苦手でいつも音が鳴らない。
手には寝ている間に神様がイタズラしたのか、黒のマニキュアが塗られている。
【神様】
フリーダムな神様こと、あっちゃん。寝起きが悪い。薄化粧の方が綺麗な典型的なタイプ。まつ毛はつけまじゃなくて自前。
【魔王様】
魔王のま〜ちゃん、カズキの話を聞き給料を増やした。
減給はしたことがないが、つい口に出ちゃう。
手の甲には、セリフをメモしてある。
【マリア】
今回はかなりお姫様なマリア。しかし、この時に一緒にやったアプリが堕落の原因とはつゆ知らず。
長くなっちゃった、ごめんね! 読んでくれてありがとー!
次回は番外編です! お楽しみに!




