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第60話『岩盤ミッドナイト』



「イシス女王、足元気を付けてくださいね」


「あら、ありがとうございますわ」


 タラップを降り、機内を後にする。魔王様はあの後、イシス女王と少し会話した後にすぐに帰ってしまわれた。本当に毎回何をしに来ているのだろうか?


 チェックアウトを済ませると、イシス女王が「こっちですよ♪」と俺の手を引き、空港の出口へと案内された。


 促されるまま空港から出ると、目の前にはミッドナイトブルーの車が停まっていた。


「これ、S30Zじゃないですか! 」


「うふふっ、わたしのお車ですのよ」


 イシス女王はそう言うと、俺を車内へと案内し、「免許証」も見せてくださった。免許証の証明写真まで美しい。


 座席はバッケットシートになっており、運転席のメーター類にも、油圧計から300kmオーバーまで表示出来るメーターが付いており、この車が普通ではないのを物語っていた。

 ちなみにバッケットシートというのは、通常のシートとは違い、肩や背中を通常より深く包むレーシングカーに搭載されているようなシートだ。


「イシス女王……あの、この車」


「しゅっぱーつ♪」


 イシス女王は、俺の話などお構い無しにアクセルを踏み車は道順に沿って走りだす。

 目的地は地下に新しく出来た高速道路だそうだ。

 以前来た時には無かったが、"勇者が一晩で"らしい。相変わらず何をやっているんだか……。

 地下に作ったのも、ピラミッド付近の景観を損なわないためだという。


 そんな事を考えていると、その高速道路に着き、イシス女王は慣れた様子で料金所を通過し、合流を行う。


 そして、アクセルをさらに踏みこんだ。


 少しのGを感じると共に、車は前、前へと突き進む。

 一切のホイルスピンもなく、タイヤは路面を捉えている。途切れないトラクションが続く。


 立ち上がりも見事だ。少しでも長くアクセルを開けられる様な、ラインを選択している。

 車体はズッシリと路面に吸い付き、前へ、前へと、まるで意思を持つかの様に加速して行く。


 4速から5速へ。終わりの無い加速が続く。メーターはすでに300kmを超えており、次元の違う走りを見せていた。

 400馬力程度の車なら、前へ、前へと押し出す感じだが、この車は違う。

 まるで、前から引っ張られているような感覚だ。お蔭で車重がとても軽いような錯覚を覚える。

 これは、乗った事のある者にしか分からないことだろう。

 伸びる! 丁寧に回転を積み立てて、5速オーバードライブで息の長い加速がどこまでも続く。



 この車は速い。とてつもなく速い。


 車の息遣いに耳を澄まし、ある事に気が付いた。

 そう、トルクだ。この車はトルクがいいんだ。立ち上がったトルクが回転を重ねていくこの上昇感、クランクを回すトルクその物の強さだ。


 それに、運転手……いや、パイロットとでも言うべきだろうか。イシス女王の運転技術と、車の悪魔と表現すべき性能が合わさり、驚くべきスピードで高速道路を走っていた。


「…………あの、イシス女王」


「もっとスピードを出しますか?」


「いいですね!」




 *




 目的地のお店には10分もかからずに到着し、車を降り、店内へと向かう。

 店内に入ると、見慣れた包帯ことミイラ男が出迎えてくれた。


「へい、らっしゃい!」


「なんでだよ!? なんでラーメン屋の店主やってるんだよ!?」


「ここはカフェだぞ? 」


「本当だ!」


 確かにその通りで、店内の内装はラーメン屋というよりは、以前行った事があるピラミッド付近にあるカフェに似ていた。おそらくチェーン店とかなのだろう。

 イシス女王と一緒にカウンターの座席に腰掛けると、マスターと思われるミイラ男はイシス女王と俺を交互に見るながら、ニヤニヤとしている。


「宵闇の魔王はイシス女王とデートか?」


「違う、カズキだ」


「いつもの2つお願いしますね♪」


「へい、おまちっ」


 イシス女王はミイラ男のからかいも気にも止めていないご様子で、注文をする。

『いつもの』という注文方法から察するによく来ているのだろうか?

 そんな俺の疑問を晴らすかのように、ミイラ男が「ここで、ラーメンを頼むのはイシス女王だけなんだぜ?」と教えてくれた。


「イシス女王はよく来るんですか?」


「えぇ、仕事の無い日は、よくここでお昼をいただいておりますわ」


「いつもあのお車で?」


「気分転換にもなりますの。それに、カズくんも好きでしょう?」


「最高のドライブでした!」


 イシス女王はその言葉を聞くと、嬉しそうににっこりと上品に微笑む。

 そうこうしているうちにラーメンが出来たようで、俺たちの目の前にドンブリが差し出された。


 そのラーメンは、箸が直立しそうなほどこってりを通り越したドロドロスープ。さらに麺はパキッと音を立て折れそうなほどのハリガネ麺。

 なんて、ラーメンだ。早速食べてみよう。


 麺をポキッと折り口に含む。喉に刺さるようなスープの深みと、喉に刺さった麺が、喉を刺激する!


「イシス女王! これ、これ……」


「どうでしょうか? お口に合いましたか?」


「美味い! こんな美味いラーメンは初めてです!」


「うふふっ、よかったですわ」


 イシス女王はそう言うと、長く綺麗な髪を耳にかけ、スープに付かないようにすると麺をポキッと折り口に運んだ。

 ラーメンを食べる仕草1つとっても絵になるお方だ。


「うん、美味しい♪」


「こんな美味しいラーメン屋を教えてくださってありがとうございます! イシス女王大好き!」


「あらあら、わたしも大好きですよ〜」


 しばしの麺をすする音と、その音に似合わない店内のクラシックのBGMのみが空間を支配する。イシス女王は音もなく麺をすするため、「ズルズル」と音を鳴らしているのは俺だけだが……。


 ラーメンを食べ終わり、店を出る。

 一応カフェなので、アイスコーヒーを2つ購入しテイクアウトをした。

 支払いはお店を教えてもらった事もあるし、「俺が出します」と言ったが、イシス女王が支払ってしまった。

 車もイシス女王が運転しているし、これでは俺がイシス女王の彼女みたいだ。


(デートってあれか、女の子が女の子と遊ぶことをデートって言うあれか……。なんか、微妙な気分……)


 そんな俺の気分とは裏腹にミッドナイトブルーの車を、気持ちよく走らせるイシス女王。目的地は例の温泉だ。

 どんな温泉なのか、気になるのもあるが、少しでもイシス女王と話したい気持ちもあり、質問をしてみる。


「イシス女王、温泉は岩盤浴と聞きましたが、どのような効能なんですか?」


「美肌、ダイエット効果、デトックスなど、美容系のものが多いですわね」


「たしか、以前ピラミッドに使っていた石と同じ岩盤を使用しているとか」


「えぇ、カズくんったら、勉強熱心ですこと♪」


 現在のピラミッドは観光名所として機能させるため、夜間は黄金にライトアップ出来るようになっている。

 以前のピラミッドは、本当に普通のピラミッド! ……と行った感じの景観だったそうで、その時の石を使用して今回の温泉は出来たそうだ。


 イシス女王は「あ、そうそう」と思い出したようにある事を教えてくれた。


「温泉内はピラミッドの地下同様、魔法が使えないエリアとなっておりますわ」


「何か意味があるんですか?」


「ま〜ちゃんが、急に現れることはありませんのでゆっくり出来ると思いますわ」


「なるほど……」


 確かに魔法が使えなければ、魔王様が移動魔法でいつものように現れることもないだろう。

 そんな事を考えているうちに車は、目的地に到着したようで、イシス女王は猛スピードで無駄にドリフトさせながら、横滑りで停車する。

 駐車場のラインぴったりである、カッコいい俺も今度やろう。


 車から降り、目当ての温泉の方向に目を向ける。

 温泉! というよりも、白い石で作られた宮殿のようなデザインで、周りの景観も損なわないようになっていた。とてもイシス国の雰囲気にマッチしている。


「わたしがデザインいたしましたのよ」


「建築は……」


「勇者さんが、半日程度で建ててくださいましたわ」


「勇者パねぇ!」


 イシス女王に促され、温泉施設内へと入る。内装もしっかりしており上品な空間となっていた。

 オープン前という事で、人はおらずほぼ貸し切り状態とのことであった。


「あ、カズくん、一緒に入りますか?」


「え、あの、それは、その……」


「あらあら、顔を赤くしちゃって、恥ずかしいのかしら?」


「いや、ですが、だって……」


「ほら、早く脱いでくださいな♪ それとも脱がして差し上げましょうか?」


 イシス女王はそう言うと屈み込み、俺の足を取ると靴下を脱がせ始めた。


「あ、あの、靴下からなんですか?」


「だって、足湯ですわよ?」


「へっ?」


 イシス女王の話によると、まだ大浴場は準備が出来ていないようで、入れるのは足湯だけとのことであった。

 しかし、オープンした時に再び来るという楽しみも出来たので、結果オーライな気もする。


「うふふっ、えいっ」


「ちょっと、脚をくっつけないでくださいよ!」


「あらあら、以前も一緒に入ったことがありますのよ? 」


「なんだってぇっ!?」


「カズくんが小さい頃は、わたしが抱っこして一緒に入っておりましたの」


「ばか! 俺のバカ! 早く思いだせ!」


 一生懸命思い出そうとするが、何も思い出せない。当たり前だ、赤ちゃんの時の事を思い出せる人がどれだけいるのだろうか?


 でも……


「今日1日、楽しかったですわ。また、デートしてくださいね♡」


「よ、喜んで!」


 今日1日、とても素晴らしい時間を過ごせたのだから問題などありはしない。

 こうして、俺のイシス旅行は充実した時間となったのであった。




あなたの たびのおもいでを セーブしますか? ▼


▶︎はい

 いいえ


▷はい

 いいえ


セーブがかんりょうしました! ▼







〜登場人物〜




【カズキ】


今日はイシス女王の彼女。



【イシス女王】


車に、こってりラーメン、温泉とカズキとは何かと気が合う模様。食べても太らないタイプ。

車の運転、食事の支払い、エスコートに至るまでイケメン彼氏っぷりを見せる。



【ミイラ男】


正直このラーメンはどうかな、と思っている。



〜登場アイテム〜


【S30Z】


ミッドナイトブルーが美しいイシス女王の愛車。300kmを超えてもさらに加速し続ける、悪魔のような性能のマシーン。



【ギトギトラーメン】


箸やレンゲが直立しそうな程にドロドロとしたスープ。パキッと音を立てて折れる麺。

口にした者は喉と舌が焼けるようだと、口を揃えて言うらしい。

ラーメンの出来が早かったのは、麺を茹でてないから。

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