第59話『機内ドッグ』
「おい! カズキ!」
「なんだ?」
モンスターが あらわれた! ▼
モンスターことヨップル社のCEOヨッホイがいつものように、慌てた様子でオフィスの扉を開く。
「ピラミッド付近に温泉が出来たんだってよ!」
「知ってる!! それ、知ってる!!」
「次の休みに行くか」
「あぁ」
ーー数日後
「カズキさん、ハンカチは持ちましたか?あ、これ『レヴィア水』です」
「レヴィアさん、遠足に行く子供じゃないんですから……」
「ですが、お一人で行かれるんですよね? わたし心配です」
ヨッホイはヨップル社の仕事が急に入ったとかで、今回のイシス温泉旅行には行かれなくなってしまった。勿体ない。
しかし、ヨッホイの仕事が順調なのは俺にとっても喜ばしい事であり、今回は素直に応援したいと思っている。
空港までの短い道のりをレヴィアさんに付き添われ、荷物の確認をされながら歩く。
イシスにも、空港が先日出来たそうで俺の様に「移動魔法」が使えない人にとって、これほど有難い事はない。
荷物の確認を終えたレヴィアさんは、残念そうな表情をしながら話しかけてきた。
「わたしも、行けたら良かったのですが……」
「仕事なら仕方ありませんよ」
そんな、話をしているうちに空港に到着し、レヴィアさんは「気を付けてくださいね♪」と言い残し、空港内にあるオフィスへと向かってしまった。
どうやら、空路増加に対する話し合いがどうとかと言っていた気がする。
しかし、今日の俺はバカンスのため仕事のことは忘れて温泉を楽しむのが目的だ。
イシス方面への搭乗機を確認し、チェックインを済ませる。
今回は小春ちゃんが気前良くチャーターしてくれた、プライベートジェットを利用する。
以前、ジパングに向かった際に搭乗した機体でもある。彼女が『タダ』で貸してくれるのには、裏がありそうな気もするが……
スタッフにプライベートジェット専用のラウンジに通され、離陸の準備が出来るまでの間、つかの間のコーヒータイムだ。
思えば、こうして1人でどこかに行くのは初めてである。レヴィアさんも心配をするわけだ。
タブレットPCを起動し、今回向かう温泉を調べる。
先日出来たばかりの温泉でまだオープン前なのだが、イシス女王の計らいで利用させてもらえる事になった。本当に有難い話である。
そんな事を考えていると、どうやら搭乗の用意が出来たようであり、飛行機へと案内された。
タラップを登り機内へと向かうが、座席には驚くべき人物が優雅に座っていた。
「この度は、こはるん号のご利用をありがとうございます。……うふふ、冗談ですわ」
「イシス女王! チケットありがとうございます!」
「あらあら、どういたしまして♪」
イシス女王は、長い髪をさらりとかきあげる。人の心を誘いこむようなファビュラスな香りが辺りに漂い、思わず深呼吸をしてしまう。
今日はいつものようなドレス姿ではなく、スキニーのデニムに、タートルネックのセーターといった面持ちだ。
シンプルな服装だが、そのシンプルさが彼女の美しさをより際立たせていた。
そんなイシス女王は、俺を楽しげに眺めながら話し出す。
「今回、このプライベートジェットをお借りして、各地で新しく出来た温泉のプロモーションに行っておりましたの」
「あ、俺は帰国のついでってわけですね」
イシス女王の話によると、今回の温泉は美容や、健康にとてもいいらしく、イシス女王がイメージキャラクターとして宣伝活動をしているそうだ。ちなみに、発案は小春ちゃんだそうだ。
そうこうしているうちに、飛行機は離陸準備が整ったとの事で、座席に座りシートベルトをしめる。
少しの加速の後、「ふわり」とした感覚を覚える。やっぱり好きじゃない。
イシス女王は平気なのかと、彼女の方を見ると少し「むっ」とした表情をして俺の視線に気が付くと、恥ずかしそうに笑った。どうやら、イシス女王も苦手なようだ。
今回は乗り物酔いしやすい俺のために、魔王様があらかじめ「状態異常を無効化する魔法」をかけてくれた。お陰で乗り物酔いの心配はない。
数分後、航空機は安定高度に達したためシートベルトを外す。その後、着替えるためイシス女王に断りを入れ、隣のベッドルームへと移動する。
飛行機の中で快適に過ごすコツは、楽な格好でいる事だ。なんなら、自室でリラックスしているような感覚でもかまない。
持参した、ジャージに着替え靴からスリッパへと履き替える。
着替えた所で、ドアが「コンコン」とノック音が鳴り、振り返るとイシス女王がコーヒーを片手に、ベッドルームへと入って来た。
「コーヒー、いかがですか?」
「いただきます」
イシス女性からコーヒーを受け取ると、コーヒーの豆の香りが鼻腔を刺激する。きっと、いい豆を使用しているのだろう。
カップを傾けてコーヒーを口に含む。美味い。
イシス女王と機上とはいえ、ベッドを椅子代わりにささやかなティータイムを過ごせるのは、まさに至福の時間である。
(ん? このパターン見覚えあるぞ。こういう場合、大体魔王様が突然あらわれてだな……)
辺りを見渡し身構えるが、一向に魔王様が現れる気配はない。
気のせいだったかと、胸を撫で下ろすがその瞬間スマホからの着信音が鳴り響く。
イシス女王に断りを入れ画面を確認すると、魔王様からのようだ。
ま〜ちゃん
『カズキくん』
ま〜ちゃん
『酔ってないかしら?』
既読『大丈夫ですよ、魔王様』
ま〜ちゃん
『そう、なら良かった』
ま〜ちゃん
『それから』
既読『なんですか?』
ま〜ちゃん
『あんまり、鼻の下を伸ばしていると』
ま〜ちゃん
『減給しちゃうわよ』
既読『そんな事しません』
ま〜ちゃん
『どうかしら?』
ま〜ちゃん
『コーヒーを飲みながらニヤケ面している写真が』
ま〜ちゃん
『イシぽよから送られてきたわよ』
どうやらイシス女王に隠し撮りされていたようであった。
スマホから目を上げ、イシス女王を見ると「なんのことでしょう〜?」と楽しそうにそっぽを向いていらっしゃる。その仕草1つとっても魅力的な、ため許してしまった。
再び、スマホを弄り魔王様に反論する。
既読『コーヒーが美味しかったんですよ!』
ま〜ちゃん
『あら、ありがとう』
既読『なんで、魔王様がお礼を言うんですか?』
ま〜ちゃん
『その、機内のコーヒーは』
ま〜ちゃん
『魔王コーヒーなのよ』
既読『美味しかったです、ご馳走さまです!』
ま〜ちゃん
『はい、どーいたしまして』
ま〜ちゃん
『それじゃあ、わたしは』
ま〜ちゃん
『仕事に戻るけど』
ま〜ちゃん
『粗相のないようにするのよ』
既読『俺は犬か!』
既読『U・x・Uわんわん!』
ま〜ちゃん
『ばーかっ』
魔王様との楽しいやり取りを終えると、イシス女王が自身のスマホで画像を表示して、それを俺に見せてきた。
美味しそうな、ラーメンの画像である。
「これは、ヨダレが出てきそうなくらい美味しそうなラーメンですね」
「もし良かったら、この後ご一緒にどうかしら?」
「いいんですか?」
「もちろん♪ うふふっ、デートですね、カズくん♡」
「カズキくん」
「げっ、魔王様!」
まおうが やっぱり あらわれた! ▼
「減給」
「またかよぉぉおおお!?」
あなたがたの たびのおもいでを セーブしますか? ▼
▶︎はい
いいえ
▷はい
いいえ
セーブがかんりょうしました! ▼




