第6話 『鋼の剣』
「これがお車ですのね!」
「姫様は車を見るのは初めてなんですか?」
「噂には聞いていましたが、見るのは初めてですわね」
やはり現代技術の多くは、まだ浸透していないようであった。そもそも車なんて物を購入したのは魔王様が初めてなのだろう。
車に乗ろうとしていると、魔王様が話しかけて来た。
「カズキくん、髪の毛を少し消失させてしまったようね」
「……この歳で、ハゲるのは嫌ですね」
「大丈夫よ、襟足をほんの少しだけだから」
後ろの毛を少しカスめていたようで、俺は頭じゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。
魔王様は俺の髪の毛を手ぐしで撫でながら、俺の状態を確認しているようだ。
「それにしても、無事で良かったわ。大事な体なのだから気を付けてね」
「すいません、無我夢中で……」
その証拠にかなり疲れている。色々な事があり過ぎた。
もしかしたら、精神的な疲労なのかもしれない。今日はとても心身ともに疲労してしまった。
そんな俺を見て「帰りはわたしが運転しますね」とレヴィアさんが気を使ってくださる。本当に出来たお方だ。
レヴィアさんが運転席に乗り込み、俺も助手席に滑り込む。
後方座席に2人が乗ったのを確認すると、車は急発進し、俺は前のめりになってしまった。
「あ、すいません! すいません!」
俺の方に向き直りペコペコとお辞儀を繰り返すレヴィアさん。どうやら、車の運転には慣れていないご様子だ。
レヴィアさんの運転は少し心配だが、今回の仕事の詳細を後ろに座っている魔王様に確認する。
「塔の消失は上手くいったんですか?」
「我ながら芸術的な消失具合ね」
魔王様は大きな胸を張りながらそう答えた。よくは分からないが、きっと良かったって事なのだろう。
前方に目を向けると、助手席のアタッシュケースに何かの資料が入っており、俺はそれを手に取った。
「ピラミッドリニューアル企画?」
「レヴィアが手を加えるそうよ」
後部座席の魔王様がその疑問に答える。
ピラミッドとは、砂漠にあるダンジョンの1つだ。確か資料で見た覚えがある。
ピラミッドはヒントの少なさや、トラップの分かりにくさ故に多くの冒険者、勇者が諦めて旅をやめてしまったポイントの1つだとか。
レヴィアさんは車を走らせながら、いくつかのピラミッドの改善ポイントを話し出した。
「まず、オアシスへの入り口が見分けにくいとの意見が……」
魔王様がすかさず「看板ね」と意見する。
「そうですね、それとヒントの提示をオアシスではなく、砂漠に入る前の町で提示しようかと」
「オアシスより先にピラミッドへ到達してしまったパターンも、それなら対応可能ね」
「砂漠は迷いやすいですから、夜は砂漠に出現するモンスターのレベルを上げ、攻略は日中になるように手配します」
「へ〜、そんなふうに色々決まっていましたのね〜!」
姫様が興味気に後部座席から身を乗り出して来た。しかし、レヴィアさんが急ブレーキを踏んだため、体制を崩す。どうやら、シートベルトを締めてなかったようだ。
魔王様が姫様にシートベルトを付けてあげるのを眺めていると、俺は再び嗚咽感に襲われた。どうやら俺は、自分で運転しないと酔うらしい。
だが、それは前回同様、すぐに治った。椅子の隙間から、頭をコツンと突かれたと言えば分かるだろ?
*
魔王城に戻り、今日の内容の書類をまとめている俺に魔王様が話しかけてきた。
「それにしても、あなたもすっかりやる気ね」
そういえば、そうだ。 俺はなんだかんだ言って、この仕事を真面目にこなしていた。帰る事を考えていた、ここに来たばかりの頃とは、意識が違うのを自覚した。
そう、この仕事が楽しい。楽しいのだ。楽しいのならば、俺の答えは、この仕事を続けるかどうかの答えは、すでに決まっているようなものだ。
「あの、俺の契約年数って……その、どうなってるんですか? 一か月契約とかなんですか?」
「うちは終身雇用よ、辞めたい時まで居てもらって大丈夫よ…………来月もよろしくね?」
俺はその問いに、元気に頷いた。
「まだまだ新米ですが、よろしくお願いします」
魔王様はその反応を見ながら、ニッコリと微笑んだ。
「今週末には1度人間界に戻れるように手配するわ、それとコレ……」
魔王様から茶封筒を渡される。この世界には銀行がないから、手渡しなのだろう。
「ありがとうございます! 魔王様!」
「少し多めに入れといたわ、あなたは頑張っていたから」
50万以上入っているという事だろうか、それだけあれば少しは良いものも買えるだろう。かあさんに何か買ってあげようかな……。
期待に胸を膨らませ、茶封筒を開けると、見たことのない札束が入っていた。
「60万"G"よ、好きな物を買ってね」
「あの、これ円に換金は……」
「出来るわけないじゃない」
どうやら、かあさんへのお土産は『鋼の剣』とかになりそうだ。まぁ、いいさ。こっちの世界では使えるお金なんだし、俺は今後こっちで仕事をするのだから、円は必要ないわけだ––––と、俺は無理矢理自分を納得させた。どうやら俺は、仕事にお金は関係ないタイプだったらしい。お金に釣られて、面接に応募したのは忘れてしまおう。
俺は苦笑いをしながら、『鋼の剣』がいくらか調べようとしていると、魔王様が思い出したかのように「そうそう」と話を続ける。
「何ですか? 魔王様」
「カズキくんに、新しい仕事を命じるわ」
「新しい仕事?」
「活動日誌をつけなさい」
というわけで、活動日誌とやらを書いてみたがこんな感じでいいだろう。これを魔王様に見せるのが俺の仕事の1つとなった。
不足している部分などは、魔王様が付け足したりしてくれるらしい。ある意味、レポートとも言えるだろう。
「さて、見せに行くか!」
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