第48話『下界シャンプー』
「あぁ〜!もうっ、全然終わらないわ!」
その日の魔王は焦っていた。その証拠にオフィス内をヒール音を響かせ、ツカツカと歩き回る。なぜなら……
「どうしてこんな日に限って誰も居ないのよ!」
オフィスには魔王ただ1人しか居ない。他の社員は皆外で仕事の日であったからだ。
カズキは仕事でイシス女王に会いに、レヴィアはその付き添い。マリアと小春はそれぞれ自国でのイベントに参加していた。
「少し休憩しましょう……」
魔王は一息入れようと、デスクからミニバーへと足を運ぶ。
手際よくコーヒーを作り、そして辺りをキョロキョロと怪しげに首を振り確認をする。そして…
なんと まおうは さとうを 5はいも いれた! ▼
魔王はあま〜いコーヒーを優雅に楽しみながら、デスクへと戻る。
可愛らしいデザインのティーカップをデスクの片隅に置き、再びパソコンの画面を注視する。
そして、デスクの引き出しから資料を取り出すべく身を引こうとするが、なんと魔王の大きくたわわな胸がティーカップに当たってしまった。
その衝撃であわやティーカップは床に落ち粉々に砕けてしまいそうになるが、ティーカップは床に触れる前に空中で静止した。
「………ふぅーっ、危ない、危ない…」
魔王は重力魔法でティーカップを咄嗟に浮かせ、衝撃を回避していた。
彼女はティーカップをふわりとデスクの隅に着地させると、スマートホンを取り出し「よく使う項目」からカズキの番号をダイヤルする。
数秒の着信音の後に電話が繋がった。
「あ、もしもしカズキくん?」
『こんにちは、ま〜ちゃん』
「どうしてカズキくんの電話にイシぽよが出るのよ!」
『彼なら今頃、うふふふっ……じゃあね、ま〜ちゃん♪』
「ちょっと! イシぽよ!? なんで電話を切るのよ!!」
スマートフォンに向かって話かけるがその声はイシス女王には届いてはいないようで、すでに通話は終了していた。
魔王は少し考えるそぶりをすると、数回頷き素早く移動魔法を唱えた。
*
「げぇっ! 魔王様!」
「なんで、カズキくん裸なのよ!?」
「それはここがお風呂だからですよ!!」
魔王は辺りを見渡す。100人程度なら同時に入っても平気そうなな浴槽、湯船に浮いたiBouと薔薇の花。お湯に浸かり驚く表情をみせるカズキ。
魔王が現在いる場所はイシス女王のお風呂であった。
「どうして、お風呂に入っているのかしら? まさか……」
「先程、ワインを被ってしまって。それで」
「あらあら、ま〜ちゃん。いらっしゃい♪」
魔王は声のする方角を見据える。そこに立っていたのは、長い手足、綺麗な素肌、そして完璧なスタイルを持つ裸のイシス女王であった。
「ちょっ、イシぽよ! どうして裸なのよ!」
「湯船につかる時に、お洋服を着用していますのはマナー違反ですわよ?」
「なんだってぇ!!?イシス女王がいるんですか!?」
まおうは くらやみまほうを となえた! ▼
「目がぁ〜!目がぁ〜!」
魔王は素早く暗闇魔法を唱え、カズキの視界を奪う。
カズキは魔王に抗議しようとするが、魔王はその言葉を遮り、諭すような口調で話しかけた。
「カズキくん? いい子だから少し大人しくしていてね。じゃないと……」
「魔王様! これ解いてくださいよ! 何も見えないじゃないですか!」
「そうですよ、ま〜ちゃん。別によろしいではありませんか?」
「よくないわよ! あなたは早く出て行きなさい!」
「ここはわたしのお風呂です。わたしが居てはおかしいですか?」
「彼が入っていなければね」
イシス女王はキョトンとした表情でとぼけてみせる。それを見た魔王は少しムスッとした表情をしていた。
そんな魔王を見ながらイシス女王は微笑みながら楽しそうに、手近な桶にお湯を汲みそれを……
「うふふふふっ……そ〜れっ」
「きゃあっ、….ちょっと! イシぽよ!」
なんと まおうは みずびたしに なってしまった! ▼
「あらあらっ、大変ですわ」
「あなたがやったのでしょう!!」
「そうだっ、せっかくですし、ま〜ちゃんもお風呂に入っていかれたらどうでしょう?」
「仕事があるから無理よ。それに………くちゅんっ」
「ほら、そのままでは風邪をひいてしまいますよ?」
「……分かったわ。ただし貴女は出ていきなさい」
「うふふっ、お外に着替えを用意しておきますね♪」
*
「痒いところはない?」
「あ、大丈夫です」
「昔もね、こうやって髪を洗ってあげたことがあるのよ〜?」
ニコニコとご機嫌な表情でカズキの髪を丁寧に洗う魔王。
大人しく髪を洗われるカズキ。その姿は「なんで、こうなってんだろ」とでも言いたげであった。
「はい、ながちまゅね〜」
「なんで、赤ちゃん言葉なんですか!」
「お目々つぶらないと、痛い、痛いってなっちゃいまちゅよ〜?」
「瞑るも何も見えませんから!!それと魔王様…」
「何かしら?」
「当たってます…」
「だってこうしないと届かないんですもの」
魔王は大きな胸をカズキの背中に押し当てながら髪を洗っていた。
それもそのはずで、そうしなければ彼女の胸がカズキとの物理的な距離をつくり、髪に手が届かなくなってしまうからだ。
魔王はシャカシャカとカズキの髪を洗いながら呟く。
「カズキくんの髪って綺麗よね」
「湯船に入る前に1度洗ってるからね! これ洗うの2回目だからね!」
大きな風呂場にも響き渡るカズキの声。それとやっぱりどこか楽しげな表情な魔王。
彼女にとっても仕事の合間のいい息抜きとなっていたようであった。
魔王はもしかしたらイシス女王はそれをわかっていて、お湯をかけたのかも?と考えたがすぐにその考えをやめる。
なぜなら、仕事が終わっていなかったのを思いだしてしまったからである。
「カズキくん、わたし帰るわ」
「えっ! ちょっとせめてお湯を流してから行ってくださいよ!」
「あぁ、そうだったわね。それと、はい、もう見えるわよ」
「ほんとだっ……って、痛い!シャンプーが目に染みる!!結局見えない!」
「ふふっ、ほら言った通りじゃない」
*
「ま〜ちゃんったら相変わらずだね〜!」
「あけぽよっ、下界を眺めてないで仕事するっしょ!」
「ほいほ〜い!」




