第47話『変人掃除』
「ズッキーちょっといいかしら?」
「少し待ってくれ」
今日は魔王様ではなく、マリアに話かけられる所からデスクワークがスタートする。
現在魔王城オフィスにて、イシス女王を……おっと魔王様が来たようだ。
「カズキくん」
「なんですか?」
「今日の仕事キャンセルしておいたわ。今日はオフにして良いわよ」
「嫌です」
「ダメです」
「どうしてですか!?」
「ダメなものはダメなのよ!」
「嫌です! 嫌です! 嫌です!」
「もう、駄々をこねないの。これ、あげるから……」
魔王様から渡されたシールのようなものを見ると漢字で『宵闇』と書かれていた。
「いりませんよ!!」
「じゃ、いい子にしてるのよ♪」
魔王様はそう言いながらウィンクをすると、俺の話も聞かずにヒール音を鳴らしながら行ってしまわれた。
今日予定されていた仕事は、イシス女王との仕事の打ち合わせだったのだ。
(イシス女王に会えるチャンスだったのに…)
「ズッキー」
(それにしても急にオフになってしまった……)
「ズッキー!」
(さて、何をしようか…)
「ねぇ、ちょっとズッキー! 聞いてますの!?」
「……何か用ですか、マリア姫」
「用があるから呼んでいるのでいますのよ!」
「ラーメンか? さっき食べたろ」
「違いますわよ」
「じゃあ、何だ? 城に帰るのか?」
「違いますわね」
「降参だ、教えてくれ」
「わたくしのお部屋掃除を手伝ってくださいな!」
「イシス女王、もう来たかな……」
「無視しないでくださいな!」
「あ、見てごらんマリア、酸素だよ」
「そんなもの、そこら中に漂ってますわよ!」
「俺たちがこうして生きていられるのも、この酸素のおかげだ。さぁ、酸素に感謝しよう」
「急に哲学ぶっても、掃除しますわよ」
「ちっ」
どうやら、マリアはそう単純では無かったようだ。
以前マリアの部屋をチラッと覗いた事があるのだが、綺麗では無かった。
それどころか「黒光りする例のヤツ」と共存生活をしていそうなルームであった。
(こいつの髪はこんなに綺麗なのに、なぜ部屋は汚いのだろうか?)
「あ、今失礼な事を考えてましたわね」
「考えてない、考えてない」
「ほら、早く行きますわよ」
「待った」
「何ですの?」
「お前の部屋は掃除が入らないのか?」
「掃除が入っているのはズッキーの部屋だけですわよ」
「なんだって!?」
今更ながらの新事実である。実は俺は自室の掃除をしていない。
仕事中に誰かが掃除をしてくれているようで、仕事を終え部屋に戻るとゴミ箱は空になっており、トイレットペーパーに至っては三角折りだ。
掃除をしてくださっているのは魔王城のスタッフの一人らしいが、会った事は無い。
しかし、俺としてもとても感謝している。そのため、仕事に行く前に手書きのメモを残している。『いつもありがとうございます』とか、お菓子を添えて『良かったらどうぞ』みたいな簡単なものなのだが。
そして、そのメモに返事を書いてもらえるのが、何気に毎日の楽しみだったりするのだ。
「ズッキー」
「分かってる。とりあえずマリアは、レヴィアさんに髪の毛を結わいてもらえ。そのままだと、ホコリがつくぞ」
「分かりましたわ!」
マリアは元気に休憩中のレヴィアさんの元へ向かって行った。
レヴィアさんのお膝に座り、髪の毛を纏めてもらうようだ。
こうして、見ていると姉妹のようである。似てはいないが……
俺も半ば強引に部屋掃除に付き合わされる格好となったが、別に本当にやりたくないわけではないので渋々準備を始める。
(一旦自室に戻るか……)
*
いつものようにルームキーを差し込むが、違和感を感じる。
(……鍵が空いている)
おそらく閉め忘れたのだろう。気を取り直し扉を開けると、そこには悪魔のような尻尾を持つ、グラマラスなお姉さんがお掃除をしていた。
「ふふ〜ふ〜ん♪ お掃除、掃除〜♪」
「……あの、どちらさまですか?」
「え、あの……なんで!?」
彼女は慌てた様子でそう言うと、カーテンに包まって隠れてしまった。悪魔みたいな尻尾が外にはみ出しており、ゆらゆらと揺れている。
彼女は伏し目がちにカーテンからひょこっと顔を出すと、恥ずかしがりながら質問をしてきた。
「仕事中じゃないんですか……?」
「今日は急に休みになってしまい……ってあなたは誰ですか!?もしかして泥棒!?」
「違います! わたし、サキュバスハウスクリーニングのリリィ・シャーロット・デュエラ・ヴァリエールです」
「ごめんなさい、もう一度言ってもらえますか?」
「あ、リリィ・シャーロット・デュエラ・ヴァリエールです。名前長いですよね……」
「そっちではなくて、サキュバス……なんでしたっけ?」
「サキュバスハウスクリーニングです」
「なんですか? それ?」
「それはですね……」
彼女の話を要約すると、男性限定のハウスクリーニングらしい。なぜ男性限定かは教えてくれなかったが……
魔王様に頼まれた彼女が、今まで俺の部屋を仕事中にこっそりと掃除してくれていたようだ。
そして、話をしている間もカーテンに包まったままで一向に出てくる気配はない。
「あの、リリィ・シャーロット……ヴァリエールさん?」
「……リリィでいいですよ」
「じゃあ、リリィさん。どうしてカーテンの影に隠れているんですか?」
「…………あの、わたし男性の方が苦手でして」
「あなたさっきサキュバスって言ってましたよね!?」
「ひゃうっ……ごめんなさい、ごめんなさい!」
大きな声を出したせいで怖がらせてしまった。彼女はどうやら男性嫌いのサキュバスのようであった。
以前魔王様にサキュバスの話を聞いた事があるが、なんでも男性の性を吸い取りそれを魔力にするとかなんとか……
だが、男性嫌いではそれは難しいのではないのだろうか?
「あの、男性嫌いなんですよね?」
「……はい」
「どうやって魔力を得ているんですか?」
「あ、それは……その、カズキさんのゴミ箱から……」
「ゴミ箱? ……ゴミ箱に何があるんですか?」
「い、いいんです! それよりその……お掃除をしちゃいたいので……」
「それならこの後すぐに出ますので……あの、これからもその…お掃除をよろしくお願いします!」
「あっ、こちらこそ……その、ご馳走様ですっ」
(ご馳走さま? いつも感謝の気持ちでメモに添えている、お菓子の事だろうか?)
そんな疑問を抱きつつ、俺は彼女にペコリと頭を下げ部屋を後にする。
部屋掃除をしてくれている方に、前からお礼を直接言いたいと思っていた。その願いが叶い少し上機嫌にマリアの部屋へと向かう。
(あんな綺麗な、人が部屋掃除をしてくれてたなんて……)
「何を考えてますの?」
「うおっ、マリア! 居たのか!」
「中々来ませんから、迎えに来ましたのよ」
出迎えに来たポニーテールに髪をまとめたマリアに促され、彼女の部屋へと足を踏み入れる。大掃除の始まりである。
*
ーー2時間後
「ズッキー! 爆絶が来てますわよ!」
「なにぃ!? 行くぞ!」
「そこですわ! そう、もう少し浅く、そこ!」
「今! この位置! このタイミング! この角度で! ストライクゥゥ、ショットォォォォォオオ!」
「グッジョブですわ!」
なんと カズキたちは あそんでいた!▼
「ふぅ、これで俺も運極になったぜ!」
「やりましたわね!」
「カズキはん? マリアはん? お掃除してはると聞いて伺ったんやけど、うちの勘違いやったんやろか〜?」
マリアと勝利の喜びを上げていると、急に後ろから声が聞こえ振り返る。
そこには小春ちゃんが普段は見せないようなこわ〜い笑顔を浮かべていた。
「こ、小春ちゃん。今からやろうと……」
「そ、そうですわよ! 今からやりますわ!」
「せやな〜、2人はじゅんざいなお方やあらへんもんな〜」※いい加減な人
と、言うわけで。
「うわっ、黒光りするやつだ!」
「ひ、ひぇぇえ助けてくださいな!」
「ていっ」
「こ、小春ちゃんすごい……」
と"例のヤツ"を小春ちゃんが一方的にバシンと仕留めたり……
「マリアはん、このやたらとスケスケなショーツはなんやろか〜?」
「あ、それはその……通販で」
「お前そんなの穿いてたのか?」
「い、一回だけですわよ! って見ないでくださいな!」
マリアが通販で無駄遣いした物を片付けたり……
『我は宵闇の魔王。刻の番人』
「なんで、こんな映像持ってるのかなぁ!?」
「あら、みんな録画していたそうですわよ」
「なんだってぇえええ!?」
「我は宵闇の魔王。刻の番人……ですわ!」
「真似をするな、お前は布団の番人だろう」
以前勇者と戦った際の恥ずかしい映像を見せられたりもした。相変わらず記憶にはないが……
そんなこんなで、最初のゴミ屋敷の状態から大方片付き、マリアの部屋はとても綺麗になった。
その綺麗になった部屋を仁王立ちで、満足そうに眺めるマリア。
ちなみに小春ちゃんはお昼休みの合間に手伝いに来てくれたそうで、すでに仕事に戻ってしまった。
しばらくしてマリアは満足したのか、レヴィアさんに結ってもらったポニーテールを解き、くるりとこちらに向き直る。
「わたくし、お掃除頑張りましたわ!」
「大体は小春ちゃんの功績だけどな」
「だからその……ご褒美が欲しいですわ」
「人の話聞こうな」
特に何も持っていないため、どうしたもんかと考えていたが、名案を思いついてしまった。
(これなら、満足するだろ……)
「マリア、目をつぶれ」
「……えっ、そ、それって」
「いいから早くしろ」
素直に目を閉じるマリア。まつ毛が意外と長いなと思いつつ、目的を果たすため彼女に接近する。
足音や、物音で、マリアは俺が近づいて来たことに気が付き「ビクッ」と反応をするが、大人しく背筋を伸ばしジッとしていた。
俺はマリアの髪を少しかき分け……
おでこに『宵闇シール』を貼ってやった。
マリアは「ふぇ?」と情け無い声を出すが、俺が鏡を指差し、指差した方向に鏡があるのを確認すると、素直に鏡を覗き込む。
「なんですのこれぇ!?」
「宵闇シールだ。これでマリアも刻の支配者になったんじゃないか?」
「さすがにこれはダサいですわね……」
「そうか? 似合ってるぞ」
「もうっ」と頬を膨らませ怒るマリア。しかし、その表情とは裏腹にどこか楽しげでもあった。
だが、その怒こってるんだか、笑ってるのか分からない表情はすぐに笑顔に変わる。
なぜなら、どこからともなく腹の虫がなった音が部屋に響き渡り、俺たち2人は「ぷっ」と笑い出してしまったからだ。
「ラーメン行くか」
「そうですわね! ズッキー!」
セーブしますか? ▼
▶︎はい
いいえ
▷はい
いいえ
セーブがかんりょうしました! ▼
〜登場人物〜
【リリィ・シャーロット・デュエラ・ヴァリエール】
男性嫌いなのサキュバス。カズキの部屋の掃除を担当している。名前が長いのをちょっぴり気にしている。ブラのサイズはG70。
〜作者から〜
次回はカズキの一人称ではなく、空からまるで神様が見ているような視点。三人称での1話となります。
作者は三人称で書くのが初めてなため、どうか温かい目で見守ってくださると幸いです。




