第40話『スライムシップ』
「たまには初心に帰るのも大事よね」
「は、はぁ……」
魔王様が何やら、どこで覚えたかも分からない偉人のような発言をしている。
確かに物事に行き詰まった時などは、一度初心に帰り、見つめ直してみるといった事も大事だろう。
ところで、この場合の"初心"とはなんなのだろうか?
そう首を傾げていると、魔王様が今日の仕事を振ってきた。
「カズキくん、始まりの洞窟にスライムを配置してらっしゃい」
「それ、俺がここに初めて来た時にやらされたやつ!」
確か、レヴィアさんに連れられて洞窟にいきなり移動して……それから色々あって、うやむやになってしまったが……
(思えばあれから色々あったなぁ……)
物思いにふけっている時間はない、と言いたげな魔王様が、急かすように資料を渡しながら指示を続けてくる。
「始まりの洞窟は海の向こうだから、船で行ってね」
「車を積んでもいいんですか?」
「大丈夫よ。それから魔王城内のスライムを1匹連れて行きなさい」
「スライムの住民票はどうするんですか?」
「手続きは、後でわたしがやっておくわ」
この手の手続きは、やたらと時間がかかる上に面倒くさい。
それを魔王様にやっていただけるのは有難い事だ。
モンスターにも人権があり、家族がある。魔王城を離れたくないスライムも居る事だろう。
(ちょうど、転勤希望のスライムが居ればいいが……)
魔王城勤務のモンスター達は、基本的には俺や、レヴィアさんの様に雑務をこなしたり、人員の足りなくなったダンジョンなどに、派遣されたりしている。
ヨッホイの様に、ダンジョンメイクを担当しているモンスターもいる。
(さて、スライムか。そこそここの魔王城にも数は居るが……おっ?)
オフィスを出て、少し歩いた所で元気にぴょん、ぴょんと跳ねるスライムを発見する。
(初めて見る顔だな……新入りとかだろうか?)
スライムはこちらに気が付いたようで、嬉しそうに跳ねながら近付いて来た。よく見ると、頭に可愛いリボンが付いている。
「こんにちは!カズキさん!」
「はい、こんにちは。今大丈夫かな?」
「はい!平気ですよ!」
「今、始まりの洞窟で勤務してくれるスライムを探しているんだけど……知り合いや友達に、そういうスライムは居ないかな?」
「始まりの洞窟って……魔王城の外に出られるんですかっ?」
「勤務地が変わるから、そうなるね」
「あのあの、わたしじゃダメですかっ?」
「いいのかい?ご家族や、友達と離れる事になるけど……」
「わたし!外の世界を見てみたいんです!」
「分かった。それじゃ……詳しい日時は後で連絡するから。あ、直ぐにじゃないから安心してね」
「はい!楽しみにしています!」
元気なリボン付きなスライムと別れ、早速魔王様に報告をしに行く。
(思ったより、早く見つかって良かった)
*
ーー1カ月後
「じゃあ、行くよ忘れ物とかはない?」
「大丈夫です!」
元気なスライムを車の助手席に乗せ、エンジンキーを回す。
今回は港まで車で行き、そのまま車ごと船に乗り込み移動する。
「俺も移動魔法が使えたらなぁ……」
「あれっ?使えないんですかっ?」
「あぁ、残念な事にな」
「でもでも、この前勇者様をお一人で撃退したって聞きましたよ!」
「それまじ黒歴史、見なかった事にして」
後日、勇者の戦闘をしている映像を見たが、あまりの痛々しさに背中が痒くなってしまった。
映像の中の俺は「宵闇の魔王」を名乗り、やたらとカッコいい喋り方をしていた。
以前まで、かあさんの影響でそのようなものを"カッコいい"と認識していたが、あの映像を見たらそのような考えは消え失せ、恥ずかしさを覚えるようになってしまった。
(おや、あれは……)
「カズキ殿!お疲れ様でゴワス!」
「あぁ、動く石像か。今日も暑いな」
考え事をしながら運転をしていると、魔王城周辺勤務モンスターの「動く石像」がこちらに挨拶をして来た。
この辺のモンスターは既に顔なじみであり、この様に日常会話をする事もある。
それに加えて映画やCMに出演している事もあって、多くのモンスターや村人達が俺の事を知っているようだ。
街に入れば話しかけられ、ダンジョンに入れば襲われるなんて事はなく、一緒に記念撮影をせがまれる。
(全く、なんでこうなってしまったやら…)
「あのあの、この車ってとても早いですねっ」
「振り落とされないように気をつけてな」
「大丈夫ですよっ」
助手席にスライムを乗せて走っているとはなんとも奇妙な光景だ。
スライムはシートベルトを締め、辺りを見渡している。
このスライムのステータスを確認した所「す〜ちゃん」という名前がついており、おそらく魔王様が勝手に付けたのだろう。
スライム本人もその名前が気に入っているようだ。
しかし、なぜす〜ちゃんは城の外に出たがったのだろうか?
「すーちゃんはなんで始まりの洞窟への移動を希望したんだい?」
「あ、わたし魔王城の外に出たことがなくてですね…」
「城入りスライムってわけか」
「そうなんですよ!それにたまに勇者の方がお城にいらした時も、みんなお前は戦うな〜って言うんですよ!」
「そりゃ、まぁ、うん」
「なんですか!カズキさんまで!ぷんぷん!」
「ぷんぷん」と口に出して怒るす〜ちゃんを嗜める。
確かに勇者を相手にしたら、スライムでは太刀打ち出来ないからであろう。
す〜ちゃんと楽しい会話を繰り広げた所で、港に到着し、手続きを行う。
といっても魔王様が所有するプライベートな船のため、他の乗客はいない。
船には、プールも付いており豪華客船といった感じだ。優雅なクルージングを楽しめそうである。魔王様がいたら「異世界映え!」とか言い出しそうである。
そんな事を思いながら、俺はす〜ちゃんを小脇に抱えて、船のタラップを上がりながらある心配をする。
「船酔いするなよ」
「大丈夫ですよ!」
*
「うっ……ちょっと、ちょっと待ってね」
「あの、カズキさん? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……うっ」
なんと カズキは ふなよい してしまった! ▼
「多分そうなると思ったわ」
なんと まおうが めのまえに あらわれた! ▼
「な、何で……うえぇっ…」
「えーと、状態異常を治す魔法は……」
いつものように急に目の前に現れた魔王様。手にはスマホを持っており、なんと状態異常を治す魔法を検索し始めた。
「それくらい、覚えててくださいよぉぉお!!」
「叩いたら治るかしら?」
「それ、混乱を治す時の方法だから!!……うっ」
「カズキくん。喋らない方がいいわよ。あ、これかしら……」
まおうは パルプン…「それ何が起きるか分からない呪文だから!」
魔王様が危ない呪文を唱える寸前のところで止める。あの呪文は術者にも何が起きるか分からない、とても危険な呪文だ。
叫んだお陰で、また吐気を催してくる。それに気が付いたスライムがぴょん、ぴょんと頑張って跳ねながら、魔王様に耳打ちしていた。
「あぁ、そう確かそれだったわね。偉いわよす〜ちゃん」
「お役に立てて良かったです!」
どうやら、す〜ちゃんが魔王様に状態異常を治す魔法を教えたようで、魔王様はその呪文を俺に施す。
効果はすぐに現れ、吐気は一瞬にして消え去った。
「ありがとうございます、魔王様」
「はいはい、どういたしまして」
「ですが、何故こうなると分かっていて、俺を船に乗せたんですか?」
「それは……」
「あと、なぜ魔王様は水着を着てらっしゃるのですか?」
「……カ〜ズ〜キくん〜?」
「は、はい」
「減給」
「またかよぉぉぉぉおおおお!」
セーブしますか? ▼
▶︎はい
いいえ
▷はい
いいえ
セーブがかんりょうしました! ▼
レヴィア「そういえば魔王様はどちらでしょうか?先程水着を手にしてましたが……」
イシス「あの水着、わたしが選んであげましたのよ」
レヴィア「そうでしたか。魔王様にとてもよく似合いそうですね」
イシス(今頃、カズくんにお披露目している頃かしら……ふふっ、単純なま〜ちゃん♪)




