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第3話『オーダーメイド甲冑』

「魔王様、先日の台風の影響で薬草の収穫量が減っています」


「だから、わたしは『薬草は室内栽培にすべき』って言ったのよ」


 レヴィアさんと魔王様が、コーヒーを飲みながらオフィス内でビジネスの話をしている。

 ここに来てから半月ほど経ち、仕事にも大分慣れて来た。要はRPGゲームみたいなもんだ。

 問題は、俺の立場が魔王側であり、しかも魔王城に勤務しながら、オフィスでパソコンとにらめっこをしている事だが……。

 先日の始まりの洞窟に急に連れて行かれた件は、「向いてない」と言うことで、俺はオフィスワークを言い渡さた。

 こんな所で働けるかとか、俺にこんな仕事は無理だという不安はあったが、オフィスで言い渡された仕事は、なんとエクセルを使って薬草の搬入チェックというものであった。

 これなら、正直に言って俺でも出来る。というか、スライムを並べるより、こっちの仕事の方が絶対に向いている。

 要するに、普通にオフィスワーカーとして俺はこの異世界で働いている。

 先程も言ったが不安が無いと言えば嘘になる。だが、仕事を始める時に不安は付き物なわけで––––いわば、俺は会社で働く人、社会人になったと思えば、多少の不安は当たり前のようにあるわけだ。

 そう考えたら、今までニートをしていた分のツケが回ってきたと考えたら、なんとなくだが落し所も見つかると言うものだ。


 なに、1ヶ月の辛抱だ。気楽にやるさ。


 あの後、帰れるかな〜と思い、コントローラーを握りしめ、例のコマンドを打ち込んだが無反応であった。

 レヴィアさんは"転移の魔法"と言っていた。おそらく、何らかの魔法も必要なのだろう。

 俺は先程レヴィアさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、2人の会話に耳を傾ける。

 まずはレヴィアさんが資料を片手に、話しを切り出す。


「このままでは、原価の回収も出来ません。薬草を値上げしますか?」


「それは絶対にいけないわ、値上げは大幅な回収が見込めるけど、冒険者の方からかなりのバッシングがあると思うわ」


 レヴィアさんは「そうですよね……」と俯きながら眼鏡をかけ直した。

 それをチラリと見ながら魔王様が小言を口にする。


「大体、いつまでも無農薬薬草なんて、時代遅れなのよ。無能薬草じゃない」


「魔王様、それでは素材の味優先してくださっている、薬草農家の方に失礼ですよ」


「毎年1割程度は、虫に食べられて穴が空いているじゃない」


「ですが、農薬を使用いたしますと、味が落ちるとの報告が……」


「苦味がますのよねー」


 魔王様は顔をしかめながら、そう呟いた。

 薬草とは、HPを回復するアイテムの一種であり、価格が安価なため、駆け出しの冒険者から、歴戦の勇者にまで愛用されるロングセラー商品らしい。魔王サイドが回復アイテムを売っているなんておかしな話だが……。

 2人の話を要約すると、先日の台風の影響で薬草畑なるものが吹き飛んでしまい、出荷出来る量が減ってしまったらしい。原価の回収をするため為には、薬草を値上げするしかない。

 だが、もっとも流通量の多い薬草の値段を上げれば、駆け出しの冒険者が困ってしまう。

 薬草は冒険者にとって生活必需品みたいなものだ。1番消費量の多いアイテムであり、購入量も多い。

 その価格が上がるとなれば、販売側の我々は大きなバッシングを受けてしまう。


「カズキくん、何かある?」


 唐突に魔王様に意見を求められ、俺は「そうですね……」と頬杖をつきながら考えを巡らせる。

 例えば、他のアイテムの価格を一時的に値上げし、その差額分を回収するのはどうだろうか?

 とりあえず意見を述べてみよう。


「あの、毒消し草とかを値上げするのは、どうですかね?」


「どういうことかしら?」


「例えばですよ、例えば毒エリアとかをこっそり増やしてですね、バレないように毒消し草の需要を上げるんですよ」


「カズキくん、中々商売上手ね。それで行きましょう」


「通っちゃった!?」


 俺の提案に魔王様が賛成してくださり、対応策が決まった。

 レヴィアさんが慌ただしく資料をまとながら、魔王様に声をかける。


「ではそのように手配しますね」


「お願いね、レヴィア」


 資料をまとめ終わり、席を立つレヴィアさんを見送ると、魔王様がパソコン越しに話しかけて来た。


「この仕事にも大分慣れたカズキくん?」


「えぇ、すっかり」


「それと、レヴィアが気になるの?」


 魔王様はクスリとイタズラっぽく微笑みながらコーヒーを口にする。

 先程、オフィスを出て行くレヴィアさんを目で追っていたのを見抜いていたようだ。

 魔王様は、言ってしまえば俺の上司にあたる。意外にもとてもいい上司と言っていい。仕事は早いし、指示も的確で、残業なんて絶対にさせない。

 これだけでも十分素敵な上司なのだが、おまけに見た目までいい。スーツの上からでも分かる豊満なバストに、すらりと伸びた手足。とてもスタイルがいい。スタイルがいいと言っても、モデル的なスタイルの良さではなく、グラビアアイドル的なスタイルの良さである。要するに、出るとこは出ている。

 魔王という職業は、見た目の良さと、胸の大きさで選ばれているのかと勘ぐってしまうほどだ。

 そんな彼女がコーヒーを飲み終えたのを見計らって弁解をする。


「レヴィアさんはとても仕事熱心な方なので、俺も見習おうかと……」


「彼女は元々四天王の1人だったのよ」


「水の魔法がお得意そうですね」


「正解よ」


 レヴィア=レヴィアタンとかなのだろう。レヴィアたん。なんちゃって。

 魔王様は再びコーヒーカップを口に運んでから、話を続ける。


「お部屋はどう? 不自由はないかしら?」


「えぇ、とてもいいですよ」


 城内に用意された部屋は俺の部屋そっくりそのままであった。家具の配置から、部屋の匂いまで同じだ。

 そしてこの魔王城、外観や、景観は立派なお城といった感じだが、中身はオフィスである。

 俺が現在仕事をしているこのオフィスを始め、社員食堂、居住スペースから、温泉に、トレーニングルームまである。

 魔王城内には複数のモンスターと言う名の社員が勤務しており、俺に会うと襲ってくるのではなく、「お疲れ様です」と礼儀正しく挨拶をしてくる。モンスターと言っても一概に化け物のような形相の者ばかりではなく、魔王様やレヴィアさんみたいな人型––––というか綺麗な女性から、ぷにぷにとしたスライムまで多様なスタッフがこの魔王城に勤務している。ちなみに、先日見た緑色のモンスターもこの魔王城の社員らしい。

 そんな豪華な魔王城で、魔王様は何をしているのかと言うと、この世界全体のバランスを保つため、武器屋、道具屋の品揃え、街周辺のモンスターのレベルの管理を行っているそうだ。

 それに加え謎の資金力まであり、どこで得たのか不明の莫大な予算がパソコンのモニターに表示されていた。

 こんなにもお金があるのに、転移の魔法は1ヶ月に1回とは、どれだけの金額を使ってその魔法を行うのだろうか? そもそも、転移の魔法にそれほどのお金がかかるのなら、なぜ俺を雇ったのだろうか?

 その事を魔王様に質問しようとしたが「魔王様、勇者様がそろそろいらっしゃいますよっ」と、戻ってきたレヴィアたんが心配そうな顔で尋ねて来たので、頭を仕事モードに切り替える。

 今日は勇者がこの城に訪れる予定であり、従業員総出で迎撃の準備が行われていた。

 勇者と魔王の戦闘は、殺伐とした殺し合いではなく、一瞬のデモンストレーションを兼ねているそうだ。


 理由としては魔王様が強すぎるため、ある程度勇者が魔王様のHPを減らしたら、勇者の勝ちという運びらしい。実に平和的である。

 そして、魔王様が負けた場合は報奨金を支払い、魔王様が勝った場合は『所持金の半分』を頂くそうだ。それが魔王サイドの儲けとなるってわけだ。よく出来ている。

 レヴィアさんが腕時計をチラリと確認した。


「魔王様そろそろ、勇者一行が到着しますよ。例の衣装に––––」


「いやよ」


「ダメです」


「レヴィアが着ればいいじゃない」


「魔王様、早くしてください」


 その衣装とは露出が多く、派手な装飾の施された金属製の甲冑かっちゅうだ。

 甲冑を着用する理由については、「スーツだと魔王っぽくないから」だそうだ。全くその通りである。スーツを着て、日夜パソコンとにらめっこしている魔王など聞いた事がない。


 しかし、それがこの世界の魔王様なのだから受け入れるしかない。

 魔王様は、嫌々ながら着替えるためにオフィスを後にした。




 *






「つめたっ、歩くたびに当たって冷たいんだけど?」


「我慢してください、それから分かっていると思いますが、甲冑は絶対に汚さないでくださいね」


 レヴィアさんの注文に「分かってるわよ」と、仕方なさそうに返答する魔王様。

 甲冑を着用された魔王様は、金属の甲冑が肌に当たらないようにぎこちなく歩いていた。確かに当たると冷んやりとしそうではある。

 スーツ姿の時も分かってはいたが、大きなバストがあらわになっており、おまけにおへそまで見えている。ほとんど裸である。

 そのおかげで魔王様のスタイルの良さがハッキリと分かる。金属の甲冑に触れ「ビクッ」とするたびに大きな胸が揺れていた。

 この甲冑は魔王様のサイズに合わせて作られているそうで、すこしでも太ると着れないそうだ。

 どおりで魔王様は今朝、朝食を食べなかったわけだ。

 魔王様の甲冑姿を念入りにチェックしているレヴィアさんに、その甲冑の事を聞いてみた。


「その甲冑、オーダメイドだから高いとか聞きましたよ」


「城が立ちますね」


「そんなにぃ!?」


 驚く俺を他所に、多くのスタッフ達が忙しく勇者撃退の準備をしている。

 報告では、もう城の中に入って来ているようだ。

 俺も急いで準備をしていると、魔王様がこちらに近付いてきた。

 そしておもむろに俺の胸元に手をあてる。


「カズキくん、ネクタイが曲がってるわよ」


「あっ……すいません、魔王様」


 魔王様は「いいのよ」と短く呟き、俺のネクタイを直し始めた。

 真下に魔王様の豊満な谷間が見えてしまったため、糸で引かれたように上を向いた。

 魔王様はネクタイを直し終わると、ウィンクをしてオフィスを出て行った。

 俺も急いで魔王様に続いてオフィスを出る。

 オフィスから出て城内を少し歩き「魔王の部屋」にて待機を言い渡された。

 魔王の部屋とは、魔王様の寝室ではなく、勇者との戦闘をするための一瞬のバトルステージだ。

 金ピカでゴージャスな作りに、赤いカーテン。所々には音響を徹底的に考えたスピーカーを配置し、戦闘を盛り上げるBGMが流れ出すらしい。

 如何にも魔王様の椅子といった感じの王座に、魔王様が「よいしょっ」と可愛らしく座る。

 しかし、甲冑が肌に当たったのか、俺の方を見ると顔を歪めていた。

 そんなほのぼのとした空間を裂くように、レヴィアさんの持つスマホの着信音が鳴り響く。

 "合図だ"数秒後に扉が勢いよく開いた。


 ゆうしゃがあらわれた! ▼


「よくぞ参った、勇者よ! だが…………えーと」


 魔王様は椅子に座りながら優雅に話し始めるが、言葉に詰まってしまう。

 それを見たレヴィアさんが、俺の肩を叩いた。


(カズキさんカンペ! 急いでください!)


(分かってますよ!)


 俺は物陰から魔王様に見えるように、カンペを高らかに掲げた。

 それを見た魔王様は目を細めてこちらを確認してから、セリフを続ける。


「……だが、そなたらの冒険もこれまでだ! ここで朽ち果てるがいい……!」


「みんな! 魔王を倒すわよ!」


 声を高らかに上げた勇者は女の子であった。パーティーもみんな女性のようだ。

 疑問を抱いていると、隣で魔王様を見守るレヴィアさんが小声で教えてくれた。


(実は、昔から勇者は女の子しか産まれないそうなんです)


(なんでまた……)


(魔力の関係だとか……詳しいことはあまりよく分かっておりません)


(勇者って何人くらい居るんですか?)


(先日生まれた勇者様を含めて、3人です)


 そんな無駄話をよそに、眼前では魔王様と勇者の戦闘が行われていた。

 魔王様は余裕なご様子で、戦闘中だというのにこちらに向かって時折ピースをしていた。余裕すぎだろ。

 しかし、セリフの方は余裕ではないようだ。


何故なにゆえ、もがき生きるのか…………えーと」


(カズキさん! カンペっ!)


(分かってますよ!)


 レヴィアさんに促され、再びカンペを掲げる。魔王様は勇者の斬撃を小指で受け止めながら、読み上げる。


「さぁ、我が腕の中で生き絶えるがよい」



 まおうのこうげき! ▼


 てきぜんたいに99999999のダメージ ▼


 てきをたおした! ▼




 *




『「お疲れ様でしたー!」』


「今回の勇者撃退上手く行きましたねー!」


「城の被害も最小限だったそうですよ、ダンジョン内のモンスターを少なくする低予算采配が光りましたね!」


 城内部の食堂では、今回の仕事に参加した社員によるささやかな宴会が開かれていた。

 そして今日の主役、みんなの頼れる上司でもある魔王様が、乾杯の音頭をとる。


「今回の仕事が上手くいったのも、一重に皆様のお陰です。今日は飲みましょー!」


『「魔王様バンザーイ!」』


 乾杯の音頭と共に多くのスタッフ達が盃を交わし、今日の仕事の成功を祝う。

 俺はその宴の中心から少し離れた位置に座るレヴィアさんに話しかけた。


「レヴィアさん、どうして魔王様は台詞を覚えていないんですか?」


「練習のお時間が取れなかったそうですよ」


 仕事上がりだろうか、レヴィアさんも上機嫌のようだ。気持ちは分からなくもない。

 俺は今回の勇者迎撃作戦には、部分的にしか参加していないが、それでも今回の仕事には確かな満足感があった。こう、文化祭が終わった後の、達成感的なものが近い感情かもしれない。

 俺は今日の仕事の思い出しながら、レヴィアさんとグラスを合わせ、スパークリングワインを喉に流し込む。

 キリっとした味に、フルーティーな後味。悪くない。

 しかし、レヴィアさんの様子がおかしい。


「うふふっ、かぁ〜ずきさぁ〜ん、なんだかわたしぃ〜、暑くなってきちゃいましたぁ〜」


 出来上がってらっしゃる。元水の四天王だから水に強いなんて事は無いらしい。

 甲冑からいつものカジュアルスーツに着替えた魔王様が、上機嫌にこちらに近づいて来た。


「あら、この子ったらこんなに飲んで…………。普段は飲まないのに、よっぽど嬉しかった様ね」


「何がですか? 今回の仕事の件ですか?」


「それもあるだろうけど、あなたが残ってくれた事よ。彼女気にしてたのよ、面接したのは自分だから〜って」


「その節は…………どうも」


「それで、どう? やっていけそう?」


「まだ、分かりません……」


「そう…………でもあと半月もあるから、ゆっくり考えてちょうだい」


 魔王様はそう言うと、グラスを傾けてワインを飲んだ。俺はそんな彼女を眺めながら「ただ……」と、話を続ける。


「今日の仕事が上手くいって……その、上手く言えないんですけど、嬉しかったです」


「ふふっ、そう」


「それで魔王様、甲冑はどうでした? 破損とかはしていませんか?」


「あぁ、あの甲冑はオリハルコン製なのよ。だから基本的には破損とかはないわね」


 城が立つわけだ。魔王様は「でも……」と顎に手を当てながら、真剣な表情をする。


「なんですか、魔王様?」


「冬場は着たくないわね、冷たいし」


 俺は「そうですね」と苦笑いをしてみせた。それを見て魔王様も微笑んだ。

 こうして俺の初仕事は終わったのであった。




セーブしますか? ▼


▶︎はい

 いいえ


▷はい

 いいえ


セーブがかんりょうしました! ▼


次回は番外編となります。

番外編というのは、作者の得意な会話文のみでの短編……っといった形になります。

尚、本編は一切進行しませんので、合わない! といった方は飛ばしていただいて構いません。

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