第2話『ウェルカムジョーク』
「塔の一部を……でもその日は勇者の生誕祭が行われる予定よ。塔を破壊してしまうと、市民に被害が及ぶわよ?」
「B7の地点から南西に向かって、爆破ではなく消失魔法をお願いします。念のため市民周辺に我々も待機し、ガレキが飛び散った際には対処を」
「分かったわ、でも問題は––––」
「ちょっと待ってぇ––––––––––––––––!?」
一体どうなっているのか検討も付かない。
辺りを見渡すと場所はオフィスのようだが、会話の内容がさっぱり分からない。勇者? 消失? 知ってはいるが、聞き慣れない単語ばかりだ。
そもそも俺は先程まで、自宅でゲームをしていたはずだ。
そんな俺のことを、"魔王"と呼ばれていたブラウス姿の女性と、OLスーツをキッチリと着こなしたレヴィアさんが、驚いた様な目で見ていた。
レヴィアさんは、少し困惑したような表情をするが、すぐに先程見せてくれた笑顔で俺に話しかけてきた。
「失礼しました、魔王様はいつも説明を省きビジネスの話をしてしまうので…………わたしから説明させていただきます」
「は、はぁ……」
わけが分からなく困惑する俺に、面接時と変わらない丁寧な口調で話すレヴィアさんが、こちらを伺いながら話を続ける。
「我々魔族も人材不足となっており、こうして人間界からも優秀な人材をスカウトしています」
「魔族? あなたが? 面白い冗談だ」
「以前、我々がヘッドハンティングしたOLの方も、同じ様な反応をされてましたよ?」
外国人のギャグが、こんなにもハイセンスだとは知らなかった。
外資系企業特有のウェルカムジョークというやつなのだろうか……
目の前の綺麗なお姉さんが魔族だなんて、どう考えたって信じられない。
新入社員を迎える際に、この様な催しで緊張を和らげるといったのを聞いたことがある。コレもきっとその一環なのだろう。
しかし妙な点が1つある。急に家からオフィスへと移動したことである。
確かに俺は、VRゴーグルをずっとかけていたので、周りで何か起きても分からない。
居眠りでもしていて、その間に運ばれでもしたのだろうか? それならばドッキリで筋は通る。
地元のハロワに採用担当の人が来ているほどなのだから、おそらくこのオフィスは家から近い場所にあるに違いない。
企業と母親が手を組んで、俺に対してドッキリを仕掛けているとかだろう。そうでなければ説明がつかない。
俺は無理やり自身を納得させ、いつ「ドッキリ大成功〜」の看板を出されてもいいように身構えていると、もう1人のブラウス姿の女性がマグカップを持ちながら、レヴィアさんに歩み寄ってきた。
その女性は先程"魔王"と呼ばれていた人物であり、襟足の長いストロベリーブロンドの髪に、服の上からでも分かる大きなバストがやたらと目を惹く。
服装もいわゆるオフィスカジュアルと呼ばれる格好で、リボンの付いたクリーム色のブラウスに、グレーカラーのスカートを合わせており、センスの良さを感じる。
その女性は髪の毛をクルクルと遊ばせながら、レヴィアさんに話しかけた。
「あの時の彼女は優秀だったのに、惜しい事をしたわ」
「本当ですよ、いきなり四天王の1人を任せる〜だなんて。次の日に退職届を出されてしまったではありませんか」
「だから先ずはバイトでも出来る簡単な仕事から……」
「魔王様、カズキさんへの説明が先ですよ?」
「そうだったわね、レヴィアお願いね」
レヴィアさんはこちらに向き直り、真っ直ぐに俺の目を見つめる。
「ごめんなさいカズキさん。この世界はあなたのいた世界––––次元、で合っていますかね? そちらとは違う世界となっております」
「違う世界?」
「この世界ではそちらの世界とは違い、魔法と呼ばれるものや、ドラゴンやキマイラなどといった生物も存在していますよ」
「ウェルカムジョークにしてはぶっ飛び過ぎですよ、レヴィアさん」
外資系の企業とは本当にこんなノリなのだろうか?
付き合うのも構わないが、本来の業務内容を早く教わり、仕事に慣れないといけない。
どのような業務内容なのかと、オフィスを見渡そうとするが、急にオフィスの扉が開き……
モンスターが あらわれた! ▼
突如現れた緑色の"ソレ"は、慌てた様子で早口にまくし立てる。
「魔王様! 勇者一行が第4の四天王を倒したとの報告が! 数日後にはこちらに到着するとのことです!」
「勇者一行のパーティー編成、平均レベルを教えてもらえるかしら?」
「パーティーは、勇者、武闘家、戦士、賢者で平均レベルは70程度です、如何なされますか?」
「パーティー編成、レベル等に申し分ないわね。今回は討伐される流れで行きましょうか」
俺は目の前で繰り広げられた会話は気にも留めず、モンスターのコスプレと思われる人物をジロジロと眺める。
かなり凝ったデザインをしており、この企業のウェルカムジョークにかける意気込みが感じられた。
いわゆるゴブリンと呼ばれるモンスターのコスプレで、細部の出来まで見事だ。はっきり言って最高にクールな出来栄えだ。
ゴブリンのコスプレを眺めていると、レヴィアさんが何かの資料を見ながら、業務確認を行うような口調で喋りだした。
「魔王様、エクストラダンジョンの神竜様が先日からご家族とご旅行に行っておられますが……」
「それは困ったわね。わたしが倒された後のステージ移行が、スムーズに行えないわ。仕方ないわね、今回は撃退の方向で進めてちょうだい」
「かしこまりました、準備は魔王城常駐チームに行わせますね」
「えぇ、そのチームは以前の魔王城移送の際にも手際よく行っていたし、今回も上手くやってくれそうね」
いつまで続くのだろうか、この茶番のようなものは……
感性の違いとでもいうのだろうか、とても楽しめる余興ではない。
ゴブリンのコスプレは見事だが、このオフィスが魔王城だなんてとても無理がある。魔王城なら入り組んだダンジョンに、魔王の鎮座する椅子がセオリーというものだろう。
この状況だと、魔王と呼ばれているあのボインな女性が、社長さんとかなのだろうか……
そんなことを考えていると、レヴィアさんが慣れた手付きで「タブレットPC」を操作しながら「お待たせしました♪」と先程の話を続ける。
「それでは、スライムの配置について説明しますね」
「はいはい、付き合いますよ〜、レヴィアさん」
俺は仕方なく彼女の話に付き合うことにした。社内交流会みたいなものだろう、仕事はチームワークが大切だ。
レヴィアさんは俺の了承の返事を聴くと、手を差し出してきた。
「では、始まりの洞窟に飛びますね。わたしの手を握ってください」
「分かりました」
俺は素直に差し出された手を握った。こんなにも綺麗な方の手を握れるだなんて、これだけで役得みたいなものだ。
俺が手を握り返したのを確認すると、レヴィアさんが魔王こと、ボインな社長さんとアイコンタクトを取る。どうやら、何かが始まるようだ。
レヴィアさんが身構えする俺に、優しく声をかける。
「はい、では行きますね♪」
「どこに………………はぇぇぇええ!?」
手をひらひらと踊らせるボインな社長さんは一瞬にして消え、目の前には土と石に囲まれた鍾乳洞の様な空間が広がっていた。
パチクリと瞬きをする俺に対して、レヴィアさんは心配そうに顔を覗き込んで来た。
「大丈夫ですか? 初めては酔ってしまう方もいらっしゃるんですよ」
先程外したVRゴーグルを急にかけられたのかと思い顔を触るが、何もない。…………コイツはマジだ。
先程の話––––あれは全てマジなのだろう。でなければ、目の前で起きた「急にオフィスから、洞窟へと移動した」という現実を、受け入れられない。
マジックという出来事では片付けられない。マジックというよりは、魔法と表現しなければ、この現象は説明がつかない。
目の前で起きた異常な出来事に対して、俺は驚きを覚えながらも、ある1つの感情が俺を支配した。
「これは、帰る…………つまり俺の元いた世界に帰れますか?」
「もちろん帰る事は––––」
「お願いします」
レヴィアさんの言葉を遮り、帰宅のお願いをする。
こんなわけの分からない世界で仕事なんて出来るものか。
俺はデスクワークと言われたから来たのであって、リアルフィールドワークなど出来るわけがない。
「お気持ちはお察ししますが、我々もなにぶん人材不足でして。ご帰宅は1ヶ月に1回とさていただきのですが……」
レヴィアさんは少し戸惑うような表情を見せながら、申し訳なさそうに話すが、意味が通じていなかったようだ。
俺は今すぐ帰りたいのではなく、辞めたいのだ。
「採用していただきとても感謝しているのですが、この仕事はわたしには向かないと判断したため、辞職の届け出を提出したいのですが?」
少し早口になってしまったが、辞めたいという意図は伝わっただろう。
レヴィアさんは再び申し訳なさそうに、「非常に言い辛いのですが……」とゆっくり話を切り出した。
「予算の都合で、元の世界に戻る転移魔法は1ヶ月後でないと行えません。強行する事も可能ですが、ちゃんと戻れない可能性もあり、その…………わたし達のお給料が減ります」
こうして、俺の1ヶ月間の異世界デスクワークが始まってしまったのであった。
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〜登場人物〜
【カズキ】
職業はノージョブ→魔王の部下。
この物語の主人公。のらりくらりと流れに任せながらが生きてきたが、魔王城でデスクワークをする事になる。
【魔王】
職業は魔王。カズキの上司。
リボンの付いたクリーム色のブラウスに、グレーカラーのスカート。オフィスカジュアルな格好。
髪型はストロベリーブロントのミディアムウルフ。襟足をふわりと柔らかめに巻いている。
ブラのサイズはH70。
【レヴィア】
職業は魔王の部下。
ブロンドヘアーの綺麗な出来る女性。以前は四天王を担当していたそうだが、魔王城勤務となる。
OLスーツをキッチリ着こなす。ブラのサイズはE70。
〜作者から〜
この最後のセーブはただの演出です。
いいえを選択したり、セーブ地点から物語をやる直す等はございませんのでご了承ください。
ですが、セーブ自体に意味はあります。