第14話『はんなり姫』
「ジパングに行くわよ」
城内の社員食堂で、レヴィアさんと朝食を取っていると唐突に魔王様がBセットを食べながら、話し出した。
「ジパング、ですか?」
「えぇ、あっちゃん……神様もそこの出身なのだけれども、数多くの魔術や妖術が存在するのよ」
「妖術……魔法とは違うんですか?」
「そうよ。わたしもあまり詳しいわけではないのだけれど、もしかしたらあなたが元に戻る方法があるかも知れないわ」
数日間この小さい体で過ごしたが、かなり不便だ。重い物は持てないし、高い所は無論手が届かない。さらに……
「カズくんっ、またこぼしてますよ〜 」
これである。
こうなってしまった責任を感じているのか、レヴィアさんの過保護が大爆発してしまった。
しかし、一体どうして小さくなってしまったのか……
俺の疑問を晴らすかのように、魔王様が話を続ける。
「どうやら、神様は小さくなったのを元に戻せるそうなのよ」
「じゃあ、お願いしたら……」
「『そのままの方が面白いからいんじゃね〜』だそうよ」
魔王様が神様の真似をして、ギャル口調で話す。ちょっと可愛い。
どうやらあのギャル神様には、元に戻してくれる気はないようだ。だが、"元に戻る"というのが分かっただけでも、前進したのだろう。
「それで、ジパングにはいつ行くんですか?」
「今日よ」
「また、急ですね……」
「それと、レヴィアは魔王城に待機ね」
「どうしてですか!? 魔王様!」
「だってあなた『カズくぅ〜ん』って言ってばかりで、全然仕事してないじゃない」
「ですが……」
「あなたのやるべき仕事が溜まってるのだけれど?」
レヴィアさんは「分かりました」と呟き渋々食堂を後にする。
これでやっと"レヴィアママ"から解放されるわけか。名残惜しい気持ちも残しつつ、俺も準備をするため食堂を出る。
自室に向かう途中で目を擦りながら、ふらふらと歩く寝不足ジャージ姫に遭遇した。
「よう、マリア」
「…………おはようございますわ」
日々このお姫様に対する敬意の欠如を感じつつも、俺は彼女にしばらくジパングに行く旨を伝えた。
「分かりましたわ。不便ですものね、その身体ですと……カズくん?」
マリアはクスリと悪戯っぽく笑うと、食堂へと消えて言った。
みんなが俺を"カズくん"呼ばわりするのにはもう慣れたもんだ。さて、準備をするか。
*
「それで魔王様、何でジパングまで行くんですか? また車ですか?」
「違うわよ。前回は近かったから車にしたけども……今回は移動魔法で行くわよ。持って行く荷物も無いしね」
魔王城のガレージで待機するスーツ姿の魔王様と落ち合い、今日の段取りを確認する。
前回は式典用に荷物があったが、今回は何もない。
移動魔法はレヴィアさんと共に何回か体験したが、移動魔法を使わない側、つまり俺が移動中に離れてしまうと、大変な事になるらしい。どおりで手の繋ぎ方が、恋人繋ぎだったわけだ。
その時の事を思い出し自分の手を見ていると、魔王様がニヤニヤとしながらからかって来た。
「はい、じゃあ手を……カズくんは抱っこの方がいいかしら?」
「なぁ……!?」
「そっちの方がはぐれる心配もないしね。はい、おいで〜」
俺は「ブンブン」と音が出るような勢いて首を横に振るが、魔王様お構い無しに俺を拾い上げ……
「はい、ぎゅ〜」
抱きしめた。
スーツの上からでも分かるその膨らみに、遠慮なしに俺は押し付けられる。ほのかな香水の香りが、彼女をさらに魅力的な女性だと認識させる。
下手に動く訳にもいかずジッとしていると、魔王様の心音がドクンドクンと脈打っているのが聞こえた。
何故かは分からないが、その音はとても心地よく、俺の心を安らかにしてくれた。
「ちょっとの間、我慢してね〜」
「ん〜〜〜っ!」
そう言ってはいるが、何も見えない。上手く口が動かせず、ぐぐもった声しか出せなかった。
軽い浮遊感の後、魔王様が「着いたわよ」と俺を優しく地面に下ろしてくれた。
辺りを見渡すと、マリアの城のある街や、魔王城とは違い……
なんと高層ビルが立ち並び、車が走っていた。
ビルは高くそびえ立ち圧迫感があった、横断歩道の向こうからは、4人組のOLさんらしき人が「今日のランチどうする〜?」という声まで聞こえる。
「随分現代的なんですね」
「このエリアだけね。向こうの方はもう少し落ち着いているわ」
魔王様は歩きながら、ジパングが重要拠点である事。
神様が多額の資金を投入し、街の発展に貢献した事などを教えてくれた。やるな、ギャル神様。
「昔は金の都ジパングなんて呼ばれていたのだけれども、今じゃすっかり金の都よ」
「そうなんですか?」
「えぇ、世界中から多くの人がこの街を訪れるわ。商人、遊び人、賢者でさえも。知識は多様に得られるからね」
魔王様は1つのビルを指差し、あそこが「異世界グラム」の本社だと教えてくれた。
ここにあったのか。
少し歩きビジネス街を抜けると、辺りは一変し、木造建築の家屋やお店。それに少し離れた所には大きめのお屋敷が見える。
俺が辺りをきょろきょろと見渡していると、魔王様は俺の手をとり「よそ見をしてると、はぐれちゃうわよ〜」と子供扱いをしてきた。
確かに、始めての街、知らない場所ではぐれるわけにはいかないので、素直に魔王様の手を握り返す。
「はんなり姫にアポを取ってあるわ」
「はんなり姫?」
「このジパングのお姫様よ。一代であのビジネス街を形成したのよ」
(相当やり手の人のようだ。一体どんな人なのだろうか?)
目的地はお屋敷のようであり、近付くにつれ、その全貌の大きさが見える。
大きな庭園や枯山水などもあり、こちらで言う所の和風建築という表現がしっくりくる。
背丈より大きな扉を潜り、中に入ると和服を着た女性が話しかけてきた。
「よくお越しくださいました、魔王様」
「ありがとう。はんなり姫は居るかしら?」
「奥でお待ちです、どうぞ」
いくつかの襖をぬけ、長い廊下を歩く。廊下からは日本庭園が一望でき、池からは大きな鯉が跳ねるのが見えた。
窓ガラスも古いガラスのようで、斜めから見るとゆがみが見える。1枚1枚が違うゆがみ方をしており、かなり昔に作られたようだ。
桜の襖の前で、止まりその扉を開く。ついにはんなり姫とご対面だ。無礼のないようにしないと……
「ほんに、このややこはめんこいの〜」
長い黒髪の少女が視界に入ったと思ったら、一瞬にして、消え後ろからこそばゆい感覚を感じる。
後ろから、抱きしめられているようだ。
「あ、あの……」
「魔王はんから送られて来た写真を一目見た時から、うちはそなたの事が気にいってしもうたんや〜」
「は、はぁ」
「ほな、名前はなんと言いはるんやろか〜?」
魔王様が俺の代わりに「カズくんよ」とクスクスと笑いながら答えた。
「ほんに、かあいらしいの〜!」
「あの、そろそろ離れて頂けませんか?」
「あ……きずつないっことを。うちは子供がえろう好きでな。せやから、こやって可愛い子を見ると忙しなくなってまうんや〜」
「ほんま、かんにんな〜」と謝る少女の姿を改めて見る。
着物の似合う彼女は、艶やかに輝く黒のストレートヘアーに、白い肌、そして砂糖菓子のような可愛らしい顔立ちをしていた。
頭の上にちょこんと付けたかんざしがよう、つってはりますな〜。
※似合っている。
「うちは、小春いいはります。どうぞ、よしなに〜」
「あ、えとカズキです。魔王様の部下をしています」
「それでこはるん、早速なんだけど彼の身体を、元の大きさに戻せないかしら?」
”こはるん”の部分に違和感を覚えるが、きっとビジネス系の仕事で仲良くなったのだろう。多分そうだ。
「ん〜? 別にえぇんとちゃいます〜、うちはこのままの方が好きどす〜」
「仕事に支障が出るのよ。ねぇ、何とかならない」
「せやったら……交換条件がありますえ〜」
「何かしら?」
「半月くらい前から、ヤマタノオロチが復活しとってな。小さな子供が家に帰って来なくなっとるんよ……」
「……あのオロチね」
「せや、何とかならんやろか〜」
セーブしはります〜? ▼
▶︎しはる
しない
▷しはる
しない
セーブがかんりょうしたどすえ〜 ▼
「うちの紹介はまだやろか〜?」
それは次回!
「作者はんは、ほんに京都弁が好きやさかい。うちも困ってしまいやす」
ちなみにこはるんが、ヤマタノオロチというオチはないです。