第118話『漆黒の稲妻』
「ぎゃぁぁああああああああああっ!!」
やあ、いつも落ち着いているカズキだ。突然だが、大声を出してしまったよ。
だって、しょうがないだろう。休日のお昼に自室でくつろいでいたらさ、出たんだよ。ほら、あれ。
ゴキブリ。
現在お風呂場に避難して、作戦を立てている所だ。この前拾った黒猫の「テイン」を抱えて逃げたのは、我ながらナイス判断だったと思う。
テインは中々優秀にゃんこなのだが、流石に見た事もない黒いやつには、びっくりしていた。
どのくらいびっくりしていたかと言うと、今まで見た事がない横っ飛びの曲芸大ジャンプを披露するくらいびっくりしていた。かくいう俺も、飲んでいたコーヒーを鼻から吹き出すくらいにはびっくりした。
俺は何を隠そう、奴が大っ嫌いなのである。もう叫んで、逃げ回るくらい大っ嫌いなのだ。
せめてスマホくらい持ってくれば助けを呼べたものの、テーブルの上に忘れてきてしまった。
とにかく、いつまでもお風呂に閉じこもっているわけにはいかない。
部屋から出て、魔王様、もしくはリリィさん辺りを探せば、一瞬で消滅させてくれることだろう。
レヴィアさんはきっと、俺と同じように、逃げ回りそうだ。お淑やかで可憐な人だからな。
俺は膝に抱きかかえているテインの頭を撫でる。
「なー、テイン、どうしたらいいと思う?」
返事は返ってこない。テインは眠いのだろうか、両目をパチパチとさせながら、俺を見つめていた。可愛い。
俺は桶に水を入れて、テインに差し出した。魔王城の水は、全てレヴィアさんが生成したものであり、水質がいいため、こうやって飲む事も出来る。
テインは何故かは分からないが、お風呂場が好きらしい。よく桶に水を入れておくと、それを美味しそうに舐めていた。
猫の気持ちは分からん。
「カズキさーん、お部屋のお掃除に来ましたよー」
遠くの方でリリィさんの声と共に扉を開く音が聞こえた。助かった。俺は大声で奴が室内にいる事を知らせる。
「リリィさん! 奴が、奴が出ました!」
「はい? 奴? 奴ってなんでしょう?」
「ほら、黒くてカサカサする––––」
「やぁああああんっ!」
リリィはにげだした! ▼
言い終わるか、言い終わらないうちにリリィさんは可愛らしい叫び声と共に、どこかへ行ってしまった。と、同時に扉が閉まる音も聞こえた。それそこ『て』の辺りから叫び声を上げて、『る』を言い終わる頃には、扉がバーン! と大きな音を立てて閉まるくらいには、慌てていた。
要するに、リリィさんに助けを求める事は無理だ。
そういえば、以前小春ちゃんが顔色ひとつ変えずに奴を叩き潰している光景を思い出した。
確か、マリアの部屋を掃除しに行った時だった気がする。
それはそれは、いつもの表情、それこそいつもの人懐っこい笑顔でパシーン! と気持ちのいい音を奏でながら叩き潰す様は、一種の爽快感さえある。まさに小春様だ。
だが、小春様は居ない。まーたどこかに出張中だそうだ。
となると、頼りになりそうなのは魔王様のみとなる。
だが、連絡を取る手段も無い。
やるか、もう自分で。
いつまでも逃げていても、勝ち目は無い。それにどうせまた戦う事になる。人類とゴキブリの争いは別に今に始まった話じゃない。
ここで逃げたとしても、それはまた別のゴキブリとの戦いの始まりなわけで––––とするならば。
俺は膝の上で喉を鳴らしているテインに声をかける。
「俺は行く、お前はどうする?」
テインは無言で、こちらを見つめている。だが、俺には分かる。こいつはヤル気だ。
よし、ここはひとつ共同作業って事で、1人と1匹で奴を倒そう!
俺は決意を固め、テインを膝から下ろし、立ち上がる。
まずはiBouを手に入れる。アレさえあれば、俺は無敵だ。確かiBouはクローゼットにしまってあるホルスターから、ぶら下げていたはずだ。
お風呂場から出たら、まずはクローゼットを目指す。その後、敵を捕捉し、叩く。これだ。
俺はテインの方をチラリと見る。なんと優雅に顔を洗っているではないか。
なるほど、戦闘前には身を清め、心を清めるというわけだな。こやつ、猫にしては中々の武士である。
俺も精神を統一し、ドアに手をかける。
「行くぞぉっ!!」
気合いの入った掛け声と共に、扉を開いた。その後、俺は脇目もふらず一目散にクローゼット目掛けて走り出す。
––––あと、3歩、2歩、1歩、届いた! 俺は手早くクローゼットを開き、iBouを取り出した。勝てる!
しかし、その刹那、奴は降ってきた。まるで重力を物もとせずに、その時を狙っていたかのように、絶好の機会を待っていたかのように、天井から俺に襲いかかってきた。
「ぎゃぁああああああああああ!!」
素早くiBouを起動し、振り下ろす。しかし、iBouはピーという電子音と共に、ディスプレイにバッテリー切れとの文字を情け容赦なく表示した。
これじゃあただのヒノキのぼうではないか。
俺は一旦距離を取り、体制を立て直す。奴はこちらの事をまるで気にも止めずに、我が物顔で室内を徘徊してやがる。なんて奴だ。
俺に勝ち目はあるのか、いや、俺が勝つ必要は無い。"俺たち"で勝てばいいのだ。
そう、俺は1人じゃない。テインがついている!
「テイン! あれっ? テインさーん?」
なんとテインは、ご飯のカリカリを美味しそうに食べていた。なるほど、「腹が減っては戦はできぬ」というやつだな。昔の人の言うことは経験則から来るもので、それは概ね正しい。
だが敵の前でも愚直にそれを実行するとはテインのやつ、肝が座ってやがるぜ。
しかし、敵は待ってくれない。在ろう事か、奴は高速スピードで部屋を駆け回り、こちらに対して錯乱攻撃を仕掛けてきた。
速い、速すぎる! 目で追うのがやっとだ。これでは攻撃をするどころか、回避さえままならない。このスピード、俺が今まで見たどのゴキブリより速い! そのスピードは稲妻の如く速さであり、名付けるなら『漆黒の稲妻』だ。俺は、こんな奴に勝てるのか……。
いや、弱気になるな。自分を信じろ。感じるのだ、奴の動きを。動きを先読みして、叩く。
集中しろ、右か…………左か、後ろか、それとも正面、いや…………
「上だあぁぁぁぁぁぁああ!!」
素早く奴をiBouで弾き飛ばし、2撃目を入れる。いや、終わらせる。
「エターナル・フォース・アポカリプス Я!」
108発の連撃を一瞬にして撃ち込み、奴は跡形もなく消え、灰となった。
「か、勝った…………俺は、勝ったんだ」
思わずガッツポーズをしてしまった。テインもこちらに駆け寄って来たため、抱っこして頭を撫でる。
切羽詰まった状況だったからか、普段以上の力を発揮した気もしたが、何はともあれ、こうして奴との戦闘は終わった。
––––と、思っていた。
突然、天井から、先程より大きな奴が、ぽとりと床に落ちて来た。
「ぎゃぁああああああああああ!!」
「ちょっと、さっきから何なのよ、何回も悲鳴をあげて、外まで聞こえてるわよ」
まおうが あらわれた! ▼
突然現れた魔王様に対し、俺は無言で奴を指差した。魔王様は「もう、何なのよ」とため息をつきながら振り返った。数秒後、
「いやぁあああああ!」
まおうは しょうしつまほうを となえた! ▼
*
「魔王様、俺の部屋無いんですけど」
「悪かったと思ってるわ」
魔王様はゴキブリを目視した後、俺の部屋ごとゴキブリを消失させた。やり過ぎである。
だが、さすがは魔王様とでも言うべきだろうか、全て元どおりに復元してくださった。
こうして、俺とテインと、奴らとの戦闘は幕を閉じた。
––––はずだった。
そう、"全て"元どおりになったのだ。
その後、奴も復元したのを知ったのは、夜になってからであった。
「ぎゃぁああああああああああ!!」
こういうのを、「最初に戻る」とでもいうのだろうか––––
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