第116話『三つ編みハーベット』
「ただいま、戻りましたー」
帰還の報告をしながらオフィスの扉を開くと、魔王様がレヴィアさんを椅子に座らせ後ろから何かをしていた。
何をしているのか気になり、近付いてみると、魔王様がレヴィアさんの髪の毛を三つ編みに編んでいた。
レヴィアさんは俺の方に顔を向けようとするが、魔王様に「動かないで」と言われてしまったため、残念そうに肩を落とした。
「魔王様、何やってるんですか?」
「三つ編みよ」
「いや、見れば分かりますけど……」
「急に三つ編みがしたくなったのだけれど、わたしは長さが足りないから」
確かに魔王様の髪で三つ編みをするより、レヴィアさんの長い髪でする方がやりごたえはあるのだろう。
なぜ、三つ編みがしたいかなんて聞くまい。女心は分からんものだ。
俺は適当に、コーヒーカップを取り出し、先程レヴィアさんが淹れてくれたのであろうコーヒーを、コーヒーメーカーから注いだ。
少しぬるいが、別に構わない。コーヒーはアイスでも、ホットでも、中間でも美味いものだ。
現在オフィスには、俺と魔王様、レヴィアさんしかおらず、なんだか、ふわぁ〜んとした空間になっていた。
マリアは寝ているとして、小春ちゃんは、今しがた車で空港まで送って来た所だ。
俺も丁度空港に仕事で用があったため、ついでというわけだ。
俺が椅子に腰掛けると、レヴィアさんがあまり口を動かさないようにしながら、声をかけてきた。
「れいほうこにハーベットがありまふので、ほかったら、ほうぞ♪」
「…………いただきますね」
魔王様の「動かないで」を忠実に守っているのだろう。なんともレヴィアさんらしい。「ハーベッド」とはおそらく「シャーベット」の事だろう。
俺はコーヒーをもう一口飲んでから、冷蔵庫のある場所へ向かう。
冷蔵庫には魔王様が貼ったのか、「アイスは一日一個まで!」という謎の張り紙が貼ってあった。
どうせ、まーた食べ過ぎてその分体重が増えたのだろう。要するにこの張り紙は自分のためだ。
俺は苦笑しながら、冷蔵庫を開きシャーベットを探すが、見当たらない。
おかしいなと思い、レヴィアさんの方を見ると指を下に向けていた。
なるほど、冷蔵庫ではなくて冷凍庫という事だろう。そりゃそうだ、探しているものがシャーベットなのだから、入っている場所は冷凍庫に決まっている。
勘違いしてしまった理由はおそらく、レヴィアさんの「れいほうこ」のせいだろう。
俺はれいほうこを開き、お目当てのシャーベットを探した。
目的の物はすぐに見つかり、俺は緑色のシャーベットを取り出し、スプーンを片手にデスクまで戻ってきた。
色、香りから察するにこれは……
「メホンハーベッドです♪」
だそうだ。
おそらく「メロンシャーベット」だと思うが、レヴィアさんが「メホンハーベッド」と言うのだから、これは「メホンハーベッド」なのだろう。
俺はスプーンですくい、メホンハーベッドなるものを食べてみた。
「美味い」
「良かったです♪」
ちゃんとした返事が返ってきた所を見ると、魔王様のレヴィアさん三つ編み作戦は無事終了したらしい。
その証拠に、レヴィアさんは出来たばかりの三つ編みを手で持ち、フルフリとしていた。
シンプルな三つ編みなのだが、そのおかげでレヴィアさんの綺麗な顔立ちがとても目立つ。要するに可愛い。
しかし魔王様はすぐにそれを解いてしまった。
「次はハーフアップをやるわ」
「えっ、まだやるんですか!?」
「動かないで」
「分かりまふた……」
またまたレヴィアさんのお口が、あまり動かなくなってしまった。
しかし不満な顔など一切せずに、俺の方に「大丈夫でーす♪」の笑顔を向けてくださる。健気なお方だ。可愛い。
俺は特にやる仕事もないので、その光景を眺めながら魔王様に声をかける。
「魔王様も髪を伸ばしたらいいじゃないですか」
「そうね、でも長いと面倒なのよ」
「そういえば魔王様は、昔髪の毛長かったんですよね」
確か昔見せてもらった写真では、魔王様は腰まであるフワフワのロングヘアーだった記憶がある。
魔王様はレヴィアさんの髪をいじりながら短く「そうよ」と答えた。
「また長くしたらいいじゃないですか」
「やけに伸ばすのを勧めてくるわね」
「似合うと思うので」
「そっ、そう?」
「はい」
魔王様は手を止めて、俯いてしまった。そしてしきりに手ぐしで髪を撫で始めた。少し頬が赤い気もする。
「魔王様、どうしたんですか?」
「なっ、なんでもないわ」
魔王様はあたふたと再びレヴィアさんの髪をイジり始めた。そもそも……
「なんで短くしたんですか?」
「えっ、あぁ、えーと、最初は気分転換だったんだけれども、楽だったから」
「そんなに楽なんですか?」
「まぁ、長いと洗うのも大変だし、乾かすのも大変だし、気を抜くとすぐに枝毛が出来ちゃうわ」
レヴィアさんもそれを聞いて頷こうとしたが、魔王様に「動かないで」と言われたのを思い出したのか、目で「そうなんですっ」と俺に視線でうったえてきた。
魔王様が「それに……」と話を続ける。
「なんだかんだで、魔王やってると時間もないしね」
「なら、時間があればまた長くするんですか?」
「そうね、カズキくんが魔王になったら長くしてあげるわ」
魔王様はそう言って悪戯っぽく微笑んだ。魔王様のロングヘアーを見るには、それなりの長い時が必要なようだ。
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