第112話『十六夜デコピン』
「THE アポカリプス Я」
宵闇の魔王が目にも止まらぬ速さで、懐に『iBou』を突き刺しにきた。
素早く、弾き、体制を整えようとするが、宵闇の魔王はもう次の斬撃を振り下ろしていた。防げない。
カズキに 99999 のダメージ! ▼
痛みは無いものの、衝撃を受けて「ぐっ」という呻き声が肺から出た。
流石はラストボスというだけの事はあり、今の一撃で俺のHPは半分以上吹き飛んでいた。
間髪入れずに放たれる宵闇の魔王の一撃をタイミングよく弾きながら、俺は堪える事に徹する。
宵闇の魔王の動きは、通常時はゆったりとしているが、攻撃を加える一瞬だけ、物凄いスピードで懐に飛び込んでくる。
スキを突いて反撃してみたが、華麗なターンで全てかわされてしまった。
いうならば、宵闇の魔王は接近戦特化の戦闘スタイルと言えるだろう。
その圧倒的な攻撃力、スピード、回避力をベースとした、超ハイスピード戦闘で圧倒してくる。
それに時間停止能力もあるのだから、殆どのプレイヤーは返り討ちに合うことだろう。ラスボスとしては、申し分ない存在だ。
しかし、俺は幸運にもその時間停止能力を妨害できており、もう少しで時は再び動きだす。
予想通り、アンリミ発動のサインであるブラックアウトは解けて、戦闘エリアは最初と同じ状態へと戻った。
マリアは俺の減ったHPを見ると、一瞬で事態を把握したようだ。
「助かりましたわ」
「後は何とかしてくれ、俺はもう無理だ」
マリアは「了解ですわ!」と言い放ちながら、姿を消す。見慣れた光景だ。最初は瞬間移動でもしているのかと、勘ぐったが、実際は速すぎて見えないだけだ。
数秒後、宵闇の魔王の脳天にハンマーが振り下ろされる。
攻撃はヒットし、宵闇の魔王はその衝撃で地面に倒れた。
よいやみのまおうを たおした! ▼
俺はマリアに駆け寄りながら、声をかける。
「すごいな、ラスボスも一撃じゃないか」
「まだですわ」
「何でだ、宵闇の魔王は倒したじゃないか」
「ラスボスは2連戦するのが、お決まりですのよ」
「そんなバカなこと……」
マリアの冗談かと思ったが、どうやら本当らしい。
その証拠に、倒れた宵闇の魔王の傍らには、先程まで誰も居なかったのにも関わらず、見覚えのある女性が寄り添っていた。
「こら、黒いの起きなさい」
「………………我はやられたのだ。美しく散る。これもまた––––」
「いいから起きなさい、戦闘の邪魔よ」
宵闇の魔王は何事も無かったかのように「ムクリ」と起き上がると、戦闘前に座っていた黒い椅子に腰掛けた。
そして、先程の女性はヒール音を鳴らせながら、こちらに歩みよってきた。
「やるわね、冒険者。でもここまでよ、ここからは、わたし…………十六夜の魔王が––––」
「魔王様! 何やってるんですか!」
「ちょっと、セリフは最後まで言わせなさいよ!」
反応まで魔王様そっくりである。やたらと、露出の多い甲冑を装備した魔王様が、空色の瞳でこちらを見据えていた。
しかし間違いなく偽物というか、ゲーム内の作り物だろう。何故なら…………。
「魔王様、ちょっとお腹の辺りスッキリしてますよね」
「元からこんなものよ」
「それにお尻も少し小さくなってますよね」
「元からこんなものよ」
「セリフ、いつもはカンペないと覚えられない癖に、今日はスラスラでしたね」
「なっ、なっ………………」
魔王様はワナワナと肩と大きな胸を震わせる。その光景を見ながらマリアは俺に話しかけてきた。
「それ、ヤバいですわよ」
「何がヤバいんだ?」
「魔王様は怒らせると、戦闘力が格段に上がり––––」
マリアは途中で口をつぐみ「ハッ」とした表示をする。それもそのはずで魔王様はマリアの眼前に立っていた。一瞬で距離を詰めてきたも思われるが、あまりにも速すぎる。
マリアも素早くハンマーを取るが、それよりも早く魔王様がマリアの額を弾く。
マリアに99999999999999のダメージ! ▼
マリアは しんでしまった! ▼
「ばかな!?」
宵闇の魔王も打ち勝ったマリアは、一瞬でやられてしまった。それもただのデコピンで。
魔王様は俺の元にゆっくりと歩みよると、額に指を伸ばす。
無理だ…………勝てない。諦めて、俺は目を閉じて、ゲームオーバーの瞬間を待つ。
しかし、額は弾かれずに、コツンと指の腹を当てられただけであった。
わけが分からなく目を開くと、ニコニコと笑う魔王様が、再び俺の額に指を伸ばしていた。
「また、いつでもいらっしゃいっ、まぁ、無駄だけどねっ」
カズキに 9999999999999のダメージ! ▼
カズキはしんでしまった! ▼
GAME OVER
*
「ムカつく!! なんだ、あれ!!」
歯医者さんにあるような椅子からガバッと起き上がり、大声を上げる。
そしてヘルメットを外すし、辺りを見渡すとマリアが居ない。どうやら、先に帰ったようだ。
分からなくもない。あんな理不尽な負け方をすれば、悔しくもなるだろう。
そしてマリアの代わりに、先程デコピンを食らわせた張本人がニコニコと微笑んでいた。
「どうだったかしら? ま〜ちゃん強かった?」
「強いなんてもんじゃないですよ! なんですか、アレ!」
「わたしには絶対に勝てないわよ」
「それじゃあ、クリア出来ないじゃないですか!」
「ま〜ちゃんが最強じゃなきゃ、嫌だもんっ」
「ダメだこりゃ!」
*
その後、俺とマリアの猛反対でラスボスは宵闇の魔王だけとなり、最強のま〜ちゃんの実装は見送られた。
数ヶ月後、ゲームはプレイ可能な状態となり大ヒットを記録した。
しかし、何者かがこっそりと魔王様のデータを入れたようであり、特定の条件下で宵闇の魔王を倒すと、ま〜ちゃんが降臨し、冒険者を滅殺する。
その人物に心当たりが無いわけでもないが、開発スタッフが、秘密のデータをこっそりと入れておく事は、昔からある事なので黙っておく事にしよう。
それにこの特定の条件下というのは、おそらく俺しか知らない情報だ。
なぜならその条件とは、プレイヤー名を『カズキ』にする事だからだ。
セーブしますか? ▼
▶︎はい
いいえ
▷はい
いいえ
セーブがかんりょうしました! ▼