第110話『ユニコーンβ』
「カズキくん」
オフィスに入るなり、魔王様に呼ばれてしまった。現在魔王城オフィスに出社してきたところだ。
俺は面倒臭そうに魔王様に用件を伺う。いやーな予感しかしない。
「……なんですか、魔王様」
「ゲーム好きよね」
「基本発売日にクリアしてから、本編が始まる感じですね」
「そう、なら安心ね」
「何がですか?」
「ゲームを作ったから、プレイしてみてちょうだい」
「いいですよ、今日中にクリアしてあげますよ」
魔王様はその言葉を聞くと、ニコニコと微笑み、「それと」と話を続ける。どうやら、こっちが本題のようだ。
「新しいダンジョンが出来たわ」
「嫌ですよ」
「まだ何も言っていないじゃない!」
「どうせ、『新しいダンジョンが出来たから、カズキくん、挑戦してらっしゃい』とか、言うおつもりでしょ?」
「すごいわ、一字一句間違わずに正解よ」
俺は「やれやれ」と首を振る。ちょっと遊んでくれば? 感覚でダンジョンに挑ませるのは、勘弁して欲しいものだ。嫌な予感は概ね正解のようであった。
しかし、魔王様の次の一言で意見を変えざるを得ない状況になった。
「それじゃあ、マリア1人で行ってもらうわ」
「まっ、魔王様? マリアがダンジョンに行くんですか?」
「だって、あなたは行かないんでしょ?」
マリア1人でダンジョンに行くだと? 何を考えているんだ、あいつは…………。
「俺も行きます」
*
準備を整えてから、魔王様に指定された場所へと向かう。
指定されは場所、というか部屋は魔王城の一室であり、なんか違和感がある。
その部屋からワープでもして、ダンジョンに行くのだろか。
とにかく、マリアに戦闘力は無い。どうして彼女がダンジョンに行くかは不明だが、あんなジャージ姫に戦闘は無理だ。俺がやるしかない。
「ここか」
やたらと近未来的な扉の前で足を止める。すると、扉は自動で「プシュー」と音を立ててながら開いた。
中はやたらと電子機器が溢れており、それと、歯医者さんにあるような椅子が、2台ほど置かれていた。
そして片方の椅子にはマリアが腰掛けていた。
「なんなんだ、ここは」
「あら、聞いてませんの?」
「新しいダンジョンとだけ」
「まぁ、あながち間違ってはいませんわね」
もう一度辺りを見回してみる。椅子からは複数のケーブルが伸びており、電子機器の一種だということだけは分かった。
辺りをキョロキョロと見渡し、さらに情報を得ようとしていると、マリアにヘルメットの様な物を投げて寄越された。
「なんだ、これは? 安全用のヘルメットにしては、やたらとハイテクだな」
「それを被って椅子に横になってくださいな」
「はいはい」
もうわけが分からないため、とりあえずマリアに従う事にした。
ヘルメットを被ると、目の部分にモニターが表示される仕組みになっており、そこには「game start?」と表示されていた。
「なぁ、なんなんだこれは……」
「今に分かりますわ」
VRゲームのようなものなのだろうか?
俺も以前やった事があるが、アレの立体感や臨場感は素晴らしいものであった。
もしかしたら、これもそれに似たものなのかも知れない。
ぼんやりとそんな事を考えていると、再びマリアに話しかけられた。
「あっ、名前を入力してくださいな」
「名前?」
「同じ名前は使えませんので、よく考えてくださいな。製品版でもその名前になりますわよ」
「別に『カズキ』でいいよ」
「では、手元のコントローラーで入力してくださいな」
マリアに言われ、手元をまさぐるとそれらしい物を発見した。
言われた通りに画面にユーザー名として『カズキ』と入力する。案の定使われていない名前であり、あっさりとユーザー名は決まった。そりゃ、そうだ。俺とマリアが初プレイみたいな物だ。
魔王様が先程言っていた、新しいゲームとはコレの事なのだろう。
「なーにが、新しいダンションだよ…………」
俺のツッコミとも、嘆息とも、取れる声は意識の向こうに消え、辺りが一瞬真っ白になる。
その電子的な眩さに思わず目を閉じてしまった。
数秒後、人の話し声、車輪の回る音、鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえてきた。
恐る、恐る目を開くと、辺りには赤いレンガの街並みが広がっていた。
「…………最近のゲームはリアルだなぁ」
「すごいですわよねー」
マリアの声が聞こえ、そちらを振り向くと先程まで隣に座っていたはずの彼女は、やたらとピカピカとした白い甲冑を身にまとい、俺を見上げていた。
「…………マリアさん、その甲冑はなんですか?」
「これは、ホワイトユニコーンの鎧ですわ。耐久性に優れ、魔法攻撃にもある程度耐性がありますのよ」
俺は目をパチクリさせる。そして、頭を触ってみるが、ヘルメットがない。
マリアは俺の行動を見ると「クスクス」と笑い始めた。
「ズッキー、ここはいわゆる…………ゲームの中ですわ」
「はぁ?」
「このゲームはゲーム内の電子空間にプレイヤー自ら、ダイブ…………えっと、入りこんでプレイしますの」
「………………って事は、ここは」
「新作のゲームの中ですわね」
「新しいダンジョンって」
「このゲームのモニタープレイって事ですわね」
俺は「はぁ……」と肺から全ての空気を押し出すような、長い溜息をついた。
リアルダンジョンの次は、バーチャルダンジョンである。
でも、考えようによってはいいかもしれない。俺は結構ゲーム好きだし。
「どうすれば、クリア出来るんだ?」
「今回はβ版ですので––––」
マリアは何かを言いかけるが、ハッと顔をしかめ、空中で指をなぞる。
するとメニュー画面のようなものが、現れた。
「…………ダンジョン構成が、製品版と同じ100階層になっていますわ」
「分かりやすく頼む」
「ボスを100回倒す必要がありますわ」
「やめようぜ」
「それはなんか、負けた気がしませんこと?」
仮にリタイアをしたとしよう。魔王様はなんて言うだろうか…………「今日中にクリアするんじゃなかったのかしら〜?」と、ニヤニヤとした顔で言われるに違いない。なんか、腹が立ってきた!
「やるぞ、マリア」
「そう来ると思いましたわ! まずはズッキーの武器を買いましょう」
「そういうマリアはいい装備だな」
マリアは先程も述べたが、白いオシャレな甲冑に、大きな小槌を背負っていた。いかにも強そうである。
反対に俺は黒いジャージだ。
「その甲冑と、ハンマーみたいなのはどうしたんだ?」
「わたくしはβ版もプレイしていましたので、その時の装備ですわね」
なるほど、マリアは予めプレイしていた為、始めたばかりの俺よりも強力な装備を持っているというわけか。
マリアはある露店を指差し、そこに2人で向かう。
露店に立っていたのは、緑色のモンスターであった。
「ヨッホイ?」
「おめぇ、ヨッホイを知ってるのか」
「いや、お前がヨッホイだろ」
「ちげぇよ、俺は弟のアッホイだ」
目頭を押さえながら、今日何度目かの溜息をつく。
マリアは俺を小突き「ただのMPCですわよ」と、囁いた。
武器のお金はマリアが支払ってくれるとの事で、俺は使い慣れた武器を注文することにした。
「iBouをくれ」
「そんな、高価な武器がこの始まりの街にあるわけないだろ」
iBouは高価な武器だったのか。俺は「それなら」と、別の武器を買うことにした。
「ヒノキの棒をくれ、2つだ」
「おっ、お前さんヒノキボウラーか?」
「まぁな」
「いいセンスだ、おまけでカラーリングもしてやるよ」
「なら、黒にしてくれ」
俺はアッホイを名乗る緑色のモンスターから、黒色に塗装されたヒノキの棒を受け取った。
相変わらず、ヒノキのいい匂いがする。ヒノキの棒を両手に持ち、ブンブンと振り回してみた。感覚的には、普通にヒノキの棒を振るっている感じである。これならば、いつもと変わらない感じで戦えそうだ。
緑色のモンスターと別れ、マリアに続きダンジョンへと潜入する。
さぁ、ゲームスタートだ。
セーブしますか? ▼
▶︎はい
いいえ
▷はい
いいえ
セーブがかんりょうしました! ▼