第109話『健康ランデブー』
「高カロリーな物ほど、美味しいのよね〜」
魔王様が、何かの雑誌を読みながら物思いに呟いた。現在魔王城オフィスにて、休憩中である。
確かに、ケーキや油ものは太りやすいと聞いた事がある。
そして魔王様がカロリーを気にしている理由も明白だ。明日は、健康診断なのだ。
*
「ほら、カズキくん、急いで」
俺は「はいはい」と返事を返しながら、魔王様に続いて歩く。
本当は朝から健康診断の予定だったのだが、急な仕事が入ってしまったため、俺と魔王様はその処理にあたっていた。おかげで大遅刻である。
健康診断は神様率いる教会の主導で、ここ、魔王城内で行われている。会社にとっては、社員全員参加の一大イベントと言ってもいい。
受付に行くと、何故かレヴィアさんが出迎えてくれた。
「あっ、カズキさんっ、魔王様、こっちでーす♪」
「レヴィアさん? 何やっているんですか?」
「ちょっと人手が足りないので、お手伝いを……」
なんともレヴィアさんらしい理由であった。そんな困っている人を見過ごせないレヴィアさんから、用紙を受け取り記入する。いわゆる『自覚症状のチェック』だ。
記入が終わったら、それを提示して、魔王城健康診断巡りの旅が始まる。
まずは、視力検査だ。
可愛らしく手を振るレヴィアさんと別れ、視力検査の会場に到着したが、誰もいない。
「魔王様、誰も居ませんよ」
「まぁ、遅刻しちゃったものね」
「どうしますか?」
「視力検査程度なら、自分達で出来るでしょ」
魔王様はそう言うと、スタスタと視力検査ボードに近付き、細長い棒でそのボードを指差した。
「この文字は読める? あ、右目を隠してね」
俺は右目を隠しながら、魔王様の差した文字を読み上がる。
「ま」
「じゃあこれは?」
「お」
「コレは?」
「う」
「コレと、コレ」
「さ、ま」
「中々いいわね、それじゃあ反対を隠して、コレは?」
「だ」
「コレは見えないでしょ?」
「い」
「ならコレは?」
「す?」
「コレ」
「………………分かりません」
魔王様は少し残念そうな顔をすると、俺の用紙に視力と思われる数値を記入した。
次は俺がボードを差す番だ。魔王様は文字を差したが、俺は『C』のどこが空いているかを適当に差した。魔王様の結果は2.0であった。
「まぁ、このくらいなら分かるわ」
「もっと見えたりするんですか?」
「見える限りは見えるわ」
この言い方だと、地平線とかも見えたりするのだろうか。
その後、胸部X線やら、血圧の検査を行った。
教会の職員の方は中々の美人揃いであり、これは悪い所もすぐに治りそうだ…………なんて考えていたら、魔王様にその考えを読まれたのか、急に耳を引っ張られた。俺は文句を言いながら、魔王様と共に次の会場へと向かう。
次は、血液検査である。注射? 嫌いだよ。
*
「はーい、チクっとするよ〜!」
ドラゴンが注射器を片手に、血を抜いていた。
その隣では、竜王さんも同様に注射器で血を抜いている。
竜王さんとドラゴンは何故かナース服を着用しており、特に竜王さんはとても可愛い。長いツインテールのナースさんなんて、コスプレみたいだ。
おそらくこのナース服は、竜王さんの手作りとかなのだろう。
ここで大事なのは、初心者は可愛い竜王さんの方に、注射して貰いたいだろうが、それは甘い。ここはドラゴンが正解なのだ。
ドラゴンはあぁ見えて、器用であり、なんでもそつなくこなす。間違いなくそんなに痛くない。反対に竜王さんは申し訳ないが、危険な香りがプンプンする。
竜王さんの方が先に空いたので、俺は魔王様に「お先にどうぞ」と促したのだが…………。
「嫌よ『胸の脂肪も吸い出してやろう』とか言うわよ、絶対」
断られてしまった。「軽くなりますよ」なんて、絶対言わないぞ俺は。流石にデリカシーが無さすぎる発言だ。
「体重、軽くなるかしら……」
(自分で言ってきただと!?)
「ねぇ、カズキくんはどう思う?」
(しかも、意見を求めてきただと!?)
「大きい方が好き? それとも小さい方が好み?」
俺はその質問から逃げるため、無言で竜王さんの元へと向かった。
背後では、「あっ、待ちなさいよ!」と言う魔王様の声が聞こえたが、無視だ。
竜王さんは俺を見ると、微笑み、大きな瞳を細めた。
「やぁ、宵闇の魔王。君の血を貰えるかい?」
「違う、カズキです。早く注射してください」
「なにっ、わたしにチューして欲し––––」
「注射」
相変わらず話は通じない竜王さんだが、腕をまくって差し出すと、アルコール消毒をしてくれた。
そして注射器の針を俺の腕に近付ける。見ているのが、怖いため、目を瞑り、その瞬間に備える。
………………くるかっ? まだか………………くるぞ、くるぞ、絶対くる…………。
……………………………………あれ? 中々痛みを感じないため目を開けると、針が腕に刺さっていた。
「いつ入れたんですか?」
「今だ」
「痛くなかったです」
「痛みを感じない魔法をかけてやった」
魔法の力って凄い。採血が終わると竜王さんは、注射の跡を魔法で修復してくれた。本当に魔法の力って凄い。竜王さん大好き。
竜王さんにお礼を言ってから、最後の内科検診と、歯科検診へと向かう。あれっ、そういえば…………
「魔王様、体重とか、身長とかやってないですよね」
「そっ、そうだったかしらー」
魔王様は急に視線を逸らした。
「魔王様、ダメですよ、ちゃんとやらないと」
「"カズキくんは"やればいいじゃない」
「魔王様もですよ!」
「内科検診と、歯科検診はあっちゃんがやってくれるのよー、悪い所があったらその場で治してくれるわー」
「話を逸らさないでくださいよ!」
「ま〜ちゃん、0キロだもーん」
「浮くのダメですからね」
「あっちゃん以外じゃ、わたしが浮いてるなんて分からないわよ」
魔王様がうだうだ言っているうちに、その神様のいる魔王城医務室へとやってきた。
そこで、俺はあるものを発見した。俺にとっては別にどうでもいいが、魔王様にとっては最悪の代物だろう。
俺はそれをゆっくりと指差した。
「魔王様、体重計がありますよ」
まおうは しょうしつまほうをとな––––
「何やってるんですか、魔王様!」
「ちょっと、離しなさい! あんなもの、消してやるわ!」
俺は魔王様の指を掴みながら、ニタリと微笑む。
「魔王様、器物破損はダメですよ」
「カズキくん、すごい悪い顔をしてるわよ」
「そんな事ないですよー」
魔王様には日頃から散々色々されてきた。この辺で仕返しをしてもいいかもしれない。
俺はカーテンの向こうからこちらにやってきた、神様を見つけ、話しかけた。
「魔王様が体重を計っておりません」
神様はソレを聞くと一瞬で内容を理解したようであり、すごーい悪い笑顔で微笑んだ。
「ま〜ちゃん、先に聴診器当てますね〜」
「ちょ、ちょっと、何よ、その顔は……」
「神様、忘れ物ですよ」
俺は神様に体重計を手渡した。ソレを見た魔王様は全てを悟ったようだ。
「嫌よ、離しなさい〜! ちょっ、ちょっと! この、離しなさい!」
魔王様は神様に手を引かれながら、カーテンの奥に消えた。
カーテン越しに神様と魔王様の会話が聞こえる。
「先に計る? みたいなっ?」
「はぁ…………いいわよ、でもちょっと待って」
「いいけど…………って、脱ぐの!? 全部!?」
「少しでも軽くするためよ」
布の擦り切れる音のみが、医務室に響き渡る。……………………何も考えるな。ヨッホイの顔でも思い浮かべろ!
「うわっ、ま〜ちゃん、すっごい! おっきい〜!」
「コレの分、体重を引いて欲しいものよ」
「ソレ、何キロぐらいあるの〜?」
何キロあるかは囁き声のため、聞こえなかった。が、神様の反応で大体想像は出来た。
「うっそ、スーパーで売ってるお米くらいあるじゃん!」
「だから、常に浮かせてないと、肩が凝るのよ」
魔王様は、自身の重力魔法で常に胸を浮かせている。相当重いらしい。
そんな事を思い出して、気を紛らわしていると、突然、魔王様がカーテンから顔だけを出した。
「カズキくん、覗かないでね」
「分かってますよ」
「ちなみに、今わたしは服を着ておりません」
「そんな報告はいりません」
「カズキくんのスケベっ」
「ちょっ––––」
反論する前に魔王様は、ひょいと顔を引っ込めた。俺は絶対に覗かないぞ。仮に何かあったとしても、絶対にカーテンは開かない。
数秒後、ヒタヒタと魔王様が裸足で歩く音が聞こえてきた。
「じゃ、じゃあ乗るわよ」
「ズルして、重力魔法で浮いたら分かるからね」
「分かってるわよ!」
暫しの沈黙、そして…………
「きゃああああああ!」
魔王様の悲鳴があがった。俺は立ち上がり、急いで、カーテンを開いた。
「魔王様!? どうしたんですか!?」
カーテンの奥を確認すると、手で隠してはいるが、溢れんばかりに盛られた大きなバストが、視界に飛び込んできた。
魔王様は「きゃっ」と短く悲鳴を上げると、すぐに後ろを向き、しゃがみこむ。
「ちょ、ちょっと、カズキくん! どうして入ってくるのよ!!」
「い、いや、だって悲鳴がっ」
「それは、その…………」
「体重が思ったより、あったみたいだよ〜」
神様が、悲鳴の理由をニヤニヤとしながら、答えた。
俺は素早く後ろを向き、カーテンを閉める。
まったく、健康診断なのに、健康に悪いじゃないか………………………………。
すっごい大っきかった。
セーブしますか? ▼
▶︎はい
いいえ
▷はい
いいえ
セーブがかんりょうしました! ▼