第107話『魔女っ子スリープ』
「カズキくん、ちょっとカズキくんっ、聞いてるの?」
魔王様に呼ばれ、眠い目を擦りながら「聞いてますよー」と気怠い返事を返す。
現在魔王城オフィスにて、デスクワーク中なのだが、ちょっと眠い。
お昼下がりのこの時間、お腹は満たされ、ぽかぽかとした陽気に当てられついウトウトしたら最後、待っているのは「減給」だ。
とにかく、眠気を覚ます必要がある。
「魔王様、コーヒーを淹れてきます」
「わたしの分もよろしくね」
俺は「りょーかい」と空返事を返してから席を立つ。
今日はレヴィアさんが居ない。出張中だそうだ。
なので、俺は朝からコーヒーを飲んでいない。もしかしたらそれがこの眠気の原因なのかもしれない。
おまけに小春ちゃんも居ない。こちらは会議中だそうだ。マリアは…………寝てんだろ。
俺はドリップマシーンの前に立ち、戸棚から魔王様のカップと、自分のカップを取り出す。
しかし、魔王様にアイスなのか、ホットなのかを聞いていない事を思い出した。
少し離れたデスクに座る魔王様に、声を張り上げて質問をする。
「魔王様ー!」
「何かしらー?」
「ホットですかー? アイスですかー?」
「どっちでもいいわよー!」
それが1番困るのだが…………。
そういえばレヴィアさんがコーヒーを淹れてくれる時は、俺に何も聞いて来ない。
なのに、アイスだったり、ホットだったり、カフェオレだったり、カフェモカだったりする。
日によっては濃かったり、砂糖が入っていたりもする。
そしてそのコーヒーは、丁度俺の飲みたかったものだったりもするのだ。
もしかしたら、レヴィアさんはテレパシーが使えるのかもしれない。
残念な事に俺はテレパシーが使えないので、自身のカップにはホットコーヒーを、そして魔王様のカップにはアイスコーヒーを淹れた。
こうすれば、魔王様が急に意見を変えて、「やっぱりホットね」とか、「アイスコーヒーがいいわ」と言っても対応する事が出来る。
ホットと言ったならば俺のカップを、そしてアイスならば、魔王様のカップを差し出せばいい。
我ながらいい案を思いついたものだ。
俺はスティックタイプの砂糖を3つほど持ち、コーヒーをこぼさないようにデスクへと戻る。
「魔王様、アイスとホットがあります」
「じゃあ、ホットで」
俺はホットの方のカップと、お砂糖を3つ差し出した。魔王様は超甘党なのだ。
魔王様はそのお砂糖を見るとちょーっと、顔をしかめるが素直に受け取ってくれた。
「3つじゃ少な…………ううん、充分よ、ありがとう」
「カップは俺のですが、我慢してくださいね」
「別に構わないわよ」
魔王様はそういうと、お砂糖を1つずつコーヒーに入れてから、俺の方に向き直ると、指を「くるくる」とさせた。
「なんですか?」
「マドラーは無いのかしら、店員さん」
「俺は店員さんじゃないですよ」
俺は引き返してマドラーを取りに行こうとするが、マドラーの入っている戸棚が1人でに開いた。
そしてマドラーが1本ふわりと浮かび、魔王様の手元に着地した。
「…………便利ですね」
「昔、あっちゃんに魔女みたいって言われたことがあるわ」
「実際魔女じゃないですか」
「失礼ね、どう考えても魔法少女って感じでしょ」
「…………そうですね!」
「何よ、今の微妙な間は」
魔王様が眉をひそめる。仕方ない、話を逸らすとするか。
「魔王様は他にも沢山魔法が使えますよね」
「基本なんでも出来るわよ。試しにやってあげるわ」
「えっ、いや、待ってく––––」
魔王様は俺が止めるのも聞かずに魔法の詠唱を始める。
「テクマクマヤコン、テクマクマヤ––––」
「ちょっと待てぇぇえええい!!」
「何よ、急にそんな大声を出して…………詠唱の邪魔をしないでちょうだい」
「そんな詠唱いつもしてなかったですよねぇ!?」
「そうね」
「じゃあ、なんで急にやり始めたんですか!?」
魔王様は「そうねぇ」と首を傾げる。そしておもむろに口を開いた。
「雰囲気かしら」
「アバウト!」
「他にもラミパス、ラミパスとかあるわよ」
「そうですか……」
俺は溜息をつきながら、コーヒーをすする。脳内ではきゃる〜んな衣装を見に纏った「魔女っ子ま〜ちゃん」が、絶賛変身シーンのイメージ映像を再生し始めた。
…………いかん、本当に眠さで頭がおかしくなっているようだ。
コーヒーをぐいっと飲み干してから、少しでも眠たさを紛らわす為に、パソコンの画面を注視する。
しかし、無駄な足掻きのようで、まぶたとまぶたが、くっ付いてしまいそうになる。
必死に目をパチクリして耐えていると、机の上に置いてあった魔王様のスマホが振動し始めた。
魔王様はめんどくさそうにそれを取ると、俺に「あっちゃんから」と着信画面を見せてから、電話に出た。
「おかけになった電話は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていない為、かかりません」
そんなのに引っかかるわけ無いだろう。案の定、神様は引っかからなかったようで、魔王様は「何か用なの〜?」とコレまた面倒くさそうに対応を始めた。
「あぁ、うん。その件なら片付いているわよ。あっ、それよりね! カズキくん、テクマクマヤコン知らないの!」
あっ、これ知ってるぞ。話がズレにズレて、3時間くらい長電話をするやつだ。
………………なら居眠りしても平気なのでは?
俺は魔王様にアイコンタクトを取ってから、席を外す。
目指すは、オフィス内にある畳スペースだ。
この畳スペースは、少し前までコタツが置かれていた場所だ。そして今はコタツではなくて、ちゃぶ台が置かれている。
ここでよくマリアが座布団を枕がわりに、お昼寝をしていたりする。全く羨ましい。
そして、小春ちゃんなんかも、こちらの方が居心地がいいのか、座布団の上にちょこんと座り、お茶をすすっていたりもする。
俺は座布団を数枚並べ、簡易ベッドを作り、魔王様を盗み見る。
神様との電話に夢中なようであり、こちらの事など気にはしていないようであった。
俺は身体を横にして、睡魔に身を任せる。なんて、幸せなんだ––––
*
「カーズーキくんっ、起きなさい」
肩を優しく揺さぶられ、目をゆっくりと開く。
すると魔王様の空色の瞳が飛び込んできた。ぼんやりとした視界の中で、俺は現状をこれまたゆっくりと把握して、飛び起きた。
「違うんですよ、魔王様」
「はいはい、眠かったのね」
「いや、だから、違うんですよ」
「何が違うのかしら?」
魔王様は「クスクス」と笑いを堪えるように微笑み、飛び起きた俺の肩口から滑り落ちた、カーディガンを拾い上げる。
怒ってはいないのだろうか…………俺は恐る、恐る尋ねる。
「…………あの、怒ってないんですか?」
「眠かったんでしょ? 別にお昼寝くらいしても、わたしは怒らないわよ」
魔王様はあっけらかんと答えた。スマホで時計を確認すると、就業時間となっている。
しかし、時計の下に異常な数の「イイネされました!」通知が来ていた。
嫌な予感がして、俺は自身の「異世界グラム」のアカウントを確認した。
すると、そこには寝ている俺の画像が投稿されていた。しかも、額にマジックで「宵闇」と書かれている。
犯人は…………考えるまでもない。
「魔王様! 何やってるんですか!」
「ま〜ちゃんは、知らないもーんっ」
「人のスマホで勝手に投稿しないでくださいよ!」
「ま〜ちゃん、何もやってないもーんっ」
シラを切る魔王様を叱るに叱れない。居眠りしてしまった罪悪感もあるが、この程度の可愛い悪戯ならば、と許してしまう俺なのであった。
全く「魔女っ子ま〜ちゃん」ではなく「悪戯っ子ま〜ちゃん」ではないか。
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