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第100話『ハンドレッドブラフ 006』


「ここ、空いてるかな」


 驚きの表情を浮かべる小春ちゃん。しかし、すぐに取り繕い、手を差し伸べる。


「シャツを変えたようどすな〜、アロンはん。このゲームで冷汗でもかいてもうたん?」


「あぁ、だから冷水のシャワーを浴びてきたよ。おかげでさっぱりした」


「それに、随分と羽織のいいコインどす〜」


「へそくりだ、こっそりと貯めておいたのさ」


「ふふふっ、こらぁ、次の勝負も気が引けんの〜」


「それでは、ゲームを始めます」


 ディーラーがカードを配り、後半戦が始まる。

 だが、俺も小春ちゃんも動かない。当然だ、

 お互いに100万コインを賭けてのポーカー。慎重に動くのは当然だろう。

 数ゲーム進むが、お互いに動きはない。俺は気分を変えるために、バーテンを呼びお酒を注文する事にした。せっかくなので、あのお酒を。


「マティーニをお願いします、ステアせずにシェイクで」


「アロンはん、お酒なんて余裕どすな〜」


「小春ちゃんも大人になったら飲むといい」


 軽口を叩きながら運ばれてきたお酒を一口飲む。味は…………あんまり良くない。

 小春ちゃんはそれを見ながら懐からある物を取り出した。


「付け合わせにチョコレートはどうどす〜?」


「……いくらするのかな?」


「うんと負けて、1コインでどうどす〜?」


 表情からは何も読み取れない。「毒でも入ってるんじゃ……」などと勘ぐったが、した所で意味のないことだ。

 何よりビビってるとは思われたくない。俺は小春ちゃんの方へ、1コインを渡し、チョコレートを受け取った。

 包み紙を開き、チョコレートを口にする。中にはナッツが入っていた。

 ナッツには、ポーカーの用語において「最高の手」と言う意味合いがある。もしかしたら、このナッツが案外幸運を運んでくれるかもしれない。それに意外にも、チョコレートはお酒に良く合った。


「中々、美味いな」


「ふふふっ、良かったどす〜」


「……小春ちゃん、なんでこんな事をするんだ? 小春ちゃんなら、こんな事をしなくても十分に儲けられるはずだ」


「うちに勝てたら、おせーたるさかい。アロンはん、ようおきばりやす〜」


 どうやら、"何か"の事情はあるようだ。その何かを聞くためには勝つしかない。

 さて、状況を整理しよう。小春ちゃんはこちらが強い手の場合は察して、勝負に乗って来ない。

 反対にブラフを仕掛けても見破れ、コインを奪われてしまう。ならば…………。


「それでは、本日最後のゲームを行います。以後、コインの購入は出来ません」


 ディーラーからカードが配られるが、俺はカードを見ない。

 その行動に観客、小春ちゃんを含め動揺を見せたが、俺は動じない。


「アロンはん、カードを確認しないんどす〜?」


「あぁ、すごいいい手だからな」


「見もせずに、よー分かりますなぁ」


 小春ちゃんはこちらを探っているようだが、無駄だ。

 俺は最後までカードを見るつもりはない。

 オールイン、100万コイン、手札を見ずに。クレイジーな考えだが、この方法なら俺は自身の手が強いのか、弱いのか分からない。

 もちろん、小春ちゃんにも。小春ちゃんが俺の微妙な表情や、仕草でこちらの手を察しているのなら、勝つ為にはこれしかない。


 通常ならあり得ない手だ。博打も博打の大博打。

 確実に負けるだろう。だが、何と無くだが勝てる気がしていた。

 酔っているのだろうか? お酒のせいかもしれない。

 もう一度グラスを傾けて、焼けるように冷たい液体を喉に流し込む。グラス越しにみえるレヴィアさんの微笑みが、勝利の女神になる事を祈って。


 そして、5枚のカード全てがオープンされた。


 場のカードは【♡A ♠︎8 ♠︎6 ♠︎4 ♠︎A】危険な匂いのするテーブルだ。


「オールイン、100万コイン」


 俺は迷わずオールインを宣言。カードを確認せずに。

 辺りからは動揺の声や、「気でもくるったのか?」という声が聞こえたが動じない。


「えろう、強気どすな〜」


「手札を血で染め、身を削り、自分をも騙すブラフ、ハンドレッドブラフだ。このブラフ、見破れるかな?」


「随分とけったいな物言いどすな〜」


「さぁ、小春ちゃん、どうする?」


「…………そなら、うちはコールどす〜」


 乗って来た。当然だろう。俺は手を確認してない。下手したらゴミ手の可能性さえある。そして、手札を確認していないので、ブラフの可能性は0だ。小春ちゃんからすると、ワンペアでも出来ていたら十分に勝てる可能性はあるだろう。


「では、ショーダウンを」


 ディーラーの掛け声で、小春ちゃんが先にカードをオープンする。

 小春ちゃんのカードは【♡6 ♣︎A】つまり、場のカード【♡A ♠︎8 ♠︎6 ♠︎4 ♠︎A】と合わせ【♡6 ♠︎6 ♡A ♠︎A ♣︎A】のフルハウス。最悪だ。

 しかし、絶望はしていない。勝負は最後まで分からない。

 俺は伏せられた自身のカードをオープンした。


【♠︎5 ♠︎7】


「ストレートフラッシュ、アロン様の勝ちです」


 ディーラーの宣言と共に、辺りからは歓声と大きな拍手が巻き起こる。

 小春ちゃんは信じられないと言う表情で、俺のカードを見つめていた。


「さぁ、俺の勝ちだ。ワケを話して––––」


「はいっ、カット〜! 撮影終了でーす! お疲れ様でした〜!」


『お疲れ様でしたー!!』


 歓声が上がり、訳が分からなく辺りを見渡す。

 そして、理解した。


「これ全部、映画の撮影かよぉ––––––––!?」




 *





「いや〜、こはるん最高の演技だったわ!」


「ふふふっ、そないな事あらへんよ〜」


 魔王様と小春ちゃんが、仲良く撮影後の打ち上げをしていた。

 現在魔王城オフィスにて、ふてくされ中である。

 ちなみにレヴィアさんはスクリーンデビューと聞いて、赤面し、部屋に閉じこもってしまった。

 魔王様は「カズキくんも良かったわよ」と労いの言葉をかけてきた。


「……なんで、言わなかったんですか」


「だって、レヴィアは言うと断るでしょ?」


「俺だって、断りますよ!」


「あら、先日OKしてくれたじゃない。それに、バレないように撮れば…………なんて言ったのはカズキくんでしょ?」


 そういえば、そんな事も言ったなと頭を抱える。しかし、OKした理由は、イシス女王が出演すると聞いたからだ。


「イシス女王には会いませんでしたよ」


 魔王様は「気が付かなかったの? 交通規制もしていたのよ?」とニヤニヤと笑う。まさか……


「追ってきた車を運転してたのって……」


「イシぽよに決まってるじゃない」


「なんでそんな事するんですか!?」


「だって、『カズくんとカーチェイスさせてくれなきゃ、出資しませ〜ん』って、駄々をこねるんだもん」


「川に落ちたんですけど!?」


「アレにはイシぽよも動揺してたわよ」


「こっちは死にかけたわ!」


「おかげで良いシーンがとれたわ、撮れ高最高よ、全米が泣くわ」


「その涙で俺のスマホが水没しましたよ!」


「近いうちに新しいスマホをあげるわ、防水のね♪」


 可愛いウインクをする魔王様。そして今度は

 、小春ちゃんが思い出したように口を開く。


「あんのハンドレッドブラフ、すごかったなぁ〜」


「…………撮影って事は、あの最後の手札も仕込みですか?」


 その問いに魔王様が「もちろん」と即答する。


「やっぱりなぁ、出来過ぎだと思ったんですよ」


「こはるんにチョコ貰ったでしょ?」


「ナッツが入ってましたね」


「あれ、『ラックの種』よ」


「…………通りでいい手がくるわけだ」


「台本通りならラックの種の効果で、いいカードが行くから、普通に勝負を仕掛ければ、勝てたのにねぇ……」


 小春ちゃんも「せやなぁ」と、からかうように同意する。


「それをねぇ、ハンドレッドブラフ! キリッだもんねぇ」


「…………もうやめてください」


 俺は恥ずかしくなり、額に手を当てる。カジノはラックの種禁止じゃないのとか、撮影だからOKなのかとか、カメラが多かったのは撮影のためかよ! だとか、偽名やコードネームもただのキャラの名前かよ! だとか、あの赤いボタンのBGMもただの演出かよ! とか、色々言いたい事はあったが、口を閉ざす。なんか、疲れた。

 そんな俺に対し、魔王様は「そうそう」と茶封筒を差し出してきた。

 そういえば、今日は給料日であった。封筒を受け取るとすぐに気が付いた。厚いのだ。封筒が、厚いのだ。急いで、中身を開け確認する。


「魔王様! 100万Gも入ってますよ!」


「映画の出演料よ、不満?」


「いいえ、大満足です!」


「そう、ならよかったわ」


「100万Gなんて、1/3島じゃないですか!」


「金額を島で換算しない」


「給料日上げてくれるなら、撮影なんて全然オッケーですよ!」


「ところで、今回の撮影に使用したコインだけど、カズキくんにあげるわ」


「でも、これはレヴィアさんが儲けた金額に、マリアに貸して貰った分もありますよね。それに1億Gの小切手をくれた人は……」


「あぁ、それ、全部イシぽよが出したのよ」


 どうやら、俺に【1億G】をくれた"出資者"というのは、2重の意味で出資者だったらしい。


「レヴィアさんがカジノで大勝ちしたのも、演出なんですか?」


「あっ、それは本当、ビックリしたわね」


 レヴィアさんの幸運は本物だったようだ。ならば、その分は返すべきだろう。


「レヴィアさんにコインを返します」


「要らないそうよ」


 俺は「ですが……」と納得のいかない顔をするが、魔王様が1枚の写真を見せてきた。ドレス姿のレヴィアさんである。


「このドレスの代金だそうよ」


 そういう事ならと納得し、俺は電子マネーとなったコインの残高を見ながら、魔王様に1つの希望をもって質問をしてみる。


「これってGに換金は……」


「出来ないわよ」


 俺は「ですよねー」と肩を落とす。でも、大体予想の付いていた答えが返って来たため、それほど落胆はしていなかった。200万コイン。Gに換算すると、2億Gである。目も眩む額だ。だが、もう一度言うが換金は出来ない。

 しかし、ここで小春ちゃんがある提案をしてきた。


「アロンはん、アロンはん」


「そんな粘着力のありそうな名前の人は知りません」


「ふふふっ、冗談やさかい、そのコイン、うちが『ラックの種』と交換したげてもえぇよ〜?」


「…………いくらするんだ?」


「うんと負けて、1粒200万コインでどうどす〜?」


「全額かよ! なんで、そんなに高いんだよ!」


「1年に1粒しか取れないからよ、200万コインだったらかなりお買い得よ」


 小春ちゃんのぼったくりかと思ったが、魔王様がそれを否定した。

 別にコインなんて持っていても意味のないものなので、俺は小春ちゃんに交換をお願いする事にした。

 すると、小春ちゃんは自身のデスクにある植木鉢から、1つだけなっているサヤエンドウのような実を取り、中から種を出した。

 そして、それを俺に手渡してきた。


「小春ちゃん、この種は何かな? まさか……」


「ラックの種どす〜」


「栽培してるの小春ちゃんかよ!? しかも室内栽培かよ!!」


カズキは ラックのたねを てにいれた! ▼


 俺は貰った『ラックの種』を胸ポケットにしまう。これで手持ちの種は2粒。大事に使わないとな……。


「魔王はん、映画のタイトルはどないするんやろか〜?」


 小春ちゃんの質問対し、魔王様は少し考えてから手をヒラヒラと躍らせる。


「そうね、最初はカジノなんとか〜とかを考えてたんだけど…………『ハンドレッドブラフ』にするわ」


「こらぁ、大ヒット間違いなしやの〜」


 やたらと"100"に関係ある気もするが、少しの恥ずかしさと、倍額になったお給料と、ラックの種を胸に、映画の撮影は終わった。と、思いきや……


モンスターが あらわれた! ▼


 いつもの展開でヨッホイが、オフィスに入ってきた。そして、真っ直ぐに俺の所に向かってきた。


「おい、あの車はどうした?」


「あぁ、川の底に停めてあるぞ」


「…………なんでだ?」


「少し汚れちゃったからな、洗車した方がいいかなって」


「お前、あの車作るのにいくらしたと思ってるんだ!?」


「…………100万Gくらい?」


「当たりだ、この、アホ!」


 俺は自身の茶封筒をヨッホイに投げて渡した。どうやら今月も、貧乏生活のようだ。



セーブしますか? ▼


▶︎はい

 いいえ


▷はい

 いいえ


セーブがかんりょうしました! ▼




〜登場人物〜


【カズキ】


アロン・アルファこと、カズキ。普段から時折見せていたが、洋画の主人公並みにウィットの効いた発言を連発する。さらには最後に大きな失態を見せたが、得意の運転技術でカーチェイスまで演じる。

ポーカーのスタイルは「ロック」と呼ばれるもの。普段は消極的だが、強いハンドの時にアグレッシブに勝負に出る。

だが、運はいい方で時折モンスターハンドを引いていた様子。

苦肉の戦術「ハンドレッドブラフ」で、見事勝利した。

ハイライトは、「冷水のシャワーを浴びた」



【レヴィアさん】


今回のヒロインこと、レヴィ。ちょっとギャンブルに強い事が判明した。

水中で動揺しなかったのは、水の四天王だったから。はっきり言って、余裕だったらしい。

ナイトガウンではなくパジャマなのが、なんとも可愛いらしい。

ハイライトは「007ですか?」



【魔王様】


Mこと、魔王様。言ってしまえば今回の仕掛け人。カズキを上手く誘導する。演技の方は結構ノリノリだったご様子。



【小春ちゃん】


本名で出演。圧倒的な演技力で、今回の悪役を演じる。ポーカーの腕は本物で、終始カズキを圧倒した。

ポーカーのスタイルはマニアックと呼ばれるもの。

当然、レヴィがレヴィアさんなのも知っていた。内心結構楽しんでいたご様子。

デスクの上の小さな植木鉢で、ラックの種を栽培している。その価値は1粒2億Gを遥かに上回るらしい。



【イシス女王】


今回の映画の"本当の意味"での出資者。その証拠にホテルのアメニティは彼女のブランドのものが使用されていた。

圧倒的なドライビング技術で、カズキの車を追走した。

カズキの車が川に転落した際には、かなり動揺した模様。



【ヨッホイ】


いつもお馴染みのコメディリリーフ要員。ハイライトは「時間が分かるぞ」





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