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第99話『ハンドレッドブラフ 005』


「…………くそっ! やられた!」


「アロンさん、落ち着いてくださいっ」


 ホテルの部屋のソファに、上着を無造作に投げ付ける。

 レヴィアさんは俺の投げ付けた上着を拾うと、丁寧にハンガーにかけ、ハンガーラックに吊るしてくれた。

 元手となるコインを稼いでくれたレヴィアさんに申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に負けた悔しさが、ふつふつと湧き上がる。

 だが、もうどうしようもない。小春ちゃんのコインは現在100万コインにまで、膨れ上がっており、同様の金額のコインは元より、その半分のコインでさえこれから用意するのは不可能だ。

 完全に俺の…………負けだ。


「すいません、レヴィ」


「どうして、謝るんですか?」


 口を開くが、返す言葉が出てこない。代わりに電話の着信音がホテルの部屋に鳴り響く。

 ポケットからスマホを取り出し、画面を見ると魔王様からの着信だと分かった。出たくはなかったが通話ボタンを押し、耳を当てる。


「はい」


『随分と派手な負け方だったようね』


「…………すいません」


『別に怒ってないわ』


「…………すいません」


『怒ってないって、言ってるでしょ、次謝ったら減給よ』


「なんですか、それ」


『ふふっ、元気は出た?』


「少しだけ」


 魔王様は少し間を置いた後に、『いい話があるわ』と話を切り出す。


「なんですか?」


『資金を融資してくれる人がいるわ』


「誰ですか?」


『あなたのファンだそうよ』


「ファンなんて多過ぎて、誰だか分かりせんよ……」


『今から地図を送るわ、指定したバーに向かってちょうだい』


「分かりました」


『合言葉があるわ』


「……なんですか?」


『バーのカウンターでこう注文してちょうだい––––』


 俺は魔王様に言われた事をメモしてから、「了解」と伝え通話終了のボタンをタップする。



 *



「地図によると、ココですね」


 レヴィアさんが、助手席で地図をみながらガイドをしてくれていた。

 指定された場所はイシスでも出店していた、チェーン店のバーであった。

 俺は車を駐車スペースに停め、車を降りる。レヴィアさんは車で待機してもらう事にした。何かあったら困るからな。

 店内はクラシカルな雰囲気であり、そしてバーカウンターには見覚えのある包帯が立っていた。ミイラ男だ。


「ご注文は?」


「ウォッカマティーニを頼む、ステアではなく、シェイクで」


「…………しばらくお待ちを」


 どうやら認識をズラす魔法のせいか、俺だとは気付いていないようであった。

 そしてミイラ男はカウンターの奥から、お酒ではなく、小切手を取り出した。

 他のお客さんが今の注文をしたらどうするんだ? と思ったがその心配は無さそうだ。

 マティーニというお酒は、風味を大事にするお酒であり、シェイク、つまり振るとそれが僅かながら損なわれる。

 普通はステア、かき混ぜた方が美味しいお酒なのだ。

 もちろん、好みもあるだろうが、シェイクを好む人は少ないだろう。なので、この注文をされる心配は無いと言うわけだ。

 小切手を見ると書かれている額は【1億G】である。

 これだけあれば、十分に勝負する事が出来る。しかし、一体誰が?


「このお金はどなたが?」


「近いうちに挨拶に行くとの事で、それと出資者から伝言があります」


「なんですか?」


「楽しい夜を過ごしましょう。だそうです」


「…………ホモなのか?」


「出資者は女性の方ですよ」


「……随分と、モテるな今日は」


「景気付けに一杯どうですか?」


「悪いな、車で来てるんだ」


「そうですか…………では、幸運を」


「ありがとう、仕事が終わったら飲みにくる」


 短く別れの挨拶を残し、店内を後にし、車へと戻る。レヴィアさんに小切手を見せると驚いた表情を浮かべていた。


「どうしたんですか、これ?」


「ファンからの差し入れだそうですよ」


 軽口を叩きながら、小切手を懐のポケットにしまい、ボタンを閉める。こうすれば無くす事はない。文字通り俺の生命線だ、紛失する訳にはいかない。

 エンジンをかけ、ホテルに向かって車を走らせる。

 2つ交差点を過ぎ、右折したところで異変に気が付いた。


「……レヴィ、つけられてます」


 振り向こうとするレヴィアさんを制止し、何事無かったかのように車を走らせる。

 バックミラーにはミッドナイトブルーの車が、張り付いており、離れない。

 道を走る車はまばらであり、この車間距離の取り方は明らかにおかしい。

 目的は懐の小切手、それとも別の目的が…………。いや、考えるのは後だ。

 助手を見ると、レヴィアさんは今日何度目かも分からない不安そうな表情を浮かべていた。


「どうしますか?」


「そうですね……」


 俺の考えは決まっていた。車の通りは少ない。そして、この車はモンスターマシンだ。


「振り切ります、掴まっていて…………あ、俺じゃなくて手すりにお願いします」


 手すりではなく、俺に掴まろうとするうっかりレヴィアたん。

 赤信号が見えたので、ブレーキを踏み停車する。後ろの車も車間を開けずに停車する。人が降りてくる気配はない。前方はオールクリアであり、走行車は見受けられない。ここで、引き離す!


「……青信号になったら、アクセルを全開にして加速します、舌を噛まないでくださいね」


 レヴィアさんは口を満一文字に結び、数回頷いた。

 数秒後、信号機が青になる。素早く、アクセルを踏み加速する。3.2秒で100キロは伊達ではない。

 ほんの数秒で、車は150キロオーバーへと加速していた。追い付けるはずはないと、バックミラーを見るが、そこにはミッドナイトブルーのボディが輝いていた。

 動揺し、さらにアクセルを踏み込むが離れない。

 このままでは、事故を起こす可能性がある。作戦変更だ。スピードを緩め、市街地へ向かう。当然後ろの車も着いてきた。

 白い街並みがオレンジ色の街灯に照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。こんな状況でなければ、最高のドライブとなっていただろう。

 市街地なら車の性能より、ドライバーの技術が重要になる。細かく車体を振り、左、右へ曲がるがバックミラーから追走車が姿を消す事はなかった。

 対向車が来ないのが、唯一の好材料だ。交通を規制でもしているのだろうか……。

 ハッキリ言って車の性能、ドライバーの腕、共に数段あちらの方が上だ。全く振り切れない。控えめに言わなくても大ピンチである。ピンチ? そうか!


「レヴィ、赤いボタンを押してください!」


「赤い…………ボタンですか?」


「ヨッホイがピンチの時に押せと言っていました! きっと、助けてくれるはずです!」


 凝ったメカ好きのヨッホイの事だ。きっと変形して、空を飛ぶくらいはやってくれるはずだ。

 しかし、ボタンの機能は思いがけないものであった。

 レヴィアさんが赤いボタンを押した途端、車内のスピーカーから宵闇の魔王が好みそうな、緊張感のあるBGMが流れ出した。

 まさか……


「ピンチの時に押せって、ピンチの時に流れるBGMのことかよぉ!?」


 アッホイはどこに行ってもアッホイのようだ。まったく意味の無い、緊張感のあるBGMだけが車内に響き渡る。

 車は現在橋の上を走っており、下には大きな川が見える。

 もう、一か八か、サイドブレーキを引き、ドリフトでUターンをするしかない。急激な方向転換なら、着いてこられないはずだ。バックミラーを確認し、コースを頭の中に思い描く。


(なぁに、いつもやっているからな……)


「掴まっていてください!」


 俺はタイミング良くサイドブレーキを引き、ドリフトを始める。

 ……が、車は言う事聞かず、ガードレールの方へ向かって滑りだした。

 ここで失態に気が付いた。この車は"いつもの車"ではない。

 急いでサイドブレーキを下ろすが、時既に遅し。車は、ガードレールを跳ね、川へ向かって真っ逆様に降下し始めた。


 俺は咄嗟の判断でハンドルから手を離し、レヴィアさんを抱きしめて衝撃に備える。

 数秒後に鈍い衝撃。着水したようだ。しかし、車は浸水を始めていた。

 防弾ガラスといえど先程の衝撃で縦に歪み割れており、車内にはどんどん水が流れ込んできていた。

 このままでは車は沈み、水没してしまう。おまけにドアは水圧でビクともしない。

 万事休すかと、心の中で唱え、レヴィアさんの方に申し訳なさそうに視線を向けると、レヴィアさんはニッコリと笑った。言葉を発したわけではないが「大丈夫ですよっ」と、俺を安心されるような慈愛に満ちた微笑み方だった。


 その証拠に、彼女はゆっくりと俺のシートベルトを外し、おもむろに俺の肩に手を回し、抱き着く。そして……


レヴィアは いどうまほうを となえた! ▼




 *





「……けほっ、けほっ…………うっ、うぇえ」


「大丈夫ですか?」


 心配そうに背中を摩るレヴィアさん。先程の浸水で、水を飲んでしまったようだ。


「口から……出るのが…………水なだけマシですよ」


「すいません、咄嗟でしたので……」


 レヴィアさんは俺の苦手な移動魔法を使った事を、悪く思っているようであった。

 俺は「そんな事ありませんよ、助かりました」と労いと感謝の言葉をかける。

 辺りを見渡すと、ホテルの部屋のようであった。

 レヴィアさんを見ると薄っすらとドレスが透けており、スタイルのいい身体のラインが見え隠れしていた。

 レヴィアさんもそれに気が付いたようで、恥ずかしそうに後ろを向き「今、魔法で服を乾燥させますね」と消え入りそうな声で呟く。


「大丈夫なので、先に自分のドレスを乾燥させてください」


「あ、では…………上着を、まだ時間はありますのでシャワーを浴びて来てください」


 俺は言われた通りにレヴィアさんに上着を渡し、シャワールームへと向かう。

 しかし、背後から着信音が聞こえ足を止めた。レヴィアさんが、いそいそと通話ボタンをタップする。流石に最新機種、川に落ちたくらいではなんともないらしい。


「……はいっ、大丈夫です。あっ、アロンさんも大丈夫です…………」


 レヴィアさんは俺を見ると、声は出さずに「魔王様」と口の動きで教えてくれた。心配して電話をかけてくれたのだろう。


「…………はいっ、今ホテルの部屋へ移動魔法で戻ってきた所です」


「あっ、代わりますか? 少し待っていてください」


 レヴィアさんから電話を受け取り、耳に当てるといきなり魔王様の大声が鼓膜に響いた。


『無事なら電話に出なさい!』


「…………かかってきてないですよ?」


『何度もかけたわよ!』


 俺はそんなはずは……と思い、濡れたポケットからスマホを取り出すと、画面が付かない。


「水没して、壊れてますねこれ」


 魔王様は長いため息のあとに『心配して損したわ……』と安堵した声を出した。

 その後に、『レヴィに代わってちょうだい』と言われたので、レヴィアさんに電話を差し出し、シャワールームへと向かい考えを巡らせる。


 まさか、あの追っ手は小春ちゃんが…………いや、分からずじまいだ。目的は俺を、ゲームに参加させないためとかだろうか……。

 出資者の事も気になるが、とにかく今は小春ちゃんに勝つ方法を考えないと…………。




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