第98話『ハンドレッドブラフ 004』
「レヴィ、入りますよ」
「あっ、どうぞ〜」
ノックをしてから、化粧室に入る。
メイク中のレヴィアさんと鏡越しに目を合わせがら、ハンガーラックにドレスをぶら下げた。それを見たレヴィアさんは、驚いた表情を浮かべる。
「そのドレス、どうしたんですか?」
「竜王さんの通販で購入しました」
先程、竜王さんに電話をかけドレスを注文した。サイズは分からなかったが、竜王さんがレヴィアさんのサイズを知っていたため、注文後、すぐに転送されてきた。その間わずか5秒である。もちろん自腹だ。
マリアに借りた金額は、そっくりそのままコインに変えた。
なんとなく、濃い目のヴァイオレットカラーが似合うと思い購入したが、どうやら俺の目は正しそうだ。
「こんな素敵なドレス受け取れませんよ……」
「先程のお詫びです、ほら、"一応"彼氏ですし、彼女にプレゼントを贈るなんて普通の事でしょう?」
「冗談のつもりだったのに……」
レヴィアさんはドレスを広げながら、嬉しそうに喜んでいた。
時計を確認すると、時間が迫っていた。俺はディナージャケットのボタンを締めながら、鏡の中のレヴィアさんに声をかける。
「俺は先にカジノへ向かいます」
「あっ……ちょっと待ってください」
レヴィアさんはおもむろに近づくと、俺の首元に手を伸ばした。
「蝶ネクタイが曲がってますよ」
「すいません、慣れていなくて……」
丁寧に蝶ネクタイを直すレヴィアさん。蝶ネクタイは今回初めて結んだのだが、慣れていないせいか、少し曲がってしまったようだ。
「はい、出来ましたよ♪」
「ありがとうございます。ドレス、ちゃんと着てくださいね」
「わたしなんかが行ったら、お邪魔になりませんか?」
俺は否定したが、レヴィアさんは「ですが……」と手をモジモジとし始めた。
確かに彼女がカジノに来る必要はない。だが、ただ単純に側にいて欲しかった。正直、不安なのだ。
しかし、そんな事を言って彼女を不安にさせるわけにもいかない。
こういう時は何かに理由をつけるのがいいだろう。
「それなら、君の幸運を分けてくれ」
冗談に聞こえるように、ワザとらしく軽口を叩く。しかし、思ったよりは効果があったようだ。彼女の笑顔を見たら本当に幸運になったのだから。
*
「やぁ、小春ちゃん、ここ、座ってもいいかい?」
「もちろん、かまへんよ〜」
俺は小春ちゃんの正面の席に腰掛ける。手持ちのコインは昨日のレヴィアさんの勝ち分に、マリアに借りた金額を乗せ、なんと『20万コイン』となっていた。懐には収まらない額だ。絶対に負けられない。
ディーラーからカードが配られ始め、ゲームがスタートする。
このテーブルはかなりの高レートであり、油断したら20万コインといえど一瞬で溶けてしまうだろう。
最初はコインを増やす事だけを考え、その後、小春ちゃんとの一騎打ちに持ち込む作戦で行こう。
ディーラーが「それでは、ベッドをどうぞ」とゲームを進め、俺もポーカーに集中する。
自身の手札は【♠︎K ♡K】最高だ。かなりいい。
ベッドが一周し、場のカードが3枚開かれ【♣︎2 ♢J ♢K】がオープンした。
テキサスホールデムでは、この後に数回のベッドがあり、その度に残りの2枚のカードがオープンする。
プレイヤーはそのカードを見て降りるか、勝負するかを選択する。
俺のこのタイミングでの判断は、勿論"勝負する"だ。
すでに【♠︎K ♡K ♢K】のスリーペアが出来ており、残りのカードの中に【♣︎K】が含まれていれば、フォーカードとなり、必勝のカードとなる。
それが無かったとしても勝率はかなり見込める手である。ここは掛け金を増やし、コインを増やす方向で行こう。
その後、2枚のカードがオープンされ、【♠︎3 ♣︎K】が出た。俺はこれでフォーカードである。負けは絶対にあり得ない。ならば作戦とは違うが、攻める!
「レイズ、オールイン20万コイン」
「ふふふっ、アロンはん、随分と強気どすな〜」
俺のレイズに小春ちゃんが反応する。それも当然だろう。開幕からのスタンドプレイの様なオールイン…………つまりコイン全賭けだ。手が強い事はもちろんだが、小春ちゃんを探る意味もあった。
同様に小春ちゃんもこちらを探っているようなので、軽く"ヒント"を提示する。
「最高にいい手なんだ」
「自分で最高の手なんて言いはるんやったら、ブラフの可能性もありえるやろなぁ〜」
俺は短く「かもな」と呟き、笑う。小春ちゃんのコインは現在55万程度であり、ここで俺の勝負に乗って負けたとしても、まだ取り返せる金額は残る。
他のプレイヤーは、俺の強気なオールインにカードを投げ出し、フォールド、つまり負けを宣言していた。俺と小春ちゃんと1対1。さて、どう出る?
「そなら、うちはコールどす〜」
「それでは、ショーダウンを」
ディーラーの宣言で、小春ちゃんが先にカードをオープンする。【♢3 ♡3】場の【♠︎3】と合わせ3のスリーペア。
それを見た後に、俺もカードをオープンする。
会場からは驚きと、少量の拍手が上がる。
「Kの4カード、アロン様の勝利です」
俺は小春ちゃんの目を見て、得意げにウインクしてみせた。
小春ちゃんはというと、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべており、その表情は読み取れない。20万コイン、2000万Gを失ったというのに、眉ひとつ動かさない。不本意だが、挑発してみよう。
「次のゲームで、勝負は決まってしまうかもな」
「そらぁ、恐ろしいなぁ〜」
…………が、結果はそうならず、俺のハンドは悪く、早々にフォールドし、ゲームの行方を見守っていた。
小春ちゃんは案の定勝ち、先程の負け分を微力ながら取り返していた。カードの強さは普通だったが、抜群にブラフが上手い。まるで、最高のカードのようにコインをベットし、他のプレイヤーをフォールドに追い込んでいた。
ポーカーというゲームの真髄は、"如何に勝つ"かではなく、"如何に相手をゲームから降ろすか"だと思う。小春ちゃんは抜群にそれが上手い。
(なるほど小春ちゃんはブラフを使うのか……)
先程のゲームもそうだったが、やはり小春ちゃんの手に、常に最高の手が入るわけではないようであった。
ならば、必勝のタイミング、必勝の一手を、ブラフを混ぜながら、待てば必ず来る。そこで、上手く小春ちゃんを誘い出し、勝負に乗せればこの勝負勝てる。
そしつ数巡後、あり得ない程いいカードが俺の手に舞い込んで来た。
ハンドは【♢A ♢Q】場のカードは……
【♢10 ♠︎3 ♢J ♢K ♡5】
【♢10 ♢J ♢Q ♢K ♢A】のロイヤルストレートフラッシュ。絶対に負けない。ここで、勝負をかけ…………終わらせる。
現在俺のコインは、先程までの勝ち分も含めて【42万コイン】へと増加していた。G換算だと、4200万Gである。島が14島も買えてしまう程の大金だ。
対して小春ちゃんのコインは現在【40万コイン】程度。オールインで仕掛ければ、全てのコインを奪う事が出来る。
たが、それには早い。いきなりオールインを宣言すれば、こちらの手はかなり強いと思われてしまうだろう。場に公開してあるカードを見れば、ロイヤルストレートフラッシュが出る確率がある事くらい、誰だって分かる。
ここは、少しずつ掛け金を釣り上げる、もしくは小春ちゃんの視線をカードから逸らすのが望ましい。とりあえず様子見だ。
「ベッド、1万コイン」
俺のベッドに小春ちゃん以外のプレイヤーはフォールドした。再び俺と小春ちゃんの1対1。
「小春様、いかがなされますか?」
「そなら、うちは2万コインどす〜」
ディーラーを見ながら小春ちゃんは、レイズ…………つまり、掛け金を増やして来た。ブラフのつもりだろうか? 確かに場のカードを見れば、強い手がある可能性は高いだろう。
だが、もう一度言うが、俺はロイヤルストレートフラッシュなのだ。小春ちゃんの手がどんなに強くても、俺の方が強いカードを持っている。
ディーラーは俺の方を向き「アロン様、いかがなされますか?」と、ゲームを進めてきた。
ここで、決める。
「レイズ、オールイン42万コイン」
俺の2回目の強気なオールインに、観客達は湧いていた。
そして俺の視線の先には綺麗に着飾ったレヴィアさんが、こちらに歩み寄ってくるのが見えた。
やはりヴァイオレットカラーのドレスはよく似合っており、ブロンドの髪の合わさりとても上品に見える。
近付くにつれ、他の観客もレヴィアさんに見惚れているようであった。
レヴィアさんは俺の近くに来ると、小さな声で耳打ちしてきた。
「皆さん、わたしを見てますよ…………どこかおかしいのでしょうか……」
「レヴィがチャーミングだからさ」
「もうっ、からかわないでくださいよっ」
レヴィアさんは恥ずかしそうに頬を赤らめる。少々やり過ぎたようだ。
小春ちゃんの反応を見るために大げさに振舞ってみた。おそらく小春ちゃんは、認識をズラす魔法のせいで、彼女がレヴィアさんだと分からないはずだ。
その証拠に意外そうな顔を浮かべていた。効果はあったようだ。これを利用して、揺さぶりをかけてみよう。
「可愛いだろ?」
「アロンはん、随分と素敵な彼女どすな〜」
「小春ちゃんは付き合っている人は居ないのかい?」
「ふふふっ、うちはマリアはんと付き合っとるよ〜」
「…………そいつは初耳だ」
全く動じない所か、冗談で返されてしまった。
だが、今のやり取りで小春ちゃんの目は俺のカードからは反らせたようだ。
「さぁ、どうする?」
「…………そなら、うちはフォールドしとう思いやす」
「………………運がいいな」
小春ちゃんが勝負に乗って来なかったため、俺は悔しそうに自身の手をオープンした。不発に終わったロイヤルストレートフラッシュに、観客は嘆息の声を上げる。
その後もゲームは続くが、小春ちゃんは全然勝負に乗ってこない。それどころか、時折ブラフを混ぜながら他のプレイヤーからコインを巻き上げ、自身のコインを増やしていた。
俺も同様にコインを増やし、現在俺の目の前には【50万コイン】が山の様にそびえ立っていた。
同様に小春ちゃんの目の前にも、同額のコインがそびえ立つ。
他のプレイヤーは、俺と小春ちゃんのハイレベルな攻防に、文字通りカードとコインを投げだし、今では観客の一部となっていた。
正真正銘の1vs1。負ける訳にはいかない。
そして数巡後、再び俺の手にいいカードが舞い降りる。
場のカードは【♡J ♠︎K ♣︎A ♢J ♢K】そして、俺のカードは【♡K ♡A】。
【♢K ♡K ♣︎K ♡A ♣︎A】のフルハウス。勝負に行ってもいい手だ。小春ちゃんがブラフなら勝てるし、仮に役が出来ていたとしても十分に勝てる手札。
そして、嬉しい事に小春ちゃんが先に動いた。
「5万コインどす〜」
「アロン様、いかがなされますか?」
ディーラーを一目見てから、小春ちゃんを見る。いつもの人懐っこい笑顔を浮かべおり、何も分からない。正直、不気味だ。俺は少し考えてから、倍の10万コインを場に入れた。
「なら、俺はレイズだ」
レイズを宣言して小春ちゃんの反応を見る。小春ちゃんはそのコインを見て、暫し考えた後に、自身のコインを全て場に入れた。
「レイズ、オールイン50万やさかい、アロンはん、どないしはります〜?」
「そうだな…………いい手なのか?」
「ふふふっ、どやろか?」
自身のカードをもう一度確認してから、小春ちゃんと目を合わせる。
小春ちゃんはいつもの人懐っこい笑顔を浮かべたままだ。全く分からない。しかし、俺の手も悪くない。迷う必要はない。ここで、終わらせる。
「それじゃあ、俺はコールだ」
目の前の山を全て崩し、盤面に入れる。
「それではショーダウンを」
ディーラーの宣言に合わせ、自身のカードをオープンして、小春ちゃんを見る。すると、砂糖菓子のような甘い笑顔を浮かべていた。
そして、小春ちゃんはゆっくりと自身のカードを裏返した。
【♣︎J】のカードが見えたが、2枚のカードが重なっていて、表の1枚しか見えない。
小春ちゃんは俺に視線を合わせるとカードをズラし、2枚目のカードを公開した。
【♠︎J】
「Jのフォーカード、小春様の勝ちです。これより、1時間半の休憩とさせていただきます」
ディーラーの宣言に対し、にこりと笑う小春ちゃん。俺はその砂糖菓子のように甘い笑顔を、ただただ見つめる事しか出来なかった。