表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/160

第98話『ハンドレッドブラフ 004』


「レヴィ、入りますよ」


「あっ、どうぞ〜」


 ノックをしてから、化粧室に入る。

 メイク中のレヴィアさんと鏡越しに目を合わせがら、ハンガーラックにドレスをぶら下げた。それを見たレヴィアさんは、驚いた表情を浮かべる。


「そのドレス、どうしたんですか?」


「竜王さんの通販で購入しました」


 先程、竜王さんに電話をかけドレスを注文した。サイズは分からなかったが、竜王さんがレヴィアさんのサイズを知っていたため、注文後、すぐに転送されてきた。その間わずか5秒である。もちろん自腹だ。

 マリアに借りた金額は、そっくりそのままコインに変えた。

 なんとなく、濃い目のヴァイオレットカラーが似合うと思い購入したが、どうやら俺の目は正しそうだ。


「こんな素敵なドレス受け取れませんよ……」


「先程のお詫びです、ほら、"一応"彼氏ですし、彼女にプレゼントを贈るなんて普通の事でしょう?」


「冗談のつもりだったのに……」


 レヴィアさんはドレスを広げながら、嬉しそうに喜んでいた。

 時計を確認すると、時間が迫っていた。俺はディナージャケットのボタンを締めながら、鏡の中のレヴィアさんに声をかける。


「俺は先にカジノへ向かいます」


「あっ……ちょっと待ってください」


 レヴィアさんはおもむろに近づくと、俺の首元に手を伸ばした。


「蝶ネクタイが曲がってますよ」


「すいません、慣れていなくて……」


 丁寧に蝶ネクタイを直すレヴィアさん。蝶ネクタイは今回初めて結んだのだが、慣れていないせいか、少し曲がってしまったようだ。


「はい、出来ましたよ♪」


「ありがとうございます。ドレス、ちゃんと着てくださいね」


「わたしなんかが行ったら、お邪魔になりませんか?」


 俺は否定したが、レヴィアさんは「ですが……」と手をモジモジとし始めた。

 確かに彼女がカジノに来る必要はない。だが、ただ単純に側にいて欲しかった。正直、不安なのだ。

 しかし、そんな事を言って彼女を不安にさせるわけにもいかない。

 こういう時は何かに理由をつけるのがいいだろう。


「それなら、君の幸運を分けてくれ」


 冗談に聞こえるように、ワザとらしく軽口を叩く。しかし、思ったよりは効果があったようだ。彼女の笑顔を見たら本当に幸運になったのだから。






 *



「やぁ、小春ちゃん、ここ、座ってもいいかい?」


「もちろん、かまへんよ〜」


 俺は小春ちゃんの正面の席に腰掛ける。手持ちのコインは昨日のレヴィアさんの勝ち分に、マリアに借りた金額を乗せ、なんと『20万コイン』となっていた。懐には収まらない額だ。絶対に負けられない。

 ディーラーからカードが配られ始め、ゲームがスタートする。

 このテーブルはかなりの高レートであり、油断したら20万コインといえど一瞬で溶けてしまうだろう。

 最初はコインを増やす事だけを考え、その後、小春ちゃんとの一騎打ちに持ち込む作戦で行こう。


 ディーラーが「それでは、ベッドをどうぞ」とゲームを進め、俺もポーカーに集中する。

 自身の手札は【♠︎K ♡K】最高だ。かなりいい。

 ベッドが一周し、場のカードが3枚開かれ【♣︎2 ♢J ♢K】がオープンした。

 テキサスホールデムでは、この後に数回のベッドがあり、その度に残りの2枚のカードがオープンする。

 プレイヤーはそのカードを見て降りるか、勝負するかを選択する。

 俺のこのタイミングでの判断は、勿論"勝負する"だ。

 すでに【♠︎K ♡K ♢K】のスリーペアが出来ており、残りのカードの中に【♣︎K】が含まれていれば、フォーカードとなり、必勝のカードとなる。

 それが無かったとしても勝率はかなり見込める手である。ここは掛け金を増やし、コインを増やす方向で行こう。


 その後、2枚のカードがオープンされ、【♠︎3 ♣︎K】が出た。俺はこれでフォーカードである。負けは絶対にあり得ない。ならば作戦とは違うが、攻める!


「レイズ、オールイン20万コイン」


「ふふふっ、アロンはん、随分と強気どすな〜」


 俺のレイズに小春ちゃんが反応する。それも当然だろう。開幕からのスタンドプレイの様なオールイン…………つまりコイン全賭けだ。手が強い事はもちろんだが、小春ちゃんを探る意味もあった。

 同様に小春ちゃんもこちらを探っているようなので、軽く"ヒント"を提示する。


「最高にいい手なんだ」


「自分で最高の手なんて言いはるんやったら、ブラフの可能性もありえるやろなぁ〜」


 俺は短く「かもな」と呟き、笑う。小春ちゃんのコインは現在55万程度であり、ここで俺の勝負に乗って負けたとしても、まだ取り返せる金額は残る。

 他のプレイヤーは、俺の強気なオールインにカードを投げ出し、フォールド、つまり負けを宣言していた。俺と小春ちゃんと1対1。さて、どう出る?


「そなら、うちはコールどす〜」


「それでは、ショーダウンを」


 ディーラーの宣言で、小春ちゃんが先にカードをオープンする。【♢3 ♡3】場の【♠︎3】と合わせ3のスリーペア。

 それを見た後に、俺もカードをオープンする。

 会場からは驚きと、少量の拍手が上がる。


「Kの4カード、アロン様の勝利です」


 俺は小春ちゃんの目を見て、得意げにウインクしてみせた。

 小春ちゃんはというと、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべており、その表情は読み取れない。20万コイン、2000万Gを失ったというのに、眉ひとつ動かさない。不本意だが、挑発してみよう。


「次のゲームで、勝負は決まってしまうかもな」


「そらぁ、恐ろしいなぁ〜」


 …………が、結果はそうならず、俺のハンドは悪く、早々にフォールドし、ゲームの行方を見守っていた。

 小春ちゃんは案の定勝ち、先程の負け分を微力ながら取り返していた。カードの強さは普通だったが、抜群にブラフが上手い。まるで、最高のカードのようにコインをベットし、他のプレイヤーをフォールドに追い込んでいた。

 ポーカーというゲームの真髄は、"如何に勝つ"かではなく、"如何に相手をゲームから降ろすか"だと思う。小春ちゃんは抜群にそれが上手い。


(なるほど小春ちゃんはブラフを使うのか……)


 先程のゲームもそうだったが、やはり小春ちゃんの手に、常に最高の手が入るわけではないようであった。

 ならば、必勝のタイミング、必勝の一手を、ブラフを混ぜながら、待てば必ず来る。そこで、上手く小春ちゃんを誘い出し、勝負に乗せればこの勝負勝てる。


 そしつ数巡後、あり得ない程いいカードが俺の手に舞い込んで来た。

 ハンドは【♢A ♢Q】場のカードは……


【♢10 ♠︎3 ♢J ♢K ♡5】


【♢10 ♢J ♢Q ♢K ♢A】のロイヤルストレートフラッシュ。絶対に負けない。ここで、勝負をかけ…………終わらせる。


 現在俺のコインは、先程までの勝ち分も含めて【42万コイン】へと増加していた。G換算だと、4200万Gである。島が14島も買えてしまう程の大金だ。

 対して小春ちゃんのコインは現在【40万コイン】程度。オールインで仕掛ければ、全てのコインを奪う事が出来る。

 たが、それには早い。いきなりオールインを宣言すれば、こちらの手はかなり強いと思われてしまうだろう。場に公開してあるカードを見れば、ロイヤルストレートフラッシュが出る確率がある事くらい、誰だって分かる。

 ここは、少しずつ掛け金を釣り上げる、もしくは小春ちゃんの視線をカードから逸らすのが望ましい。とりあえず様子見だ。


「ベッド、1万コイン」


 俺のベッドに小春ちゃん以外のプレイヤーはフォールドした。再び俺と小春ちゃんの1対1。


「小春様、いかがなされますか?」


「そなら、うちは2万コインどす〜」


 ディーラーを見ながら小春ちゃんは、レイズ…………つまり、掛け金を増やして来た。ブラフのつもりだろうか? 確かに場のカードを見れば、強い手がある可能性は高いだろう。

 だが、もう一度言うが、俺はロイヤルストレートフラッシュなのだ。小春ちゃんの手がどんなに強くても、俺の方が強いカードを持っている。

 ディーラーは俺の方を向き「アロン様、いかがなされますか?」と、ゲームを進めてきた。

 ここで、決める。


「レイズ、オールイン42万コイン」


 俺の2回目の強気なオールインに、観客達は湧いていた。

 そして俺の視線の先には綺麗に着飾ったレヴィアさんが、こちらに歩み寄ってくるのが見えた。

 やはりヴァイオレットカラーのドレスはよく似合っており、ブロンドの髪の合わさりとても上品に見える。

 近付くにつれ、他の観客もレヴィアさんに見惚れているようであった。

 レヴィアさんは俺の近くに来ると、小さな声で耳打ちしてきた。


「皆さん、わたしを見てますよ…………どこかおかしいのでしょうか……」


「レヴィがチャーミングだからさ」


「もうっ、からかわないでくださいよっ」


 レヴィアさんは恥ずかしそうに頬を赤らめる。少々やり過ぎたようだ。

 小春ちゃんの反応を見るために大げさに振舞ってみた。おそらく小春ちゃんは、認識をズラす魔法のせいで、彼女がレヴィアさんだと分からないはずだ。

 その証拠に意外そうな顔を浮かべていた。効果はあったようだ。これを利用して、揺さぶりをかけてみよう。


「可愛いだろ?」


「アロンはん、随分と素敵な彼女どすな〜」


「小春ちゃんは付き合っている人は居ないのかい?」


「ふふふっ、うちはマリアはんと付き合っとるよ〜」


「…………そいつは初耳だ」


 全く動じない所か、冗談で返されてしまった。

 だが、今のやり取りで小春ちゃんの目は俺のカードからは反らせたようだ。


「さぁ、どうする?」


「…………そなら、うちはフォールドしとう思いやす」


「………………運がいいな」


 小春ちゃんが勝負に乗って来なかったため、俺は悔しそうに自身の手をオープンした。不発に終わったロイヤルストレートフラッシュに、観客は嘆息の声を上げる。

 その後もゲームは続くが、小春ちゃんは全然勝負に乗ってこない。それどころか、時折ブラフを混ぜながら他のプレイヤーからコインを巻き上げ、自身のコインを増やしていた。

 俺も同様にコインを増やし、現在俺の目の前には【50万コイン】が山の様にそびえ立っていた。

 同様に小春ちゃんの目の前にも、同額のコインがそびえ立つ。

 他のプレイヤーは、俺と小春ちゃんのハイレベルな攻防に、文字通りカードとコインを投げだし、今では観客の一部となっていた。

 正真正銘の1vs1。負ける訳にはいかない。


 そして数巡後、再び俺の手にいいカードが舞い降りる。

 場のカードは【♡J ♠︎K ♣︎A ♢J ♢K】そして、俺のカードは【♡K ♡A】。

【♢K ♡K ♣︎K ♡A ♣︎A】のフルハウス。勝負に行ってもいい手だ。小春ちゃんがブラフなら勝てるし、仮に役が出来ていたとしても十分に勝てる手札。

 そして、嬉しい事に小春ちゃんが先に動いた。


「5万コインどす〜」


「アロン様、いかがなされますか?」


 ディーラーを一目見てから、小春ちゃんを見る。いつもの人懐っこい笑顔を浮かべおり、何も分からない。正直、不気味だ。俺は少し考えてから、倍の10万コインを場に入れた。


「なら、俺はレイズだ」


 レイズを宣言して小春ちゃんの反応を見る。小春ちゃんはそのコインを見て、暫し考えた後に、自身のコインを全て場に入れた。


「レイズ、オールイン50万やさかい、アロンはん、どないしはります〜?」


「そうだな…………いい手なのか?」


「ふふふっ、どやろか?」


 自身のカードをもう一度確認してから、小春ちゃんと目を合わせる。

 小春ちゃんはいつもの人懐っこい笑顔を浮かべたままだ。全く分からない。しかし、俺の手も悪くない。迷う必要はない。ここで、終わらせる。


「それじゃあ、俺はコールだ」


 目の前の山を全て崩し、盤面に入れる。


「それではショーダウンを」


 ディーラーの宣言に合わせ、自身のカードをオープンして、小春ちゃんを見る。すると、砂糖菓子のような甘い笑顔を浮かべていた。

 そして、小春ちゃんはゆっくりと自身のカードを裏返した。

【♣︎J】のカードが見えたが、2枚のカードが重なっていて、表の1枚しか見えない。

 小春ちゃんは俺に視線を合わせるとカードをズラし、2枚目のカードを公開した。


【♠︎J】


「Jのフォーカード、小春様の勝ちです。これより、1時間半の休憩とさせていただきます」


 ディーラーの宣言に対し、にこりと笑う小春ちゃん。俺はその砂糖菓子のように甘い笑顔を、ただただ見つめる事しか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ