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第95話『ハンドレッドブラフ 001』


「お名前をどうぞ」


「…………アルファ、アロン・アルファです」


 豪華なホテルのロビー。目の前には髪をキッチリとポニーテールに結んだホテルフロントの女性。

 その女性に差し出されたチェックインの用紙に「アロン・アルファ」と"偽名"のサインを書いた。

 そして、手短に用件を伝える。


「先にカジノで少し遊びたいのですが……」


「手荷物はどうなされますか?」


「部屋の方に運んでおいていただけますか?」


「かしこまりました、手配しておきます」


 ホテルフロントの女性に「ありがとう」と伝え、ホテルのカジノへと足を向ける。

 カウンターから離れ、しばらく歩くとブロンドの女性が、遠慮気味に腕を絡ませてきた。


「カズ…………じゃなかった、アロンさん」


「なんですか、"レヴィ"」


「すごいですね、本当に気が付かれませんでした」


「そういう話は今するものではないですよ」


「あっ…………すいません」


 やってしまったという表情を見せる"レヴィアさん"。

 現在、ホテルのカジノに潜入中である。気分はスパイアクション映画の主人公だ。

 なぜ、こんな事になったのかと言うと、もちろん魔王様のせいである。



 *



––––数日前


「最近、あるホテルカジノで妙な動きがあるのよ」


「カジノって、どこも健全運営のはずじゃないんですか?」


 魔王様は「そのはずよ」とため息をつく。カジノ施設は、世界の各地に存在しており、多くの人で賑わう娯楽施設の1つだ。

 現在魔王城会議室にて、緊急会議中である。しかし、マリアは元より、頼りになる小春ちゃんは数週間前から出張中である。参加しているのは俺と、魔王様と、レヴィアさんだけだ。

 そして、そのレヴィアさんは、コーヒーを入れてくると言い、現在席を外している。

 ギャンブルと言えば聞こえは悪いが、先程も言ったように健全運営である。

 どういう事かと言うと、お客さんがあまり損をしないような仕組みになっている。

 では、我々カジノ側がどの様に儲けるのかというと「入場料」である。

 この入場料が毎回必ず入るので、決まった収益が出る仕組みだ。

 とりあえず話の詳細を聞いてみよう。


「妙な動きってなんですか?」


「カジノの景品が、カジノ限定のレアアイテムとの交換だっていうのは知ってるわね」


「知ってますよ」


「そのレアアイテムが、ネットの市場で販売されてるのよ」


「…………転売ってことですか?」


 魔王様は「そうなるわね」と、またまた溜息をつく。カジノ限定のアイテムは、『コイン』を使って交換する事が出来る。

 コインとは、言ってしまえばカジノで遊ぶ為の通貨で、1コイン→100Gで交換する事が出来る。

 カジノのお客はそのコインを使い、ゲームをして、コインを増やし、その増えたコインを使ってレアアイテムと交換する……といった仕組みだ。

 カジノ限定のレアアイテムは希少価値が高く、他の場所では手に入らないものがほとんどだ。

 となれば、そのレアアイテムを販売し、儲けようと考える輩がいるのも分からない話ではない。


「それで魔王様、転売されているレアアイテムはどの様な物なのですか?」


 魔王様は「これよ」と、一体のフィギュアを取り出した。見た瞬間に頭が痛くなってきた。なぜなら……


「これ、『宵闇の魔王』ですよね」


「これが、カジノの1番の目玉の景品よ」


「こんなの交換する人絶対にいませんよ!」


「あら、毎月100体は出るわよ」


「……1体いくらで交換出来るんですか?」


「198コインよ」


「なんか、リアリティのある価格!」


「最高品質のヒノキの木を使ってるわ」


「作ったやつの顔が浮かぶわ!」


「おまけに……」


 魔王様はそう言うと、フィギュアの背中にあるボタンを押した。


『我は宵闇の魔王、時の支配者』


「喋るわ!」


「無駄な機能だな!」


「とにかく、このフィギュアが転売されているのよ」


「転売価格はどのくらいですか? 元手が約200コインとなると、2万G分の価値ですよね。となると、倍の4万Gとかですか?」


 その問いに魔王様は「100Gよ」と呆れた顔で答える。

 あまりに安すぎる。2万Gの価値が、100Gである。その差は19900である。はっきり言って転売側の大損である。


「なんで、そんな事が可能なんですか? イカサマとかでコインを大量に入手しているとかですかね?」


「あり得ないわ、勝ちの配分は全てシステム管理して、バランス良く振り分けているもの」


 となると、考えられるのは……。


「ポーカー?」


「でしょうね」


「なるほど、ポーカーならお客さん同士でコインが動きますもんね……」


「そうね」


「イカサマの可能性はどうなんでしょう?」


「あり得るわ」


 ここで、会議室の扉が開き、レヴィアさんがコーヒーを持って現れた。

 レヴィアさんはコーヒーを配り終えると、先程の話を魔王様から説明され、驚きの表情を浮かべていた。

 レヴィアさんに説明を終えた魔王様は「調査が必要ね」と口にする。俺とレヴィアさんも頷きながら同意した。


「カズキくん、行ってちょうだい」


「りょーかい」


「あと、レヴィア」


「えっ、わたしもですか?」


 レヴィアさんは急に名前を呼ばれ、驚いた反応をしていた。

 魔王様は「それと」と話を続ける。


「今回は潜入ミッションになるわ」


「穏やかじゃないですね」


「そこで、カズキくんとレヴィアには認識をズラす魔法をかけるわ」


「なんですか、それ?」


「簡単に言うと、カズキくんだって周りの人には分からなくなるの」


「なんでそんな事をする必要があるんですか?」


 俺の質問に対し、魔王様は眉をひそめる。


「この件、何者かが裏で暗躍している可能性があるわ」


「…………穏やかじゃないですね」


 最初はただのビジネス的な問題だと思っていだが、どうやらそうではないようだ。

 久々のピリピリとした空気を感じながら、首を横に振る。

 ちなみにレヴィアさんは、ちょっと話の内容が分からないようでポカンとした表情をしていた。和む。

 魔王様がそんな和みムードを引き裂くように話を戻す。


「だから、極秘に潜入して調査するために、認識をズラす魔法をかけるわけ」


「でも、それならレヴィアさんはともかく、俺は必要ないんじゃ……」


「時の支配者さんは、有名人だもの」


「そうでした」


 このままカジノに行けば、宵闇の魔王が来たと思われるだろう。

 そうなれば、今回裏で手を引いている人物に、魔王城から調査に来たと思われてしまう。

 そこで、俺だとバレないようにするってわけだ。

 魔王様はいくつかの資料を配りながら聞き慣れない言葉を口にする。


「あと、"偽名"を使ってちょうだい」


「偽名、ですか?」


「カズキくんはそうね…………ボンド、だと普通ね」


「殺しのライセンスは要らないですよ」


「『アロン・アルファ』にしなさい」


「粘着力のありそうな名前ですね」


「レヴィアは、『レヴィ』とかでいんじゃない?」


「俺もカズが良かったなぁ」


 魔王様は俺の要望など聞かずに、話を続ける。


「一応、2人は恋人という設定でホテルに部屋を取ってあるから」


「そ、そんなの無理ですよー!」


 レヴィアさんが音が出るくらい首をブルブルと振りながら拒絶した。俺は早速振られてしまったようだ。

 魔王様は「不本意だけど……」と前置きをした上で、もっともな事を述べる。


「1人より、2人の方が怪しまれないのよ、特に男女のペアはね」


「それはそうですが……」


 渋々だが、納得するレヴィアさん。そして魔王様は、俺がレヴィアさんと一緒に仕事に行く際に、いつも言っている言葉を口にした。


「いい? デートじゃないのよ? 仕事だからね!」


「はいはい、分かってますよ」


「それからわたしの事は"M"と呼びなさい」


「なぜですか?」


「外で魔王なんて言ったら、あなたがわたしの指示で来てると思われるでしょ、コードネームみたいなものよ」


「魔王のMですか?」


「そんな所よ」


「それじゃあ、車を用意したからガレージに向かってちょうだい」


「りょーかい」




 *





「俺は別にいつものでいいんだがな……」


「何言ってやがる、こいつはモンスターマシンだぜ?」


 現在ガレージにて、レヴィアさんを待ちながらヨッホイに車の説明を受けている最中である。

 俺はネクタイを締めながら、そのヨッホイご自慢のマシーンに目を向ける。ダークグレーに塗装されたアストンマーティン。英国車の中でも品があり、デザイン性に優れた車だ。

 ヨッホイは車のボンネットをコンコンと叩きならがら、詳細の説明を始めた。


「3.2秒で100kmに加速する、完全防弾で、いくつかの秘密の機能もある」


 俺はため息をつきながら、自身の車を指差し「こっちは、2.9秒で100kmだが?」と自分の車の方が優れていることを、流し目でヨッホイに訴えた。


「防弾じゃないだろ?」


「なんで防弾である必要があるんだ?」


「"M"の指示だ」


「そうかい…………それで、いくつかの機能ってなんだ?」


「車内の温度に合わせて、自動で暖房と冷房を使い分けてくれる」


「ハイテクだな」


「防弾で、防寒対策もバッチリだ」


「…………他には?」


「防音だ。気密性が高いから車内でカラオケも出来るぞ。もちろん、採点機能付きだ」


「ヨッホイの作るアイテムって、なんか、こう…………ちょっとズレてるよな」


「それから、車内に赤いボタンがある」


 ヨッホイに言われ、深い溜息を付きながらシートに座り確認すると、確かに赤いボタンが設置されていた。


「押すとどうなるんだ?」


「押してからのお楽しみさ、ヤバい! と思った時にきっと役に立つ」


「使いたくはないね」


「それからコレを着けろ、腕時計だ」


 差し出された腕時計を素直に受け取り、左手にはめる。

 中々カッコいいデザインだ。スパイウォッチとかなのだろうか? 聞いてみよう。


「コレも何か機能があるのか?」


「時間が分かるぞ」


「…………そいつは最高にクールだ」


「それじゃあ、しっかりな」


 肩を叩き、ヨッホイはガレージを後にする。

 入れ違いにレヴィアさんが不安げな表情で歩み寄って来た。

 落ち着いたブラックカラーのトレンチコートを着ており、とてもシックな出で立ちだ。


「わたしちゃんと出来るか不安です……」


「大丈夫ですよ、"レヴィ"」


 しかし、「でも……」と俺を見つめるレヴィアさん。グレーの瞳の奥には不安そうな感情が見え隠れしていた。

 ありきたりでも、ここは励ましておくべきだろう。


「イギリスの名言に、『自信は能力を2倍にする』と言うものがあります」


「……なんだか難しいです」


「出来る! って、思う事が大事ってことですよ」


 その言葉は自身を奮い立たせる意味合いもあったかもしれない。さぁ、ミッション開始だ。




〜登場人物〜



【アロン・アルファ】


アロンこと、カズキ。粘着力のありそうな名前。



【レヴィ】


レヴィこと、レヴィアさん。カズキと一緒にカジノホテルへ潜入する。



【M】


Mこと魔王様。魔王城にて、作戦の指揮を執る。



【ヨッホイ】


カズキにモンスターマシンと、時間の分かる時計を渡した。

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