第94話『通販カット』
「はいはーい、今日はもう就業でーす!」
神様が朝の9時だと言うのに、もう仕事は終わりだと嬉しい事を言っている。
現在、教会本部に出張中である。なぜ、俺が教会に居るのかと言うと、もちろん魔王様のせいである。
昨日、晩御飯を食べていたところ、突然魔王様に出張を言い渡されてしまった。
理由は本来レヴィアさんが教会に行く予定だったそうだが、別件の仕事が入ってしまっ行けなくなってしまったそうだ。つまり、俺は代理である。
そして出張の目的とは、神様がちゃんと仕事をしているかのチェックとの事だ。現状だと、全くしていない。
「あの、神様?」
「お〜、カズぽよくん、まぁ、ゆっくりしたまえ!」
「神様、仕事は……」
「それなら、ドラぽよがやってくれる〜みたいなっ?」
「他人任せかよ!」
「まさに、神の仕事!」
椅子に踏ん反り返る神様を尻目に、神様の部屋こと、"死亡した人が来る場所"ではドラゴンと竜王さんが、慌ただしく動いていた。
この場所は俺も何回か訪れた…………と、いうか死んでしまった際に来た事があり、初めて来たときは、ファンシーなギャル部屋、2回目はビーチ、そして現在は、教室となっていた。神様は模様替えが好きなのだろう。
この場所は、神様曰く、死亡すると強制的に転移する場所らしい。
仕組みや、構造はあまり分からないらしく、この世界の不思議の1つだそうだ。
その不思議な空間をいとも簡単にリフォームする神様は一体なんなのだろうか? カリスマ建築士の匠の技なのだろうか……などという冗談はさておき、この場所は外から自由に立ち入る事は不可能らしく、出る際には誰かに復活の魔法を唱えてもらう必要がある。
だが、なぜか神様だけは出入りが自由らしく、俺を始め、ドラゴンや、竜王さんも神様に連れられてこの場所にやってきた。
ちなみに、どうやって出入りするか聞いたところ「こう、空間をシューとして、パシッとして、ドーン! って感じぃ?」だそうだ。俺はその事について、考えるのを諦めた。神様は魔法のエキスパートなので、きっと神様にしか分からない"何か"があるのだろう。
それから、復活の魔法は現在も規制されており、神様しか唱える事は出来ない。
これは以前も述べたが、教会サイドの儲けに大きく関わるからだ。
今の魔王様に変わってからは、ダンジョン等で死亡する人は極端に少なくなり、この間の俺の魔王城攻略に至っても、即死を回避するアイテムが配布された程だ。
それの関係で冒険者や、勇者が自身で復活魔法を唱えてしまうと、教会サイドは儲からない。「死亡者の復活」という、教会側の1番儲かる仕事が少なくなってしまう事を危惧しての「復活魔法の規制」だ。
こうしなければ、教会に勤める僧侶や、賢者の方たちは職を失ってしまう。
しかし最近は、病気や怪我の治療、あと化粧品の売れ行きが好調らしく、教会サイドのビジネスも軌道に乗ってきた。
今では元僧侶と、元賢者が化粧販売員こと、ビューティーアドバイザーをやっているらしい。全く奇妙な話だ……。
そんなことを考えていると、神様は暇なのか再び俺に声をかけてきた。
「カズぽよ、どーよ、この教室!」
「雰囲気ありますね」
神様を始めドラゴン、それに竜王さんも制服を着ている事もあり、まんま学校である。神様は嬉しそうに、机の中から何かの紙を取り出した。
「ちなみにあーしの机の奥には0点のテストが入ってまーす」
「無駄な再現度!」
「ドラぽよの机には、ウサギさんのクッションが敷いてありまーす」
「レヴィアさんとお揃い!?」
「竜ちゃんの机には、百合百合したイタズラ書きが書いてありまーす」
「これ書いたの勇者だろ!」
「ちなみに、死んだ人が転移される椅子にはお花を置いてありまーす」
「不謹慎だろ、こらぁ!!」
「てな、感じの教室どーよ?」
「仕事にならんわ!」
「あけぽよ、これハンコおしてー」
神様と楽しいのか、楽しくないのか分からないお喋りをしていると、ドラゴンがいくつかの書類を携えながら、仕事の催促にやってきた。
神様は「しゃーなしやの〜」と頭をぽりぽりとかきながら、ハンコを押し始めた。
俺は神様がハンコを押しているのを眺めながら、ドラゴンに声をかける。
「……なんか、お前んとこも大変なんだな」
「いやいや、魔王様のところの方が大変っしょ」
「あぁ、こないだなんか魔王城攻略のデモプレイをさせられたぞ」
「あ〜それ、動画で見たよ〜! 惜しかったじゃん!」
「あそこで、トイレに行かなければ……」
「あんな所にす〜ちゃんを配置するとか、魔王様はいじわるだよねぇ」
「ドラぽよ〜、ハンコ終わった〜、喉乾いた〜」
「はいはい、書類チェックが先ね〜」
神様がハンコを押し終わった書類をドラゴンに渡す。ドラゴンは素早くそれに目を通すと、「ちょいまち〜」と言い残し、一度自身の机に戻り水筒を取ってきた。
その中身をコップに開け、俺と神様に「どーぞっ」と手渡してくれた。
中身は冷たいジャスミンティーのようであり、一口飲む。美味い! ジャスミンの気品ある香りが、広がり、サラリと喉を通る。
ジャスミン茶は安価なものだと、緑茶にジャスミンの花を混ぜただけ。なんていうものが殆どだが、このジャスミン茶は違う。本物だ。
思わず、ドラゴンにおかわりを貰ってしまった。そして「ドラゴン家庭菜園の力作なのだよ」と、ドラゴンは自慢げに語りはじめた。
「家庭菜園って、あの庭で育てていたやつか?」
「そっ、ほかにもハーブティーとか、そば茶とかも出来るよ!」
「そば茶とはシブいな」
「こはるんのお墨付きみたいなっ」
「それはすごいな、ぜひ飲んでみたい」
「そう言うと思って、お手製ティーパックを用意しておいたのだよ〜!」
「おぉ、そいつはいいな!」
ドラゴンからいくつかの、お手製ティーパックを手渡された。
「レヴィちゃんに淹れてもらうといいと思うよっ」
「そうするよ、ありがとう」
ドラゴンは「どったまして〜」と手を振りながら、仕事に戻る。神様はというと、お茶を飲んで一息ついたのか、鏡を取り出しメイク直しをしていた。なんか、ギャルぽい。
「カズぽよも、メイクしてみる〜?」
「しませんよ」
「え〜? いいじゃん、いいじゃん、やってみぃー?」
「絶対にやらないですからね」
神様は「つれないなぁ〜」と残念そうな表情で、あぶらとり紙を額に当て始めた。
このままでは本当にメイクされてしまいそうな雰囲気があるので、席を立ち、神様の元を離れる。
どうしようかと、辺りを見渡すと竜王さんと目が合った。竜王さんはくいっ、くいっと手を動かして、手招きをしていた。来いということだろうか……。
「なんですか、竜王さん」
「よくきたな、宵闇の魔王」
「いや、魔王はあなたでしょ」
竜王さんは「そうであった、そうであった」と思い出したかのように、頬を緩ませてる。
その後、大きな瞳でこちらを見据えた。さすがは元魔王。貫禄がある。
「あの、それで御用は……」
「最近、衣服の通販を始めたのでな」
「衣服って…………制服ですか?」
「わたしを征服したいだと!?」
「そんなこと言ってないです」
相変わらず、なんと言うか…………ちょっと変わった人である。見た目はいいのに。竜王さんは長いツインテールを、指でクルクルと遊ばせながら、その通販とやらの説明を始めた。
「最近、わたしの作る制服が人気でな、それでもっと多くの人に制服を来て欲しいと思い、始めたのだよ」
「なるほど、確かに竜王さんの制服はデザイン性にも優れていて、素敵ですよね」
「ホームページのカタログからサイズも選べるぞ」
「意外とちゃんとしてますね……」
「サービスにも自信があるぞ、発注後、5秒で転送だ」
「早すぎでしょ!」
「オーダーメイドにも対応してるぞ」
「メイド服もあるとか言うのは無しですよ」
「そんな物はない」
「ないのかよ! 流れ的にあると思ったわ!」
「そのかわりにドレスはあるぞ」
「ドレス?」
「なにっ? 奴隷になりたいだと? なるほど征服したいのではなく、されたい側––––」
「いい加減にしてください!」
時々会話にならない竜王さんだが、世界"制服"計画は順調のようだ。
俺は竜王さんに断りを入れ、神様の元に戻る。元はと言えば、神様がちゃんと仕事をしているのかを調べるのが、今日の俺の仕事だ。
神様のお化粧直しは終わっており、今はスマホを片手に自撮りの真っ最中であった。この辺はなんか魔王様と似ている気がする。
「あっ、カズぽよくん、何を笑っているのかね〜? 今は授業中だよ?」
「仕事中の間違いでしょ」
「仕事があるだけ、幸せだよね〜」
「悟りを開かないでくださいよ!」
「昔はあんまり仕事なくてさ〜、まさに土星貧乏〜! みたいなっ?」
「土星貧乏?」
「輪をかけた貧乏〜!」
「神様って所々センスがハイカラですよね」
「カズぽよくん、何か言ったかね?」
「いいえ、何でもありません!」
神様に鋭い目を向けられ、謝罪する。ちょっと、その目付きは怖かった。
しかし、神様はぜーんぜん怒っていないご様子で、今度は大きな鏡を見ながら、上機嫌に前髪を整え始めた。
「あの……神様?」
「何かね、カズぽよくん…………おやおや〜?」
「な、何ですか?」
神様が突然顔を近づけて、俺をジロジロと眺める。離れていても感じていたが、香水のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「カズぽよくん、髪の毛をチョキチョキしちゃおうか〜!」
「結構ですよ!」
「ま〜ちゃんも、イシぽよもあーしが切ってあげ––––」
「お願いします」
*
「あら、お帰り…………ふふっ」
「何ですか、魔王様」
「中々似合ってるわよ♪」
「……そりゃ、どーも」
「それであっちゃんは、ちゃんと仕事をしていたかしら?」
魔王様は俺をニコニコと見つめながら、楽しそうにしていた。
俺は神様がそこそこ仕事をしていたと、嘘の報告をする。
なぜなら、自分でも結構気に入った髪型になっていたからだ。流石はカリスマギャル神様である。
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